打ち合わせと今後の方針

有芽氷華が氷華として完成されて数日後。

遂に他のキャストを選ぶオーディションが始まる前日となった。

今日は瑠璃との打ち合わせに部屋にお邪魔していた。今麗奈は氷華と代わっている。

冬夜さんはオンライン参加だ。

「侑芽役は私が選ぶ。そこの裁定権は譲れない。麗奈のお父さんもいいかな?」

「構わない。」

侑芽は最も氷華と行動を共にするキャラクターだ。

今後のドラマ展開でも固定したい。

「私も氷華に任せるよ。でも正直ここは知名度より再現度を優先したいところだね。侑芽は基本抜けているポジションだし、氷華に飲まれても問題ないと思う。主役であり脇役。その絶妙さを表現するのは難しい。いっそ悪目立ちでもいいんじゃない?そこで滑らないように九条院香澄を確保したんだから。」

澄香さん。顔合わせ以降は部屋にこもっており会っていない。今も尚、彼女は進化を続けているだろう。

彼女は受けの達人だ。例えどんなアドリブが来ても全てに対応出来る。

俺は知名度と実力を最優先した人選をと考えていたけれど、それを決めるのはこの作品に出演する人間の方がいいと考えを改める。

「オーディションの間は私が前面に出るから。麗奈にも伝えておいて。」

そう言うと氷華は左手を差し出してくる。

まだこの打ち合わせをして15分も経ってない。

「早くないか?」

氷華は俺の言葉に首を振る。

「私は言いたいことは言った。これ以上伝えることもない。助手君と二人で話すのは楽しいけれど、この場はそうじゃないだろう?それに…。」

氷華は少し言いよどむ。なんだろう。珍しい。

「何か言いたいことがあるのか?」

「いや、何でもない。二人の時に話すよ。ほら、早くして。」

何か引っかかるが指に指輪をはめる。氷華はゆっくりと瞳を閉じた。


「ふむ…。氷華は原作通り基本は無口という事か。推理と助手以外では必要な事しか口を開かないという事だな。」

「まぁそうですね。でも俺も最初の頃はそんなに話さなかったですよ?徐々に口数が増えて正式に話し始めたのは三日目くらいです。」

最初の頃は彼女は黙々と小説を読んでいた。自分を形作るピースが足りなかったのも理由かもしれない。彼女は速読でどんどん小説を読み進めていった。

そして三日目には俺を助手として認識した。

「ん…。」

麗奈が俺の膝で声を出す。さっきの入れ替わりから約5分といったところだ。

俺の顔を見ると微笑んでちょっとまた目を閉じる。これはいつもの事だ。キスをするまでは動こうとしない。俺は彼女の父親と友達の女性に見られている事を気にしつつ控えめにキスをする。唇ちゅっと音がして唇が離れると麗奈は上半身を起こした。

「おはようございます。」

寝起きの挨拶をしながら時計をちらりと見て首を傾げる。

「まだ30分も経ってないんですか?何か決まりました?」

「あぁ。オーディションだが氷華が参加したいとのことだ。元々は冬夜さんに任せるつもりだったけれど、俺たちも参加だな。因みに瑠璃も参加したいとのことだ。」

「よろしくー。」

気の抜けた言葉をだす瑠璃に苦笑する。

「成程。わかりました。その際は入れ替わればいいんですね?」

「あぁ。すまないが頼む。」

麗奈は少し考えて口を開く。

「今回は学内から侑芽役を選定するんですよね?私が参加することは良いのでしょうか…。人の口に戸は立てられないとも言います。そこはどうしますか?」

麗奈の懸念は最もだ。今回の映画化はまだ世間には公表されていない。

婚約発表と重ねて発表したいから今はまだ言うべきではない。

どうしたものかと考えていると冬夜さんが口を開いた。

「学内でやるオーディションのルールは学生たちも把握しているはずだ。他言無用の口留めが行われる。それを破ればそれ以降の学校からの仕事の斡旋を受けられなくなる。それを逆手にとって、今回は外部契約者を除外してオーディションを行う。因みにすでに応募者は多数集まっていて、侑芽以外はほぼ確定している。実力と人気を加味してな。だがこれは出来レースではない。結局は実際のオーディション次第で判断する。」

外部契約者とは学校外の芸能界者と契約をしている人のことだ。

例にあげるなら和樹だ。彼は学校外の芸能事務所と契約している。

「外部契約者を除外…。なるほど。大体面子は分かりました。と言っても今回のお話は離島の洋館での物語。登場人物はそう多くないです。氷華、侑芽、犯人、令嬢、メイドが3人、執事が3人、そして令嬢の父親。その内、確定しているのは4人ですね?」

現状確定しているのは氷華に麗奈、犯人に仁さん、令嬢に香澄さん、父親に冬夜さんだ。

九条院家が4人とも使われているが、最初に殺されるのは父親だ。

すぐに退場する役に冬夜さんを起用するのは勿体無いが、これだけの大物が序盤に消えるというインパクトも捨てがたい。

「あぁ。それがどうした?」

冬夜さんの言葉に麗奈は首を振る。

「いえ…少し気なっただけです。」

そう言って何かを考えるように目を伏せてしまった。

気になることがあるなら改善した方がいいと俺は思う。

「何かあれば言った方がいいんじゃないか?ここはそういう打ち合わせな場だしさ。」

「いえ。明日オーディションが決まっている以上、私が今思ったことは話さなくてもいいことです。」

着にはなるが、無理強いするのはよくないだろうと俺は考えて口を閉ざす。

俺が口を閉ざすと見かねた瑠璃が口を開いた。

「嫁ちゃんが気になっているのは外部契約者は対象外ってところでしょ?でも明日に迫ったオーディションを前にそこは変えられない。そもそも外部契約者を対象外にしたのは自分の為だとわかっているから尚更口には出せないよね。」

麗奈は図星を突かれた顔をして瑠璃を見る。俺たちは自分の役作りを優先していたので確かにこのオーディションの事を冬夜さんに詳しくは聞いていなかった。

「すまない。麗奈。これはマネージャーたる俺の失態だ。冬夜さんにも申し訳ない。」

冬夜さんは俺が婚約発表とこの作品の発表を同時に行うために最善の段取りをしてくれた。その結果が麗奈の懸念を生んだのであればそれは俺のせいだ。

「冬夜さん。俺が頭を下げて回るのでオーディションは延期でお願いします。先ずは先に婚約発表とこの作品の発表をします。大々的にやりましょう。オーディション。」

「そんな!これは私の我儘ですから…!」

「我儘ならどんどん言っていい。それを叶えるのがマネージャーの…いや旦那の務めだろ?」

「あぅ…。よ、よろしくお願いいたします。」

冬夜さんと瑠璃がこちらを見て頷く。二人も納得してくれたようだ。

だがもう一人話さなきゃいけない人がいる。勿論氷華だ。

「もう一度氷華に代わってくれるか?」

麗奈は頷いて指輪を外す。氷華が目を開けると周りを見渡して首を傾げた。

「何か問題でも起きたのかい?」

「あぁ。オーディションは一旦延期にすることにした。」

「ふむ。情報が足りなくて真意がわからない。理由を聞いてもいいかな?」

氷華からの質問に今までの流れを話した。

「うん。わかった。それを踏まえて私に頼みがあるんだろう?」

「あぁ。ティーザー予告を作りたい。多くの人に興味を持ってもらえるような。それは君にしかできないことだ。」

「うん。わかった。君と麗奈が望むなら私は全力でやろう。君たちの婚約発表を盛り上げてあげたいしね。」

氷華はそういって微笑んでくれた。そんな氷華を冬夜さんと瑠璃は驚きながら見つめていた。

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