出来損ないの陰陽師

@kodukikentarou

第1話

出来損ないの陰陽師

とある朝。

冬場の寒い今日この頃。

広い和室の京畳に布団が一つ。

部屋の隅にはコタツも見える。

コタツの上には昨晩飲んだ熱燗の瓶が徒然。

眠い。

どうせ今日は急ぎの案件は無い。

ならば布団の中で惰眠を貪るのが正解である。

だがその目論見は露と消え去る事となる。

「龍月君!朝だよ!」

この俺が住んでいる、鳴神市の鳴神市立鳴神中学のブレザーの制服を着たポニーテールが特徴

的な少女がスパーンと障子を開けて入って来る。

だがぶっちゃけこの程度の目覚ましで起きる訳がない事を知っているようで、究極奥義を出す

事に。

それは一般なら非日常なのだが、俺の屋敷では日常茶飯事。

その奥義とは・・・

「脱ぐよ?」

顔を赤らめ、シャツのボタンに指を絡める。

これが一番効く。

毎度の事なのだが、耐性がつかない。

同年代の女子に脱ぐよって言われるのは何より効く、マジで。

ガバり!

俺は顔を上気させ、跳ね起きる。

「起きる、起きるから朝からうら若き少女が破廉恥な好意はやめーい!」

布団から起き上がると横によく知る下着で寝ている女性が一人。

こちらもいい感じに寝ている。

多分だが昨晩の晩酌に付き合ってそのまま寝てしまったのだろう。

それを見た制服少女、こと、鬼龍院沙夜はふるふると拳に力を込めて

パッカーン。

いだい!

弁明の機会、文句を言う前に

「朝子お姉ちゃんも!」

朝子は起き上がり、自分の姿を見ると

「ななな!?この変態!」

えええ!自分で脱いで布団に入ったでごわすよ!

やはり釈明の機会無しに殴られて、思った。

理不尽や、理不尽過ぎて笑えん。

「たく・・・とんだ災難だ。その内、鍵かけて籠城するぞ」

ムスクれている俺の顔を見て、台所に立つ女性が母性的な表情でこちらを見つつ、味噌汁を差

し出してきて

「お父さん、なんでしょ?もうちょっと、親心を・・・」

痛い所を突くなぁ・・・分かっている。

同僚だった三綱夫妻が妖魔に襲われ命を落とし、その子供だった4姉妹を養子として迎え入れ

た。

ただし、状況は複雑である。

この味噌汁を差し出してくれた女性、真昼、さっき変態呼ばわりして俺をどつき回した朝子。

この二人は俺より年上で、本来なら姉ちゃん呼びしなければいけないのだが、俺にもまかりな

りともプライドと言うものがある。

なので「オヤジ、と呼ぶように」と釘を刺しているのだが沙夜は「同い年の男の子にオヤジ呼

ばわりできないわよ」とため息を吐かれ、朝子は「がきんちょが生言うな」真昼はというと

「お父さん」と「龍ちゃん」をその場の空気で使いこなす。

それともう一人・・・。

「龍さん・・・」

オドオドとしている少女、美夕。

この子は常識がなっている方かも。

何時も分厚い古文書を持っているが。

大人し過ぎてコミュ障を心配している。

なので美夕には「龍さん」と呼ばれても怒らない。

「何かいな?美夕?」

分厚い古文書を開いて

「ここ、分からない・・・」

古文書と言っても、俺が仕事に使う陰陽書物である。

陰陽術にも様々あり、術式やら術武装等々。

美夕が指さしていたのは

「刀剣術か」

丁度、脇差を机に引っかけてあったので、それを抜き

「万物に於ける我と対する敵対する者を切り裂け」

力はセーブしてある。

脇差の刀身が真紫に変わる。

ふむふむと美夕は何やらメモを取っているが、一朝一夕で扱える術ではないので意味がない気

もするが、あえて何も言わない。

まかりなりともこれも才能とそれに慢心しないで修行を積んだ者が使えるものなのだ。

「ありがとう」

美夕は廊下を駆けて行って自室に戻っていった。

美夕・・・陰陽術に興味あるのかなぁ・・・?

納刀して、俺は味噌汁にご飯をぶっこんで、生卵を落としてかき混ぜて食べる。

それを見ている沙夜はため息一つ。

「猫まんま飯やめたら?行儀悪いよ?」

これが美味いんだから仕方ない。

しかもちゃちゃっと飯が済む。

ネギ、油揚げの味噌汁なら尚最高。

それより・・・

「学校は?」

その問いに美夕。

SNSの連絡網で朝一に来たメールを俺に見せ

「休校。インフルエンザで」

あー成程。

確かに聞いた様な気がする。

しかし俺は仕事がある。

急は要しないが、顔は出すべきなので顔を出す事にする。

公務員。

特殊勤務陰陽師。

それが俺の職業。

風水で物の吉兆を占ったり、建物風水学、星霜学等をやるが他にも一番触れなければいけない

仕事。

危険なお仕事、妖魔調伏。

俺は風水学が苦手。

鬼龍院家で強大な霊力を持って生まれた俺は風水学等の授業をバックれ、専ら妖魔との戦いに

明け暮れていた。

その為、脳筋の戦闘狂の烙印を押されたがそれにも構わず「武」の道を極めんとする。

結果、この歳で陰陽寮、妖殲滅第六小隊小隊長になる。

と言ってもここの所、妖が暴れていると言う報も無く、偶にあっても、陰陽寮を快く思ってい

ない、警視庁公安0課がちゃちゃっと片してしまい出る幕が無い。

俺としては先輩の陰陽寮の方を立てて欲しいものだ。

できてまだ3.4ヶ月の組織なのだから。

でも、俺と粗同年代の黒檀の扇子を使って戦うと言う奴とは一戦交えたい。

何でも相当な強さらしい。

戦いたいと思うのは周囲の言葉通り「戦闘狂」だからであろうか?

血が滾る戦いをしたいのだが、中々出会えない。

皮肉にも強くなる為の修行が自分より強い相手を見つける事を不可能にしていた。

孤高の最強になった。

それは孤独である。

本当に俺は強いのか?

それを確かめる術が無いのだ。

強いが故の恐怖にも似た感情。

だからこそ同族が欲しい。

安心が欲しいのだ。

何やら考え込んでしまっていた俺に

「偶には有休とってどっか遊び行こ」

真昼が提案。

あのなぁ・・・。

俺は頭をポリポリ掻いて

「陰陽寮も忙しいの」

一つ咳払いして、茶をすする。

あ、茶柱。

いやいや、朝から二発も殴られて今更だぞ・・・。

もう何も無いのだろう・・・多分。

改めて湯呑みを傾ける。

「の、割に昨日飲んだ時、やれ妖が出なくて暇だー、出ない所為で机上仕事だー、やだぁーっ

て愚痴ってたの誰かしら?」

朝子。

目ざとく覚えていなくていい所だけ覚えてやがるな・・・。

流石に大学院を次席で卒業しただけある。

「それに龍、お前中坊の癖して車の運転は目を瞑るが、タバコは吸うは、酒は飲むはどこのヤ

ンキーだ、中坊の本分の勉学をだな・・・」

朝子は大学院を出たのだが、博士号に興味がなく、鳴神中学の歴史の教諭になった。

話が脱線して説教が長くなりそうだったので

「中学の基礎的な授業は粗方陰陽寮で受けてる、歴史はゆわずがな」

ちょっと皮肉った。

陰陽寮の歴史は初代天皇陛下時代からあるとされる。

知らないけど。

ホント、勉学は嫌いなのだ。

符術などの梵字の授業や五行学は必須科目なので受けているが、やはり苦手だ。

やはり、刀で妖をしばく方が俺の性に合う。

「さって、仕事行ってくるわー、とーちゃん稼いでくるよー」

サラリーマン陰陽師の出勤。

別段変わった格好はしない。

カッターシャツにネクタイ、黒スーツに鞄、脇差。

「・・・今更だけど、その脇差、よく補導されないわよね」

いや、補導って。

普通に出勤してます、で通る。

陰陽寮の所属証を見せれば。

「で?何でついて来たかな?」

朝子、真昼、美夕、沙夜。

それぞれ目を逸らす。

この四姉妹、美少女美女の集まりなので、宮内庁の門番の皇宮警察の顔馴染みのオッチャンが

「相変わらず華があるねぇ、モテるねぇ、この、この」

と脇腹をどつかれた。

俺の席は宮内庁の二階の陰陽寮、陰陽師待機所、のプレートが下がったかなり広い部屋の中央

にある。

俺は鞄をどさっと置いてパソコンをつけて、改めて聞こうとしようとする前に

「お、相変わらずアイドルグループ引き連れてるな、鬼龍院の所、ハーレムだな、羨ましいぞ、

このこのー」

デジャヴ。

頭をグリグリしながら俺と同年の神威成光が俺の隣の席に座る。

同僚で、飲み仲間の一人だ。

同僚何人かと飲みに行くのはいいが酔い潰れるのがコイツが一番最初。

タクシーに放り込んでバイバイ、若しくは俺の屋敷で潰れる。

一度、追い酒で悪酔いして娘達が風呂に入っている所に突撃した前科がある。

要警戒。

それは置いといて、一目見てから沙夜がかなり好きらしい。

沙夜の手作り弁当を見て

「この海鮮丼と交換してくれ!マジ頼む」

と迫真の表情で迫られた事もある。

そんな、沙夜推し、惚れてますオーラ全開で来たが

「・・・俺の目が黒い内は手は出せねえぞ?」

鋭い、少しでも視線を逸らしたら切り殺されそうな目をすると、神威は一つ身震いして

「おー怖、怖・・・戦闘狂のお前を敵に回す奴いねえよ」

だが相変わらず沙夜をポーっと見ている神威。

そんな神威を傍目に俺はタバコを一本くわえて、軽く念じて

「火」

ポ!

陰陽術の五行の基礎的な基礎。

人差し指の指先に火を灯しそれでタバコに火を点ける。

ライター等より便利なのでしょっちゅうこれである。

人によっては無精するなと言う人もいるが面倒臭いのでこれで通す。

「あ、俺にもくれ、丁度タバコ切らしてたんだ」

売店で買ってこいよ、と言いたいが売店が開くのが十一時である。

未だ二時間弱ある。

しかたねぇなぁと五行が刻印されたタバコを「ん」と差し出す。

コーン。

それまで黙っていた四姉妹。

タバコの話に敏感に反応した朝子は

「未成年が堂々とタバコ談義しない!」

痛い。

ヒールで引っ叩いくるのはやり過ぎ、オーバーキルと言うものではないであろうか?

頭に明らかに、いや、絶対に頭に古臭い、タンコブの描写ができている。

文句の一つも言いたかったが、その前に

「まぁまぁ、そう目くじら立てずに・・・この子達が吸ってるタバコは鎮魂の効果のあるタバ

コですから・・・」

「あ、天木寮長、おはようございます」

天木と呼ばれた物腰静かなお婆ちゃんに挨拶。

四姉妹の隠れ筆頭、真昼が

「うちの龍月がお世話になってます」

保護者っぽい事言ってるけど保護者、俺なんすけど?

オヤジなんすけど?

口にする前に天木がにっこりと、ほっこりする様な、太陽の光の様な暖かな笑顔で

「まぁまぁ、ご丁寧に・・・龍ちゃんも骨抜きねぇ」

う・・・ここは納得しておくしかあるめぇ・・・。

肺まで煙を入れて、一気に吐き出す。

「・・・確かに気にしてなかったけど不思議な匂い。よもぎ?」

「さあ?製造元に聞いてくれ」

俺はまたすーっと吸ってから、IDとPINコードを入れてパソコンを開く。

メールが一件。

何々・・・合コン行こうぜ・・・お姉様が一杯だゾ。

「未成年!」

パッカーンと頭を叩く朝子。

いや、行かないよ、と返すつもりだったが

「龍君、本気で怒るよ?」

沙夜も戦闘態勢である。

いやいや、行くとは言ってないよ?

しかもこれ、神威から送られてきてるし。

日付を見ると40秒前。

野郎、確信犯だな?

この前沙夜手作り弁当を分けなかったから逆恨みか・・・。

その神威に視線をやると、してやったりみたいな顔をしつつタバコに火を点けようとライター

を取り出して火を点けようとしていたので

「燐火」

ボア!

火をつけた瞬間、豪炎が立ち上がり、タバコを消し炭にして、神威の前髪を全て焼き尽くす。

呆気に取られている神威を見て、してやったりとほくそ笑む。

即座に復活して

「何するんじゃボケ!」

「上等だアホンダラ!」

売り言葉に買い言葉。

先に喧嘩を売って来たのは神威である。

専守防衛に基づいた攻撃だ。

それを見ていた寮長が

「二人共暇そうね?」

あ、めっちゃ怒ってる。

これはアカン。

天木寮長は怒らせると、途轍もない天罰が下る。

何が起こるかは天木寮長にも分からない。

「あ、鉛筆が」

後ろで作業していた同僚、神無月美津子が鉛筆二本、フッと手が滑って空中に放る、それが、

ブスリ、ブスリと、俺と神威の頭に突き刺さる。

真面目に痛い。

今日の天罰、これにて終了。

「大丈夫?」

真昼が俺と神威の顔を見る。

若干涙目な中一男子― ズ。

恨み節を言う前に

ドコン!

派手な爆発音。

警報が鳴り響き、管内放送が続く、それは耳を疑うものだった。

「緊急、緊急!宮内庁に妖、一が侵入!陰陽寮に向かっている模様!総員戦闘配備!」

どんなに手練れの妖であっても宮内庁に一体で侵入してくるなんて命知らずである。

ましてやこの宮内庁には陰陽結界が張り巡らされており、侵入自体が困難なはずである。

「第六小隊が出ます、全ては帝の為に」

偶々出くわした陰陽師や、巫女の肉塊が飛び散る廊下。

宙に浮いている。

一見ただの煤の塊。

だが中心には大きな目玉が一つ。

「バックベアード・・・、これまた大物が来たな」

俺は長州脇差を抜いて

「征伐!」

ギン!

目玉に刃を突き立てる前に触手の様な物で弾かれる。

逆に宙に舞い、隙ができる。

「何やってやがる、五行の理、全ての生を成すそれは時として刃向く、生を穿つ相反する水気

の刃!」

神威が手で印を結ぶと同時、水刃がバックベアードの触手を全て切り落とす。

それだけでなく神威が更に印を結び

「巡り金気!貫け!」

無数の鋭利な鉄槍がバックベアードの目を貫かんとするが、煤の壁がそれを阻む。

俺は着地すると

「援護頼む!神威!」

「ち、しゃーねぇなぁ!」

俺は最短ルートでバックベアードの方へ再び駆ける。

勿論、触手が俺に向かって来るが

「水気の絶対零度!」

氷壁がそれを遮る。

そして

「終わりだ!」

刃を突き立てた瞬間、バラバラと分散する。

手応えが、無い。

逃したか?

「龍君!」

「沙夜!?来んな!未だ終わっちゃあいねぇぞ!」

アリス・・・女王でん・・・か・・・。

空気が揺れる。

こりゃあ、ガチでヤバいかも。

ケチケチして隠し玉を取っておくのは駄策。

それじゃあ、出すか。

「虚にて我契約の刃を抜く、神の鍛えし御剣よ、その力、その力、課したまえ!」

光の環。

そこに俺は手を差し入れると現れたのは一本の紫の透き通った剣。

ギャア・・・!?

バックベアード、最後の断末魔か。

この剣の光を浴びるだけでどんなものでも浄化されるもんな。

しかし・・・。

「アリス?」

首を傾げる。

ふと後ろを振り向くと同時に、

トサ・・・。

沙夜が倒れる。

「相変わらず、鬼龍院と神威の中坊コンビは最強だなぁ」

神無月は緑茶を勧めて来るが、今は喉を物が通らない。

半日、沙夜の意識が戻らない。

バックベアードの言っていた「アリス」が気になる。

それが原因ではなかろうか?

しかし、アリス・・・?

頭の記憶を掘り返すが記憶のアーカイブスには全く無い。

難しい顔をしていると

「アリス、次元、時間、神界、魔界関係なく跳躍する存在・・・」

美夕だ。

何やら古い洋書を広げ、その文面の一節を切り取って読んだ様。

英語、読めるって凄いなぁ・・・!?

ルーン文字。

学の無い俺には到底読めない。

あ、神威もタバコ吸って、明後日向いてる。

しかし突然そんな事言われても頓珍漢である。

「アリスは精神体。次元を跳躍したら、その跳躍先の何かに憑依しなければいけない・・・」

てー事は、沙夜にはアリスって奴が入ってるのか。

「その通りよ、鬼龍院龍月」

気配が無かった。

一同、驚き、冷たい物が背筋を伝う。

そう、沙夜である。

雰囲気はまるで別人であるが。

その美夕が淡々と語ったものそのもの。

威圧感、いや、違う。

言葉に表せない様な空気。

呼吸ができない。

美夕が怯まないで前に出る。

「出なさい、アリス。私のお姉ちゃんに入る事は許してない」

あのオドオドしている美夕の語気の強さに尋常じゃないものを感じる。

美夕はバックの中から水晶のペンダントを取り出し

「これに宿りなさい」

首を横に振る。

「その様な玩具には入れない。波長の合うこの者にもう少し宿らん」

それだけ言うと、ふっと、再び糸の切れた人形の様に倒れる沙夜。

美夕は苦虫を嚙み潰した様な顔をしている。

今まで見た事の無い表情。

ある種、鬼気切羽詰まったその表情。

ヤバい事が分かる。

それを理解して

「アリスって奴を叩き出すには?」

「無理はするな、人間よ」

男、普通の男では無い事は格好で分かる。

まとっているものは霊力ではない。

恐らく魔力。

俺は脇差に手をかけ

「何か知ってる様だな?死にたくなけりゃあ、吐いちまった方がいいぜ?」

男は不気味な笑みを浮かべ

「君が本気になっても私には勝てない、鬼龍院龍月」

「如何かな?グレゴリー・ラスプーチン。まさか有名な魔術師と会えるとは思わなかったぜ」

男から笑みが消える。

無表情になり俺を睨みつける。

しかし、それに恐れおののくどころか俺は哂い返す。

冷笑。

逆にラスプーチンから余裕が消える。

恐怖を植え付けるには十分だろう。

安倍晴明と逆位置に存在し続けた陰陽師一派の一つ、鬼龍院。

舐めるなよ、ジジイ。

「・・・アカシック・レコード、か。だが所詮写しだろう?」

何とかラスプーチンは言葉を捻り出す。

「写し?知らなかった様だな、アカシック・レコードは確認されてるだけで三つある」

全てを予見、いや未来を記録している者、アカシック・レコード。

だが、ジグソーパズルの様にバラバラで一つのアカシック・レコードでは完全でない場合が多

い。

今、三ヵ国に未来の記録、通称アカシック・レコードの能力者がいる。未来が見える者をそう

そうに手放す訳は無く、結局知りたい所は互いの懐の探り合いで教え教えず。

陰陽寮、帝機関の筆頭、宮東シズがアカシック・レコードの能力者なのだが、口外しない事が

暗黙の了解。

しかし先も言った通り、一人に全ての導が行くのではなく、本当に知りたい事象が抜けている

場合など日常茶飯事なのだ。

現に沙夜からどうすればアリスを引き剝がす事が可能か?と言う導きは宮東の知る所ではなか

った。

それ以前に、アリスが沙夜に憑依する事自体、導きになかった。

しかし、このラスプーチンは何やら能力者の言葉を聞いた様だ。

バックベアードを吹っ掛けて来たのは憶測ではあるが、ラスプーチン。

目的は、沙夜、いや、アリスと言う精神体だろう。

俺は刃をラスプーチンに向けたまま

「げろってもらおうか」

「ふ、ふはは・・・見くびるなよ?若僧!」

どっちが?

ラスプーチンが蒼褪めていく。

魔法が使えないからであろう。

宮内庁の予備結界が発動し始めたと。

こんな時の為に結界は伍の陣まで張られている。

俺は指をパチンと鳴らすと周りに黒子の様な者達が召喚され、手に持っている差す又でラスプ

ーチンを捕らえ

「聴取室に」

「何かゲロったか?」

俺はタバコに火を点けて、軽く吸って、ふぅっと煙の輪っかを吐く。

一つ間が空く。

短い間ではあったが。

神無月は首を横に振りつつ、肩を落とした所を見ると駄目だったと言う事を指す。

大きくため息をつく前に

「神無月の精神拷問でもゲロらんって凄いな」

そう、この手の拷問は神無月のプロだ。

どんな屈強な精神を持っていようとも、ボロボロズタボロ、廃人にする。

肉体的拷問はしない。

精神的なものの方が聞く。

「何か、暗示がかけられてて精神の最深部にまで入り込めないのよ」

ラスプーチンに暗示か・・・。

俺はスーっとタバコを吸って

これは、厄介な事になってきたなぁ・・・。

ふうっと吐く。

ため息と一緒に。

「あ、龍月!沙夜が目覚ましたわよ!」

血相を変えた朝子だ。

「・・・龍月君?」

まだ虚ろ。

得体のしれない者が入っているのだ。

相当な負担がかかっていてもおかしくない。

しかし、一つ疑問がある。

何時、何処でアリスが沙夜に憑依したか?

一応、鬼龍院の屋敷も陰陽結界が張ってある。

屋敷に居る間は憑依できないだろう。

こりゃあ、東宮様に会うしかないか?

知り得ているかは定かじゃねぇが。

「何か・・・不思議な感じ。私が私じゃないみたい・・・」

妙な不安を煽りたくないので、俺はアリスの事を口に出さない。

それを悟って、その場にいた真昼、朝子、美夕は口をつぐむ。

そんな空気を一発で弾き飛ばそうと神威は

「お、沙夜ちゃん、腹空いてないか?ハーゲンダッツ買って来たんだ。食べようぜ」

ガバ!

「食べる!」

あ、目が爛々しとる。

これは予想に反してそんなに深刻にとらえなくてもいいのでは?

「真昼お姉ちゃん、龍月君どうだった?」

主語が抜けていて真昼は返答に困る。

沙夜はどうやらわざと主語を抜いているかの様。

取り合えず、大雑把な龍月の様子を聞きたかったのだろう。

そうと、くみ取り

「真っ青になってたわよ。あたふたしてたわね」

真昼は夕食のおでんのだしを微調整していたが、一旦手を止めて、口重めにそう答える。

沙夜は満足そうにちょっと悪戯っぽく笑って

「・・・龍君でも動揺するんだねぇ・・・」

真昼に聞こえるか聞こえないか程度の声で呟く。

真昼は不可思議そうな顔をする。

そんな真昼をよそ眼にその場を離れる沙夜。

大きなコタツに足を突っ込み、家族五人でおでんをつつく。

当然・・・

「あ!そのタマゴ狙ってたのに!」

朝子がおたまでタマゴをすくって自分の皿に。

それに対して沙夜がブーイング。

美夕ははんぺんをもむっている。

「タマゴならまだあるから・・・」

窘める真昼。

俺はその横で餅巾着にからしをつけて口に入れると、つゆが口一杯に吹きでる。

から!?

からしのつけすぎ。

でもそれが美味しいのだが。

日本酒も進む。

カーっと染み渡る。

至福の表情。

それを見ていた沙夜が

「私もー」

クイ!

マス酒にしていたコップを一気。

あ、

次の言葉を発する前に、直ぐにへべれけになる沙夜。

前、一度、ブランデーを飲んで大変な事になった。

「りゅうう・・・わたしねぇ・・・ぇぇぇえ・・・」

寄りかかって来る前に、コタツから強制射出。

早い話逃げ。

質の悪い絡み酒。

と。

「逃げすかぁ・・・」

ズボンの裾を握られコケる。

目が据わっている沙夜。

もはやまな板の上の鯛状態。

そこに追い打ち。

「まさかぁ、私達二人を無視するなんてできないわよねぇぇ・・・」

言わずもがな、朝子である。

朝子は既に上着を脱ぎ捨て、巨乳を俺の背中に当ててくる。

たーすけてくれー・・・!

がんじがらめはがいじめにされて身動きが取れなくなっていた俺を見かねた真昼が朝子と沙夜

を引き剥がす。

相変わらず、剛力だなぁ。

口には出さないが。

ともかく逃げるのは今の内。

おでんの牛筋を食っとけばよかったという後悔もあるが、我が身一番である。

縁側を走る、離れを目指しひたすら走る。

菖蒲の間を駆け抜け、離れへ。

離れ。

建物は歴史を感じさせるが、ギャップのある冷暖房を入れている。

離れで布団を敷いて、ゴロっと寝る。

微睡む。

そこに

「龍さん」

美夕だ。

突然の来訪に驚いた。

この鬼龍院の屋敷はやたら広い。

東京ドーム二個分ぐらいある。

闇雲に探していたら、何時間かかるか想像に難い。

しかし、おでんをつついていた大広間からものの数分で美夕は俺の元に来る。

俺は訝しみ、眉間にしわを寄せる。

「龍さん・・・いえ、アカシック・レコーダー・・・」

ふと俺は笑い

「何時から気付いてた?俺は完璧に隠してたと思ったが」

全ての記憶を司る者、いや、物。

大いなるアカシック・レコードの記憶に触れる事が出来る物。

そう、所詮は全て、アカシック・レコードの意のままに動く人形でしかない。

「アリスの事、アカシカル・インデックスで知っていたのかしら・・・?」

フム、そこまで嗅ぎつけるとなると、少々厄介。

残念だが、記憶を飛ばさせてもらう。

我が子を手にかけるのはあまりに罪悪感があるが。

「何かするの?アカシック・レコーダーの天敵、イレギュラーが相手でも?」

アカシック・レコードも完全では無い。

天文学的な数字で綻びが発生する。

それを発生させるのがイレギュラー。

俺は陰陽符出し一つ言葉を唱えると、派手な音と共に爆ぜ、離れが吹き飛ぶ。

「ふうむ、流石イレギュラー、この程度じゃ傷もつかんか」

そこにこの爆音に駆け付ける真昼。

焦げ臭い。

「何があったの?」

「あー、ガスボンベにタバコが引火した」

適当。

美夕も頷く。

書斎。

俺はコーヒーを美夕にすすめるが、首を横に振られる。

別に毒なんざしこみゃあしないのだが。

机に置いてあるコーヒーをすする。

安いインスタントコーヒーの渋みがするが飲めない程ではない。

時計は夜の10時を過ぎていた。

本来なら寝ろと言う所だが、話が話だけに、と言う奴だ。

「アリスの一件が済むまで休戦だ、いいな?」

提案に無言の肯定をする美夕。

そこで疑問を呈する。

「龍さんは沙夜お姉ちゃんにアリスがいる事が何時分かったの?」

「美夕、お前がどの程度知ってるか知らんが、アカシック・レコードも完全じゃない。東宮様

に会って聞こうと思ってる、知っているかは五分だけどな」

「じゃあ、龍さんが知っている事」

カップを置き、一つ溜息。

執務机に座り、タバコを一本。

俺の知っている事ねぇ・・・。

「ラスプーチンがアリスの秘密を握っている、って所くらいか」

今日からインフル休校解除らしく、朝子、美夕、沙夜がそれぞれ各々、朝子はスーツに着替え、

美夕は鳴神小学校の制服を着て、沙夜は鳴神中学の装い。

俺も俺でビジネスバックに脇差。

車の鍵を取って

「先行くぞー」

中古で買ったセダンに乗り込みエンジンをかける。

暖房を入れる。

タバコ臭いのはご愛嬌。

そこに、沙夜が助手席に、後二人は後部座席に。

鳴神市の北端から南端まで車で送るのが何時もの習慣になりつつある。

クラッチを踏んでギアを入れ、いざ発進。

「お前もたまには登校しろ」

朝子が運転席の俺にヘッドロックをかけて来る。

キマッてるのでギブ、ギブとパタパタ。

朝子はニマっと不敵に笑い

「はい、これ!」

弁当と学ラン。

マジかー。

俺は頭を抱える。

鼻歌を歌っている。

沙夜もどことなく嬉しそうだ。

やれやれと俺はビジネススーツを脱いで、学ランに袖を通す。

学校とは縁が切れたと思ってたのになぁ。

車はどうするかな?

困っていると

「車か?職員駐車場に停めていいらしい」

「わぁ・・・鬼龍院君久しぶりー」

「仕事の方、どうー?」

俺の周りにたむろする女子一同。

そこに

「あ!神威君も登校!」

神威、珍しいな?

暗号ジェスチャー。

返事。

お前もな。

俺は天木寮長に登校しろって言われた。

あの狸校長の差し金らしいが、何かやらかしたか?俺達?

さあ?

昼休み。

安定の校舎屋上。

ここは何をするにも絶好の場所なのだ。

そこで真昼が作ってくれた弁当をつつきながら、ボーっと空を眺めている。

空には入道雲。

平和だなぁ。

弁当美味いし、お茶も美味い。

これでタバコも吸えたらいいのになぁ・・・。

「ほい、これ」

同級生の女子、秋帆奏が俺にタバコを渡してくる。

「いいんか?」

奏は満面の笑みで

「いいのいいの。たばこ税上がって商売上がったりらしいから」

奏の家は俺の家の近所のタバコ屋なのだ。

幼馴染と言う奴だ。

下手すると四姉妹以上の付き合いがある。

俺が英才教育を嫌って、奏の家に転がり込む事、数え切れず。

「あ、タバコ。俺もくれ」

神威だ。

やれやれとタバコを一本。

咥える。

「火」

ポン。

人差し指の先に灯す小さな火。

その火に神威もタバコを点け

「あ、い、う、え、おー」

ぽ、ぽ、ぽ、ぽ、ぽふーっと煙を吐く。

何やってるんだ?コイツ。

冷ややかな視線を送っていたが、暇だからという事を忘れていた。

俺も

「か、き・・・グハ!?」

後頭部に突き刺さったのは、誰かの上履き。

一瞬何が起きたか分からなかったが、状況理解まで十秒もかからなかった。

後ろを見ると、生徒会執行部の腕章。

沙夜である。

正義感が強い沙夜はすぐに生徒会にスカウトされた。

「中学生がタバコ吸わない!没収!後、秋帆!後で生徒会室に来る事!」

憤慨。

「いやー、龍君、タバコ吸ってる絵がすっかり板について、タバコの似合うニヒルな男性風体

でさぁ・・・」

沙夜の憤慨感情を無視するが如く、いや、焚きつけてしまった。

「・・・反省文十枚」

そう言って秋帆にどこからともなく、原稿用紙を取り出し突き出す。

何となく不条理。

吸ってたのは俺なので沙夜に

「俺が書くよ、秋帆は良かれと思ってくれたんだしな。な、神威」

神威もコクコク頷く。

しかし神威はM属性を発揮。

「沙夜ちゃん、俺にも厳しい罰を・・・って言うか上履きで叩き倒して・・・」

その場が凍る。

マゾヒスト。

流石の沙夜も表情が凍っている。

秋帆に至ってはドン引き。

俺もこんな同僚、嫌だな、と真面目に思った。

腕は一級品なのにこれさえなければなぁ・・・。

しみじみ。

空気が硬くなったのを感じ取った沙夜は

「ま、まあ・・・それは置いておいて、龍君と神威君に調べて貰いたい事があるのよ」

へぇー、流石歴史ある学校、七不思議があるとはねぇ・・・。

俺は懐中電灯片手に廊下を歩く。

沙夜は興味半分怖いもの見たさ半分と言った所の足取り。

神威は羅針盤を見ている。

「・・・来るぞ」

ヌモーっとした粘土状の物が此方に向かって来る。

特に害が無かったので陰陽寮には通報が無かったのだが気味が悪いと言う事と、放課後出くわ

すと通行の邪魔になると言う事で調伏依頼が来た。

って言うか、この学校に席を置いている俺と、神威に矢が刺さったと言う訳だ。

「さて、どうするー?」

俺はタバコに火を点け、ふうーっと煙を吐く。

「うーん、妖魔って言うより、精霊に近いぞ。下手すると自分らの方が天罰くらいそう」

沙夜は怖さが無くなったのか自ら近寄り

プヨ。

つつく。

パリ・・・!

ギョア!?

急に悲鳴を上げて引き下がる。

「ほう、私の存在が分かるか。なら我に使役されよ・・・まずは・・・そこの陰陽師を喰らえ」

沙夜が冷笑を浮かべてそれに命じる。

アリスか。

内心で舌打ちして、それ迄のべりとしていた粘土状の妖魔は俺等に襲い掛かってくる。

触手化した粘土を斬るが・・・手応えが無い。

それよりもすぐ引っ付いて再生する。

こりゃ厄介。

「斬って駄目なら燃やしてやるよ!」

五行陰陽陣を写した札を妖魔に当てる。

ボン!・・・ドロ・・・。

溶け出す。

中途半端な手はダメか。

ならば・・・

抜く。

虚無から。

紫の透き通った刃。

全ての魔を退ける、滅する、銀と紫水晶で出来たこの異様な日本刀。

その波動を感じたのだろう、妖魔が怯む。

それを逃さんとばかりに斬り付ける。

斬り付けた部分が砂の様に砂塵に消える。

雷雲。

この学校を中心に渦巻く。

屋上は風が強かった。

稲光を背景に、まるでどこかの悪役が如く仁王立ちの沙夜がそこにいた。

「ここまでだ、アリス。永久的に封印させてもらう」

「私の封印方法を知ったと言う事は、アカシカル・インデックスに触れたか。だがいいのか

な?」

俺は哂う。

何を言うのか既に分かっていたからで。

知った時は絶望に打ちひしがれていたが、今は淡々と自分の立場を弁え立ち向かう事を決めた。

なので今は大丈夫、なはず。

「私は生れた時から私なのだ」

俺は刀を引き摺りながらアリスに向かって歩む。

もはや、知りうる事実。

次元を跳躍して実体を得るアリス。

十二年前、生まれた時から存在した。

インデックスに触れ知り得た。

アカシック・レコードは触り迄、悪く言うと表面迄しか分からないが、アカシカル・インデッ

クスは深層の真実まで記録されており、全ての知識を得れる禁断の記録、記憶。

到底人間が触れていいものではない。

「驚かないのだな?」

肯定も否定もしない。

淡々と、着々と沙夜、いやアリスににじり寄る。

刀を中段に構え。

「ふん・・・人間如きが私を封じる等と・・・」

カシャン・・・!

俺は刀を手放し

ギュウ。

アリスを抱きしめた。

「ど、如何言うつもりだ・・・?」

「アリス、いや沙夜。どんな形であれお前は俺の家族だ

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出来損ないの陰陽師 @kodukikentarou

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