第13話
「もうやめなさい、康介。あんたの気持ちもわかるけど、死人に鞭打つもんじゃないよ」
穏やかな口調で止めに入った和江を、康介は振り返って睨めつけた。
「おばさんはどこまで知っていたんだ?」
和江はふっと息を吐くと、立ち上がって棺の傍に寄ってきた。
それから、寂し気な笑みをふと漏らして、棺に眠る正子の頬をそっと撫でた。
「健次郎さんがあんたの本当の父親じゃないことは薄々感じていたわ。でも、姉さんは私にも何も話してくれなかった。でもね、健次郎さんが我が子同様にあんたを大切に思っていたことは知っている」
「どういうことだよ、あいつがどこで何していたのか、知っていたってことか」
「ええ。家を出たと言っても、健次郎さんがすぐそばに住んでいたのよ。あんたたちの生活を経済的に支えていたのも健次郎さんよ。あんたの進学も就職も、結婚も。健次郎さん、ずっとあんたのことを応援していたし、何かあればあんたに知られないように援助していた。本当は一緒にお祝いしたかったんだと思うわ」
「そんなことわかるもんか」
「いいえ、わかるわよ。考えてもごらんなさい。あんたのお母さんはずっと働いていたけど、事務員の給与なんてたかが知れているわ。生活するのが精いっぱいよ。でもあんたは県外の大学を出ているでしょう。たいして貯金もしてなかったくせにちゃんと結婚式だって挙げている。どこにそんなお金があると思っていたの?」
和江に言われて、康介は言葉に詰まった。
「あんたが住んでいる家だって持ち家でしょ、誰が買ったと思っているの? 一人暮らしで家賃払って生活している姉さんが、どうしてあんたの子どもたちに援助ができたと思っているの? ちょっと考えればわかることだわ。あんたは苦労知らずだから、何にも考えてなかっただけじゃないの? ねえ、静江さん」
急に矛先を向けられて静江は戸惑った様子で俯いたが、意を決したように立ち上がると康介の隣に来て、正子の顔を覗き込んだ。それから康介を見て微笑んだ。
「お義母さんには感謝しているんです。康介さんは真面目に一生懸命働いてくれていますけど、子供たちの進学や結婚のときは大変で……。私もパートしていますが、大した額にはならないし。どうしたらいいのかと困り果てているときには、いつもお義母さんが助けてくれていました。お祝いだって言って」
康介は驚いたように静江を見た。
康介はこれまで静江には苦労させたことなどないと自負していたし、静江も康介に文句を言ったことはない。
静江は「ごめんなさい」と小声で呟いた。
「どうして? お前、そんなこと俺には言ったことないだろう」
「言えるわけないじゃない。お義母さんにはあなたには言うなって言われていたし、それにあなたが精いっぱい働いてくれているのは私が一番わかっているのよ。私がもう少しうまくやりくりできればって思うと申し訳なくって……」
静江は言葉を切って俯いた。
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