両家顔合わせ

「僕は聞いてないぞ…。」

父さんが麗奈の家の門の前に車を停めてボソッと呟く。そう言いたくなる気持ちはわかる。

「住む世界が違う。帰っていいかい?」

「ダメよお父さん。私達は対等よ。負けちゃダメ。だけど私は帰っていいわよね?」

ダメだこの2人。心が折れてる。

その時ゆっくりと門が開いた。中から1人のメイドが歩いてくる。アレは絵里だ。

父さんが運転席の窓を開ける。

「すまない。不審者じゃないんだ。息子とここの娘さんを送ってきただけなんだ。すぐ帰るさ。」

父さんは完全に逃げ腰だ。フォローしようと思ったが絵里は優雅に頭を下げた。

「お待ちしておりました。神原優也様。神原理恵様。先ずはあちらに用意しているリムジンへお乗りください。私はこちらの車を移動致します。ご安心ください。私も免許は持っております。」

そう言って父さんに自分の免許を見せる。

彼女は俺の一つ上だ。そして使用人となれば当然免許は持っているだろう。

父さんと母さんは諦めて車を降りた。

代わって絵里が車に乗ってくる。

「お帰りなさい。」

「あぁ。ただいま。」

「ただいま。絵里。」

バックミラーをチラリと見ると彼女が微笑んでいる。

「智樹様。麗奈様がメスの顔になっています。車から降りるまでに矯正してくださいね?」

「絵里!?」

彼女は少しフランクだ。常にこれであればいいが彼女は使用人。事はそう簡単ではない。

「仕方ない。そういう仲になったんだ。」

「それは喜ばしい事です。使用人としてこんなに幸せなことはありません。お二人の子供を抱っこするのが楽しみです。しかし麗奈様。小言は言いたくないですが、貴女は外面を崩してはいけません。」

麗奈は視線を彷徨わせた後にシュンとなった。

「わかってるわ。でも仕方ないじゃない。本当の意味で旦那様になってくれたんだもん…。」

麗奈のその言葉で申し訳なく思う。待たせた俺にも責任はある。

「今日は家族のみの無礼講。ですが外面だけは元に戻せるようにしてくださいね?」

「うん。わかった…。」

驚いた。普段は俺がいるからかこういうやりとりはない。だけど二人っきりの時はこうして姉と妹のようなやりとりがあるのかもしれない。以前姉のような人と言っていた理由がわかる一幕だった。俺にそのやりとりを見せたのは、恐らく信頼故だ。

バックミラーで彼女の様子を見ると俺に目線を送っていた。その目はフォローは任せますと伝えている。

頷いて俺は麗奈を抱き寄せて頭を撫でる。

そのまま車が停まるまで絵里が口を開くことはなかった。

父さん、母さんはリムジンから降りており、唖然と家を見上げている。

絵里に着いてその2人の元へと向かうと、巨大な玄関がゆっくりと開いた。

その先に1人の男性が見える。

その姿に俺、麗奈、絵里が目を見開く。

普段なら客人を玄関で待つなどしない。

当然だ。彼はいつだって書斎で人を待つ。

「お会いできて光栄です。本来であれば私の方から出向くべきでした。しかし、なかなか時間を作れずにこのような形になった事をお許しください。」

そう言って一度頭を下げる姿は普段の彼ではない。威厳を捨て去った1人の父親がそこにいた。


「いえ!こちらこそ申し訳ありません!貴方の大事な娘さんを私の息子が傷物にしてしまいました。ですが我が息子は私よりも遥かに優秀です。私の言葉は信じられないかもしれませんが、必ず貴方の娘さんを幸せにします。自慢の息子を罰さないで頂けますでしょう!」

父さんは深々と頭を下げた。そんな父さんを冬夜さんは二、三度瞬きをして見た後に慌てて駆け寄る。

「彼の行動は全て不問としています。寧ろ子供が出来ても問題などありません。我が家は自由恋愛です。彼は私の娘の婿である前に、私の友ですから。」

冬夜さんの言葉で父さんが顔を上げて俺を見る。どうしたものかと頭が痛くなる。

「皆様。積もる話もあるでしょう。先ずは歓談の席を用意致します。智樹様と麗奈様は一度お部屋へ。ご当主並びに御客人は我が父が案内いたします。」

絵里の言葉が終わる頃に壮年の執事が現れる。気配が全くなかったぞあの人。驚いていると父さん達は連れて行かれてしまった。

俺達は絵里に続いて部屋に戻る。

「2人はお着替え下さい。私は一度様子を見てきます。」

「今はいて。ちょっと落ち着きたいの。」

出て行こうとした絵里は振り返って微笑む。

「智樹様。宜しいですか?」

「勿論。」

絵里は頷くとカップをテーブルに並べる。

瞬く間に紅茶、ジャム、クッキーがテーブルに並ぶ。俺が座るように促すと絵里が座った。

「流石に驚きました。ご当主様は本来書斎で待っているはずでした。計画と違います。」

ピッと音がして無線であることがわかる。

「了解しました。父さん。」

またピッと無線が切れる。

「進展があれば連絡がきます。麗奈様は歩き方に違和感がありますね。それではバレバレですが仕方ありません。智樹様は1点減点です。99点になりました。」

「返す言葉もない…。」

昨日の今日だ。いくらタイミングが良くてもずらすべきだった。

「問題ありません!私の旦那はいつでも満点ですから!」

麗奈の言葉に絵里さんが仕方ないと苦笑する。

「麗奈様は智樹様の事になるとちょっと問題がありますね。ですが麗奈様がいいならいいです。」

「絵里!?」

絵里は麗奈をスルーして俺に目を向ける。

「智樹様はしっかり麗奈様をエスコートしてください。腕を組み、補助をお願いします。」

「あ、あぁ。勿論だ。」

今の絵里には断れない凄みがある。

「では私は一度退出します。お着替えを。終わったら声をかけてください。」

立ち上がって扉に向かう彼女を見送ると扉を開いて顔だけ振り向く。

「服を脱いで下着になるからって今から始めてはダメですよ?」

「しねぇよ!?」「しませんよ!?」

俺達の反応が面白かったのかくすくすと笑って部屋から出ていった。

「いやびっくりした。絵里はあんな冗談も言うんだな。」

「貴方が正式に主人になったからだと思います。でもいい傾向だと思いませんか?たぶん安心してるんだと思うんです。自分で言うのもなんですが私を1人でフォローするのは大変な苦労だったでしょうから。」

「麗奈は手がかからないと思うけど…そうだな。俺も仲良くやっていきたい。彼女にもいつかは旦那ができるだろう。だけど使用人は続けて欲しいな。」

彼女は麗奈が素を出せる貴重な人材だ。

可能ならいて欲しい。辞める時がいつか来るかもしれないが。

麗奈が服を脱ぐと綺麗な体に目を奪われる。

その視線に気付いたのか、彼女は蠱惑的な表情を浮かべる。

「今日の夜が楽しみになりましたか?」

耳元で囁かれる言葉に俺は顔を背けて頬をかいた。


用意された正装に袖を通した俺が麗奈の方を見ると彼女が頷く。

「絵里。2人とも準備ができました。」

麗奈はすっかりお嬢様モードだ。

ガチャっと扉が開く。絵里は俺達を見て頷く。

「智樹様。こちらにお座りください。」

促されて椅子に座ると絵里が麗奈に手招きする。

「いいですか?麗奈様。彼は磨けば更に光ります。よく見て覚えてください。更に格好いい旦那様を見たいでしょう?」

麗奈はこくこくと頷く。いやセットはいつも軽くしてるけれど…。

そんな事を考えると絵里はテキパキと手を動かす。ものすごいスピードで髪の毛がセットされていき、最後にスプレーをかけられた。

そして少しメンズメイクをされる。

そこにいたのは別人のイケメンだった。

空いた口が塞がらない。

「おいおい…。魔法でも使ったのか?」

「いえ。何を勘違いしているかわかりませんが貴方は普通にイケメンです。」

「〜〜〜〜〜〜っ!?」

麗奈が口に手を当てて目をキラキラと輝かせている。いや、うん。その気持ちはわかる。

彼女は見た目ではなく中身を好きになってくれたのだ。そんな相手の見た目がいきなり激変したら驚くだろう。

「押し倒したい…。」

「ダメですよ。夜まで待ってください。」

いやその返しはおかしい。その頃には風呂に入ってるし。

「それより覚えましたか?私は常にいるわけではありません。2人で泊まりに行った時などは麗奈様がやらなければならないのです。」

「バッチリです!先生!」

「さすが麗奈だな。じゃあ頼む。ワックスは分かるけれどメイクは目を閉じてたからわからない。」

麗奈に微笑むとまた声にならない声を出してこくこくと頷いた。

「あっ、これダメかもしれませんね。やり過ぎてしまいました。いい機会だと思ったのですが…。今日はもう諦めるしかないですね。」

確かに一応今日は正式な場だ。

だけど麗奈は完全に混乱している。

ピッと音がして絵里はわかりましたと頷く。

「では、智樹様はエスコートを。」

「あぁ。」

跪いて麗奈に手を差し出すと俺の手に麗奈がそっと手を乗せる。そのまま立ち上がると麗奈は俺を見つめながら腕を通した。

絵里は苦笑しながら歩き出し、俺たちも後に続いた。


絵里がコンコンとノックをすると中から笑い声と入れという冬夜さんの声が聞こえた。

「あら。」

「おい、マジかよ!」

「ほう…。」

「アンタ…。」

「智樹…なのか?」

香澄さん、仁さん、冬夜さん、母さん、父さんが一斉に俺を見る。

「し、失礼します。」

ゆっくりと麗奈をエスコートして席に着くとやっと一息ついた。

麗奈は俺から離れようとしないどころか、ぼぉっと俺を見つめている。その頬は赤く染まっている。居た堪れない。

「うむ。主役も来た事だし我々の子供たちの輝かしい未来を祈って、乾杯!」

『乾杯!』

冬夜さんの乾杯で顔合わせが始まった。

「おいおいおいおい。義弟よ。ウチの妹はどうしちまったんだ!?」

苦笑しながら彼女の口に食べ物を運ぶ。

今の彼女には俺しか見えてない。

最早一言も話してない。

「ま、まぁ。なんて言えばいいんだ?こ、こういう麗奈も可愛いでしょう?」

もはや自分で何を言っているのか分からない。

親達は固まって話しているので放置している。

今日は緩い感じなのでまぁ良いんだろう。

「元は悪くないとは思っていましたがここまでとは…。芸能界でも生きていけますよ?」

「はははは。」

愛想笑いもしたくなる。そんなのはごめんだ。

麗奈といる時間が少なくなるだろう。

「旦那様。お肉食べたい。」

「はいはい。」

ステーキを切り分けて口に運ぶと顔が綻ぶ。

そんな俺達を信じられないものでも見る目で見る2人。

「ところで役作りはどうなってる?」

「あぁ…。まぁいい感じですよ?」

「是非見たいですね。」

俺がなんとなく濁して答えると香澄さんに突っ込まれてしまう。

いやこの場では無理だろ。麗奈はこんな感じだし。すると麗奈が俺の耳元で囁く。

「5分だけ。驚かせてあげましょう。5分経ったら指輪をはめてくださいね?」

マジかよ。この場で?

止める間もなく麗奈は指輪を外す。その瞬間、部屋の雰囲気が変わった。

冬夜さんがガタリと立ち上がった。

母さんと父さんは何が何だか分からずに首を捻るばかりだ。

「おいおい。助手くん。今日は随分とイケメンじゃないか。」

全員が息を呑む。氷華はぐるりと部屋の中を見渡した。そして右手にある指輪を見て、ため息を吐くと俺に指輪を渡した。

「成程。全て理解した。麗奈には困ったものだね。見せ物はゴメンだよ。ほら。」

氷華が左手を差し出す。俺がすまんと指輪を嵌めると気にしなくていいと笑って目を閉じた。

麗奈はすぐに目を開ける。時間にして1分ほどだった。麗奈は周りを見てクスリと笑うと俺の腕に抱きつく。全員が未だに唖然としている。

「旦那様。お肉ちょーだい。」

俺は口を開く麗奈の口にまたステーキを入れると冬夜さんがゆっくりと座り直した。

「おいひぃ」

そう言ってまた口を開ける。

俺は次のステーキを運ぶ。

「マジかよ…。」

仁さんがポツリと呟く。

「予想の遥か上…ですわ。」

香澄さんが驚いているのは初めて見た。

「麗奈。みんな驚いてるぞ?」

「良いんです。私は今回全員を倒すんですから。プレッシャーをかけておかないと。」

麗奈は暢気に言って口を開ける。俺は今度はその口ににんじんを小さく切って入れる。

「あまぁい。」

麗奈はご機嫌だ。まぁ全員の顔を見る限り、先ずは度肝は抜けたといったところだ。

「と、智樹君…。今のは何だい?」

冬夜さんの言葉にどう答えたものか言い淀む。

「お父様。まだ企業秘密です。私たちは今回の映画でお兄様とお姉様を超えます。手の内は晒す気がありません。今のはちょっとしたデモンストレーションです。でも、勝負にならないかもしれないですね。」

「へぇ…。」

「言うじゃない。」

麗奈は自分の言葉に反応する二人をにやりと見る。

「ふふん!甘く見ましたね?私には最愛の旦那様がいます。加減をする必要がない以上、今回は大差で勝っちゃいますよ?」

煽る煽る。いつもの麗奈らしくない。きっと何か意図がある。

「安い挑発だな。妹よ。」

「えぇ。煽ることに慣れてない初々しさは可愛い。ですが…。」

『その挑発…。』

「乗ってやるよ!」「乗ってあげますわ!」

麗奈は口角を上げると不敵に笑った。


姉弟が部屋から退出するのを見届けて俺は口を開く。

「どうしてあんな事を言ったんだ。」

「勿論、成功させるためですよ。旦那様は傑作ではなく名作を望んでいますよね?」

まぁ可能なら最高の結果は得たい。当然原作者だってそう思っている。

「まぁな。」

「今のままでは無理です。子役の時から私が本気で演技をすると私が先走ってしまって調和がとれないことがありました。だからセーブしていました。だけど…私は今回抑えることができない。氷華は私の意志とは無関係にやりたいようにやるでしょう。であれば周りのレベルを上げるしかない。お兄様とお姉様はその中でも外せないピースです。お二人とも私より格上ですが、今回ばかりは今まで通りにはいかない気がしているのです。だから下手な煽りをやりました。2人は気づいていて乗ってきたんですよ。だから喧嘩にならなかった。」

成程。確かに2人とも煽られた後に怒っているというわけではなさそうだった。

部屋から出て行く時も普通だったし。

「私は氷華を認知できません。ですが周りを見た結果で、ある程度の確信は得ました。氷華はあの2人から見ても異質だということです。」

そして麗奈は冬夜さんを見る。

「アレは…断じて演技ではない。親としては許容範囲を超えている。」

「智樹さんと同じことを言いますね。ですが辞めません。私がやると決めたのです。」

麗奈の意思は硬い。俺も止め気はもうない。

「冬夜さんの心配はわかります。ですが氷華は今の所有効的です。無理をしなければ問題はないと考えます。」

俺は麗奈のやりたいようにフォローする。そう決めている。

「そうか。智樹くんが言うならそうなのだろう。だが親としては心配だ。今の所貝沼家に動きはない。海斗くんからも連絡はない。だからと言うか無理する必要性を感じていないのだよ。私の言いたい事は理解してもらえるね?」

確かに俺の方にも連絡は来ていない。

「わかっています。無理はさせないと約束しますよ。しかし麗奈の意思が最優先です。麗奈がやると決めれば俺はそれを尊重する。」

冬夜さんが頷いた。とりあえずは了承を取れたという事でいいのだろう。

「ところで水族館はどうだった?美羽ちゃんのステージを見てきたのだろう?」

「お父様。やっぱり隠していたんですね?」

「約束だったからね。俺は約束を違えない。特に娘の親友との約束はね。」

そうか。なら仕方ないな。

「えぇ。最高のサプライズでした。麗奈との関係も進んだ。これ以上ないサプライズでしたよ。」

「そうか。それなら微力ながら手を貸した甲斐はあったというものだ。」

微力どころではないだろう。

きっと彼は美羽の何倍も金を使っているはずだ。

「旦那様。私はそろそろ部屋に戻りたいです。」

裾を引っ張られて麗奈に微笑む。

「麗奈がこう言ってるのでそろそろお開きでいいですか?」

「あぁ。」

立ち上がってそうだと立ち止まる。

「天川雪さんをご存知ですか?」

「勿論だ。妻は彼女のウェディングドレスを着たからな。」

やっぱりだ。麗奈も納得したように頷く。

「麗奈も彼女の作成したウェディングドレスを着るんです。」

俺がそう言うと冬夜さんが目を見開く。

「そうか。彼女はあんな古い約束も覚えていたんだな。」

「約束?」

「何。私の子供たちが結婚するときはまた作って欲しいと妻が彼女に言ったんだ。彼女ははい必ずと妻に返した。それだけだよ。君達の結婚式は来年になるだろう。楽しみにしている。私は優也さんと理恵さんともう少し友好を深めるとするよ。」

「そうね。私も普段の息子の様子を知りたいし。」

「僕もそれは気になるな。」

勘弁してくれ。まぁでも仲良くしてくれるのは有難いか…。

「ほどほどにしてくれ。」

俺のため息混じりの言葉で親達は全員笑った。

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