義実家家族との交流
「で?これはどういうことかね?」
俺は当然のように冬夜さんの部屋に呼び出されていた。
当然だ。当確と言ってもまだその話は表に出ていない。なのに彼女を九条院家に連れてきてしまった。これは大問題に発展する可能性がある。
「申し訳ありません。」
言い訳とかは逆効果。麗奈に何も言わなかったのは彼女が楽しそうだったからだ。寝起きで頭も回っていなかっただろう。
「どうせ麗奈が誘って、君が諫めなかったのだろう?別に怒ってはいない。だが我が娘ながら困ったものだな。大変ではないか?」
「麗奈に非はありません。止めなかったのは俺ですから。それに大変ではないです。毎日楽しい。麗奈の横にいるだけで心の傷も癒されます。だから彼女の笑顔が見たい。同年代の友達が少ない彼女に獅童さんはぴったりです。少し挙動不審ですが悪意のない人間だと判断しました。」
俺の言葉に冬夜さんが溜息を吐く。
「その責任を一身に背負う姿勢は立派だが、不満とか愚痴とかないのか?」
不満か…特には無いけど…。
「美羽の破天荒さと比べれば麗奈は我儘も言いません。だから不満とかはないですね。強いて言うなら…。」
「言うなら?」
「いや、やめておきます。」
「何でだい?言ってしまいなさい。」
「下世話な話になるので。」
俺の言葉に冬夜さんはそうかと頭をかいた。察してくれたようで助かる。
麗奈は夜が激しい。だから寝不足になることも多々ある。とはいえ美羽の時の勉強、仕事のループよりは比べるまでもなく幸せな時間の為、不満など全くない。
「九条院家の者は皆そうだ。すまんな。程ほどにしなさいとは言ってあったんだが…。偶には休暇でも取るかい?ここ数か月は君たち二人もずっと一緒にいる。たまには一人の時間も欲しいだろ?」
一人の時間か…。考えてもいなかった。でも一人になってもやることは無い。それなら麗奈と一緒にいた方が楽しい。
「麗奈がそれを望むなら休みを取ろうかと思います。」
「それだと君の休みは一生来ないぞ?独身のうちにしかやれないこともあるとは思うが…。」
「正直に言うと俺って言う人間は空っぽなんですよね。自分の意志というものが希薄なんですよ。筋トレは美羽の横にいてもおかしくないようにする為だし、料理だってそう。俺の行動理念は支えたい人の為です。だから確固たる自分が無い。欲望もない。そんな俺が麗奈だけは手放したくないって思ってる。これって俺にとっては凄いことなんですよ。」
冬夜さんは黙って俺の話を聞いている。
「美羽は妹です。身内だからこそ支えてやるかと思いました。ちょとだけ仕方ないなと思ってました。でも夢を叶えさせてやりたいのも本当だから自分をロボットと仮定して仕事と勉強をしてました。でも今回は違うんですよ。正直この映画の後の事は何も考えてないです。でも結婚して、子供が生まれて、家族で仲良く暮らしていくというビジョンだけは不思議と俺の中で固まっている。だから今は自分の為にこの生活を頑張って、麗奈の事を支えていきたい。麗奈には秘密ですよ?口にするのは恥ずかしい。」
「いや…そうか。俺にも巻き込んでしまった罪悪感があった。だが君はそこまでウチの娘を愛してくれてるんだな。であれば後は大人の仕事だ。今日の件も気にするな。こういう時の為に私がいるんだからな。」
俺は冬夜さんに頭を下げる。
「夫婦共々迷惑をかけますが、よろしくお願いいたします。」
「迷惑など一度もかけられてない。引き続き娘を頼む。好きにやりなさい。」
俺はその言葉に頷いて部屋を出た。
次に向かったのは香澄さんの部屋だ。扉の前に立って一息吐いてからノックをする。すぐに返事があったので失礼しますと扉を開けた。
「あら、義弟くん。貴方が一人で訪ねてくるのは珍しいわね。」
どうぞと手で促されて俺は香澄さんの目の前に座った。
「紅茶とコーヒーどっちがいいかしら?」
「紅茶でお願いします。」
ここで断っても彼女は紅茶を出してくるのはわかり切っている。そうなると時間の無駄なので俺は素直に紅茶を頼んだ。
香澄さんが頷いて立ち上がって壁際に移動したので、俺はじっとテーブルの上の台本を見る。台本は読み込まれておりボロボロだ。
香澄さんは一回台本を読めば大抵の演技はこなすと冬夜さんから聞いているのでこれだけで彼女の本気は伺える。
後ろから動く音が聞こえて視線を台本から離すと香澄さんが俺に紅茶を差し出してくれた。そして俺の向かいに座る。
「それで?今日は何の御用かしら?」
微笑む香澄さんは麗奈の次に美しい。
「侑芽役が決まりました。彼女の成長に手を貸してほしい。」
「わかったわ。と言っても演技は見て盗むもの。その子のやる気次第としか言えません。その方のお名前は?」
即答だった。少し安心する。
「獅童凛音。芸能化1年です。去年までは一般科でした。」
「獅童…。獅童プロダクションの一人娘ですか。無名ですね。氷華が選んだのですか?」
俺が頷くと香澄さんは少し難しそうな顔をした。
「私は一度会ったことがあります。オドオドしていて、とても人前に出れるタイプではありません。何か光るものがあったのですか?」
「恐らく彼女も憑依型に近い。それに感情演技だけなら一流に近い…と思います。」
「貴方らしくない曖昧な言い方ですね。」
俺だって色々と調べた。恐らく彼女がこの学校にいる理由は親に言われたからだ。芸能化の人間とのパイプ作りの材料として使われている。現に一度もオーディションには受けていない。そんな彼女が今回は自分から受けたいと言ってきた。そしてあのクオリティーで氷華を納得させた。
彼女は賭けているとも言っていた、もしかしたら親にも秘密で受けたのかもしれない。
「実力は未知数。異物になる可能性もある。だけど可能性は見ました。」
香澄さんかそうですかと頷いた。
「であれば明日からの合わせには獅童さんも追加しましょうか。お父様の事だから明日の朝のニュースで大々的に発表されるでしょう。」
確かに冬夜さんならやりかねない。さっき聞いておけばよかったけれど、まぁ良いだろう。
一先ず了承が取れたので俺はやっと紅茶を口に含んだ。
「ところで麗奈とはどうです?」
「仲良くさせてもらっていますよ。」
「へぇ…。ならいいです。貴方たちは九条院家の希望です。呪いを解けるかもしれない番。期待してますよ。」
俺は苦笑しつつ立ち上がる。彼女はこの呪いを解きたいといった。それは亡き彼女の番の為だろう。だからこそここまで協力的なのだ。
「では宜しくお願いします。」
そう言って俺は部屋を出て一つ息を吐いた。
香澄さんの部屋を出て今度は仁さんの部屋に向かう。これで一通りの根回しは済んだということになる。ノックをするとはいっていいぞと声がしたので俺が部屋を開けると、仁さんはベッドで横になっていた。
「よう義弟。わりぃな。休憩中でよ。」
そう言って気だるげに体を起こす。
「いえ。休んでたところ申し訳ありません。出直しますよ。」
「いや、いい。丁度話し相手が欲しかったところだ。お前とこうして二人で話す機会はあまりないしな。」
「そうですか。」
俺はベッドの横に椅子を持って行って座る。
「まず用件から聞こうか?」
「はい。侑芽役の少女の成長に力を貸してほしいのです。」
俺の言葉に目もぱちくりとした後に、彼は腕を組んで考え始めてしまう。暫く待つと首を振った。
「誰かを指導するとか向いてないんだわ。協力をしてやりたいけど俺は演技で語ることしかできない。それでもいいなら協力はしてやるよ。」
成程、素直な彼らしい言葉だ。安請け合いはしない。頼まれれば本気で考えて答えを返してくれる。だから彼は信用できる。
「わかりました。では合わせには出ていただけますか?」
「あぁ勿論。で?誰に決まったんだ?」
「獅童凛音。高等部の芸能科1年ですよ。」
名前を聞いて仁さんはまた目を閉じて考え始める。だが直ぐに首を振った。
「知らない子だな。無名の新人か?よく使う気になったな。」
俺たちはこの作品に真剣に取り組んでいる。だからこそ彼からすれば意味が分からない人選だろう。
「氷華が選びました。確かに新人なのでレベルが高いわけではありません。ですが貴方と似ていると思います。彼女は憑依型に近いですよ。」
「あー。成程ね。確かに麗奈を参考にするのは新人には自殺行為に等しい。俺くらいが丁度いいかもな。」
謙遜だ。彼は間違いなくトップの俳優なのだから。
「個人的には貴方が一番近いと思います。だからこそ指導してあげてほしかった。」
「指導しても変わるかはわかんねぇよ。人には合うやり方ってものがあるんだ。だから見て学んで自分のやり方に昇華するのが正解だと俺は思っている。」
成程、確かに指導された結果、今の自分のやり方を見失う可能性もある。うん。勉強になる。
「姉さんぐらい器用なら相手に合った方法を見つけてやれるだろうからメインはそれでいいだろ。話は変わるけど麗奈とはどうなんだ?」
「どう…とは?」
「仲良くやってるかって話だよ。一応可愛い妹だから心配なんだ。まぁお前が麗奈を傷つけるところは想像できないけどよ…。」
あぁそうだった。彼もシスコンだった。
「仲良くやってますよ。距離感がバグる程度には。」
普通のカップルならもっと自分の時間を作るはずだ。
「そっか。ならいいわ。大事にしてやってくれ。大事な妹だからよ。」
「はい。」
仁さんはベッドに横になって大きな欠伸をする。
「わりぃ。少し仮眠するわ。」
「はい。ゆっくり休んでください。」
俺は立ち上がって部屋を出る。これで一通りの根回しは済んだ。
俺は麗奈の部屋へと足を向けるのだった。
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