18 食堂にて 01

 もうしばらくしたら夕飯という時間、私とコニーは食堂に来ています。まだ時間には早いのか、あまり人はいませんね。コニーの部屋でお話をして頃合いを見て来たつもりですが、まだ早かったようでお兄様も来ていません。

 お兄様と合流しようと座って会話しながら待っていた私たちに、先輩らしき男の人三人が近づいて来ました。私とコニーに用があるようです。私とコニーは立ち上がって相対します。

 その人たちの視線は好ましいものではありません。隠しきれない下劣な欲望がその目には現れています。



「へぇ……平民の割に美人じゃないか」



 リーダー格らしき男の人が無礼にもいきなりコニーの顔に手を触れてそう言いました。その人も顔は整っていますが、どう見ても品性下劣な人です。取り巻きらしき二人もニヤニヤした笑みを浮かべています。コニーは服装からも貴族だとわかるこの人相手に抵抗することもできず、おびえています。

 私はその人の手をやんわりと押しのけます。



「あなたがどなたかは存じませんし、この子は平民ではあります。ですが女性の顔にいきなり触れるのは失礼ではありませんか?」



 その人にはひるむ様子はありません。



「君も美人じゃないか。新入生だろう? 私のものにならないか?」



 どこまで下劣なのですか……

 その人は私の顔にも手を伸ばして来ましたから、その腕を止めます。そして私の人間離れしているとお母様から保証されている魔力を解放します。三人はその魔力にひるむ様子を見せます。

 私はにっこりと笑います。



「それは貴族の女性に対しあまりに無礼な言葉です。決闘を申し込んでもよろしいでしょうか?」


「……」



 その人たちはおびえをその表情に浮かべます。さすがに私もパトリシア先輩たちほど強い人相手では決闘を申し込むことなどできません。あの人たちは学院外に出ても有数の実力を持つのは確実でしょうから。ですがこの人たちは感じられる魔力からしても明らかに実力は低いです。私には弱い相手をなぶる趣味はありませんが、黙ってこの人たちを受け入れる理由もありません。決闘するにしても、無効化結界が展開された状態でするのが前提ですが。



「フ……フリント伯爵家の長男たる私に女ごときがそんな態度を取っていいのか?」



 どうしようもない人です。この人にとって女性は自分の欲望を満足させるための道具でしかないのでしょう。フリント伯爵家といえばアーヴィン王国でも名家の一つとして知られています。この人には自分の力でもなく弁舌でもなく、家名しか頼るものがないのでしょう。

 貴族同士の決闘から正当な理由もなく逃げることは、貴族社会では最大の恥の一つとされています。この人は自分では私に勝てないと悟って、私から引き下がらせようとしているのではないかと思います。そのようなテクニックがあることは私も教えられています。私も伯爵家の娘であり、これほどに無礼なことをしてきたこの人相手に遠慮えんりょする理由もないのですが。

 ですがこの場にはもう一人いました。



「最初に目をつけられたのは私なのに、エマさんにそんなことをさせるわけにはいきません。決闘をするなら私がします。もし私が敗北するなら、敗者としての運命も受け入れます」


「……コニー?」



 私はコニーを気が弱い子だと思っていました。ですが今のコニーは相手をキッとにらみつけています。そのコニーから感じられる魔力も私に劣るものではありません。コニーは明らかに怒っています。もしかして私のために怒ってくれているのでしょうか。

 平民が貴族に決闘をいどむことなど許されませんが、女性は決闘に代理人を立てることを許されるので、コニーを私の代理人とすることは可能です。ですが危険です。こんな人たち相手に平民が敗者としての運命を受け入れると言って本当に負けてしまったら、何を要求されるかわかりません。

 そこにもう一人近づいて来る男の人がいました。貴族派のディスキン先輩です。



「メレディス・フリント」


「ディスキン先輩!? いいところに! この平民が」


「黙れ」


「……!」



 フリント先輩たちに向けられているディスキン先輩の言葉と目は冷たいです。



「そちらのエマはオリヴァー・ワイズの妹だ。自慢の妹だそうだぞ?」



 フリント先輩と取り巻きの顔に脂汗が浮かびます。もしかしてお兄様は下劣な人たちからおそれられているのでしょうか?



「そして私もこのエマを見込んでもいいと思っている。エマに手を出すのは、私とオリヴァーを敵に回すことだと思え」


「ひ……ひぃ!」



 すごむディスキン先輩に三人は逃げて行きます。これは助けてもらったと思っていいのでしょうか。私はあの三人に負けるイメージはわきませんが、入学前にいきなり上級生を決闘で叩きのめしたとなると、私とコニーは嫌な目で見られるようになっていたかもしれません。

 ディスキン先輩が私たちを見ました。



「エマ。アシュビー。貴族派の馬鹿者共が迷惑をかけた。すまない」


「いえ。ディスキン先輩は私たちを助けてくださったのですから。助けていただいてありがとうございます」


「あの……ありがとうございます」


「礼を言う必要はない。これは私たちの方に問題があった」



 ディスキン先輩はとても誠実な人なのかもしれません。この人には責任はないのに、その表情も仕方なく謝っているという様子ではありません。コニーのことも姓とはいえちゃんと名前を呼んでくれていますしね。

 おそらくこの人との出会いも良いものだったのでしょう。お兄様もそう言っていましたしね。

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