士官学校を卒業した私が配属されたのは、『女の子の世話係』でした
笹塔五郎
第1話 卒業式
カンカンッ、と響き渡る鐘の音を耳にしながら、私――アーテ・セルフィンは慌ただしく廊下を走っていた。
今日は『ウェルベルト士官学校』の卒業式であり、同時に配属式でもある。
そんな日に寝坊して遅刻しそうになるなど、今から卒業を取り消されてもおかしくはない事態だ。
これも昨日、緊張して寝付けなかった私が悪い。
いや、もうすでに今日の私が悪いと言える。
こんな無駄なことを考えている暇があるのなら、できる限り早く行動へ向かえ、と言われたらぐうの音も出ないのだけれど。
「はっ、はっ!」
息を切らしながら、私はようやく見えてきた講堂の扉に安堵する。
まだ鐘は鳴り終わっていない――ギリギリ間に合ったはずだ。
バンッと思い切り扉を開いて、私は勢いのままに滑り込む。
「お、遅れかけましたぁ!」
講堂に入ると同時に、私は大きな声で言い放った。
乱れた呼吸を整えながら、ちらりと視線を前へと向ける。
すでに整列した同期達に、士官学校の講師の方々が勢揃い。
さらには『お偉い』方々も着席されていて、私は完全に状況を理解した。
――やらかした、というレベルではないということに。
同期達は笑いをこらえたり、呆れた表情を浮かべたりしながら、私の方をできる限り見ないようにしている。
私の視線の先には、真剣な面持ちの校長――ルーメス・グランシフがいた。
齢六十を超える彼女も、元はこの学園の卒業生であり、すでに退役した身ではあるが、士官学校の最高責任者として多忙な日々を送っている。
優しくありながらも厳格な人で、こんな大事な日に遅刻をする私のようなダメな生徒を許す人とは思えない。
「あ、あの……っ!」
この場合、何と弁明したらいいのだろう。
私は慌てふためきながらも、何とか言葉を続けようとする。
けれどその前に、ルーメルは小さなため息を吐いて、
「まだ卒業式は始まったばかりです。自分の席に着きなさい、アーテ・セルフィンさん」
「あ、は、はいっ!」
こくこくと頷いて、私はそそくさと指示された通りに行動する。
みんなが見ている前で叱責されるかと思ったけれど、今日が大事な日だからこそ、見逃されたのだろうか。
それとも、あとから呼び出して怒られるのだろうか。
唯一の空席となっている私の席へと座ると、軽く脇腹を小突かれた。
「卒業式と配属式に遅刻するなんて、前代未聞でしょ」
視線をそのままに、小さな声で話しかけてきたのは、同期のイルマ・シーヴェルだ。
成績優秀な彼女は、男子に劣らず戦闘技術においても卓越しており、私と比べれば間違いなく秀才であると言えた。
金色で長い髪に整った顔立ち――容姿も、はっきり言ってしまえば同性の私から見ても、すごい美人であると思う。
どういうわけか、不思議と士官学校では一緒に行動することの多い仲ではあった。
「いや、ちょっと寝坊しちゃって……っていうか、誰も起こしてくれないっておかしいと思わない?」
「おかしくないわよ。こんな日に限って寝坊するなんて思わないじゃない。今後の人生の決まる、大事な日だっていうのに」
イルマの言う通りで、私はそこで反論できなくなってしまう。
そもそも論破する気もないし、遅刻した私が全面的に悪いので、反論するのもおかしな話だった。
静かに話を聞きながら、反省をすることにする。
「さて、ちょっとしたアクシデントはありましたが、これから皆さんの卒業式を始めたいと思います」
ルーメルの言葉と共に、卒業式は開始された。
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