アイドルからのサプライズ
「でかいな…。」
「依然来たときはもっとこじんまりしてたんですけどね。」
麗奈は苦笑いを浮かべる。俺は改めて目の前の建物を見る。ここは2か月前にリニューアルオープンをした水族館だ。
「最後に来たのは小学校の時だっけ?」
「そうですね。家族全員が多忙でしたから、中々予定が合わないんですよね。それにしても…ここまで変わると思い出は探せそうにないですね…。」
麗奈は悲しそうな顔になるが、そんな顔はして欲しくない。
「隅々まで回ろう。もし仮に残ってなかったとしても、色々回ることが新しい思い出になるさ。」
過去の思い出を前提にしたデートではあるが楽しむことが最優先だ。相互理解のデートとは趣旨が変わってしまうものの毎日一緒にいるからか今は麗奈の笑顔が俺の最優先になっている。
「そうですね。デートは楽しくないと!私も気持ちを切り替えました!こんなに大きい水族館も初めてです!一回で全部回れなくても次回という楽しみが残りますし、今日という思い出からまた多くの思い出を作りましょう。」
そう言って笑う麗奈を見て胸を撫でおろす。俺も全力で楽しもうと決めた。
入場口から入っていくと早速フォトスポットがある。
どうやらここで写真を撮って、特別なフレームに入れてくれるらしい。今日の日付も入るので特別感がある。
正直写真はあまり得意ではないが、これも思い出だし、麗奈も撮りたがったので一緒に写真に入ることにする。
「カップル写真か…。俺には縁がないものと思っていたがまさか撮ることになるとはな…。」
「美羽とはこういう経験無いんですか?」
「無いな。美羽は美人だし、晒しものになりたくないし。でも大事な婚約者の為なら俺だって多少は頑張るさ。」
俺の言葉に麗奈が微笑む。
「嬉しいです。キュンとしちゃいました。今後は家族写真等でこういった写真を撮る機会も増えるでしょう。慣れてくださいね?旦那様?」
「お、おう。善処するよ。」
確かに子供が出来れば何かの行事や記念のたびに写真を撮りに行くことが増えるだろう。今から気が重い…。
何度かもう少し笑ってくださいと言われながらも俺はなんとか写真を撮るという任務を全うした。
「智樹さんはどこからみたいですか?」
「俺はペンギンとイルカが見れればいいよ。どっちもメインだから流れで見れるだろ。麗奈はどこから回りたいんだ?」
俺の問いかけに麗奈は少し考え始めた。
「ここはクラゲのドームが有名らしいですね。ふらふらと海中をライトアップされながら泳ぐ姿が幻想的だとか…。」
「クラゲの海だったか。トンネル状になっててクラゲに集中できるように水槽の中にしかライトがないんだっけ。」
一押しのなのかHPにはそう記載してあった。
「それですそれです。足元が暗いらしいのでそこは気を付けないといけないですがデートにはピッタリじゃないですか?」
「そうだな。そっちに向かうとイルカショーがやっている所にも抜けれるな。」
パンフレットを見ると一回目のイルカショーは10:00だ。今が9:00だからゆっくり行っても余裕はあるだろう。
「ではまずそちらから行きましょう!」
麗奈は楽しそうに俺の腕を引く。そんな麗奈を見ているだけで俺も楽しくなるのだった。
クラゲの海は水槽の中だけが様々な色のライトで照らされており、多種多様なクラゲが色々な色で照らされていた。
その姿は確かに幻想的で、ここでしか見れない景色と言えた。
足元は確かに暗いが、見えないほどではない。この薄暗さが水槽の中をより強調している。
周りにいる人たちも言葉を失ってこの光景を眺めている。子供は楽しそうにクラゲを追いかけており、微笑ましい光景だった。
俺たちはそのトンネルをゆっくりと進んだ。
「綺麗でしたね。」
「あぁ。クラゲは毒もあるけれど安全なところから眺める分には綺麗だと思う。ライトアップの方法もよく考えられたものだった。足元の暗さがクラゲを引き立てていて幻想さが際立っていたな。」
「そうですね!足元は確かに暗かったけれど合法的に恋人との距離が縮められるのも考えられたポイントだと思います。知ってますか?あそこはで告白して付き合い始めたカップルが今増えてるんです。SNSでも人気なんですよ?」
それは知らなかった。俺はSNSは完全にROM専な上に知り合いの物しか確認しないから。
というか麗奈もSNSやってるのか。一緒にいても全然携帯をいじらないから知らなかった。聞いてみるか。
「麗奈もSNSをやっているのか?」
「えぇ。見るだけでつぶやきはしないですけどね。公式なものもないですし。相互フォローは美羽だけです。見ます?私がどれだけ貴方が好きかを見れますよ?最後の投稿は美羽が亡くなる前日。返事のない呟きをしても寂しいので見るだけになっちゃいましたけど…。」
成程…。それを見れば彼女がいつごろから俺を好きになっていたのかがわかるということか…。気になるがやめておこう。その呟きは麗奈と美羽だけの大切な思い出だ。当事者であっても覗くべきではない。
「気になるがやめておこう。」
「ふふっ。そうですか。うん。貴方のそういうところも私は好きですよ?」
どうやら俺の考えは彼女にバレバレらしい。俺は照れ隠しにそうかと頬をかくのだった。
イルカショーのステージの客席は多くの人で賑わっていた。
だがメインのショーということもあって、多くの人が見れるように客席は多い。前の方の席は水を被る危険があると事前に調べて知っていたがあえて俺たちは最前列に座った。
どうせ来たなら経験しておかなければ損だ。勿論着替えも用意しているし問題ない。
「ドキドキしますね!最前列でイルカショーを見るのは初めてです!」
麗奈が興奮気味に話す。かくいう俺は初めてではない。地元の水族館のイルカショーは美羽が好きでよく行っていた。
美羽は必ず最前列に座って濡れる事すら楽しんでいた。俺はそんな妹と共に嫌々最前列で水を被っていた。
「一応着替えとタオルは用意したが、合羽もあるぞ?」
周りを見ると着用している人もいる。大体半々といったところだ。
濡れるのも醍醐味と考える人も一定数いる。
「大丈夫です!着替えればいいだけなので!下着が透けないように中にちゃんと一枚着てますし。」
どうやら無鉄砲な美羽とは違い、ちゃんと自衛もしてくれているらしい。それを聞いて少し安心した。
MCが出てきて曲が流れた瞬間に気づく。
この曲は美羽のデビュー曲だ。麗奈もすぐに気づいたようで俺の手を握ってくる。
亡くなった後もこうやって曲が使用されている所を実際に聞くと少し涙が出そうになった。
「こうしてここにきて美羽の曲を聞くなんて…運命かもしれませんね。」
麗奈がぼそりと呟いて、俺はそうだなと頷いた。
イルカショーは約30分程の演目だった。
その間、俺たちは沢山水を被ったが、全く気にせずに楽しんだ。
イルカショーの演目の最中、美羽の曲が6曲も使われていた。もしかしたらここの館長は美羽のファンなのかも知れない。
イルカショーが終わって席を立った俺たちは、濡れた人用の更衣室に向かって歩を進めた。
麗奈の服は透けてはいたが、言っていた通り中に見えたのはシャツだったので安心した。
一応上着を手渡して並んで歩く。
「お互いびしょびしょですね。」
タオルを頭から被った麗奈が苦笑する。
「あぁ。事前の準備が無ければ帰るところだった。調べといてよかったな。」
「えぇ。まだまだ時間がありますし、この後はゆっくり見て回りましょう。」
話していると更衣室の前に着いたので、一旦俺たちは別れてそれぞれの着替えを済ませた。
俺が更衣室を出るとまだ麗奈の姿は無かった。男性より女性の方が時間はかかるのは当然だ。
派手に水を被ったし、化粧を直したりとかもあるだろう。
そう考えて携帯で再度この水族館を調べている最中に、この水族館のブログを見つけた。
どうやらここの水族館は一年前に閉館予定だったらしい。
だがある日の投稿から閉館では無くリニューアルするとの話題に変わっていた。
どうやら出資者がいたらしい。その人物には公表しないようにと言われていたようで名前は出ていない。
そんな書き込みを呼んでいると肩をトントンと叩かれた。
「どうしたんですか?智樹さん。」
「ん?いやここのブログを見つけてな。どうやら一年前に閉館予定だったらしい。それが突然リニューアルへと舵を切って今は大人気の水族館に生まれ変わったらしいな。」
その日付を見て麗奈は首を傾げる。
「アレ…?この日って…。」
「どうした?」
「ちょっと待ってくださいね。」
麗奈は携帯を取り出して俺に見せてくる。
そこには美羽の裏垢の投稿が記載してあった。
『教えてもらった水族館行ったよ!超よかった!』
その一文に目が釘付けになる。
「まさか出資者って…。」
「氷華なら導き出せるとは思いますが、現状は状況証拠しかありません。だから推測ですね。この日は私が仕事に行っていて、貴方も仕事でした。美羽に水族館に誘われませんでした?」
記憶を遡る。一年前と言えばライブが決まりそうでバタバタしていた。だが確かに誘われた気がする。結局行けなくて流れたんだ。まさか一人で来ていたとは…。
だが美羽ならやりかねない。家で唯一金遣いが荒かった。思ったより貯金が少ないんだなと通帳を見て思ったが、手を付ける気もなかったので流し見程度で全く気付かなかった。
「あぁ…あのイルカショーで美羽の曲が使われていた理由を知ってしまった。美羽は自分以外にも知らない内に金を使ってるんだよなぁ。最終的には自分の為だからってさ。家は放任主義だし稼いだお金の使い方は自分で決める方針だから尚更気づかなかった。」
「美羽らしいですね…。そうなるとここのオープンを待たずに亡くなったのは無念だったでしょう…。映像にでも残しておけばよかったですね。」
俺もそう思う。知っていればイルカショーくらいは撮影許可を貰ったのに…。
「方法はあるかもしれません。私たちの推測が当たっているのが前提の強引な方法になっちゃいますが…。」
撮影許可だけでも貰えるなら儲けものだ。ちゃんと美羽に見せておきたい。
一度実家にも帰りたいし。
「よし。その案乗った。」
頷いた麗奈は俺の手を引いて入場口に向かう。
「一先ずは兄であることは名乗ってしまいましょう。どうせ見た目でバレる事です。」
「そうだな。変に隠せば信じてもらえなくなる。」
「智樹さんでダメなら最悪お父様の名前を出しましょう。私だと格が低いので。美羽の為なら本来使わないものも躊躇なく使えます。」
確かに麗奈が自発的に冬夜さんの名前を使うことはない。彼女は自分の力で勝ち取った権利しか行使しない気高さがある。
「すまないが…その時は頼む。」
ここまで言ってくれたんだから俺は素直に謝るしかない。
「いいんです。妻として貴方の為に出来ることを私はやります。」
うん。やっぱり俺はこの子のことが好きだ。
「ありがとう。」
お礼を言うと麗奈は微笑んでくれた。
「イルカショーを撮影したい…ですか。念のため理由を聞いてもいいですか?」
「先ほどのショーを楽しませていただいたのですが、亡くなった妹の曲が使われていて感動したんです。可能なら亡くなった妹に見せたい。用途はそれだけです。」
俺の言葉に受付の女性が目を見開く。そしてじっと俺の顔を見た。
「神原…智樹さん…?」
「はい。」
俺の顔は探せばネットで見つかる。派手に美羽の隣でガードしていたし、兄として公表もしている。序でに身分証も提示する。
状況を理解した受付の人がばっと立ち上がる。
「急いで許可を取ります。あぁ…何で誰も入場の時に気づかなかったのだろう。恩人の親族が来てたのに…!」
そう言ってパタパタと走っていった。どうやら俺たちの作戦は上手くいったらしい。俺たちの顔は二人とも割れている。婚約発表前に派手に動きたくはないが、美羽の為なら致し方ない。
「私は名乗らずに済みましたね?」
「いや時間の問題だろ…。」
俺の言葉に麗奈は苦笑する。
「まぁ隠すのにも限界はあるし、指輪を外せない事情もある。もう堂々としてよう。」
「そうですね。公表は何れするんですし…。」
俺たちは二人で頷き、暫くすると係の人にスタッフルームに連れていかれた。
「この水族館の館長をしております、佐々木健司(ささきけんじ)と申します。」
出てきたのは50台の男性だった。所々汚れたツナギを来ていたが、知らせを聞いて飛んできてもらって申し訳なく思った。
「お仕事の邪魔をして申し訳ありません。神原智樹と申します。この度はご迷惑をお掛けしたことをまずお詫びさせてください。」
「いえいえ。出資者である美羽様の事を大々的に言うわけにもいかず、更に貴方の連絡先も知らなかったので心苦しく思っておりました。私たちに出来るのはイルカショーに美羽様の曲を使って、もっと知名度を上げることだと考えておりました。なのでまさかこんなに早くお会いできるとは思いませんでした。そして九条院麗奈さん。冬夜様の言っていたことが真実になりましたね。」
館長の言葉に麗奈が驚きの表情を浮かべる。
「なんでお父様の名前がここで…?」
「冬夜様は美羽様の共同出資者です。冬夜様もここに思い入れがあったそうで…。お二人は貴方達が付き合った際のサプライズをするつもりだったそうです。美羽様が亡くなって、悲しみに包まれた2人には知らせられないと仰っていました。だから私達もひた隠しにするしかなかった。イルカショーの曲を美羽様の曲に決めたのは私です。いつかお二人が気づいてくれたらと、従業員一同の祈りを込めたのです。」
館長の言葉を聞いて俺達は涙を流す。
ここに来たのは偶然だった。だが2人とも麗奈の思い出の場所を残したかったのだろう。
そんな俺たちを前にして館長もまた涙を流していた。
「本日は夜までお時間はありますか?」
ここの閉館時間は17:00だ。一応17:00に迎えは頼んである。だが頼めば時間を変更する事は容易だ。俺たちは顔を見合わせて頷いた。
「来月から当館はイルカショーのナイトミュージアムを計画しております。その為、毎晩練習をしているのです。通しまで問題なく行えると確信しております。曲は全て美羽様の物をしようしており、一時間の特別公演です。可能であればお二人に見ていただきたい。その映像を墓前で流していただければ私たちもこれ以上の喜びは無い。ショーで一組選ばれたイルカたちからの祝福イベントも是非お二人に受けていただきたい。」
願ってもないことだと俺は思った。麗奈の方を見ると何度も首を縦に振っている。
「宜しくお願いします。」
頭を下げると館長はこちらこそありがとうございますと俺たちに頭を下げた。
俺たちはスタッフルームを離れて昼食を摂るために水族館内にあるお店に入った。
「まさかお父様まで加わっていたとは思いませんでした。」
「何か聞いてないのか?」
麗奈は少し考えて首を振る。
「ここには家族で何度か来ましたがお父様から何かを聞いたことはありません。もしかしたら母との思い出があるのかも…。」
あぁ。成程。そう考えると全て繋がる。奥さんとの思い出の場所を子供にも好きになってもらいたかったのかもしれない。
そんな事を話していると頼んでいたカレーとハンバーグが来た。そしてトレーの上にはサービスですとクレープが二つ置かれていた。
俺たちが礼を言うと店員さんはウインクをして下がっていった。
「最早VIP待遇だな…。」
「そうですね。全部お父様と美羽のおかげです。帰ったらお礼を言いましょう。」
「そうだな。」
俺たちはカレーとハンバーグをシェアして食べた。とても美味しくて幸せの味がした。
昼食を摂った俺たちは正規の方法でペンギンの餌やり体験を予約する。
俺たちは何もしていないのに、これ以上のVIP待遇は申し訳ないからだ。
ペンギンたちはお腹を空かせているのか餌に飛びつくように食べている。
「超可愛いですね!」
「あぁ。これが見たくて子供に混ざって餌やりしちゃうんだよなぁ。」
俺は水族館に来ると大体これをやってしまう。
逆に美羽は不器用でトングを落とした事もあるのであんまりやってなかった。
ペンギンは水族館いちばんの癒し枠だと俺は思っている。勿論異論は認める。
餌はあっという間に無くなってしまう。
名残惜しかったが俺達は階段を降りた。
「ここは…。まだ残ってたんですね…。」
ある一角で麗奈は立ち止まる。
そこはフロアマップの端だった。
ここから先はフロアマップに記載がない。
星マークのみが記載されている。
そこは他の場所とは違って、明らかに水槽に歴史を感じた。だが大事に手入れされて使われてるのは見ればわかる。
中ではシャチが優雅に泳いでいる。
壁は所々が補修されていて、歴史を感じるつくりだった。
「入ってすぐにシャチがドンとお出迎え。うん。昔からそうだったなぁ。」
麗奈が優しく水槽に触れる。その目からは一筋の涙が流れる。ここから先はリニューアル前の水族館をモチーフに補修工事を行って改修したようだ。
入り口の張り紙にそう書いてあった。
「行きましょう。」
そう言って麗奈は俺の手を取ってゆっくりと歩き出した。
「あぁ…そうだ。ここをお兄ちゃんがよく走っていって、お姉ちゃんが追いかけてたっけ。そして一番でかい水槽の前で私達は圧倒されて心を奪われてました。」
見上げる水槽には様々な魚達が優雅に泳いでいる。綺麗な光景だった。俺はその圧巻の大きさの水槽から目を離せない。
麗奈はまた手を引いて歩き出す。
「過去の漁の展示スペース。ここではお父様が私達に色々と教えてくれました。ふふっ…あの頃よりだいぶ傷んでいる。だけどその分たくさんの思い出が詰まってるんですよね。」
多忙な父と共に小学生の時の麗奈達ははしゃぎながら回ったのだろう。
その気持ちは俺にもわかる。小さい頃の思い出は尊く、大切なものだ。
歳を取れば色々なしがらみに苦しめられて、面倒なことも増えてくるからこそ尊いのだ。
ゆっくりと回っても今までより圧倒的に早く周り切ってしまった。
最後に出たのは立ち入りが禁止された過去のショーの舞台だった。
「ここで終わりです。周ってしまえばあっという間。だけど私にとってここは父との大事な思い出の場所です。」
見下ろすステージは先ほどのところと比べると貧相ではある。だが大事に使われていたことはわかる。ここのスタッフはここの水族館を愛しているのだろう。
ステージを見下ろす麗奈の目はとても優しくて、愛おしい思い出を思い出しているようだった。
閉館時間が近づいて俺達はスタッフルームに戻ってきていた。
多くのスタッフが俺達に頭を下げて感謝していく。だが俺達は逆にお礼を言った。
美羽がここを素敵だと思ったのは過去の展示スペースが大事に使われていたからだと思う。
だからこそ、この場所を再興したいと思ったのだろう。その気持ちは十分にわかった。
「時間になりました。こちらにどうぞ。」
館長の案内で俺達はステージまで案内される。ぐるりと見ると3方向からカメラが置かれていた。
俺たちが着席すると美羽の音楽が流れ出す。
俺達は万感の思いでステージを見つめ続けた。
イルカたちは飼育員さんと息のあった連携でショーを続けていく。
飼育員さんも俺らしかいないのに全力で声を出してくれている。
その時、ホログラムで美羽に似た少女が壇上で踊り始めた。ハッキリとは名言をせずともその動きは美羽だった。
きっと本人が映像を残したのだろう。
これも彼女からのサプライズなのだ。
ダンスと共にイルカが跳ねる。
その光景は間違いなく彼女のライブだった。
自然と涙が溢れる。隣からも鼻を啜る音が聞こえる。彼女のラストライブを俺は目を逸らさずに眺め続けた。
『では本日のカップルイベントです!選ばれた運命の御二方は壇上にどうぞ!』
録音だが間違いなく美羽の声だ。
俺達は涙を拭いながら壇上に立つ。
でも最後はやっぱり笑顔じゃないといけない。
『お兄ちゃん。麗奈。おめでとう!これからも一緒にいようね!』
美羽は俺達を応援していたのか。
麗奈の気持ちを知っていて、いつか流せるようにこの録音を残したのだろう。サプライズ好きの美羽らしい。
俺は麗奈を抱き寄せてキスをする。
その瞬間イルカたちが跳ねた。
見てるか美羽。
俺はちゃんと彼女を幸せにするからな。
キスは少ししょっぱい。これは涙の味だ。
だけど今までで一番幸せなキスだった。
「先程のホログラム映像と音声は貴方達専用の美羽様からの贈り物です。彼女の想い通りに貴方達に送れてよかった。映像は編集してご実家に送付いたします。是非、美羽様に見せてあげてください。」
俺達は深々と頭を下げる。
「必ず美羽に見せます。有り難うございました。」
「本当に素敵な思い出を有り難うございました。また必ず2人で来ます。」
頭を上げる。職員さんたちは皆、微笑みながら泣いていた。本当に暖かい水族館だ。絶対にまた来ようと思った。
リムジンに乗り込んでからも俺達は見えなくなるまで手を振った。
職員さんたちも見えなくなるまで皆こちらに手を振ってくれた。
「美羽ったら…本当に最高の親友なんだから…。」
「そうだな。兄想いの最高の妹だ。」
だからこそ、これ以上は待たせられない。
今なら言える。一向に立ち直れない兄を心配してるであろう妹を安心させてやらないと。
「麗奈。俺は君が好きだ。付き合ってほしい。そして俺と家族になって欲しい。この騒動がひと段落ついたら結婚しよう。」
胸の痛みはこなかった。きっと美羽が背中を押してくれたからだ。胸の中にある暖かさが、心の痛みを消してくれている気がする。
麗奈は涙を流しながら頷く。
「不束者ですが、幾久しくよろしくお願い致します。」
抱き寄せて唇を重ねる。これは誓いの口付けだ。今度こそ俺は大切な人を守り切る。
お互いを求めるように何度も口付けをした後に寄り添うように椅子に横になった。
「ねぇ…旦那さん。」
「なんだい奥さん。」
麗奈はふふっと笑って胸に顔を埋めてくる。
「貴方の実家に行きたいな。美羽に会いたい。お義母様とお義父様にもちゃんと報告したいよ。」
俺は麗奈の頭を優しく撫でる。
「あぁ。そうだな。明日も休みにしようか。」
「うん。」
頷いて、麗奈は俺の腕の上で幸せそうに目を閉じた。
氷華には悪いが、最近色々有りすぎた。
俺たちにだって休息は必要だ。
俺は目的地の変更を告げて、麗奈を抱きしめ続けるのだった。
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