元マネージャーは案を出す

大きな扉の前で一つ息を吐く。

麗奈も少し緊張した面持ちだ。

ここは男である俺がノックするべきだろう。

覚悟を決めてノックすると中から入れと声がした。失礼しますと扉を開ける。

「あぁ。来てくれたか。二人共座ってくれ。」

はいと応えて俺たちは椅子に座る。

「先ずは婚約おめでとう。2人の婚約を嬉しく思う。それと同時に身内のゴタゴタに巻き込み、迷惑をかけたことを詫びよう。」

冬夜さんは深々と頭を下げる。

「頭を下げるのはやめて下さい。俺はちゃんと麗奈のことが好きです。寧ろ迷惑をかけているのは俺の方だ。俺が立ち直っていれば婚約ではなく結婚でも問題なかったはずです。だから俺の方こそすいません。」

俺も頭を下げると麗奈が俺の手を強く握る。

「2人ともやめてください。元はと言えば海斗くんのお母様が原因ですよね?私達はもっとゆっくり距離を縮めてから付き合うなり、婚約なり、結婚なりとゆっくり考えるつもりでした。海斗くんだって本当はそんな私たちを見守る方がずっと楽だったはずです。ですがこうなってしまった以上はどうするかを考えるのが最優先です。私は智樹さんと幸せになるためなら何でもやります。何か案があるんですよね?」

麗奈の言葉に俺達は頭を上げる。

冬夜さんはバツが悪そうに顔を歪めている。

「麗奈は現在そこそこの女優で、智樹君は元とはいえトップアイドルのマネージャーだ。世間的にもそこそこの知名度のある2人が夫婦として芸能界で生きていくと発表すれば話題にもなるだろう。そしてそうなれば世間体を気にする貝沼家からの横槍も入らない。だがそれは茨の道だ。俺は2人には色々な選択肢から未来を選択してほしいと思う。」

冬夜さんは苦々しい表情だ。彼の性格上、複数の選択肢を出したいが、今選べる選択肢はそう多くないという事だろう。

「成程。どうします?智樹さん。私は貴方と一緒ならどんな世界でも一流になってトップを目指しますよ?」

麗奈は本気だ。こうなれば俺も覚悟を決めるしかない。幸いにも俺には策がある。

「案はある。そしてそれを成功させる策もある。だがその前に確認したい。君の人生設計の全てを俺に託せるか?」

麗奈に問いかける。ここから先は1人では無理。麗奈がいてこそ話が進む。

「無論です。」

即答だった。麗奈は俺に微笑む。

「その代わり貴方の人生を私に下さいね?」

「あぁ。当然だ。」

こうして道は定まった。後は進むだけだ。


「それで?案というのは?」

冬夜さんの言葉に鞄から俺は一つの台本を出す。

『氷の令嬢は解き明かす』と書かれた台本だ。

タイトルを見た2人は目を見開く。

「これは大人気ラノベの…。」

「実写化ですか…!?」

俺は頷く。これは麗奈にとってはまり役だ。

氷の令嬢は解き明かす。これは現在大人気のライトノベルだ。恋愛要素も皆無。次々に起こる謎を、氷の令嬢と呼ばれる銀髪の令嬢とポンコツ女子高生が解き明かしていくストーリー物だ。

絶賛大人気でアニメ化が検討されている。

だが、実写映画化の許諾を原作者から頂いているのはのは俺だけだ。

なぜ俺がこのラノベの許諾を頂けたのか。それはこの原作者とは繋がりがあったからだ。

彼女が原作を書いたアニメのOPを美羽が担当してから懇意にさせてもらっている。

「麗奈の演技は俺自身研究の最中です。まだ全てを知れてはいない。だけどこの作品なら彼女は演じる必要すらない。本来の彼女でいればいい。後は冬夜さんの力に任せればどうとでもなるでしょう?俺は来週からマネジメント科に入ります。そして正式に麗奈をマネジメントする。これが今俺が出せる全てだ。二次元の実写化はリスクが高い。それでも麗奈にしかこの役は出来ないと確信している。これを足がかりに麗奈をトップまで連れて行きます。その後のことはトップになった後で考えます。」

冬夜さんは台本を手に取り、読み進めながら既に長考に入っている。おそらく構想を練っているのだろう。どっちみちこの人の手助けなく成功させるのは不可能だ。キャスティング等の面倒なことは全て任せることにする。

「智樹さんが決めたなら全力を尽くすだけです。ですが智樹さんはそれでいいんですか?」

やっと重荷から解放されたのにと言った表情だ。だがこれは陰でコソコソと計画していた事なので問題ない。問題があるとすれば本来は来年を見越した計画という事だ。

麗奈が授業中の昼の3時間を数日使って取ってきた俺の秘蔵の企画だ。

元々は彼女が引退するにしろ、代表作の一本くらいは残してやりたかったからだ。

最初は渋っていたが、麗奈の魅力を語り続けた結果、この台本を用意してくれた。

昼食を食べて、麗奈が帰ってくるまでに交渉をするのは中々に大変ではあった。

だが彼女が他からの実写化を全て断っているのは有名な話だ。

だからこそ注目度も上げられる。

「俺は俺のやれる事で君を支える。君は最高の演技で俺を喜ばせてくれればいい。彼女を口説き落として実写化をとってきた以上、君にも俺の積み上げた信頼を背負う覚悟がいる。最大級の広告も打つが、実写化は原作好きの目が厳しい。こければ叩かれるのは出演者だ。そしてこの映画のOPは君に、EDは和樹のグループにやってもらう。それも含めて君にはかなりの負担がかかるだろう。だが隣にはいつも俺がいる。君を最大限甘やかして支えよう。俺のマネジメントはいつだって無理難題ばかりだと美羽が嘆いていた。それでもついてきてくれるか?」

「どんな無理難題でも貴方が私を信頼してくれるならやり遂げます。」

そのまっすぐな瞳が、凍っていた俺の夢への感情に火を灯す。芸能界のトップ。彼女となら夢物語ではないだろう。


「素晴らしい…。これは完全新作だ…。」

1時間ほど経ち、パタンと冬夜さんが台本を閉じる。そして麗奈に差し出した。

麗奈はそれを開いて読み始める。その真剣な目に俺は成功を確信する。

「優秀だとは思っていた。だが私の予想など飛び越えるくらいに君は優秀すぎる。」

「俺が優秀なのではありません。許可してくれた先生が優しかった。それだけです。そんなことより頼みたいことがあります。」

「彼女の話は俺も聞いている。随分気難しい人だという話じゃないか。そんな人からこんな物を受け取ってくる時点で、君は常軌を逸しているのだが…それはいい。頼みとは?」

ここからが勝負だ。全てにおいて了承がいる。

「犯人役には麗奈の兄が欲しい。これは原作者との共通見解です。彼の怪演がハマる役です。」

麗奈の兄はカメレオンと言われるほどに演技の幅が広い。使いやすいというのは言わずもがなだが、いくつかの作品の中で特に光るのは悪役だ。だからこそ犯人役には必ず欲しい。

今回の映画内で原作キャラは女子高生と令嬢のみ。だからこそ他では好きなキャスティングが使える。一番悩むのは女子高生くらいだ。

「良いだろう。あいつのスケジュールは暫く空いている。この1年、世界中を彷徨って休む事を決めたらしい。アイツはシスコンだ。麗奈のためなら戻ってくるだろう。」

「願ってもない。そして事件が起こる屋敷の深窓の令嬢には香澄さんが欲しい。現在、世界でも注目されるお二人を使えるだけで、この作品の知名度も跳ね上がる。スケジュールを押さることは可能ですか?」

冬夜さんは頷く。

「問題ない。あいつもシスコンだからな。だが一つ問題がある。麗奈があの二人に食われれば君の目論見も崩れるのではないか?」

冬夜さんの言葉に俺は首を振る。

「逆ですよ。麗奈には2人を食ってもらう。圧倒的な演技と存在感で。それが出来るように俺が彼女をサポートします。それも踏まえて女子高生役のオーディションを任せたい。麗奈より知名度があって、現状麗奈が勝てない相手がいい。後は俺の全力をかけて、この一作で世間に九条院麗奈という輝きを見せます。」

俺の直感が告げている。麗奈を信じて支えるだけで彼女は俺の予想など遥かに超える輝きを見せてくれるという事を。

「わかった。学園にも話を通す。女子高生役は現役を使おう。リアル感が出る。故に芸能科から選ぶとする。他に必要なものは?」

普通なら麗奈を追い詰めてるようにしか聞こえないだろう。親なら心配するはずだ。

だが彼女の作品を見るうちに気づいた事がある。彼女は今のキャラが1番映える。

見た目とリンクしたキャラだからというのもある。だが使い辛い。誰にも媚びないし、これ以外の演技の幅は皆無だ。

彼女の為にキャラを用意すれば売れるのは間違いないがそこまでの知名度もない。

だから彼女はライバル令嬢の負け役が多い。

全てを理解したからこそ俺は彼女の為のキャラを用意した。信頼を担保に頭を下げた。

冬夜さんもそれは理解しているはずだ。だからこそ何も言ってこない。

「レコーディングができる部屋を用意して欲しい。OPは家で作ります。作曲、作詞も既にお願いしているので一月後には上がるでしょう。」

「わかった。準備しよう。」

話は決まった。後はやるだけだ。

「大々的な婚約発表とこの映画の発表は同時に行います。限界までハードルを上げて、その上で成功させる。全てが噛み合えば麗奈の知名度は兄と姉のお二人に並ぶと俺は思っています。そしてこの映画から原作基準のドラマ化に移行する。それが原作者と私の実写化メディア展開計画です。ですがそれまでは学校を休むことになる。この作品に俺たちの今後の全てを賭けます。冬夜さんは仕事の為の麗奈の休学申請をお願いします。」

チラリと麗奈を見るとぶつぶつと台本を見ながら呟いている。すごい集中力だ。きっと俺たちの声も届いていない。

冬夜さんが頷く。


こうして俺達の新しい挑戦が始まる。

失った夢の一歩目を俺はもう一度踏み出した。

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