マネージャーは親友と今後の展望を話す

「締まらないな…。」

和樹が苦笑いをしながら見ているのは俺の膝枕で熟睡している麗奈だ。

案の定というか相当疲れていたらしい。

「仕方ない。一人で学校に行かせてしまったしな。」

今日一人で行かせたのにもちゃんとした理由がある。

海斗と二人で話してほしかったからだ。

海斗は俺がいたらわざわざ自分で動こうとはしない。

せっかく少しでも距離が縮まったのだから、今日くらいはちゃんと会話をする時間を作ってやりたかった。

「それで?次は何をやらかすつもりなんだ?」

和樹にそういわれて俺は例の台本を差し出した。

それを見た和樹の目が見開かれる。当然だ。この作品はいまどの本屋に行っても特設コーナーが作られている。

いくら活字が苦手な和樹でも知っているだろう。

「たまげたな…。成程…確かにこの作品の主人公なら麗奈嬢がぴったりだ。下手なコスプレも必要ないし、スタイルでも二次元に劣ってない。だが芸能界で生きてる俺だからこそ、この台本がここにある事自体がおかしいと理解できる。どうやってこの作品の許諾を取ったんだ?美羽がほか作品のOPをやっているのはもちろん知ってる。だけどそれだけで取れるもんでもないだろ。」

確かに彼女は人間嫌いに分類される。大抵の人間は無視するし、それで心が折れる人も多い。

「頭を下げ続けた。そして交渉時の感触を基にして麗奈の推せる部分をレポートにして出し続けた。麗奈のスリーサイズが原作の氷の令嬢とまったく一緒だったのもポイントが高かった。今後、実写化を考えたときに麗奈以上の存在はいないと理解してもらった。だがこれはテストだ。内容は原作にはないストーリー。それでどれだけ世間にウケるのか…原作者はそれが気になっている。」

「そ…そうか。で?この映画のOPを俺らにって話か?勿論嚙ませてもらえるなら俺たちにとってこれ以上のチャンスはないな。」

話が早いが少し違う。

「和樹たちにはEDを任せたい。余裕があれば挿入歌もな。だが挿入歌の中に美羽の曲も何曲か入れる。原作者の希望だ。入れる曲とタイミングは決めてある。」

和樹は考えるように顎に手を当てた。

「完全新曲を何曲か作るって話なら厳しいぞ?それにOPはどうする?」

俺は寝ている麗奈の頭を優しく撫でながら和樹に微笑む。俺を見て和樹は直ぐに俺の言わんとすることを察してくれた。

「本気か!?」

麗奈と俺を交互に見ながら和樹は驚愕の声を上げる。

「本気だよ。麗奈の歌は美羽の録音でしか聞いてないが歌う曲によっては美羽を超えるかもしれない。」

和樹は俺の言葉を聞いて深く椅子に座った。

「麗奈嬢はマルチにこなせるタイプなのか…。何本か見たことはあるけれど、いつも同じような負けヒロインポジションばかりだったし、代り映えもしない演技だから気づかなかった。」

和樹の言葉に今まで黙っていた絵里が口を開く。

「会話の最中に遮ることをお許しいただけますか?」

絵里の言葉に俺は頷く。

「白濱様は知らないのも無理がありませんが、麗奈様が最後に演技をしたのは小学生の時です。それ以降の演技は演技ではありません。冬夜様が麗奈様が演技をしなくてもいい様に仕事を取っていただけです。麗奈様は少しは丸くなってはいますが、智樹様以外の男性に近寄られる嫌悪感が完全に無くなったわけではありません。ドラマの撮影でも男性に触られたりすると体調を崩してました。ですがそれでも麗奈様はこの家の中でもトップレベルの天才です。キャラをなぞるだけでも違和感のない演技が出来る。ダンス、歌に関してはプロの中でも引けを取らないでしょう。教科書を一度読めば暗記できる記憶能力。今まではただ致命的にやる気が無かっただけです。」

「それは…贔屓目に見ているわけではなく?」

絵里は頷く。和樹の言葉は最もだ。麗奈の従者の発言だしそう思うのも仕方ない。

「美羽が麗奈の事こう言っていた。歌は曲次第で自分を超える。勉強は授業を聞けば出来るってな。運動も本気は見たことないってな。美羽はどんなに気に入っている人でも評価をする時は客観的にする。だからこそ信じられる。」

和樹はそうかと頷いた。絵里の言葉は信じられなくても美羽の言葉は信じられるだろう。

「そうか…。わかった。俺も信じるよ。今回は身内で固めるってことでOK?」

「いや。一流で麗奈を囲む。」

「おまっ…それは流石に麗奈嬢を追い詰めることになるんじゃね?仁先輩だけでも手一杯だろ。お前だってあの人の実力は正確に把握してるんだろ?」

当然だ。だからこそのキャスティングなんだから。

「それでも麗奈が勝つ。今回は俺がこの子の隣にいるからな。」

本来の力を出してあげるのは俺の得意分野だ。

美羽の時だっていつだって彼女のベストパフォーマンスを引き出してきた。

だからこそ今回も自信がある。

「正直この作品で麗奈が引退してもいいと思っている。麗奈は演技が好きなわけでもない。それに確かに天才ではあるが、彼女の演技は異質であり諸刃の剣だ。原作者への感謝を込めてドラマくらいは麗奈に相談するけど、俺も麗奈に演技を続けてほしいとは思っていない。彼女を大事にしたい。その時間が欲しいだけだ。」

それにたった一回でもこの作品で麗奈の凄さは世界に伝わる。

そうなれば同時に発表する婚約も世界に大きく伝わるだろう。

面倒事も決着がつく。もう後戻りを出来なくなるがその覚悟は決めている。

「そして正式にプロポーズか。」

「あぁ。口に出せるまで立ち直れる時間が欲しい。ちゃんと言葉にして申し込みたいんだ。」

一つ息をついて和樹は頷いた。

「この仕事は受ける。メンバーが断っても俺はソロでも人気があるから問題ない。だからこそ会社を通さなかった。そうだろ?」

和樹はセンター。歌も踊りも一番上手いし、努力をしている。見た目にも花がある。正直ソロでやっていても違和感が無い。

「そうだな。いっそソロでやってくれたら俺も手を貸しやすい。だが知っての通り俺が全力を注げるのは一人だけだ。手は貸せてもマネージャーにはならないぞ。」

「わかってるよ。」

差し出される手を握る。

これで現状の最善が完成した。


麗奈をベッドに寝かせた後に俺達は玄関を出る。

「では白濱様を学校まで送ってきます。麗奈様の事をよろしくお願いします。」

「あぁ。よろしく頼む。二人とも気をつけてな。」

全てが上手くいっているからこそ、美羽の事故の事が頭を過る。

「ご心配なく。家のリムジンは丈夫です。貴方の心配することは起こりません。ちゃんと送り届けます。」

どうやら表情に出ていたらしい。絵里は優しく微笑んでくれた。

「不吉なことを考えんなよ。多分俺たちの事は美羽が守ってくれる。そうだろ?」

「そうだな。すまない。台本のデータは流出を危惧してパスワード付きでメールで送付しておく。パスワードは俺達しか知らない合言葉だ。」

「俺達3人しか知らない秘密のアレね。了解。こっちも曲が出来たら連絡する。」

二人がリムジンに乗り込むと姿が見えなくなるまで見送った。


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