第5話
座敷の外に出ると、廊下を挟んで正面が葬儀のための式場になっていて、葬儀屋のスタッフが数名、忙しそうに動き回って、正子のための祭壇を準備してくれている。
小さな祭壇を中心に白を基調とした花が飾られていく様子を、祭壇に向かい合うように並べられた椅子に腰かけてぼんやりと見ていた。
紅を差すように薄い紫と桃色の花の彩りが添えられた祭壇の中央に遺影が飾られた。遺影の中で正子は、どこか余所行きの顔をしている。
「お義母さん、本当にきれいね」
いつの間に戻っていたのか、隣で妻の静江がぽつりと呟いた。
「こんな写真、どこから出してきたんだ?」
普段は飾り気のない正子が、化粧をしていることに康介は驚いていた。見慣れない服に身を包んで、ご丁寧に服と揃いの帽子までかぶっている。
つんと澄ました笑みを浮かべる正子の写真はよく撮れているが「いったいこんな格好でどこへ出かけていたのか」と訝しがる康介に静江は苦笑した。
「いつだったか、お義母さんが言っていたの。遺影写真のための撮影会に行ったって」
康介は目を見開いた。
「じゃあ、この日のためにわざわざ撮った写真なのか?」
「そうみたい。撮影した写真は、この斎場に保管してあったんですって。終活イベントでプロのカメラマンが遺影写真を撮ってくれるって企画があるそうよ。何から何まで準備万端で……最後まで何にも手がかからないんだもの。お義母さんらしいけど、何だかちょっと悔しいわ」
「何もお前が悔しがることなんてないだろう」
そうは言ったが、康介も内心は同じ思いだった。
「お義母さん、ほんとに死んじゃったのね」
静江の言葉がちくりと康介の胸に刺さった。
「あっという間で……嘘みたい。お別れする暇もくれないなんて……」
静江は言葉を詰まらせた。
無言で遺影を見つめたまま静江は泣いていた。
静江の頬に伝わる涙が零れて、膝の上に落ち、固く結んだ両手で握りしめたハンカチを濡らしている。
それを見ていた康介は、何故か(ああ、お袋は死んでしまったんだ)と唐突に思った。母の死が康介の心に沁み込んでくる。気がつけば、涙が頬を伝っていた。
二人は言葉を交わすこともなく、長い間、正子の遺影写真を見つめていた。
翌日は穏やかな晴天だった。
夕刻に通夜を控えていたが、昼前には準備もすっかり整い、康介たちは久しぶりに家族水入らず、正子を囲んで思い出に浸っていた。
「みんな揃うのは景子の結婚式以来だわ。これもお義母さんのおかげね」
静江は孫の美香を膝にのせて、寂し気に微笑んだ。
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