マネージャーと女優と貝沼家

あの会見以降多数の芸能会社から連絡が来ている。

今日は麗奈を家に残して俺はそれらの会社を回っていた。

夕方になり、リムジンに乗り込むと絵里がお疲れ様ですと声をかけてきた。

「あぁ。お疲れ。迎え助かるよ。麗奈は今何している?早く会いたい…。」

「麗奈様は今ボイトレをしていますね。冬夜様がレコーディング室を完成させましたから。」

そう。今日の昼頃に完成すると聞いたから麗奈を家に置いてきたのだ。

美羽に教えてもらっていたボイストレーナーの方にも今日は来ていただいている。

「寂しがってないかな?」

「お昼に会った時点で重症でしたね。でもいい機会じゃないですか?新学期の日からほぼ一緒にいるじゃないですか。智樹様は多忙の身ですし、たまには我慢をさせることも大事だと思います。」

一緒にいることが当たり前すぎて疑問にすら覚えていなかったが確かにそうだ。

「確かにずっと一緒にいるわ。思い返せば美羽の時より酷いかも知れん。俺も麗奈に依存してるってことだな。」

「共依存ですね。仲がいいのは良いことですが…。」

絵里に苦笑されるが傍に居たいのは美羽の件があるからだ。見えないところで何か起きても守ることができない。どんな時でも隣に居てほしいと思うし、これはどちらかというと俺が束縛している気がしてきた。

「なんだか麗奈に申し訳なくなってきたぞ…。」

「麗奈様も智樹様と離れようとしないのでどっちもどっちですよ。そういえば先ほどプライベートの方の携帯が鳴っていました。画面は見ない様にしましたが…。もしかしたら麗奈様かも知れないですね。」

おっと。そう言えば置きっぱなしだった。

画面を付けると着信は海斗だった。麗奈じゃないのか…残念。

因みに麗奈からは何時に帰ってくるかの確認メッセージが来ているが、先にこちらを終わらせようと思い着信履歴を表示する。

「海斗だ。ちょっと電話するがいいか?」

「はい。どうぞ。」

複数回コール音が鳴ると向こうが反応した。

「はい。」

「もしもし?海斗か?電話を貰ってたみたいだからかけなおしたんだが…。」

「あぁ。俺の家に来れないかと思ってな。麗奈は隣にいるのか?」

貝沼家か…。あまり行きたいとは思えない。

「今はいない。今日は外回りだからな。急用なのか?」

「まぁ…そうだな。だが嫁がいたほうがいいだろう?というより嫁の方が心配するだろう?」

「確かに。ちょっと麗奈に電話をしてかけなおす。」

「あぁ。待っている。」

そう言って電話が切られる。ちょっと歯切れが悪かった気もする。何か問題があったのかもしれない。

「どうでした?」

「ん?まぁ何だ…貝沼家にお呼ばれしたから麗奈にも確認をな…。」

「成程。ではどうぞ?」

気乗りはしないが麗奈に電話をかける。

「お疲れ様です旦那様!麗奈です!」

元気な応答に俺はくすりと笑ってしまう。麗奈が犬なら今頃尻尾を振っていると想像できる。

「お疲れ。麗奈。今日の分の外回りは終わったんだが、ちょっと問題があってな。」

「問題ですか?まだ帰ってこれないって事ですかね…?」

「いや貝沼家に一緒に行かないか?」

「あぁ。それですか。私の方には咲さんから連絡が来てます。智樹さんが行きたいなら勿論私も行きますよ。」

成程。すれ違いをしない様に咲さんが動いてくれていたのか。

「じゃあ今から帰るから準備をしておいてくれ。」

「はい。わかりました。」

電話が切れて俺は一つため息を吐くと今度は海斗にかけなおした。

「俺だ。麗奈の返答は?」

「行くそうだ。咲さんが動いていたらしいぞ。」

「あぁ。俺よりも咲に連絡をさせた方がいいと思ってな。お互い婚約者がいる身だから先に動いてもらったわけだ。家に来いなんて俺から連絡するのはおかしいだろ。」

まぁ確かにそうか。世間にも二人が親戚であることは明かされていない。二人とも特定の人物がいることが世間に知られているのでスキャンダルにもなる可能性がある。

「さすがその辺のリスクヘッジは徹底してるんだな。」

「まぁな。これでも財閥の息子だ。世間体はしっかりと気にするさ。一先ず今回は俺も内容を知らないんだ。すまないが足を運んでくれ。」

「わかった。」

こうして俺と麗奈は貝沼家へと足を運ぶことになったのだった。


「よく来たな。」

「久しぶりね、二人とも。」

貝沼家の家の玄関の扉が開くと外行きの服を着た二人が立っていた。俺達も名家に呼ばれたという事で身なりはちゃんと整えて来た。

「この度はご招待いただきありがとうございます。」

麗奈が優雅に頭を下げる。内容は分からないためとりあえず俺も麗奈に倣って頭を下げた。

「二人とも忙しいところすまない。来てもらって感謝する。来てもらって早々申し訳ないが、我が母と父に挨拶をしてもらっていいだろうか。」

海斗の母。件の女性がどのような人物なのか実はあまりわかっていない。少し緊張はする。

麗奈が俺の腕に自分の腕に通すと微笑む。

「こういう時は旦那が妻をエスコートするのですよ?」

成程。そう言うものかと頷く。緊張している俺の事を察してくれたのだろう。彼女の微笑みを見るだけで俺は心が安らぐ。

お堅いのは苦手だ。だが彼女が横にいるだけで自然とやる気が出るのだから不思議だ。

そんな俺達を見て二人も微笑む。

「安心しろ。もしもの時は俺がお前達を守ってやる。たとえ勘当されようと咲がいればどうとでもなるからな。」

「うん。その時は二人で会社を経営するわ。」

咲さんがくすりと笑う。うん。この二人なら財閥の力なんて必要ないだろう。それくらい強い絆で結ばれているんだから。


海斗の後に続いて辿り着いたのは大きな扉だった。冬夜さんの部屋よりでかい。

「これ…開くのか?」

「あぁ。自動でな。ノックをすれば向こうから開く。まぁなんだ。恥ずかしいことではあるが、これは自己顕示欲というやつだ。」

成程。ここは国で一番でかい財閥の本邸で、そしてここはその主人の部屋。ならばこの部屋が最も重要な部屋だし、何となく納得した。

納得はしたが…やはり金持ちの気持ちはわからないなと俺は思った。

海斗がノックをするとゆっくりと扉が開いた失礼しますと声に出した後に俺達は中へと進んで行った。


「父上、母上。神原智樹並びに九条院麗奈をお連れしました。」

俺はすぐに頭を下げる。

「神原智樹です。ご子息とは仲良くさせていただいております。宜しくお願い致します。」

下げた頭を上げて真っすぐに二人を見る。優しそうな男性と少し印象がきつい目をこちらに向ける美人が座っている。

「海斗。貴方は下がって結構です。」

「いえ。私はこの二人の友人です。ここで下がるわけにはいきません。」

俺が驚きの目線を海斗に向ける。合理的に考える彼ならば、ここで残るという選択肢は無いはずだ。親に反抗してまでここに残るのは後の自分の首を絞める行為だろう。そんな彼に咲さんが寄り添う。理想の夫婦の姿を見た気がした。

そんな海斗をみて、海斗の母がふっと笑う。

「初めまして。神原智樹さん。私は海斗の母の貝沼千代と申します。単刀直入に聞きますが、私の娘との婚約を考えていただけませんか?そして追々は不出来な息子の右腕になって頂ければと思うのですが。」

俺の腕にかかる力が強まる。俺は安心させるために麗奈を引き寄せる。

「申し訳ありませんが、私には既に最愛の妻がおります。ですのでこの話はお断りさせていただきます。」

「何も麗奈さんと別れろとは言いません。別に第二夫人でも構いませんよ?その才を我が息子の為に活かしてもらえればそれで構いません。私の娘は見た目もそこそこに整っております。男として綺麗な女性を二人も侍らせる事ができるのは喜ばしいことではないですか?」

確かにそういうことを望む男性は一定数いる。だが俺はたった一人いればいい。

「私は麗奈さえいればそれでいい。麗奈が隣にいるだけで私は幸せです。」

千代さんは俺の言葉聞いて一瞬微笑んだ。何だ…。何か違和感が…。

「海斗と咲さんは下がりなさい。この話は終わりました。私は納得しましたし、無理強いもしません。」

「ですが…。」

「下がりなさい。」

海斗がギリっと歯を鳴らす。そんな海斗の肩を俺は優しく叩いた。

「智樹…。」

「ありがとう。だが大丈夫だ。」

この違和感を晴らすためにはきっとこれが正解だ。

海斗は困ったような顔をして苦笑いをすると、咲さんに一言二言小声で話して部屋から出て行った。


「はぁ。もういいわ。」

「今の演技は必要だったのかい?」

「手本は見せておかないとね。」

海斗が退出してすぐに二人が姿勢を崩す。その姿を麗奈は驚いた顔で見つめている。俺は何となく察していた。

「貝沼家当主としての姿…ですか。」

俺の言葉に千代さんが頷く。

「えぇ。厳格な母、それを支える優しいだけが取り柄の入婿。女性である私が家督を継ぐということはこういうことよ。私は外面だけは完璧に演じなければいけないの。だからこの人にも一芝居してもらったってわけ。」

「では私の旦那を引き込もうとしていたわけでは…。」

ずっと黙っていた麗奈が口を開くと千代さんが微笑む。

「海斗にはまだ話せない事情があるわ。これは貝沼家の家督を継いだものしか知らない事だから。だけど当事者の貴方たちには話さなければならないわね…。」

そういうと二人は立ち上がって壁に二人で手を当てる。すると本棚が動き、そこに階段が顕わになる。

「長い話になるわ。それに証拠を見ないと納得しないでしょう。これは貴方の父親も知らないことだもの。知っていたのは私の唯一の親友だった貴方の母親だけ。だから貴方には貝沼家の全てを教えてあげる。でも海斗と咲さんにはまだ秘密よ?」

千代さんはそう言って俺たちにウインクをする。俺たちは思わずお互いに顔を見合わせたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る