幕間———姉弟のお茶会

コンコンとノックの音がする。

彼がノックをするなど珍しい。

どうぞと声をかけると、ガチャっと扉が開く。そこには予想通り仁がいた。

「珍しいわね。貴方が私の部屋を尋ねるなんて。それにノックを覚えたなんて偉いわ。」

「姉さんはいつも通り一言多いな。」

仁が目の前に座る。私は立ち上がって紅茶とジャムを用意して差し出した。

「ありがとう。」

「ええ。それで?ご用件は?」

私が聞くと仁はニヤリと笑った。

「負けません。だってよ。」

その一言に私は歓喜に震えました。

「麗奈がそう言ったのですか?」

「あぁ。まぁ本当に過去の麗奈に立ち帰れるなら俺らに勝ち目はないな。俺の憑依型カメレオン演技は麗奈の没入型の上辺だけを真似た贋作だ。役の再現度だけなら真に迫ってるとは思うけどな。」

確かにそうだろう。麗奈が役に入ると麗奈本人は消え失せる。目の前には台本でも読み取れない本人が現れる。

役者からすれば恐怖だ。彼女はアドリブですらこのキャラクターならやると確信させる凄みを感じさせる。それもノータイムで。

アドリブが出れば一瞬戸惑う。誰だってそうだ。受けの天才と言われる私だって、少なくとも1秒は考える。

キャラの全てを収集し、のめり込み、掘り下げる。そして感覚を一致させる。そうして完成するのは麗奈ではなく登場人物本人だ。

そんなことを続ければ日常生活には戻れない。だからこそ彼女は演技を辞めた。いや、お父様が辞めさせた。

そして私達は勝つ機会を永遠に失ったのだ。

でも…もし彼女を日常に繋ぎ止められる人物がいたら?それは彼女という女優を完成させるための唯一足りないピースだった。

そしてそのピースは怪物を生み出してしまうパンドラの箱だった。

だが彼女はそれを見つけてしまった。

なら挑みたくなるだろう。

役者ならば演技で語りたくなるではないか。

「そう…。そうね。勝つことは不可能。私達は彼女を輝かせるための舞台装置になるでしょう。でも麗奈を支えるつもりはありません。だって麗奈と全力でやれるのはこれで最後でしょう?義弟にとってこの映画は婚約発表を大々的に世界に広めるための前座だもの。私はこの中では一番凡人だわ。でもね?姉としてのプライドがあるわ。」

仁は私の言葉を聞いて呆れたような顔をする。

「凡人…ね。姉さんは自己評価が低すぎる。姉さんの強みはどんなアドリブにも対応できる事だ。受けの天才。その安心感はこの家で一番仕事を貰えている時点で世界からも認められている。どんな作品でも中心に姉さんを置いておけば形になる。」

受けの天才。それは努力でどうとでもなる才能だ。才がなかった私が芸能の道で生きるために確立した技術だ。

「私にはあなた達みたいなオーラは出せない。役作りにも全力は出しているけれど、演じているうちに限界が見えてしまう。私のオーラの出し方は麗奈を真似したもの。仕草の一つ一つに感情を込めているだけ。貴方が贋作というなら私も贋作だわ。」

「けど…贋作が本物に敵わないなんて道理はない。俺たちはそれくらい本気で自分たちの演技を作り上げてきたはずだ。」

その通りだ。だからこそ私達は麗奈を持ち上げることはしない。

それにこの作品は綱渡だ。誰も麗奈についていけなくなれば良作にはなっても名作にはならない。そんなことは受けの天才であり、あの子の姉である私のプライドが許せない。

主役を食うぐらいの意気込みでなければこの作品は完成しない。義弟はそれを理解している。

理解しているからこそ私達を欲したのだ。

中途半端な役者はノイズになるから。

「怪物と並び立てるのは怪物のみ。ならば私達も成長するしかないわ。それが麗奈と智樹くんへの私達から送れる結婚祝いです。」

「そうだな。最高の結婚祝いを送ってやるか。」

そう言って仁が笑う。

姉として、兄として私達は今できる全てをこの作品のために使うと誓い合った。



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