19 食堂にて 02

 ディスキン先輩はその男の人らしい精悍せいかんな顔にうんざりとした表情を浮かべます。



「君たちも見てのとおり、貴族派にもあのような下劣な連中がいる」


「はい……悲しいことですが……」


「ああ。まったくなげかわしい。奴らも貴族である以上は学院もそうそう奴らを処分するわけにもいかんのだろう。それであんな奴らがのさばっているのは腹立たしいがな」


「はい……」


「あそこまで愚かな連中の家は奴らの代で取り潰されるかもしれんがな。あんな連中を出した家は取り潰される方が王国のためだとは思うが」



 本当に悲しいです。統治者である貴族にあんな人たちがいるのですから。あの人たちの家の領地に住む平民たちがどんな扱いをされているのか想像にかたくありません。

 ですがディスキン先輩はそのような人ではないようです。失礼な表現なのかもしれませんが、この人に興味がわきました。お兄様もこの人に一目置いているようですしね。

 ふと気づいたら、食堂にいた数人の人道派らしき人たちがディスキン先輩に向けて会釈えしゃくしていました。人道派の先輩たちも私たちを助けてくれようとしたけれど、ディスキン先輩が制したのかもしれません。絡まれたのがコニーだけでしたら、ディスキン先輩は自分では動かずに人道派の先輩たちに任せたかもしれませんが。



「ディスキン先輩におうかがいしたいことがあります。あなたは民をどう扱うべきとお考えですか? こちらのコニーも平民ではありますし」


「我ら貴族は民を守らなければならない。民を苦しめる者は貴族として失格だと考える。かといって民が統治に口を出すことは私は否定する」



 私はディスキン先輩ともお話ししてみたいと思いました。この人は対話するに値する人だと思います。そして私の唐突とうとつな言葉に、この人は的確に答えてくれました。ただ私は言葉に出した後自分でも唐突だと思いましたので、これは反省するべきです。

 そしてやはりディスキン先輩は高潔な人なのでしょう。この人は平民を見下してはいても、民は守るべきものという誇りがあるのでしょう。



「前半につきましては私も同意見です。ただ、民の声を聞くことも必要だと私は思います」


「君とオリヴァーはそう思うのだろう。私はそうは思わない」


「承知しました。それがディスキン先輩と私の意見の相違点ということですね? この点ではそう簡単には折り合えないと」


「そのようだ」



 私は無理に自分の考えを人に押しつける気はありません。私が絶対に正しいという確信は私自身にもないのですから。

 ただ私が前世や今世で読んだ本には、名君とされる人々には民の声に耳を傾けて統治に生かした人もいると記述したものもいくつもありました。民の声が正しいものばかりではないのも事実なのだろうとは思いますが。私は統治者ではなく大賢者を目指しているのですが、お兄様たちのお手伝いをするためにはこのようなことも無縁ではいられないでしょう。

 そして今世のお父様とお母様から受けた教育には、議論する際には自分と相手の折り合える点と折り合えない点を把握はあくすることも重要だと教えられています。そういう点で、私とディスキン先輩の同意できる点と同意できない点の明確化をしました。



「ですがディスキン先輩のお考えは、統治者が賢明であることを前提としたお考えではないかと思います」



 私はディスキン先輩の意見も絶対に正しいとまでは思えませんでした。統治者側の人たちも常に正しい判断をできるわけではないのでしょうから。先輩の考えは統治者が有能、少なくとも愚かではないことを前提とした論理だと思います。



「そうだな。貴族にも賢明とまで言えるものはそうはおらず、愚かな者も少なからずいることは認めなければならない。君たちもこの学院の者たちを見れば嫌でもそれを理解するだろう」



 そしてその問題点はディスキン先輩自身もわかっているようです。



「だが民の言葉を聞くと言っても、民は税と負担の軽減しか言い出さないだろう。民を守るためにも負担が必要なことも考えずにな」


「民が求める基本的なことはそのようなことだろうとは思います。ですが平民にも自分で考え賢明なことを提案できる人もいるのではないかと思います」


「そのような平民がいるとしてもごく一部だろう」



 統治者が賢明で高潔ならば、わざわざ民の言葉を聞かなくても統治はうまくいき、民も幸せに暮らせる可能性が高いだろうとは思います。私もそれは否定しません。

 愚劣な人は自分にとって不都合な言葉を排除しようとするものだとは、今世のお父様たちからいましめとして教育されています。その点ではディスキン先輩はご自分とは違う意見があることは認めているようです。そして私も自分にとって不都合なことを無視する人間になってはいけません。

 ディスキン先輩が穏やかな笑みを浮かべました。



「なるほど。オリヴァーが自慢の妹と言うわけだ。君との対話は面白い」


「おめいただいてありがとうございます。私もディスキン先輩からもいろいろなことを学ばせていただきたいです」


「いいだろう。私と対話したい時は声をかけるといい。手が空いている時は対話に応じよう。アシュビーも同席しても構わない」


「はい。ありがとうございます」


「は、はい。ありがとうございます」



 コニーも同席しても構わないと言ってくれたことは、ディスキン先輩からすると相当譲歩じょうほしてくれたのではないかと思います。この人は平民を見下す貴族派なのですから。そしてこの人は私のことを対話に値する人だと思ってくれたのでしょう。

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