二人の女優

「凄い凄い!家に大浴場があるなんて!」

獅童さんが楽しそうに大浴場を飛び跳ねているのを見て私は連れてきて良かったなと思います。

ですが気がかりな事が一つ。寝起きで失念していましたが、当落とはいえ発表はまだしていない事です。

やってしまいました。お父様には後で謝罪をするとして、智樹さんにご迷惑をかけた事の方が気がかりです。

「やっぱり不味かったですよね…。」

お風呂に浸かりながら独り言ちます。

お父様が帰ってきてすぐ、状況を察したお父様は智樹さんを呼び出しました。

私はちょっと浮かれていたので気づくのが遅れてしまいました。絵里から状況を聞き向かおうとすると止められました。

智樹さんは絵里に自分に任せてほしいと私に言伝をしていったとの事です。智樹さんはこういう対応にも慣れています。美羽は結構やらかすタイプだったので…。でもちょっと心配です。

「どうしました?麗奈さん!」

獅童さんは屈託ない笑顔で私に話しかけてきます。元々が私のミスなので彼女には非がありません。共演者が素直そうな女の子だった事にすこし浮かれてしまった故に起こしたミスです。次回から無いように気を付けます。

「いえ。何でもありません。獅童さんは獅童プロダクションの一人娘ですよね?どうして芸能科に?そして何故このオーディションを受けたのですか?」

私の質問に獅童さんは暗い顔をするので少し心配になります。

「元々演技には興味がありました。でも芸能科に移動したのは親の命令でした。私は親の会社に有能な人をスカウトするために芸能科に入ったんです。だから何かの作品に関わるつもりなんてありませんでした。情熱が無い人間が作品に関わるなんて関係者に失礼です。でも先日の会見とPVを見て私はこの作品に出たいと思いました。大好きな原作、貴女が演じる氷華…。その全てが美しいと思いました。だから次の日から更に原作を読み込みました。侑芽という人間を理解し、目の前に氷華を演じる貴女がいると仮定して…。そして今日を迎えたんです。役を貰えて嬉しいという気持ちは有りますが、今はもっと上手くなりたいと思っています。だから怖気づくのは辞めます!一流に並ぶ存在に私はなりたい!」

大きな声で抱負を語る彼女を見て私は自分が微笑んでいることに気づきました。

あぁそっか…。この子は演技を始めた当初の私に似ているんだ。圧倒的存在である姉と兄を超えると決めて始めた芸能生活。それがいつの間にか周りに合わせる演技をするようになってつまらなくなった。

そして今回の作品でまた姉と兄を倒そうとしている。でも氷華に丸投げしていいのだろうか。これは確かに私の能力ではあるけれど、演技の所作を彼女に落とし込む事によってもっとクオリティが上がるのではないか?

考え込んでいるとどうしました?と獅童さんに声をかけられてはっとします。

「やっぱり、私の動機は不純ですかね?」

獅童さんの苦笑に私は首を振る。

「何かを始める理由に優劣はありません。成し遂げたいという気持ちが最初の一歩を踏み出させる。踏み出したのなら同じ土俵です。だからビビる必要などないですよ。食ってやるって気概で向かっていったらいい。差し当たって私たちには強敵がいます。」

「強敵…ですか?」

「えぇ。姉と兄です。私たちはあの二人を食わねばなりません。そしてこの作品をリードしなければいけない。それは氷華だけでは無理です。この作品はダブル主人公なのですから…。」

探偵は解き明かす。この作品は氷華がポンポンと謎を解き明かす作品ではない。謎を解き明かす中での人間関係こそが作品の本質だ。

とはいえ私の中の知識はほぼ氷華に蓄積されているため内容を引き出すことは難しい。

でも彼女を氷華が選んだのならきっと勝算はあるはずです。

「二人で…。」

「そうです。後で私の秘密を貴女に教えます。ですがこれは私の旦那がいなければ出来ない事です。夕食後に私の部屋に来てください。」

今日の入れ替わりは2時間。あと1時間くらいなら出来るはずだ。今見せるとストッパーである智樹さんがいないから流石に私も怖い。氷華が私に協力的ということを加味してもだ。

「分かりました!ところで今日私はどこに泊ればいいのでしょう…。」

「我が家は客間が沢山ありますから心配しないでください。メイドも一人つけましょう。」

「メイドさん!?いえそこまでしてもらわなくても大丈夫ですよ!?」

「いえ。一応客人に入られては困る部屋もあります。家は広いので案内役も必要でしょう。そういう意味のメイドです。部屋に常駐するわけではありませんし、盗聴や覗きもしないので安心してくださいね。」

意図的に微笑むと獅童さんはこくこくと頷いた。

「他に何か私に聞きたいことはありますか?」

「聞きたいこと…こ、恋バナがしたいです!」

思いがけない言葉に瞬きをしてしまいます。

「それはいいですが…好きな人がいるんですか?」

「は、はい!和樹先輩です!」

知り合いでした。でも彼はきっと難しいでしょう。なんと言葉をかけていいかわかりません。

「彼は旦那の親友です。多忙なので私もあまりお話しできていませんが一応お友達です。詳しくは旦那に聞いていただけると…。」

気まずいです。だって彼はきっと今も美羽が好きだから。というか私だって恋愛経験は皆無です。智樹さんが最初で最後の相手になるでしょう。

助けて智樹さん!そうは思ってもここはお風呂。逃げ場はありません。

「可能性が無いことはわかってるんです!でも難攻不落と言われた神原先輩を堕とした先輩が目の前にいるなら聞いてみたい!どうやって彼を堕としたんですか!?」

いや堕とされたのは私の方…。だけど結果として彼は私を愛してくれている。つまりは堕としたともいえるのでしょうか…?わかりません。

「なんといえばいいのか…。私は必死にアプローチしただけです。幸運なことに私と彼の妹は親友でした。大好きで、大事なお友達…。その縁で出会えただけです。私は男性が苦手だったので彼とも疎遠でした。でも彼が美羽の為に頑張る姿を見ている内に惹かれて行った。そして色々あって今の関係になりました。アドバイス出来ることも無いです。初恋が実ってしまったので恋愛強者ではありません。」

「アプローチ…。例えばでいいので何をしたんですか!?」

私がしたこと?押しかけ女房みたいに押しかけて、色仕掛け、お手伝い…。やばいです。思い返せばおかしなことしかしてません!

「さ、参考にならないと思います…。」

声を絞り出して答えます。だって本当に全然参考にならない!

「それでもいいから教えてください!」

純粋な瞳で見つめられて変な声を出してしまいそうになります。

「押して、押して、押しまくりました…。一回も引かなかったと思います。智樹さんは他人との距離の取り方が絶妙でした。近すぎず、遠すぎず…。だけど私はその線を踏み越えたかった。だから押して押して押しまくりました。和樹さんの事なら智樹さんの方が詳しいですから、是非そっちに聞いてみてください。のぼせますし、そろそろ上がりましょう!」

私はそう言って立ち上がります。こんな純粋な瞳の少女に私のやり方なんて絶対教えてはいけない…。

「では神原先輩にに取り次いでいただけますか!?」

ずいっと顔を近づけて彼女は言います。近い!押しが強い!恋する少女の純粋な瞳が強すぎる!

「わ、わかりました。」

私は苦笑しつつもそう返すしかありませんでした。智樹さんには後で謝ろうと思います。

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元アイドルマネージャーの絶望からの恋 @Ka-NaDe

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