第12話

 正子が何を思っていたのか、何故、今まで事実を隠していたのかを知る由はない。

 康介は正子の遺影から目を逸らして、固く目を閉じた。

 事実は受け入れるしかないのだし、この先を読み進めていけば何かわかるかもしれないと康介は淡い期待を抱いて、手紙の続きに目を落とした。

「健次郎はそれを承知で、父親としてあなたに我が子同様の愛情を注いできました。

 事情があって離れて住むことになりましたが、あなたに注ぐ愛情に変わりはなく、私を通してあなたをずっと見守っていました。あなたの成長を私と共に喜び、あなたの幸せだけを願って生きてきた人です。

 ですから、もしも私が先に死ぬようなことがあれば、健次郎を頼みます。

 健次郎の死後は私と同じく桜葬にしてください。私と隣合わせで埋葬してもらうように、ご住職にお願いしてあります。

 最後になりましたが、あなたたちの幸せを心から願っています。 母より」

読み終えた康介は「はーっ」と大きな息を吐いて、肩を落とした。

「まったく、最後の最後まで自分勝手なことばかり言いやがって……」

「姉さんは何だって? ちゃんと健次郎さんのことが書いてあるんだろう」

 和江に聞かれて「ああ、書いてあるさ」と答えた康介は心配そうに康介を見ていた静江にぶっきらぼうに手紙を差し出して、怒りをぶちまけた。

「本当の父親じゃないが父親代わりだったんだから、面倒を見ろだと。おまけに自分と一緒に埋葬してくれだと。まったく馬鹿にしやがって」

 しゃべっているうちに、さらに激昂した康介は、感情を抑えきれずにまくしたてた。

「だいたい、あいつは何十年前に出て行ったきりで、居所だって今も今まで知らなかったんだ。おまけに何十年ぶりに会ったのに、あいつは俺と目も合わさなかったんだぞ。そりゃ、実の親子じゃないんだからドラマみたいな感動の再会とはならないだろうよ。しかも知らなかったのは俺だけで、二人は仲良く介護施設で逢引していたのかと思うと、馬鹿らしくてやってられるか。何が父親がわりだ、家も家族も捨てたくせに……。いや、捨てられたのは俺だけか。結局、二人は自分たちだけ仲良しこよしを決め込んでいたんだからな。それなのに、なんで俺があいつの面倒を見なきゃならないんだ。親父が俺に愛情を注いできただって? 冗談じゃない。俺はあいつの世話になった覚えなんかないからな」

 康介は無意識に握りしめた拳で、自分の太ももを激しく打ち付けると、立ち上がって安置されている棺の傍まで行って、正子の顔を見下ろした。

「今まで何を聞いたって、お袋は知らぬ存ぜぬで押し通してきたじゃないか。俺をずっと蚊帳の外に置いといて、自分が死んだら後始末だけしろっていうのか。肝心のことは何一つ説明もしないまま自分だけ満足できればそれでいいのかよ」

 康介は開いたままの棺の縁を握りしめ、やり場のない怒りを正子にぶつけた。

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