第7話
納棺の儀を済ませた後、正子の遺体はすでに式場に安置されている。
昨日と同じ場所に腰かけた康介に静江が声をかけた。
「そろそろ和江おばさんが駅に着くと思うから、迎えに行ってきますね」
和江は正子の妹だった。
正子は五人兄弟だと聞いているが、他の兄妹とは康介が子供の頃から付き合いはなく、康介は顔を合わせたことはない。
「紘一、悪いが、母さんと一緒におばさんを迎えに行ってくれないか」
紘一はポケットから車のキーを取り出してみせた。
「そのつもりだよ。行こう、母さん」
静江を促して出ていく紘一の背中を見送ると、康介は一人になった。
すっかり式の準備が終わったからか、葬儀場のスタッフの姿も見えない。
しんとした式場で康介が一人物思いに耽っていると、ふと式場の入り口にある受付ロビーでタイヤのきしむ音がした。
振り返ると、車いすを押していた若い男が慌てたように頭を下げた。
康介は会釈を返したものの男には見覚えがない。
若い男は黒いポロシャツにジャージ姿で、胸には名札を下げている。
車いすに座っているのはどちらかというと小汚い感じがするやせぎすの老人だった。
どちらもおおよそ弔問客には見えない。
そうかと言って、立ち去る様子もない。
不審に思いながらも康介が立ち上がると、男は車いすを押して康介に近寄ってきた。
「正子さんが利用されていたデイサービスの駒田と申します。お通夜の前に正子さんにお別れをさせていただきたくてお伺いしました。奥様には連絡しておいたのですが……」
康介は慌てて、非礼を詫びた。
「何しろ急なことでばたついておりまして、妻も失念していたのでしょう。知らぬこととはいえ失礼をいたしました」
「お忙しい所にお邪魔してしまってすみません」
「とんでもない。生前は母がお世話になりました。線香の一つでも挙げてもらえれば、きっと母も喜びます、さあどうぞ」
康介が促すと、駒田は車いすを押したまま式場へと足を踏み入れた。
祭壇の前に立つと、駒田は深く一礼し、手を合わせて長いこと正子の遺影を見つめていた。
その間も車いすの老人は仏頂面で固く目を閉じたままで手を合わせる様子もない。
なぜ駒田がその老人を同行したのか理由がわからない。
康介は気になって、老人をそっと盗み見ていた。
髭はきちんと剃ってあるし、服装も普段着とはいえきちんと手入れされている。
それでもどこか薄汚れて見えるのは、顔が異様に黒ずんでいるせいだった。
足元は見えないが、膝の上で固く握られた手も心なしか黒ずんでいるように見える。
(どこか悪いのかもしれないな。それにしてもこの爺さん、お袋の知り合いか?)
康介は老人の顔をじっと見つめた。
どこかで会ったことがある気もするが思い出せない。
康介が無意識に老人に近寄ろうとしたとき、焼香を済ませた駒田が康介に向き直った。
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