女優は宣戦布告する
その日、学園は一つの話題に沸いていました。
神原智樹がマネージャー科へと戻ったという話題が朝の内に回ったからです。
当人は学校を欠席しています。
今頃は裏で色々と動いている事でしょう。
今年の春に一般科に移動した彼が、今日付でマネジメント科に戻って欠席。
第三者から見ても、既に彼が動いていることは明白でした。彼の伝説は枚挙に暇がありません。本人が気付いてないだけで、彼が動くだけで学園は沸くのです。
そしてその影響は私こと九条院麗奈にやってくるのは自明の理でした。
その日、朝におはようのキスをした私は、彼から薬指に指輪をつけられた。
婚約指輪が届くまでの代わりでシンプルなものではあるが、肌身離さずつけてくれと彼がいうものだから喜んでつけてしまいました。
それが話題作りを兼ねていることを知ったのは学校についてからです。
要は外堀づくりの一環のようでした。
まぁ私はすでに彼のものであるから良いのですが、人付き合いが得意ではない私にこの囲みは少々荷が重いです。どこを歩いていても女生徒に捕まってしまいます。
「その指輪って神原先輩から貰ったんですよね!?」
「え、ええ。婚約指輪が届くまで二週間ほどかかるからつけておいてほしいと…。」
キャーっと黄色い声が上がります。
「神原先輩がマネージャー科に戻ったというのは本当ですか!?」
「そうですね。私の婚約者兼、マネージャーとなって頂きました。私は引退するつもりだったんですが…。彼に考えがあるようで…。」
聞かれたらこう言うように智樹さんから言われました。あくまで今後の仕事はまだ私も知らないという事を匂わせつつ、元は引退予定だった事も話すようにと。
事実なので嘘はついていませんが、これはきっと私の評価を維持する為でしょう。
あくまで智樹さんが私を好きになったという体を維持するための対処でしょうが、そこは逆なのでちょっと心苦しいです。
女生徒の皆さんは私の言葉を聞いて「愛じゃん。」「尊い。」「応援します!」と暖かい言葉をかけてくれました。
婚約発表は先ですが、これで学内に私達の事は回ったと思います。
席に着いて一つため息をついて頭を抱えそうになります。明日からは私も欠席予定ですが今日は大変そうです。好意的な感じなのが救いですが人付き合いは苦手です…。
「芸能科高等部3年。九条院麗奈。今すぐ生徒会室に来てください。」
海斗くんの声です。昼休みのチャイムの直後の放送。もしかしたら彼は四時限を出てなかったのかもしれません。
私は声をかけてくる女生徒の誘いを断りながら歩を進めました。
やっとのことでたどり着いた扉をノックします。直ぐにどうぞと中から声がしたので、失礼しますとドアを開けました。
会長用の派手なテーブルに座る海斗くんは、私を見て椅子に座るように促しました。
「智樹から連絡があってな。疲れてるだろうから匿ってくれとの事だった。」
「そうですか。」
そばに居なくても気を遣ってくれるなんて彼らしいです。
テーブルの上には弁当箱が置かれていました。
この羽が輝く包は間違いなく美羽が使っていたものの色違いです。
美羽の羽は赤でしたが、私のは銀色です。わざわざ私のために手縫いで作ってくれたのがわかって愛を感じました。
昨日の夜、台本を読み込んでいて寝坊した私は学食予定だったはずなのですが、智樹さんが作ってくれたのでしょう。さすが気遣いの人です。
「彼が来たのですか?私も会いたかったなぁ…。」
寂しくて呟くと海斗くんが首を振りました。
「来たのは絵里だ。智樹は根回しに忙しいだろう。俺も大々的には動けないから、こんな事くらいしか手助けはできん。俺と違って君の昼休みは有限だ。さっさと食べてしまえ。」
海斗くんの口調はあまり変わりませんが、私を気遣っているのは分かりました。
お弁当箱を開けると色とりどりのおかずが見えます。時間がない中で彼が愛情を込めて作ってくれたことに感謝しつつ私はお弁当を美味しく頂きました。
食べ終わって幸せな気持ちになっていると、コトっとテーブルの上に暖かいお茶が置かれます。
「有難うございます。」
「あぁ。それにしても流石というか、派手に動き始めたな。」
海斗くんを見るとなんだか嬉しそうです。
「嬉しそうですね。」
「ん?…あぁ。そうだな…。嬉しいよ。智樹が何をするかは俺にも予想は出来ない。あの男は周りを巻き込んで何かを起こす天才だ。ついつい期待してしまう。本当は俺も一枚噛みたいのだが、立場が邪魔をする。全くもってままならん。」
話している海斗くんを見てると本質は昔と変わらないと分かります。
もっと早く対話をしていれば、私達がすれ違い続ける事も無かったかもしれない。
とは言え、たらればを話しても仕方ありません。何か会話をと考えていると光っている指輪に気づきました。
「指輪…派手ですね。」
「仕方ない。家が見栄っ張りな一族だからな。その長になるのだからこれくらいは受け入れなければな。本来であれば俺の話題が学校中に回るはずが、やはり智樹には勝てんな。」
海斗くんはそれが残念でもないように、自分の指輪を見ながらふっと笑いました。
「マネージャーで目立つのは彼くらいです。それにこの指輪は貴方が指輪をつけて登校することを予想しての事でしょう。」
私は自分の指につけられたシンプルなリングを見せます。私達でも地盤さえあれば大きな話題にも勝つことが出来るという証拠を私に見せたのでしょう。
私が敬愛する姉と兄から主役を奪うことは夢物語ではないと彼は見せたかったのだと思います。
それでも私には2人を超えれる気はしません。
「これだからあいつを見ているのは辞められない。これからも見ていたいものだ。だからこそ俺は俺にできる事でお前たちの幸せを守らねばな。」
キーンコーンカーンコーン
海斗くんの言葉と同時に予鈴がなりました。
「大丈夫です。この前言った通り、私には私のナイト様がいますから。」
「ふっ。そうだな。また来い。ここは防音だ。愚痴くらいは聞いてやる。」
「ふふっ。それは多分ないですが、普通にご飯を食べるくらいは来ますね。」
私の言葉に海斗くんは昔と変わらない微笑みを向けてくれました。
それはもう二度と見ることのないと思っていた微笑みでした。
午後の授業が終わった私は職員室にて諸々の手続きを終わらせました。
海斗くんが事前に伝えてくれていたようで、手続きは問題なく終わりって先生方にも頑張ってねと声をかけていただきました。
「よう。麗奈嬢。」
職員室を出ると和樹さんに声をかけられました。
「こんにちは。和樹さん。私を待っていたんですか?」
「あぁ。お前の旦那に頼まれた。俺にも話があるから麗奈嬢と共に来てくれってな。序でに護衛みたいなもんだ。まぁ学校中に知られているから護衛の心配もないとは思うが、どうやら智樹は君にゾッコンらしい。」
そう言って和樹さんは苦笑いをします。
話とは恐らく映画のEDの話でしょう。
それよりも智樹さんが私の事を本当に愛している事が節々から伝わってきて本当に嬉しいです。
「成程。では行きましょう。私も早く愛する旦那様に会いたいです。」
「君もぶれないね。」
和樹さんは隣には並ばずに、私の一歩後ろを歩きます。彼なりにちゃんと考えて距離感を取ってくれているようです。婚約者がいる女性の隣を歩かないのは素晴らしい配慮です。
美羽が生きていたら、きっといつかは恋に堕ちていたでしょう。それがわかって少し残念な気持ちになりましたが、表情には出さないようにしました。
「麗奈様。お帰りなさいませ。白濱様。お初にお目にかかります。私は麗奈様と智樹様にお仕えしているものです。どうぞ絵里とお呼びください。」
「あっ、どうも。白濱和樹です。よろしくお願いします。」
リムジンに乗り込むと絵里が優雅に頭を下げます。一先ず自己紹介している2人を横目に見つつ智樹さんの姿を探しますがいません。家にいるのでしょうか。
「智樹様なら仁様と行動しています。」
「お兄様が!?なんで!?」
「麗奈様。お客人もおりますので落ち着いてください。仁様と智樹様は気が合ったようで今日一日一緒に行動するそうです。」
九条院仁(くじょういんじん)。私のお兄様。
お父様の血を濃く受けているため黒髪のイケメンです。彼は確かに休暇に入ると聞いていましたがこんなに早く戻るとは聞いておりません。
お兄様は中々に破天荒で自由人です。
智樹さんに心配をかけてないか不安です。
「今2人はどこに?」
「さぁ。すでに何ヶ所か渡られてるとは思いますが今どこにいるかは分かりかねます。」
智樹さんは連絡をこまめに入れてくる方です。
ですがお兄様に連れ回されてるとすれば本当に申し訳ないです…。
「仁先輩は智樹と面識があるはずだぞ。俺とも話したことがある。体育祭でおんなじチームになった事もあるしな。」
「あぁ。だから会った時から仲が良さそうだったんですね。」
絵里が納得したように頷く。
「私…智樹さんから聞いてませんよ?」
「智樹からすれば面識がある程度の認識だろうしな。仁先輩は距離感が近いから…。だが智樹は人たらしだから大抵の人間なら秒で仲良くなれる。」
和樹さんの言葉には説得力があります。ここで追いかけるのも得策ではありません。
「成程…。一先ず私達は家で待ちますか?」
「そうですね。智樹様からも家で待つように言われましたので。」
絵里がちゃんと伝言を聞いていたみたいで良かったです。私は一抹の不安を覚えながら家路を辿るのでした。
和樹さんがいるので私達は応接間で雑談をすることにしました。智樹さんもまだ帰ってはいませんでした。
2人っきりというのも問題があるので絵里にもいて貰っています。
「いや…驚いた。敷地内に家がこんなに建ってるとか聞いた事ないわ。」
「不要になると解体もされますよ。例えば使っていた人たちが亡くなったりとか。因みに今一軒増えてますが、そこは私と智樹さん用にお父様が勝手に建設していたみたいです。」
その話を聞いたのも昨日の夜ですが、完全に寝耳に水でした。
お父様の話では番を見つけた祝いとの事ですが未だにその辺はよくわかっていません。
ガチャっと扉が開き、思わず立ち上がります。
見えたのはお兄様の姿でした。智樹さんの姿は無かったので私はすっと座りました。
「おいおい愛しの妹よ。その反応はあまりにアレじゃないか?」
「お帰りなさいお兄様。お久しぶりです。それで?私の旦那様はどこに?」
「義弟ならお父様のところだ。」
その言葉を聞いてすっと立ち上がって扉に向かいます。居場所がわかれば十分です。
「待てよマイシスター。仕事の邪魔は良くない。」
お兄様が扉の前に立ち塞がります。
けど我慢の限界です。今すぐに会いたい。
「どいてください。私は一日慣れないことをして疲れました。今すぐ溶けるほど甘やかしてもらうんです。」
「番を見つけて我が妹はキャラが崩壊したようだな。だけどダメだ。義弟の優秀さは今日1日で理解した。だからこそ今は行かせられない。それは2人っきりになるまで待て。大事な妹だからこそ言わせてもらう。今のお前は彼には相応しくない。」
お兄様の言葉に私は言葉を失ってしまいます。
お兄様が私に苦言を呈したのは人生で初めてだったからです。
「なん…で…。」
「今のままではお前は俺には勝てない。勿論、香澄姉さんにもな。義弟は優秀だ。だが本当にお前は彼を支えられているのか?一方的な施しを受けていることに気づかないようでは相手にもならない。」
「私…は…。」
お兄様の言葉にふらふらと後ろに下がってソファーに腰を落としてしまいます。
私は彼に何かしてあげられてるだろうか。いつも貰ってばかりで返せているのは微々たることばかりです。
挙げ句の果てには彼から受けた好意に舞い上がって彼を芸能の道に引き戻してしまった。
それは美羽との日々を思い出させることに他ならない。私は彼の心の傷を抉っているのではないでしょうか…。
「私は…智樹さんに相応しくない…?」
自問自答のように呟きます。当然誰かに答えを求めたわけではありませんでした。
「いや。麗奈嬢は智樹に相応しい。」
静観していた和樹さんの言葉で私ははっと顔を上げます。
「智樹は美羽がいなくなった心の穴を誰かで埋めることは絶対にしない。あいつの傷が癒える事はきっと永遠にない。それでも智樹は一歩進んだ。それはきっと尊い事だ。幼稚園から智樹を見てきた俺が断言してやる。君がいたから智樹は一歩進んだんだ。だから君は君の方法で智樹を支えてやればいい。」
「私が智樹さんに出来ること…。」
『君は最高の演技で俺を喜ばせてくれればいい。』
ドクンと心臓が跳ねました。
立ち上がってお兄様の目の前に立ちます。
顔を上げるとお兄様は黙ってまっすぐに私を見ます。私も真っ直ぐにその目を見つめ返します。
お兄様は一線級の俳優で、知名度も実力も私より上。真摯に演技と向き合っている。
私とは違い演技に人生を賭けている。
だから勝てるという自信がなかった。でもそれは私を信じてくれる智樹さんへの裏切りだ。
「負けません…!」
お兄様は何も言いません。言い返すこともなく私を見てきます。
「私は今回の作品を私の代表作にします。全員を踏み台にして私は彼とトップを目指す。貴方は大事な家族ですが、私のライバルです。すぐに並んで追い越しますから覚悟してください!」
言い切る。これは私が智樹さんとトップを目指す過程で欠かせない事です。
智樹さんが本気で私をトップにしようというなら弱気になる時点で失礼です。
もちろんお姉様にもハッキリ伝えなければいけません。私は私と彼のやり方でトップを目指すと。
私の言葉を聞いてお兄様がニヤリと笑います。
「そうか。楽しみにしてる。俺と姉さんが完膚なきまでに叩きのめしながら鍛えてやる。」
「私を叩きのめすことなど出来ません。私には最高の旦那が付いています。何度でも立ち上がって逆に叩きのめします。鍛えてくれるというなら喜んで。でも私にとっては出演者全員が経験値です。油断してたら直ぐに食べちゃいますからね?」
これはある意味では兄妹喧嘩のようなものかもしれません。私達は仲良しで争うこともなかった。だけど今回だけは負けられない。
「うむ。どうせ出来ないだろうがその啖呵はよし。お前は今初めて義弟に釣り合う女になった。俺が背中を押すのはこれが最後だ。これからはライバルだからな。」
お兄様はそう言って部屋から出て行きました。
私は振り返って和樹さんに頭を下げます。
「貴方の言葉で私はやるべきことが分かりました。有難うございます。」
「麗奈嬢の為じゃない。話は分からんが、俺は親友の為に君の援護をした。俺は一歩踏み出した親友とその嫁を推してるからな。」
あぁ。彼が智樹さんの親友でよかった。
私は本心からそう思いました。
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