会食と裸の付き合い

隼人さんに食堂に案内されると海斗と咲さん、それに学内で何度か見かけたことがある女の子が座っていた。海斗の妹の春香(はるか)ちゃんだ。俺の2つ下の後輩。海斗と同じく一般科だが成績優秀者という噂は聞いている。話したことは無い。

隼人さんは二言三言配膳の人と話すと後は若い人たちでと下がっていった。

食卓に着くと前菜がサーブされて俺たちはいただきますとそれぞれが口にして食事を開始した。

「ずいぶんと長い間話し込んでいたみたいだな。」

ここに来たのは15時ごろと考えれば3時間程俺たちはあの部屋にいたことになる。勿論会話はそんなに多くなく殆ど読みものをしていたのだが、それはまだ海斗には話せない。

「まぁな。だがお互いの蟠りは解けたよ。なぁ麗奈。」

「そうですね。私ももう不快感はありません。それどころかあの二人の夫婦としての関係性は理想ともいえるでしょう。お互いを尊重しながら支えあう。私たちも見習わなければいけません。」

麗奈の言葉に海斗が苦笑する。

「そうか。麗奈がそう言うのであればそうなんだろうな。俺たちから見れば母上の無茶ぶりに父上が振り回されているようにしか見えないがな。」

なぁと春香ちゃんに海斗が聞くと春香ちゃんは頷いた。

「母は厳しく厳格です。私達にも厳しい。そんな母の隣に居続けられる父も私かすれば変わり者です。」

成程。確かに二人とも千代さんには良い感情を持っていなさそうだ。

「私は昨日二人で話したからお義母様に嫌な感情は無くなったわ。だから麗奈に声をかけるときも特に何も思わなかった。麗奈と智樹は私の言ってる意味分かるわよね?」

そうか。千代さんは昨日の時点で咲さんに色々と話していたのか。確かに彼女の素を垣間見たのであれば印象はガラリと変わるだろう。

「俺はそんな話聞いてないぞ?」

「裸の付き合いというやつよ。権力は服の上から着るものだから。裸の時は素だってお義母様は言っていたわ。昨日誘われて一緒にお風呂に入ったの。その時に色々とね。旦那である貴方にも流石に話せないわ。私はお義母様とも、うまくやりたいもの。」

「そうか。ならば俺は聞かない。親と妻にはうまくやってもらいたいからな。嫁姑問題で頭を抱えたくはない。」

「それは杞憂ではあったのだったのだけど…まぁいいわ。多くは語れないし。それで?春香ちゃんの婚約が白紙になったわけだけど、春香ちゃんはどう思っているの?」

話を振られた春香ちゃんは苦笑する。

「実は私は麗奈様のファンクラブに入っているんです。だから正直ほっとしてますわ。」

その言葉に麗奈が驚きの表情を浮かべる。

「ファンクラブなんて聞いてないですよ!?」

「それはそうでしょう。最近出来たものなので。因みに智樹さんも無関係ではありませんよ?」

「俺!?」

はいと春香ちゃんが頷く。

「アレだろ?『智樹と麗奈を見守る会』。正式に部活として設立したいと生徒会に嘆願書が来ていたが流石に断ったぞ。アレを部活として設立するのは無理だ。」

海斗の言葉に口の中身を吹き出しそうになるが俺は無理やり飲み込む。

「なんだそれ…。初耳なんだが…。」

「麗奈さんは元々氷の令嬢と言われるくらい人付き合いがありませんでした。私が知る限り一緒に行動をしていたのは美羽様のみです。美人ではあるが近寄り難い。どうせ振られるならと男性も近寄らない有様でした。そんな中で新学期初日の智樹様誘拐騒動に始まり、運動会での公開告白と大活躍、そして婚約で恋する乙女になった麗奈様は話しかけやすくもなったと評判です。今では学内の生徒から絶大な支持を受けています。」

成程。まぁ麗奈の人気が上がるのは良いことだ。今後のプラスにもなる。

「更に言えば智樹様です。」

「俺?」

「はい。貴方を慕っている生徒は多い。ですが貴方の心を射止める異性は今まで現れませんでした。何とかしたいけれど何も出来ないと二の足を踏んでいたところに現れたのが麗奈様です。流れから見れば美羽様を失って心の傷を負ったあなたに取り込んだと思った人も最初はいました。でも貴方の誠実さは学内の人間ならば誰でも知っています。その中で行われた婚約発表に全生徒が心を打たれました。アレを見て応援しない人は学内にいません。なので正直無理やり婚約させられるとか無理です。私も命は惜しい。」

そうか…。学校中の人間が応援してくれてると思うと力になる。ふと麗奈の方を見ると俺に向かって微笑んでいたので、俺も微笑を返した。

「というわけで、私は貝沼家の一員として特等席でお二人のイチャイチャを見せていただければそれだけで満足です。」

「いや…所かまわずいちゃついてるわけじゃないぞ?」

「そ、そうです!外ではそんなにいちゃついていないはず…!」

俺たちの言葉に3人が何故か可哀そうなものでも見るような目で見てくる。

「お前たちは外でも大概だぞ。偶に二人で見つめあったりしてるしな。外で二人だけの空間をよく作ってる。俺と咲も中々にやらかしてはいる自覚はあるが、お前たちは恐らく更にひどいぞ。」

海斗の言葉に衝撃を受けて俺たちは黙ってしまう。

「ですがそれを楽しみにしている生徒が沢山いるのも事実です。是非継続してください。」

「楽しみ…成程です。じゃあ自重する必要もありませんね。」

アレ?なんかおかしな方向に進んでる気がするぞ?

「麗奈…?」

「堂々といちゃいちゃできるならしたい!学校でも一緒にいたいし、腕を組んで登校とかしたい!制服デートしたい!」

あまりの勢いに流石にたじろぐ。

「お、おう。わかった。しようか。どうせ会見で俺たちの中はバレてるわけだし。」

「言質取りましたよ!?」

「わかったって。」

焦る俺を尻目に3人は生暖かい視線を送ってくるのだった。

食事を終えた俺たちは応接室へと移動してボードゲームをしている。ルーレットを回した数だけ駒を進めて進んだ先に書かれている事を実行するよくあるやつだ。

「智樹さんが私以外と結婚…ご祝儀…ぐす…。」

麗奈が震える手で俺にゲーム内通貨を差し出してくる。俺は苦笑しながら受け取った。

なんだか居た堪れない。たかがゲーム内の出来事なのにダメージを負いすぎである。

「麗奈よ。これはゲームだ。現実ではお前が智樹の嫁だ。めそめそするな。」

「分かっていても悲しいんです…。」

うん。多分この手のゲームに向いてないよこの子。

「麗奈様は面白いですね。もっと早くお話ししたかったです。」

「そう言えば二人は小さいころに会話をしなかったのか?」

「3歳離れてますので…。その頃には麗奈様は貝沼家に来なくなっていました。」

8歳の頃に関係が悪化したと考えると5歳か。仲良くなる時間は無かったということか。

「私は貝沼家そのものを警戒していました。春香ちゃんの事は学内の噂でいい子だと知ってはいましたが自分から近づくことはしませんでした。」

そう言いながらルーレットを回すとトラブルマスだった。

「ラーメンを食べるために自家用チャーター機を使うマイナス1万!?うぅ…ラーメンを食べに行くなら歩いてください…。」

麗奈の正論に全員が笑う。確かに近場で済ませれば済む話だ。

「でもこれからはお話しできそうですね。」

「えぇ。勿論。千代さんにもお聞きしたいことが沢山あります。私の母の事とか。先ほど連絡先を交換して貰えたので遊びに来る機会は増えるでしょう。」

「麗奈。お前は度胸があるな。」

「向こうは嫌々渡した感じでしたけどね。でも母の事を少しでも知りたいんです。記憶の中に母はいませんが、この歳になって自分が守られていることを知る機会が増えました。同時に愛されていることも。だから知りたい。どんな人だったのか…もっと。」

「いい変化じゃない。海斗だって当主になればお義母様の事をもっと知ることになるわ。」

「当主になれば…か。貝沼の長い歴史の中に様々な仕来りがあることは知っているが流石に秘密主義がすぎるな。」

海斗がルーレットを回すと丁度ゴールのマスに止まる。

「ふむ。俺の一番乗りだな。」

ズルでもしてるのかと思うほどスムーズな上がりだ。一度もトラブルマスにも止まっていない。

麗奈がぐぬぬと悔しがり溜息を吐いた。

その後も数多くのゲームをしたが全て海斗が勝利したのだった。


「裸の付き合いというのもいいものだな。」

大浴場の中で俺と海斗はゆっくりと体を休めている。

「聞かないのか?」

恐らく二人っきりになれば俺から千代さんの事を聞き出そうとすると思っていたがその気配はない。だから俺から話を持ち掛けることにした。

「聞かん。どうせ時期にわかることだ。俺は母上が嫌いだが麗奈があそこまで言うのなら何かあるのだろう。どうせ当主としてとかそんな詰まらんことを言うにきまっている。俺はそれが気に食わん。」

「気に食わないか…。」

千代さんだって人間だし、迷うことも間違うこともあるだろう。

「当主として秘密を守るのはいい。だがその為に家族の仲を蔑ろにするのは間違っている。まるで麗奈に対して俺がしたのと一緒だ。つまりこれは同族嫌悪という奴だ。そしてそれを溶かすのがお前たちというところまで一緒。こんなに似ることがあるか?」

「俺たちは何もしてない。今回は麗奈の母親が関係している。親友だったらしい。これは親友と自分の子供の両方に深い愛情を持っている麗奈の母親が作った状況だ。一度でいいから会いたかった。」

きっと愛情深い人だったに違いない。俺も興味が出てきた。

「そうか。まぁ母上が何を思い俺たちと距離を置いているのかは自分で知りたい。その上で気に食わなければ息子として一言言わせてもらう。」

そう言って海斗がふっと笑った。口では嫌いと言いながらもこいつは身内に甘い。内心では自分の母親の評価が上がるのは嬉しいのかもしれない。

「そうだ。今日お前たちが泊まる部屋には二人で入れるくらいの浴槽はある。情事にふけるのであれば使うと言い。」

突然そんなことを言われた俺は思わず咽る。

「お、おまっ!何を…!」

「お前たちは良い歳で婚約者だ。まだ経験が無いとは言わせないぞ?」

「いや…まぁ経験はあるが…。」

「麗奈はストレスを抱えているようだ。偶には言葉だけではなく男の方から求めてやるのが麗奈を安心させることにも繋がるだろう。安心しろ。我が家は防音だ。お互いの音も聞こえない。」

防音とかそういう問題では無い気がする。経験が少ないからわからないが、前半の海斗の言葉には何か説得力がある気がした。

正直に言ってしまえば俺たちは回数も多くない。俺から求めた回数も少ない。経験が無いのでわからないが不安にさせているなら安心させてあげたい。

「まぁそういう雰囲気になったら…。」

「ヘタレめ。」

「くっ…。」

言い返すことも出来ずに俺は風呂の天井を見上げるのだった。

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