墓前と両親への報告
麗奈が寝てしまったので俺は母親に電話をすることにした。いくら自分の実家でも、今は夜だし今から行くことを伝えねばならないだろう。
『じゃあ今日はこっちに泊まるのね?』
「あぁ。麗奈も連れて行く。」
『連れてこなかったら入れないわよ。』
実の息子になんてことを言うんだ。
「報告もあるしさ。明日は美羽の墓前にも顔を出すよ。2人で。」
『そう。そっか。本当におめでとう。』
はっきりと口には出してないけれど伝わったらしい。流石母親だ。
「まぁ詳しくは明日話すから寝てていいよ。まだ時間もかかるから。」
『晩御飯は?』
そう言えば食べていない。
麗奈はぐっすりと寝ているし…。
「帰ったら適当に俺が作る。材料はあるか?」
『牛バラがあるわ。明日牛丼にしようと思って。いい肉よ。2人で食べちゃいなさい。』
「いい肉なら流石に悪いよ。」
『いい肉だからよ。ちゃんと麗奈ちゃんになんか作ってあげなさい。』
本当にこの母親には頭が上がらない。
「助かる。いつもありがとう。」
『何も気にしなくていいのよ。アンタは私の息子で、麗奈ちゃんは息子の大事な人なんだから。私たちにとっては第二の娘みたいなものよ。だからここはアンタたち2人の家よ。』
これほど嬉しい言葉は無いだろう。
「ありがとう。」
『はいはい。気をつけて帰ってきなさいね。』
「あぁ。」
電話を切って麗奈の頭を撫でる。
そして今度こそ守り抜く事を固く誓った。
家に着くと21時を過ぎていた。
リムジンはゆっくりと俺の家の駐車場に入った。将来的に俺が免許を取ることを見越して駐車場が広くなっていてよかった。
「麗奈。起きれるか?」
「んぅ…。」
目を擦るとぼぉっと俺を見つめた後に擦り寄ってくる。いつも麗奈は寝起きがよくはないが、ここまで過剰に甘える事は無かった。
正直可愛い。小動物のようだ。
「旦那さん…?」
「なんだ?」
婚約してから会話の流れで彼女が旦那と呼称することは何度かあったが、基本は智樹さんと呼ばれる。
だからかなんだかこそばゆい。
「えへへ…。旦那…へへ。」
麗奈は俺の胸に顔を埋める。なんだこの可愛い生き物は…。心臓がドキドキと鼓動を早める。
プロポーズまがいな事をしたが、事実として、まだ結婚はしていない。実際に夫婦になるのは少なくとも来年。だがこんな可愛い反応をされては今すぐ押し倒したくなるではないか。
その時ガチャリと後部座席の扉が開く。
扉の先には頭を下げた状態の運転手の方だ。
「智樹様、麗奈様。目的地に到着致しました。」
そう言って頭を上げて彼は固まる。
いつもなら直ぐに距離をとってキリッとした姿になる麗奈が、まだ俺の胸に顔を埋めてえへへと言っているからだ。
「あっ…と、失礼しました。」
扉がゆっくりと閉まる。
俺は居た堪れない気持ちになりながら麗奈を抱きしめながら自分で扉を開けた。
「えっと…。私は一度九条院家に戻ります。明日は何時に致しましょうか。」
「あぁ。すまない。明日は…そうだな…。16時に迎えに来てくれないだろう。」
「わかりました。それでは麗奈様をよろしくお願い致します。」
「あぁ。勿論だ。」
彼は深々と頭を下げると車に乗り込み去っていった。かなり動揺していたから心配だ。
無理もない。彼は幼少期の頃から麗奈の運転手として麗奈を見てきた方だ。
正直彼より付き合いの短い俺ですら動揺している。彼女は俺に甘える事はあったがそれでも我慢していたのだろう。
誰かに甘えることが出来なかった彼女のリミッターが外れたと考えると納得できるリアクションなのかもしれない。
このまま家に入るのは正直恥ずかしい。
けれど彼女を甘やかすと決めた以上は彼女の望むままに甘やかしたい。というか可愛すぎて離すことは無理だ。
このまま入って親に見られたとして、何かを失うわけでもない。バカップルというレッテルを貼られて恥ずかしい目に遭うだけだ。
きっと今後もイジられるだろう。
うん。何も問題がない。俺がイジられる事によって麗奈が幸せになれるならいいや。
俺は何も気にせずに家の扉を開けた。
「ただいまぁ。」
「ただいま帰りました。」
俺たちが玄関を開けるとリビングに光がついている事に気づいた。
麗奈は名残惜しそうに腕から離れて、脱いだ靴を並べる。振り返った麗奈は、俺の両親に報告することを思い出したのか少し緊張していた。だから俺は自分の腕を彼女の腕に絡めた。
麗奈は少し驚いて、幸せそうに顔が綻ぶ。
その時、おかえりとリビングの扉が開いた。
母さんは俺達の姿を見て数回瞬きをする。
俺はこういうキャラではないと自覚もある。
だからこそこの一言がわかりやすい。
「将来の嫁を連れてきた。」
俺の言葉を聞いて母さんは笑う。
「あの…お義母様。正式にプロポーズをしていただきました。来年には籍を入れたいと考えております。えっと…その…。」
母さんは微笑みながら俺達に近づいてくる目の前に立つと麗奈は恐る恐ると言った感じで母さんの顔を見た。
学生結婚を宣言してるのだから、多少は母さんから何かを言われると思っているのだろう。
だが彼女の不安を払拭するように、母さんは俺達の頭を優しく撫でた後に抱きしめてくれた。
「おめでとう。孫は二人は見たいわ。」
「おい。それ孫ハラスメントだぞ。婚約破棄されたらどうする。恨むぞ?」
「和ませようというブラックジョークじゃない。許しなさいよ。」
麗奈は震える腕で母さんを抱きしめる。
「お義母様…。」
「何かしら。えっ…もしかして本気にしちゃった?ごめんなさい。冗談よ!?」
麗奈は首を振る。
「孫は三人はお見せできると思います。」
俺が思わず吹き出すと母さんは爆笑する。
「そっかそっか。でも別に急がなくていいわ。私は2人が幸せならそれでいいから。」
麗奈は目の端に涙を滲ませながらも満面の笑みで顔を上げる。
「はい!それについては問題ありません!私は智樹さんが横にいるだけで幸せです!!」
母さんはその顔を見て微笑んだ。そして俺の方を見る。見たこともないほど真面目な顔だ。
「これだけは約束しなさい。私はもう二度と自分の子供を失いたくない。だから何かあったら必ず話して頼りなさい。貴方が麗奈ちゃんを守りたいと思うように、親は子供を守りたいと思ってる。そして私達より長生きして幸せな人生だったと笑って死になさい。わかったわね?」
母さんと父さんは美羽の死を引き摺っている。だからこそ俺を失うことを恐れている。同様に、娘だと思っている麗奈のことも大事だと思ってくれている。
「俺は天寿を全うして死の間際でも笑顔でいられる人生を送るよ。最高のパートナーも見つけたからさ。」
麗奈が絡めている腕に力を入れる。俺も力を込めて距離を縮めた。
「うん。貴方はいい表情になったわ。麗奈ちゃん。智樹の事を大事にしてくれて、恋を教えてくれてありがとう。私は2人を祝福するわ。父さんは今日は取材で家にいないけど、さっき電話で泣きながら喜んでたわ。明日の昼頃に戻るから顔を見せてあげてね。」
父さんは今日取材だったのか…。父さんは小説のネタ探しにたまに取材旅行に行くから珍しいことではない。
「はい!お義父様とはあまり話をしていないので、明日はしっかりお話しします!」
麗奈の言葉に母さんは嬉しそうに笑った。
父さんは人見知りだし、あんまり会話は得意ではない。だが泣いて喜んでくれるほど麗奈のことを気に入ってくれた事に安堵する。
『決めたなら必ず幸せにしてあげなさい。』
以前言われた言葉を思い出す。
これは男と男の約束だ。明日はじっくり話そうと思った。
遅い夕飯をとって風呂を終えた俺たちは、同じベッドで横になる。腕を広げると麗奈が腕の中で俺を見上げた。
「私、お義母様の事大好きです。」
「そうか。君がそう言ってくれるは嬉しい。嫁と自分の母親が仲がいいのは大事な事だ。」
「お義父様とも仲良くなれるでしょうか…。」
父さんか…。人付き合いが得意じゃないんだよなぁ。でも優しい人だ。仲良くはなれるはず。
「父さんは家族以外と会話するのが苦手なんだ。だけど君は家族になるから大丈夫…だと思う。」
ちょっと曖昧な言い方になってしまう。父さんのコミュ障は筋金入りだ。
麗奈を家に何度か連れてきているが、ほぼ挨拶しかしてない。
「家族…。うん。ちゃんとお話ししなきゃですね。明日から頑張ります。」
麗奈は頷いた後に俺の手をとって自分の胸に当てる。柔らかい感覚、そして早い鼓動。どうやら緊張してるっぽい。
「麗奈?」
「私ドキドキしています。やっと付き合えたのです。今日は記念が欲しいです…。」
言ってる意味がわかって俺の心臓も稼働を早める。だが今日は何の準備もしていない。
「準備がないんだ。それに結婚してからでも遅くは…。」
「今日だけ…。今日だけで良いんです。そうしたら次はちゃんと避妊しますから…。」
そこまで言われて断る事は出来ない。
映画のことがあるから本来ならダメに決まっている。だが彼女の希望は叶えてあげたい。
俺は麗奈の唇を奪って彼女の耳元で囁く。
俺の囁きに彼女は幸せそうに頷いた。
ぴぴぴぴ…
「ん…。」
携帯のタイマーがなる。それを止めつつ時間を確認すると時刻は7時。午前中に美羽の墓前には行きたいので起きなければならない。
だが俺の上では可愛い寝息を立てている麗奈がいた。動くに動けない。
眠い。このまま二度寝したい。結局昨日は力尽きるまで起きていたので完全に睡眠不足だ。
俺は抗えない睡魔に負けて麗奈を抱きしめてもう一度目を閉じた。
コンコンとノックの音がする。
「2人とも…起きてる?」
母の声で目を開ける。一気に目が覚めて時間を確認するとアレから2時間は経っている。
「すまん!今目が覚めた!準備したら行くから!」
俺が慌てて返答すると母さんは察してくれたのかはいはいと返事があって、階段を降る音が聞こえた。
もはやバレバレではあるだろうが流石に見られるのは困る。
目線を下に向けると寝ぼけた顔の麗奈が俺の顔を見て幸せそうに微笑む。可愛い。昨日の夜を思い出してまた体が反応する。
麗奈はそれに気付いたようで耳元で囁いてくるが、俺は首を振って彼女を優しく抱き起こした。魅力的な提案ではあるが、流石に良くないだろう。
麗奈は少し残念そうな顔をした後に俺に軽くキスをして俺の上から降りた。
朝食を終えた俺達は準備をして美羽の墓に向かっていた。麗奈は歩き方が少しぎこちない。
勿論母には俺だけ散々イジられたわけだが、昨日の幸せな時間を思い出せばそれを素直に受けるしかないと思わされた。
「大丈夫か?」
「ちょっと痛いのと違和感があるだけです。問題ありません。寧ろ幸せすぎてこの痛さすら愛おしいです。」
「そ、そうか…。いつでもおぶるからな?」
「はい。」
俺は麗奈のスピードに合わせながらゆっくりと歩く。今日は辞めるかと聞いたらどうしても行きたいと言われた。彼女の希望を最優先してあげたいと俺は思ってこうして向かっている。
麗奈は俺の腕に抱きつきながら歩いている。その表情はとても幸せそうだ。この時間がずっと続けばいいと思った。
墓について、一通り掃除をする。といっても定期的に来ているので墓は綺麗でそんなに苦労もなかった。
花を備えて俺達は手を合わせる。
美羽。俺は麗奈を守っていく。お前のサプライズで先に進めた。ありがとう。見ていてくれ。必ず幸せにするから。
『二人ともおめでとう!』
美羽の声が聞こえた気がして目を開けると風が優しく頬を撫でた。
隣では麗奈が一筋の涙を流している。だがその表情は穏やかだ。
「大丈夫か?」
「はい。聞きたい言葉は聞けました。」
俺はそうかと頷いて立ち上がる。
きっとこういう事もあるだろう。
俺達はまた来ると墓前に告げて、支え合いながら背を向けた。
家に帰ると父さんがリビングにいた。
俺たちの顔を見て微笑む。
「母さんから聞いたよ。麗奈さん。ウチの息子をよろしくお願いします。よく出来た息子に育ってくれたとは思いますが無茶をする子なので支えていただけると助かります。」
「は、はい!私の方が支えられてばかりですが頑張ります!」
麗奈がバッと頭を下げると父さんは優しい目で麗奈を見つめて、視線を俺に向けた。
その目は真剣で、しっかりやりなさいと告げているのはよく分かった。だから俺は力強く頷いて返した。
「今日は夕方まで時間はあるかい?」
「あぁ。16時に迎えを頼んでいる。」
「そうか。迎えは断ってくれ。ちゃんと送るからちょっと出掛けようか。」
父さんの言葉に俺達は目を合わせる。
父さんは仕事以外は出不精な人だ。わざわざ外に出るなど普段なら言わない。
だからどこに行くのか興味があった。
俺たちが頷くと父さんは立ち上がって車の鍵を持って着いておいでと微笑んだ。
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