九条院家の会食

貝沼家で色々と知った数日後、俺、麗奈、冬夜さん、香澄さんは高級料亭に来ていた。

「ここは防音機能が備わっている。密談をするのであれば最適だ。会員制で有名人ご用達でもある。結局バタバタしていてこの会食をするまでに時間がかかったが、今日はじっくり話すとしよう。ここには身内しかいないしね。」

「それでは先ずは質問形式といたしましょうか。聞きたいことがあればどうぞ。」

聞きたいこと…。度々出てくる番に関しては聞きたい。

「番(つがい)とはなんですか?」

「番とは九条院家で使われる結婚相手の事を表す言葉です。九条院家の人間は深い愛情を持っている。ですが一人を見定めるとその人しか愛せないという悪癖があります。たった一人の番を探す事が九条院家の人生の大きな目標なのです。」

「番…。」

麗奈が呟く。冬夜さんが神妙な表情で口を開く。

「九条院の者はたった一人しか愛せない。引き裂かれた場合は衰弱して命を落とす場合もある。私は子供がいたおかげかこうして生きてはいるものの、もしこの事実を知って愛した者を失えばどうなる。ショックのあまり生きる気力を失う者も多いだろう。だから当主以外はこの事実を知らない。いや知らせないようにしているんだ。そしてもう一つのこともな…。」

だとすれば疑問がある。何故香澄さんがその事実を知っているのかだ。それにもう一つのこととは何なのか…。俺は香澄さんを見る。

香澄さんは俺の視線に微笑みを返した。

「私は良いのです。これは誰も知らない事ですが私には番がおります。いえ…いたと言えば正しいでしょうか。」

いた…。過去形という事は何かあったのか?

「離れ離れになったのですか…?」

麗奈の言葉に香澄さんは頷く。

「彼は生まれながらに難病を抱えていました。そして去年息を引き取りました。私が海外にいたのはそういう事情もありました。お父様は全力で協力してくれましたが、どうしようもなことはありますね。」

香澄さんは目を伏せる。そんな…。だが今の話だと…。

「ふふ。本当に優しい二人ですね。そんな悲しそうな顔をしないでください。今となっては終わった事です。たった2年の逢瀬でしたが、私は幸せでした。でもそのあとに気付いたのです。とてつもない喪失感に。その喪失感を埋めるために私は仕事に打ち込みました。そしてどんどんと名が売れました。でもこの喪失感は消えてくれない…。そしてお父様に相談したのです。」

「この喪失感は俺も味わったものだ。いや違うな。こうしている今も喪失感は消えない。つまりこれは番を失ったが故の喪失感だ。香澄に話す気は無かった。こんな残酷なことをな。だが香澄は賢い子供だ。自分で九条院家の歴史を調べ上げた。そして俺に問い詰めてきたんだ。」

「そして私は知りました。九条院家の全てを。その中で知ってしまったのです。九条院家の人間と恋に落ちた人物は若いうちに亡くなっているんです。そして九条院の者だけが取り残される。その繰り返しです。海斗もそれを知っています。」

『重すぎる愛は人を殺す。貴方もそれは理解しているでしょう?』

ふと思い出す。これは海斗が香澄さんにかけた言葉だ。

『それで?見つかったんですか?』

この言葉に香澄さんから漂ったプレッシャー。

おい海斗…。お前は地雷を踏んでるぞ…。

「あの時の煽りに私は苛立ち、恥ずかしい姿を見せましたね。ですが海斗は私の番が既に死んだことを知りません。知っているのはここにいる4人だけです。だから私は怒りを抑えた。あの子は私たちに嫌味を言いますが、心の底から嫌味を言う事はありません。板挟みの中で私たちを大事にしているのはバレバレです。これでも長女ですから。貝沼家と九条院家の事を理解しています。咲さんとは最近は良く連絡を取り合うようになりました。麗奈と海斗が和解した次の日からですが。」

そうか。流石だなと感心する。感情で動かないところは素直に尊敬できる。

「若いうちに亡くなっている…?」

麗奈がぽつりと言葉をこぼす。その顔は青い。俺が麗奈の手を握るがいつものように握り返してこない。その手は震えている。

「わ…たし…。」

俺は思わずその肩を引き寄せる。だが麗奈の震えは止まらない。

「聞きなさい麗奈。その歴史を覆した夫婦が一組だけいるのです。それは九条院家と貝沼家が分かれる前の初代夫婦。この二人は同じ日に亡くなった。天寿を全うしてね。多くの家族に囲まれて…親友と一緒に…それはそれは幸せな死に顔だったそうよ。この呪いはそれから何代も後の世代に降りかかる。私はこう思うのです。私たち子孫は本来の番を探すのではなく政略結婚を繰り返した。それがこの呪いを生み出してしまったのではないかと…。全てを知って落ち込みました。私が彼に出会わなければ、もしかしたらまだ生きていたかもしれないとも思いました。麗奈から連絡が来た時も私には動く気力はあまりなかった。だって手伝っても智樹君は長くないと思ったから。でも私はそこで気づいたわ。あなた達が出会ってから既に数年が経過している。一瞬美羽さんが?とも思いましたが、彼女は事故死。この呪いで亡くなるのは今まで病気で統一されている。となれば違う。そこでふと、この二人は普通の番とは違うのではないかと思ったのです。そして実際に会ってそれは確信に変わりました。」

香澄さんが俺を真っすぐにみて微笑む。

「麗奈。智樹君を見なさい。」

麗奈が俺を真っすぐに見る。その瞳は揺れている。

「彼はこんなにも生気に満ちている。積極的に動く余裕すらある。母はお父様と出会って徐々に体調を崩すことが増えたそうです。私の彼も元々病気持ちでしたが更に悪くなりました。でも智樹君はどうですか?逆にやる気に満ちています。きっと二人は運命の番なのではないですか?」

『運命の番…?』

俺たちの声が被る。香澄さんは鞄から一冊の古い本を出した。

「これを読むかは二人の判断に任せます。美羽さんの死に関わっているかも知れないことも書かれています。ですが恐らくこれは子孫の為に残された。ならばあなた達にこそ相応しい。」

俺達は並んで本を開き、ある一文にたどり着いた。

『もし運命の番たる二人が結ばれる未来が無い場合は強制力を持って運命を捻じ曲げる。』

俺は麗奈の震えが大きくなったことに気づいて抱きしめる。

「美羽…は…私の…せいで…?」

それは絶対に違う。確かにあの時、俺に恋愛に使う時間など無かった。結ばれる可能性は皆無だっただろう。だが…たとえそうだったとしても俺が彼女を思う気持ちは絶対に変わらない。

「違う。君のせいではない。この文がたとえ事実だったとしても俺は君とこれからも生きていく。美羽の代わりではない。俺は君を頼ったあの日からずっと君が好きだった!」

腕に力を込める。これは震えを止めたいという一心からの行動だった。

「うぅ…ゔ…うわぁあぁあん!」

麗奈が声を出して泣く。こんな姿は見た事が無い。だからこそ俺はずっと抱きしめ続けた。

彼女が泣き疲れて眠るまでずっと…。


「ごめんなさい。見せるかは悩みました。でもいつかは知る事です。麗奈を傷つけてしまいました。恨んでもいいですよ。」

香澄さんは頭を下げる。

「いえ。知れてよかった。俺の気持ちに変わりはありません。それにこの事態を招いたのは俺だ。俺が不器用で一人しか集中できないから麗奈のことが好きでも気持ちを伝えなかった。それがこの状況を作ったんです。美羽を殺したのは俺だ…。」

ずきりと胸が痛む。

「…見せておいてなんですが、貴方たちが運命の番じゃない可能性もあります。」

そう言って香澄さんはペラペラとページをめくり、手を止めると差し出してくる。

『末裔が生まれると同い年の運命の番が生まれる。』

「貴方たちは一歳差です。同い年ではない。だから全てがこの本通りとは限らない。それに唯の伝承です。この本を残した人が全てを理解していたとも限らない。それでも貴方達二人は今までの番と違う。私はこの呪いを断ち切りたいのです。それが私の愛した人への手向けになると思っています。」

「そうだな。」

ずっと黙っていた冬夜さんが口を開く。

「俺も呪いを断ち切りたい。俺と出会ったせいでリーシャが死んだなど納得できん。もし仮にこの長い長い呪いを断ち切れるとすれば君たち二人だと思っている。今回伝えた事で麗奈は傷ついただろう。親としては最低だ。だが全てを知った上で二人で幸せになってくれることを切に願う。」

今回のことは冬夜さんにとっても辛い選択だっただろう。だったら俺は彼の覚悟に報いるべきだ。寝ている麗奈の頭を撫でる。

「おかしいと思われるかもしれないのですが、美羽が死んでからも美羽を感じることがあるんです。まるで導かれるように麗奈と共に生活して、何度も背中を押してもらいました。俺は昔から人に頼るのが苦手だった。そんな俺に麗奈を紹介したのも美羽でした。きっと美羽は俺と麗奈の幸せを願ってる。きっとあの子は俺達を恨んでいません。だったら二人で幸せになるところを見せないと…。」

「そうか。俺は君の言うことを信じるよ。」

「私もです。」

冬夜さんと香澄さんが優しく微笑む。それは家族へと向ける優しい微笑みだった。

俺は本当の意味でこの家の一員になれた気がした。


暗い世界で一人で膝を抱える。

全ては私が智樹さんを好きになってしまったせいだったのだ。なぜあの時会いたいと言ってしまったのか…。

その結果が親友を失うという最悪に繋がることを知っていれば私は…!

「バカね。それって結果論じゃん。」

突然響く大好きな声に私は顔を上げます。

「美羽…。」

ペチンと優しく頭をはたかれます。

「痛い…ごめん。嘘。全然痛くない。」

涙が流れます。

「はぁ…。泣き虫なんだから。おちおち死んでられないよ。バカ。」

「これは妄想…?落ち込むと毎回美羽が助けてくれるよね…。都合のいい夢…?」

「それどうでも良くない?どう解釈するかは麗奈次第だよね?だからそれ自体は私はどうでもいいんだけどさ。」

そう言って美羽は微笑んで私の横に座ると、私の肩を優しく抱きます。

「ぶっちゃけるとさ…取り憑いてる。」

「え?」

ふふっと美羽が笑う。

「お兄ちゃんはさ…ほっといても立ち直るよ。だって守りたい人がいるから。でも麗奈は優しい子だから心配。いつまでもウジウジ悩んじゃうでしょ?もうちょっと自信持ちなよ。あのお兄ちゃんを堕とせるのは麗奈しかいないんだよ?お兄ちゃんからの愛を一身に受けてるのに何か不満があるの?」

ぶんぶんと首を振る。

「夢を見たの。あっ生前の話ね?それは事故で自分が死ぬ夢だった。それが妙にリアルでさ…痛くて、熱くて…。あぁ私死ぬんだって思った。その時に思ったの…麗奈に託さなきゃって。大好きなお兄ちゃんを幸せにしてもらわないとって。その夢はあくまで夢だったけど、何か確信があった。今の私は本来の私の残り滓みたいなものだからちょっと曖昧なんだけど色々と準備したよ。受け取ってくれたかな?」

「ゔん…。」

涙でぐちゃぐちゃになりながら頷く。

「そっか。良かった。私は麗奈の横を漂う残滓みたいなものだから麗奈の聞いた事をさっき聞いたよ。でも全く恨んでない。大好きな親友と大好きなお兄ちゃん。その二人と出会えたのは幸運だったよ。毎日が幸せだった。でも…私さ…心残りがあるの。」

「なに…?」

心残りがあるなら絶対に何とかしてあげたい。

「麗奈のウエディングドレスとお兄ちゃんのタキシード姿。そして二人の子供達。これを見たかった。だからさ見せてくれるかな?」

さらに涙が溢れる。私は美羽を抱きしめた。

「ゔん。必ず!」

「泣き虫も治さないとね。」

「ゔん!」

鼻を啜ると頭を撫でられた。だんだんと黒い世界に光が指してくる。

「そろそろ時間だね。もう大丈夫だよね?」

「大丈夫。」

私は笑ってみせる。また優しく頭が撫でられた。

「たぶん…もうこうやって出てくることはない。だいぶ無理をしてるから。ごめんね?二人の結婚式と子供達を見たいからさ。残滓は残しておかないといけないの。お兄ちゃんの事をもっと信じて、愛して、支え合うんだよ?」

何度も頷く。頭はずっと撫でられてる。

最後に抱きしめられる。

「私とお兄ちゃんと出会ってくれてありがとう。」

「私と出会ってくれてありがとう。大好き。」

「私も大好きだよ。」

光に包まれて…目を覚ますと私の旦那様が心配そうに私を見ていた。

「美羽に…。」

伝えないとと声を出すと智樹さんはそうかと頷いて頭を撫でてくれます。

きっとずっと頭を撫でてくれていたんだろうと思うと愛を感じました。

視線を動かすと絵里が心配そうに私を見ています。どうやらここはリムジンの中のようです。

「墓参りに行かないとな。」

「はい…。行かないと…。私…やっぱり貴方が好き。ずっと一緒にいてくれますか?」

声が震えます。本当に情けないです。

「俺の方から頼む。ずっと横にいてくれ。一緒に幸せになろう。俺の事を支えてほしい。麗奈がいないとダメなんだ。」

情熱的なプロポーズに私は涙を流しながら微笑みました。

「ぐすっ…はい…。幾久しく…よろしくお願い致します。」

そっと智樹さんが顔を近づけてきます。目を閉じると唇に柔らかな感覚。病める時も健やかなる時も、きっと隣には彼がいる。そして彼の隣には私がいる。私はそう確信しました。

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