眸
苫澤正樹
一
「……うわああッ」
男がすさまじい声を上げてはね起きたのは、野良犬すらも寝静まった深更のことであった。
「どうしたのですか、あなた」
ぜえぜえと息を荒げる男に、向こうの部屋で寝ていた細君が大あわてで飛び出して来る。
「えッ、あ、ああ……」
脂汗をぬぐってがくりとうなだれながらようやくそれだけ答えた男は、次の瞬間辺りを見回してびくりと震え蒲団の上を飛びしさった。
「あなた!しっかりしてくださいまし!」
細君が叫ぶように肩を揺らすのにようやく落ち着いて改めて前を向くと、そこにいたのは燭台を掲げた下人たちである。よくよく考えてみれば
理屈では分かっていても、今の男にはそれが耐えられぬ。いや正確には「誰かに見られる」ということ自体が、今はひどく苦痛に感じられてならなかったのだ。
「いつもの夢を見ただけさ、案ずるな」
「そう言われましてもあなた、こう何度もでは……」
「案ずるなと言うに。ともあれ起こしてすまなかった、早く寝なさい。みなも下がれ」
眉間をもみながらもきっぱりと言う男に、さしもの細君も下人たちも素直に引き下がる。
ふすまと障子が全て閉まったところで、男は蒲団の上ではあと息をついた。
「
自嘲するような、どこか震えを残したつぶやき声が自然に漏れる。
「仕方もあるまい、
そうやけになったような口調で吐き棄てるや、男はごろりと蒲団に転がった。
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