第10話
怒りを滲ませた康介の言葉に、駒田はすっかり狼狽したようだった。
「ええ。あの、この方が健次郎さんです。それにしても何といったらいいのか……。なんだか、その……ええっと……あの、すみません」
しどろもどろになっているところを見ると、駒田は何も知らなかったらしい。
汗をかきながらしきりと謝る駒田の様子を見て、康介は我に返った。
「取り乱してすみません。あなたが謝ることじゃない」
「いや、ですが……。あの、本当にすみません」
康介は大きなため息をついて、正子の遺影を見上げた。
(最後まで本当に勝手なことばかりしてくれるよな)
駒田がわざわざ健次郎を連れてきたのは、どうせ正子の差し金だろうと康介には見当がついていた。
これ以上、駒田に迷惑をかけるのはどうかと思うが、かといってこの状況で健次郎を置いて行かれても面倒など見れるはずもない。
康介がどうしたものかと思案していると、不意に式場の入り口で声がした。
「康介、ねえさんは? あら、もうすっかり準備できてるじゃない」
声の主は正子の妹和枝だった。
姉妹だけあって顔は似ているが、性格は正子とは正反対で、おしゃべり好きの賑やかな叔母だった。
和江は入ってくるなり不躾な視線を駒田に送った。
「お客様にしてはちょっと早いんじゃない?」
一緒に入ってきた静江がはっとしたように「もしかして、デイサービスの方?」と言ったのを聞いて、和江は車いすに座っている老人に近寄ると顔を覗き込んだ。
「あら、やっぱり健次郎さんじゃない」
和江は驚いたように声をあげたが、和江の言葉に康介はさらに驚いていた。
「おばさん、親父のこと知ってたのか?」
和江は一瞬、きょとんとした顔をしたが、すぐに心得顔になった。
「姉さんったら、まだ話してなかったのね」
そう独り言ちると、駒田に詫びた。
「失礼いたしました。健次郎さんを連れてきて頂いてありがとうございます。本当に申し訳ないんですけど、康介もこの通りなので、今日は健次郎さんと一緒にこのままお帰りいただけますか? また改めてご連絡差し上げあげます」
駒田は訳が分からないといった表情ではあったが、それでも帰ってもいいと言われてほっとした様子で、一礼をしたかと思うとあっという間に踵を返し、車いすを押しながら帰っていった。
しかめっ面で駒田を見送る康介の傍に来た静江が、小さな声で康介に謝った。
「ごめんなさい。私ったらすっかり忘れていて……」
康介が静江の言葉を遮った。
「お前も知っていたのか?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます