第3話

 葬儀会館に到着してからは感傷に暮れる暇はなかった。

 通夜は翌日に持ち越すことにしたものの、細かな打ち合わせが山ほどある。

 正子のエンディングノートには葬儀の内容に関わることだけでなく、宗派や菩提寺、墓所についても細かく書かれていたから、康介はエンディングノートをめくりながら詳細を決めていった。

 打ち合わせが済んだら、次は正子の遺体を清める納棺の儀が執り行われる。その合間には「会葬礼状の作成と式の進行に必要だから」と黒スーツに身を包んだ女性スタッフが取材に来て、正子の人生や人となりについて聞き取りをしていった。

 ようやくひと段落ついた頃には日が傾きかけていた。

 景子が時計を見て、荷物を手に取って立ち上がった。

「美香を保育園に迎えに行かなくちゃ。陽介さんも明日と明後日はお休みもらうって言っていたから、明日の午前中にみんなで来るわね」

 景子の言葉を受けて、紘一も腰を上げた。

「俺が送ってやるよ。どうせスーツとってこなきゃいけないし、ついでになんか食いもんでも買ってくる。父さん、母さん、何がいい?」

「いや、腹は減ってない」

 康介の言葉に、景子がすぐさま反論した。

「父さんが食べないと、母さんだって食べられないじゃない」

「そうだよ。それにちゃんと飯食わないとばあちゃんにどやされるよ」

 子供たちが言うことはもっともだが、康介はとても食べる気になれなかった。そんな康介をじっと見ていた静江が紘一に言った。

「私も乗せていってちょうだい。喪服を持ってこなきゃならないし、他にも色々準備しなくちゃいけないものもあるから」

「でも、お母さん」

 まだ何か言いたげな景子を静江は目で制した。

「あなた、ちょっといってきますね」

 そう言い残すと、子供たちの背中を押すように部屋を後にした。

 康介は静江の心遣いに感謝した。

 母親の死に動揺していたが、とはいえ、五十を過ぎた男が情けない姿を子供たちにみせるわけにはいかない。

 康介はできるだけ平静を保つため、正子の死に顔を目に入れないようにしていた。

 康介が正子の死にまだ向き合っていないことに静江は気がついていたのだろう。

 ひとりになってようやく、康介は真っ白な布団の上に寝かされた正子の傍に行って腰を下ろした。

 眠りについた正子の顔をまじまじと見つめた。

 こんなにあっけなく死が訪れることなど想定もしていなかった。血の気のない青白い顔を前にしても尚、康介には正子の死が現実だとは思えなかった。

 正子の顔はいつになく穏やかで、眠っているようにしか見えない。呼吸をしていないことが不思議なくらいだった。

 朝になったらいつも通りに起きて「あたしが死ぬわけないじゃない」と言い出しそうな気さえしてくる

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