探偵は見極める
私が彼らと打ち合わせをしてから1ヶ月の月日が経った。
その間はひたすら助手くんとの日常とキャラ固めの日々を過ごした。
そして今日はオーディションの日だ。
指輪はすでに助手くんに預けており、私と助手くん、麗奈の父、私の生みの親である瑠璃がオーディション前の最終調整を行なっていた。
「今日は侑芽役のオーディションだ。他は私の方で決めていいのかな?」
麗奈の父の言葉に全員が頷く。
正直侑芽役以外には興味はない。好きにやってくれたらいい。
「氷華はオーディションというものがまず初だろう。この子だという確信があっても言葉には出さないでくれ。最終発表は後日だからね。」
成程。その場では決めてはいけないのか。
「わかったよ。でもこの子だと思ったら助手くんに伝えて私は引っ込む。あまり麗奈に負担をかけたくないからね。」
オーディションというものがどれくらい時間がかかるかは分からないけれど、3時間は超えたくない。私は麗奈の事を理解しているわけではないけれど、助手くんの大切な人は私の大切な人だ。私は身内に甘い自覚がある。
「麗奈と意思疎通が取れれば楽だったんだが致し方ないな。」
私も今まで何度か麗奈と意思疎通を取ろうとはしている。だが一度も成功はしていない。
「出来ないことは仕方ない。氷華もそこは心苦しくは思っています。」
助手くんがさり気なくカバーしてくれる。
うん。こういうところが好感が持てる。
「ありがとう助手くん。」
小声で礼を言うと彼は微笑んでくれた。
少しキュンとしてしまう。彼の愛を独り占めできる麗奈が羨ましいと少しだけ思ってしまったが頭を振って雑念を消す。
「うむ。そうだな。君が麗奈に協力的だということは重々理解している。少し嫌味な言い方をしてしまった。すまない。」
彼は素直に謝罪をできる男だ。こういう父親に育てられて、助手くんの様な男を射止めたのだからきっと麗奈もいい子なのだろう。
「気にしなくていいよ。逆の立場なら私も言ってるから。」
そうだ。彼を責めることは私には出来ない。麗奈の脳の殆どを使用しているというのにこの体たらくなのだから…。
「今日はそんな事より侑芽探し。目的を見失うのは良くない。それに氷華が表に出れる時間にも制限がある。そろそろ始めた方がいい。」
ずっと黙って成り行きを見守っていた瑠璃の言葉に麗奈の父親が頷く。時計を見るとあと5分で開始という時間だった。
「そうだな…。不安要素もあるが致し方なし。では行くとしようか。」
一つ溜息を吐いて立ち上がる。すると助手君は私に手を差し伸べてきた。中身は違うが私は麗奈だ。どうやらエスコートしてくれるらしい。単純だが少しだけテンションも上がってしまう。私は助手君の手を取ると悪戯を腕を絡ませる。ちょっとした悪戯だが助手君は苦笑する。
「数時間の特別扱いだけど、今は気分はいいよ?助手君。」
「麗奈の顔でいつもと違う反応をされるとこっちは調子が狂うんだが…。」
「いいじゃないか。男嫌いの私に甘えられる男性なんて原作内に出てこないんだ。特別扱いを楽しむといいよ。」
「そ、そうか…。そうだな。緊張していても仕方ないし、楽しむとするか。」
「では行くとしよう。いつも通りフォローは頼むよ?」
「あぁ。勿論だ。」
頷いて歩き出す。やはり助手君とのやり取りは良い。私のテンションが上がる。
私は今絶対顔がにやけているけれどきっと麗奈だって彼の横に居ればそんな感じだろうと私は思いながら会場に向かうのだった。
オーディションが始まって2時間。
正直私は退屈していた。
開始前に助手君に戻してもらったモチベーションもすでに失われている。
もうすでに数十名を見てはいるが全員が上辺だけの演技に見える。基準がおかしいのかもしれないが香澄のようなオーラを持った人間はいまだに現れない。正直欠伸が出そうだった。
(成功させることを考えるのなら適当に上手そうな子を使うのが妥当かな。作品の雰囲気は私、香澄、仁でどうとでもなる。逆に下手な子を使って私たちを引き立てて貰うのもありか…。)
そんな事を考えていると次の子が入ってくる。
その子に私の目は引かれた。
緩い空気というかなんというか…。
今までの子は挨拶が終わってから役に入っていた。でもこの子はこの時点で役に入ってるような…。
侑芽はどこか抜けていて、それでいて憎めない子だ。本来なら許されない事も許される空気を作れる子だ。この子は今定石から外れている。
だが誰一人それを指摘しない。
(許されている…?)
オーディションの経験乏しい私にはわからないがもし許されているのであればそれは侑芽に必要なピースを持っているということだ。
助手くんが私の手を2回握る。これはよく見ておけという事前に決めた合図でもある。ならばちゃんと見極める必要があるだろう。
私は了承の意味を込めて助手くんの手を一回握ると彼女の演技に集中した。
彼女の演技は演技と言えるのか正直よくわからない。
普通の女子高生だ。よく言えば等身大。背伸びもせず、どこか緩い。演技?いや…違う。これは侑芽じゃないか!
「あの子は有名な子なのかい?」
小声で助手君に聞くと彼は首を振った。
「彼女は高校1年生。今年から芸能化に入った。実績は0だ。だからデータもない。だが学校が側に直談判をして今回参加している。冬夜さんはそんな彼女の意気込みを買って、今回のオーディションに呼んだらしい。恐らくこういったオーディションも初めてだ。自己紹介をしなかったのも緊張で飛んだのかもしれない。」
(成程…。慣れていないが故に抜けた…?いや違う。原作のあの子は抜けていることも多いがそれは考えすぎるが故だ。普段はおバカなところもあるが決して馬鹿ではない。ならば彼女は計算でやっているのだ。たまに私ですら取らない方法を取って犯人を追い詰める事もあるくらいに行動力もあるのが彼女だ。だからこそ原作の私は彼女を高く評価しているのだ。)
徐々に身振り手振りも増えてくる。その演技に徐々に感情が乗ってくる。
『氷華さん!貴女は理解していないんですよ!この事件の根幹は愛から来る衝動のはずです!愛とは貴女が思うほど軽くないんです!』
終盤。彼女が最も感情を現わして私に噛みつく場面だ。意味は知っていても異性を愛した事のない氷華は下らない犯行理由だと一笑してしまう。そんな私を彼女は涙を流しながら叱責する。それはきっと私を友達だと思っているから。
「へぇ…。」
思わず私は声に出してしまっていた。
彼女の目からは涙が溢れて息が上がっている。彼女は真っすぐに私を見て、今私を叱責しているのだ。
「氷華?」
助手くんの声は私の耳に届かない。
「いいね。実にいい。」
ならば本気で見極める必要がある。チラリと冬夜を見るとこちらに頷いた。智樹は一つ溜息を吐く。瑠璃はどうぞと手で促してくる。
私は立ち上がると彼女のもとに歩み寄る。本来であれば本気で自分で叱る友に唖然とする場面だ。だけど私は鼻で笑う。
「愛ね。そんなものは脳が作り出した信号の一つだよ。だから簡単に憎しみに変わる。本当の愛などないんだよ。助手君。だから愛が起こす殺人なんて下らないね。」
「なら…私が貴女に教えてあげます!愛という感情がどれだけ素晴らしいかを!」
アドリブにノータイムでの返し。その返しは如何にも侑芽が言いそうだ。私はふっと笑って踵を返して椅子に座った。
「もういいよ。」
左手を差し出す。智樹は苦笑して指輪を嵌めてくる。最後に真っすぐに私を見る女の子を一瞥して目を閉じた。
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