マネージャーは女優とデートする
天気は快晴。
俺達は久々の外出をする為に外に出た。
氷華としていられる時間は3時間しかない。
だから午前中は普通に俺と麗奈でデートをする事になる。
「お泊りは初めてですね!温泉楽しみです!」
「あぁ。そうだな。」
今日、明日は役作りを休みとした。
この一週間彼女には負担をかけ続けている。
明日は一日彼女でいてもらう日を作った。
今日は温泉街を冷やかして、明日は以前話していた水族館に行く。
今日、明日は絵里にも休んでもらっている。
彼女にも休息は必要だ。
現在温泉街に向かうリムジンには俺と麗奈しか乗っていない。
「ですが探偵と温泉街ですか…。3時間の制限付きとはいえ何か起こりそうですね。」
「起こったとしても名探偵がいれば解決してくれそうだがな。だが殺人事件とかは勘弁してほしい。」
「そういうのフラグって言うらしいですよ?」
麗奈の言葉にしまったと自分の口を手でふさぐ。
「まぁアニメでも無いんですからそういうことは起こりませんよ。たぶん。」
「それもフラグだろ…。」
「心配しててもしょうがないです。初めてのお泊りデートなんですし楽しまないと損ですよ?」
麗奈の微笑は日に日に美しさを増している。
それは俺が彼女に惹かれていっているということなのか、それとも彼女が恋をしているからなのか。
「それもそうだな」
頷いて俺たちはのんびり寄り添いながら風景を楽しんだ。
車で二時間ほど走ったところに今回の目的地はある。俺たちは先にチェックインをするために旅館へと降りた。
運転手には明日の10時に迎えを頼んで旅館に入ると若い女将さんが俺たちを部屋に案内してくれた。
旅館は本館にも部屋があるが、俺たちが取った部屋はVIPルームとして使われている離れの部屋だ。ここにはお忍びで来る芸能人カップルが多いと聞く。
セキュリティーは万全で、プライバシーも徹底して守られているのが理由だ。
中は落ち着いた雰囲気で、気品の漂う部屋だ。
室内には家族風呂と露天風呂があり、露天風呂からは海も見える。
本館に行けば大浴場とサウナ、岩盤浴とマッサージもあり高級旅館ならではの痒いところにも手が届く設計になっている。
氷華から麗奈に戻る際に意識を失うことを加味して、出来うるだけ他人と関わることのないこの部屋を予約した。
勿論値は張るがプライバシーとセキュリティーを優先するための必要経費と考えれば安い。
一通り部屋の中を見回っていた麗奈が居間に戻ってくると俺の隣に座る。
「うん。良い部屋です。流石芸能人ご用達ですね。お父様には感謝しないと。」
「本当にな。俺たちの知名度ではこの部屋を予約できないし。」
このVIPルームには身分を証明しないと予約できないというルールがある。
今回は冬夜さんから話を通してもらった。娘とその婚約者という紹介だ。
俺たちの指には出来たばかりの婚約指輪が輝いていた。
指輪を付け替える際に一瞬氷華に切り替わったことには驚いた。
それと同時に風呂の時とかどうするかと新しい不安の種が生まれてしまった。
一先ずサブの方の指輪を風呂用に持ってきてはいるが彼女には負担をかけてばかりだ。
「氷華と入れ替わるのは14時から17時で良いんですよね?17時にはこの部屋に戻ってきて指輪を嵌めるという認識でいいですか?」
「あぁ。それが一番自然だろう。それまでにまだ時間がある。君とも散策したいし一度出るか?」
「そうですね!せっかく来たのに観光しないのは勿体ないです!お風呂は夜にゆっくり楽しみましょう!」
麗奈の言葉に頷いて立ち上がる。
手を差し出すと麗奈は笑顔で俺の手を取った。
「長期休みでもないのに賑わってますね~。」
周囲を見渡すと温泉街は活気があって多くの人で賑わっていた。
「そうだな。お土産屋さんも沢山あるし冷やかして回るか。」
「はい!」
終始楽しそうな麗奈の手を引き歩いていると、小物が売っている店を見つけた。
俺たちは中に入ってみる。そこは現地のガラス細工を使用した小物やグラスなどが売っている店だった。
「お揃いが欲しいですね…。私達ってあんまりお揃いのものがないじゃないですか。」
麗奈の言葉に確かにと思う。
「確かにそうだな。現状だと指輪とネックレスだけか。」
とは言えこうした付き合い自体もまだ3ヶ月くらいと考えると、おかしくはない。逆に指輪とネックレスを持っているのがおかしい気もしてきた。それも今更だが。
「ご夫婦ですか?」
冷やかしていると店員のお婆ちゃん話しかけられて俺たちは視線を向けた。
「婚約者なんです。将来的にはそうなることが決まってるようなものですが…。」
麗奈が答えて俺が頷いて返した。
「何かオススメはあるかな。お揃いで使えるものがいい。」
お婆ちゃんは少し考えるとこちらにと案内してくれた。そこにあったのはガラスのグラスだった。一つ一つが柄が違う。
「ここのグラスは全て違う柄でございます。職人の気分で作られている物なので一つとして同じものが無いんですわ。記念に買っていかれるカップルの方も多いです。一期一会の出会いともなりますし、それが思い出にもなる。如何じゃろうか?」
俺たちは顔を見合わせる。確かに特別感もあってとてもいい。
俺たちだけのグラスという響きにも惹かれる。
色々な柄があるが、その中の一つに目が行く。猫が月を見上げている柄と、猫が太陽を見上げている柄だ。俺がそれに目を奪われていると麗奈もそれを指さした。
「智樹さんは猫好きですか?私は猫が好きです。将来飼いたいなっと思っています。」
「俺も猫は好きだ。結婚指輪でも君のモチーフが月だと思ったし、このグラスには縁がある気がする。」
「では決まりですね。私にとって太陽は美羽のイメージですが、それを智樹さんが使うことにも意味がある気がします。」
そう言って微笑んでくれる麗奈の心遣いが嬉しい。やっぱりいつだって俺たちの中心には美羽がいるのだと再認識させられる。
俺たちはそのグラスを買って店を出た。
時刻は13時。俺たちは昼食を終えて、一度旅館へと戻ることにした。
大事なコップが壊れるのも嫌だという共通の認識もあった。
「そろそろ一度お別れですか。明日は一日独占できるので我慢しますけど…。」
少し名残惜しそうな麗奈の頭を撫でる。
「3時間だ。夕方には一緒に居られるだろ?」
麗奈は少し俯いて黙った後に顔を上げる。その目は真っすぐに俺の目を見ている。
「私も我儘を言ってもいいですか?」
「勿論。叶えられることなら叶えるよ。」
「言質取りましたよ…?」
久しぶりにそう言われた俺は苦笑いを浮かべる。どうやら信用が無いらしい。
どうぞと促すと麗奈は意を決したように口を開いた。
「今夜は一緒にお風呂に入りましょう。」
一瞬思考が停止する。何故そんなことを突然言い出したのかわからないからだ。
俺達は現状婚約者という関係だ。
将来的には結婚だって視野には入れているが、流石に刺激が強すぎる。麗奈はスタイルもいい。理性が断るべきだと告げている。
口を開きかけた俺はその真剣な目に言葉を飲み込んだ。彼女が我儘を言うのはそんなにある事じゃない。
「わ、わかった。」
答えて頭を抱える俺と対照的に麗奈は満面の笑顔になる。
「言質取りました!!」
麗奈が思わず大きな声を上げたタイミングでタイマーがなる。
「はぁ。時間ですか。まぁこの後にご褒美が待ってると思えば良いですけど。」
麗奈が左手を差し出してくる。
「智樹さんが外してください。」
「わかった。また後でな。」
「はい♪」
まるで音符がついてそうなほど楽しそうな返事に苦笑いを浮かべながら俺は指輪を外した。
指輪を外すと麗奈の纏う空気が変わる。
目つきも少しキリッとする。
俺に甘える麗奈はそこにはいない。
氷華はキョロキョロと周りを見た後にニヤッと笑う。
「一緒に風呂でもどうだい?助手くん。」
先ほど聞いたことの焼き回しのような事を言われた俺は再度頭を抱える。
「それは天丼というやつだよ。氷華。」
「天丼?あぁ。一度使ったネタをまた使うことか。うんうん。一般的な知識はある程度、麗奈から引き出せるから理解できるよ。麗奈に先にやられていたということだね?和ませようと思ったんだけど失敗失敗。」
少し違和感を覚える発言に疑問を覚える。
「一般的な知識が引き出せるってどういう事だ?」
「脳が一緒だからだろうね。記憶が読み取れないのは脳にロック機能でもあるのか…。推測で話すのは好きではないが、実に興味深いと思わないかい?」
確かに気になるところではある。
脳が一緒であるという理屈なら記憶も読み取れるはずだ。
麗奈が明かせる事だけを氷華に明かしているということもあるかもしれない。後で聞いてみよう。
氷華は立ち上がって自分の姿を確認すると頷く。
「ちゃんとお願いは聞いてくれたみたいだね。」
今日の麗奈はパンツスタイルだ。
デートの時はスカートが多いのだが、これには理由がある。昨日氷華に頼まれたからだ。
「まぁ頼まれてたからな。麗奈は可愛くないと不服そうだったが。」
「ふふっ。それは申し訳ないことをしたね。だけど事件が起きた時にスカートでは追いかける時に動きづらいだろう?犯人も蹴れないし。」
思わぬ理由に驚く。確かに小説の中の彼女は武闘派だ。女性2人で事件に挑む関係上、危険が降りかかる事もあるからだ。
特に彼女は足技で犯人を蹴り倒す描写も多い。
だが今の体は麗奈なのだから、小説の中のように動けるとは思えなかった。
「そんな事にはならない。ここは小説の中ではないし、事件もそうそう起こらない。それに何かあれば俺が守り抜く。」
麗奈に怪我をさせたとなれば後悔でどうにかなりそうだ。
氷華は俺の言葉に驚くように目を見開く。何か変なことを言っただろうか。
「何だ?」
「いや驚いただけだよ。君は強いのかい?」
「武術と護身術は一通り嗜んでる。昔守りたい人がいたんだ。」
「へぇ…。昔…ね…。」
氷華は少し同情するかのような目を向ける。
一を知り十を知る。彼女はそういうキャラだ。
少し聞いただけで、俺の過去まで覗かれてしまったかもしれない。
「今は守る対象が麗奈になっている。吹っ切れてはいないが進んでいるさ。麗奈を守る以上君もしっかり守るさ。」
俺がそういうと氷華が優しく頭を撫でてくれた。
「うん。わかった。彼女の体を傷つけるわけにもいかない。だから私も無茶はしない。それに守られるというのも得難い経験だ。だけど一つ君は勘違いしている。」
「勘違い?」
俺の言葉に氷華はふふっと笑う。
「事件がそうそう起きないのではない。事件とは起こるべき人のところで起こるのさ。」
氷華のこの言葉を俺はこの後身をもって知ることになった。
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