第2話 王国騎士団・特士管理課

 それから――最初の私の遅刻以外は特に大きな問題もなく進行していき、私も遅刻をしたけれど、無事に卒業認定を受けることになった。

 ルールに厳しい士官学校でも、さすがに卒業式に遅刻したからと言って卒業を取り消されることはないらしい。

 安心した反面、今さながらに恥ずかしさが込み上げてくる。

 ちらりと、私は視線だけを周囲に向けた。

 広い講堂の中――卒業生は私を含めて、五十二人。

 途中で士官学校を去った者は何人かいたけれど、無事に騎士団へと入隊することになる人数だ。

 士官学校に入った時点で、一応は騎士という扱いにはなるのだけれど。

 騎士に求められる能力は多く、知識や体力はもちろんのこと、個人の『魔力量』についてもかなり重要な要素となってくる。

 つまりは、『魔術』を扱う素養に繋がるからだ。

 私の知識については平々凡々で、体力についてはおそらく同期でも最下位であるという自負がある。もちろん、これは自慢にはならないことだ。

 けれど、魔力量については――人より多くて、魔術という面での素養は評価されている、と思う。

 ――思いたい、というのが正解かもしれない。

 とにかく、そんな私も今日から晴れて、『ファールベイン王国』の騎士となるだけだ。

 思えば士官学校の生活も大変だったけれど、今日この日を迎えられたことに感動して少し涙ぐんでしまう。

 はっきり言ってしまえば、今日からが騎士としての始まりなのだけれど。


「それでは、続いて任命式を始めます」


 卒業式が終われば、始まるのは任命式だ。

 騎士として最初に配属される職場――ここが相当重要なところになる。

 一気に講堂内の空気が変わったのは、私にも伝わった。

 物凄く簡単に説明すると、配属先によって騎士としてホワイトな人生を送るか、ブラックな人生を送ることになるか決定づけられるところなのだ。

 もちろん、騎士になることを『栄誉』だと考えている者は多いし、配属先によって白黒つけるのはあまりいいことではないと分かっている。

 けれど皆、望んでいる職場というものは存在する。

 私の隣に座るイルマは、『前線』の部署を希望していた。

 彼女らしいと言えば彼女らしいけれど、反面――いつ命を落としてもおかしくはない危険な職場であり、友人である彼女には目標の仕事をしてほしいと思いながらも、あまり危険な仕事にはついてほしくない、という複雑な気持ちはある。

 けれど、他人の心配をしている場合でもなかった。

 私のような者でも、前線に配属されることはある。

 そして、悲しいことに命を落としていくのだ。

 私は前線を希望してはいないけれど、もしも配属されることになれば頑張るしかない――それが、騎士になった者の定めだからだ。


「それでは――アーテ・セルフィンさん」

「は、はいっ」


 私の名前が呼ばれて、勢いよく立ち上がる。

 どくんっと緊張で高鳴る胸を必死に深呼吸で落ち着かせながら、私は壇上へと上がった。

 校長のルーメルから直接、配属先を示した任命書を受け取ることになるのだ。

 その時、私は妙な感覚を覚える。

 今は振り返ることはできないけれど、騎士団のお偉い方々の視線が、何やら強く私に向けられている気がした。

 壇上にいるのだから当然かもしれないけれど、どことなく違和感を覚える。


「あなたは本日付けで、『王国騎士団・特士管理課』への配属となります」

「はい、精一杯頑張ります!」


 私は大きな声で返事をして、任命書を受け取った。

 少なくとも、『管理課』という名前の時点で、前線の部署ではないという認識が私の中にはある。

 ――一通り騎士団の部署については把握していたはずだけれど、いまいちピンッとこない名前ではあった。

 任命書を受け取って振り返ると、少しざわついた雰囲気になっているのが分かる。


「……?」


 私は首を傾げながらも、壇上から下りて自席へと戻った。

 すると、隣に座るイルマがまた私を肘で小突き、


「あんた、その配属先って……」

「あ、やっぱりイルマも聞いたことない? 私も覚えがない部署で……。新設のところなのかな?」

「……」

「イルマ?」

「『特士』ってたぶん、『特別士官』のことなんだと思う」

「……特別士官?」

「そう。あたし達みたいに士官学校を卒業して騎士になったんじゃない――特別なルートで騎士になった人達のこと。その人達を管理する部署ってことよ」

「へえ、そんなところあるんだ……。でも、前線ではないっぽいし、ちょっと安心したかも」

「馬鹿ね。特別士官については機密情報だから正直、表に流れているものはほとんどないわ。でも、あくまで『噂』だけれど――犯罪者なんかも、その中に含まれているっていう話よ」

「え……?」

「では次、イルマ・シーヴェルさん」

「はい!」


 話をしている途中で、イルマの名が呼ばれる。

 彼女は立ち上がると、私の元から離れていく。


「ちょ、イルマ。今の話――」

「しっ、あまり話すと目立つから。とりあえず、あんたも頑張りなさい」

「え、ええ……?」


 困惑したまま、私は本日付け騎士となった。

『特士管理課』――その全容がいまいち分からないけれど、イルマの『前線への配属』を聞きながら、私は今後のことを想像するだけだった。

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