侑芽役と帰り道

すぅすぅと麗奈が俺に体を預けて寝ている。

俺達の目の前にはあわあわとしている少女がいた。

「あっ…えっと…獅童凛音(しどうりんね)でしゅ!あっ…うっ…よろしくお願いしましゅ

…。」

もう噛み噛みである。さっきまでの威勢はない。と言うか氷華が消えた瞬間に彼女はオドオドとしてしまったのだ。

「なるほど。君も憑依型の役者だね。麗奈と相性は良さそうだ。だが決定は後日行う。下がっていいぞ。」

「あっ!はい!失礼しましゅた!」

パタパタ、ガタンと彼女は部屋を出て行った。

「どう見る?」

「どうもこうもない。氷華が決めた以上は決定。ビジュは文句なし、演技も特別美味いわけじゃないけど、感情は乗ってた。」

瑠璃の言葉に冬夜さんが頷く。

「氷華はすでに引っ込んでしまった。であれば確定だろう。まだ候補者はいるので引き続き続ける。麗奈はどうする?」

すぅすぅと寝息を立てている麗奈をこのままにして続けるわけにもいかない。

「後は任せます。二人を審査員として続けてください。」

俺の言葉に二人が頷いて俺は麗奈をお姫様抱っこして他の候補者にバレないように裏口から退出した。



会場を離脱した俺は麗奈を抱きながら裏口に回ってリムジンに乗り込む。

「お疲れ様です。」

絵里が微笑みながら俺たちを出迎えてくれた。

「ありがとう。色々と疲れたよ。」

麗奈を抱きかかえつつその頬に触れるとくすぐったそうにする。癒されるし可愛い。

「約2時間ですか。長かったですね。」

「なかなか氷華が納得する子がいなくてね。でも見つかったよ。だから俺たちはお役御免だ。」

そう言いつつ窓から流れる景色を見ているとふと一人の少女が目についた。その子は俯きながら歩いている。間違いなく先ほどの少女だった。

「あの子の横で止まってくれ。」

「わかりました。」

絵里が無線のような機械で話しかけると車は彼女の横で止まる。彼女の驚く顔が見えた。俺は窓を開ける。

「やぁ。さっきぶりだね。送っていこうか?」

彼女は口を開けたまま俺と寝ている麗奈を交互に見て、ぶんぶんと首を振る。

「君に迷惑をかけて申し訳ないけれど、少し話し相手になってほしいんだ。妻も寝てしまっているしね。どうだろう?」

「わ、わかりました…。」

多少無理やりにはなってしまったが彼女はリムジンに乗ってくれた。


「あの…麗奈さんはどうしたんですか?」

彼女はおどおどしながらも麗奈を見て聞いてくる。

「彼女の演技は特殊でね。氷華に慣れる時間にも制限があるし、時間が長ければこうして眠ってしまうんだ。」

「成程…だからあの部屋の中では…。」

彼女はそう言って納得したように頷いた。

「私と近い…ですね。私は演技を初めて間もないです。だから最低限周りに追いつくために研究と模倣で演技をしています。でも頭を使いすぎるせいか、長時間演じると偶に寝てしまいます。麗奈さんの先ほどの氷華は私の理想形です…。彼女を見た瞬間、用意した私の役の演技が振り切れるほどに完成されていました。」

冷静に分析できる能力もある。すこしおどおどしているのは自信のなさの表れかもしれない。

「うん。だからこそ麗奈と組めば、君は大きく成長することができるかもしれない。」

「大きな成長…ですか?」

「そうだ。麗奈の方法を再現することは不可能でも、君の研究材料には使えるはずだ。君は向上心も高く、努力もしている。だからこそ氷華…いや麗奈は君を選んだと俺は思う。」

「私が選ばれた…?」

本来こういう形で伝えるものではない。だがさっき下を向いて歩いていた彼女にはあえて伝えるべきだ。勝手に落ちたと思われてモチベーションを下げられては困る。

「君は合格だ。追って連絡が来るだろう。是非俺の妻を支えてやってほしい。」

「え…えぇー!?」

大きな声がリムジンに響く。

「ん…んぅ」

横にいる麗奈がゆっくりと目を開いてまず俺を見る。そして周囲を見渡した後に再度俺をみて目を閉じる。氷華から戻った時のルーティーンなので彼女には悪いが俺は麗奈の唇に自分の唇を重ねた。

獅童さんはそんな俺たちをポカンと見つめている。

「ん…。頭が回り始めました。芸能化1年の獅童凛音さんですね?成程…では彼女がそうなのですね?」

流石麗奈だ。交流はなさそうだが存在は認知していたらしい。麗奈の言葉に俺が頷く。彼女の前で説明が難しいので大変助かる。

「では友好を深めなければなりませんね。獅童…いえ凛音さん。今日は時間はありますか?」

「ふぇ!?あります…けど…。」

「では今日は私の家に泊ってください。」

獅童さんが完全にフリーズする。

「おい、麗奈…あまりに急じゃないか?」

「家じゃないと話せないこともありますから。勿論彼女がいいならですが…。」

「い、行きます!勉強させてください!」

ガバッと獅童さんが麗奈に頭を下げる。

「勉強…?あぁ成程。演技の話ですか。私が教えられ事は多くありませんが、家には姉と兄がいます。貴女はまだ無名ですから飛躍するチャンスにもなるでしょう。私としてもそうしてほしい。この映画は絶対に成功させたいと思っていますから。」

そう言って微笑む麗奈は正に女神の様だった。思わず俺は見惚れてしまう。

そんな俺を見て絵里がふふっと笑った。

「なんだよ。」

「いえ。何でもありません。では獅童様の着替えを取りにいかなければいけませんね。一度学校に向かってもよろしいですか?」

絵里の問いかけに獅童さんは何度も首を縦に振る。

「なんだかいじめてるみたいで申し訳なくなるな…。」

こういう状況を作った元凶は俺だ。なんだか申し訳なくなってきた。

「いえ!これは私にとって大きなチャンスです!大先輩方の演技を間近で見れるだけではなく、直ぐ近くで観察できるなんていくらお金を払っても足りません!それに私はこのオーディションに賭けていたんです。これでダメなら一般科に戻る決意でした。なので神原先輩には感謝してもしきれません!」

食い気味に身を乗り出す彼女を見て俺は麗奈をチラリと見ると、彼女は聖母のような優しい瞳で獅童さんを見ていた。

彼女が本気でやってくれることを期待しているのだろう。

「芸歴などは瑣末な事です。貴女は周りを吸収して上手くなればいい。今回貴女に求めるのは感情を乗せた演技です。たとえ下手であっても感情さえ乗っていれば人を惹きつけることが可能です。わかりますか?」

「はい!感情を乗せるのは得意です!」

麗奈は氷華の時の記憶は継続されない。だから彼女の演技を知らない。彼女の演技は強烈に感情が乗っていた。友達の為に怒りで涙を流せる程度に…。

「ふふっ。素晴らしい覚悟です。これなら容赦なく鍛えられそうですね。選ばれた以上は逃がしません。その覚悟がどれ程のものかしっかり見せていただきますからね?」

「ひぇ…!?目が怖い…。でも安心してください!何が合っても私からこの役を降りる事などあり得ません!私を選んでくれた方々にもしっかり恩を返せるように努力します!」

獅童さんが両手を握りしめて気合を入れるポーズをする。その姿がなんだかおもしろくてふふっと笑ってしまった。

「あっ!酷い!笑われました!」

「智樹さん…ダメですよ?ふふっ。」

「九条院先輩まで!?」

ガーンと獅童さんが落ち込む。本当に感情豊かな後輩だ。

「ふふっ。ごめんなさい。可愛いなと思って。」

「あぁ…うん。俺も似たような感じだ。すまん。」

「可愛い…。ならまぁ許します…。」

うん。素直な子だ。やりやすくて実にいい。俺と麗奈は目を合わせてまたふふっと笑ってしまうのだった。


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