女優と幼馴染と婚約指輪

校門に止められていたリムジンに乗り込むと俺達はショピングモールへと向かう。

「お前たちのネックレスは有名なブランドだ。俺たちの婚約指輪もあそこで注文した。たまたまお前たちと会った日にな。今日取りに行くと連絡した際に、ついでにお前たちの話も通してはある。」

海斗は何手先までも読んで行動する。俺たちが了承することもわかっていたのだろう。

「海斗くんは私の事を陰ながら守っていたんですね。だというのに私は…。」

麗奈が下唇を噛む。

「そう仕向けたのは俺だ。」

「いいえ。違うわ。この案を出したのは私よ。麗奈ちゃん。」

「えっ…?」

麗奈が驚いたように咲を見る。

「おい!咲!」

「いいのよ海斗。ここまで来れば全てを話すべきよ。いい?麗奈ちゃん。過去に貝沼家が九条院家の番を奪ったという記録があったの。そして番を奪われた人は自ら命を絶ってるわ。それを知った海斗は貝沼家から可能な限り麗奈を遠ざけようと考えた。でも海斗によく懐いていた貴方を遠ざけるには、嫌われる必要があったわ。顔を合わせば喧嘩する程度にはね。」

海斗は何かを言いかけたが口を紡ぐ。だんだんわかってきた。彼は九条院家の人達を大事に思っている。

思っているからこそ、自分から傷つけるような言葉を言って突き放してきたのだろう。

香澄さんに対する嫌味や喧嘩の売り方も彼らしくはなかった。まるで事務的に、本心を見抜かれないように口に出している節があった。

「作戦は成功したわ。でも信じていた海斗に裏切られて、貴女が男性不審になってしまうところまでは読めなかった。中途半端では意味がないのは明白だったというのもあるけれど、私達は貴方の番が現れるのを待つしかなかった。だから私達は貴女の旦那に恩返しがしたいのよ。ただ本当にお義母様は面倒な方なの。直接止めることも不可能。今は海斗のお義父様がなんとか止めてはいるけれど一刻の猶予もないわ。海斗も麗奈の相手じゃなければこんなリスキーな事はしないで済んだでしょう。それだけはわかってあげてほしい。」

麗奈は何か考えるように俯き、俺の手を握る。きっと色々な思いがあるだろう。俺は優しく握り返す。麗奈が俺の方を上目遣いで見る。

俺が麗奈に微笑むと頷いた。

「わかりました。全ては何も知らなかった私の無知から起こったことです。私は私なりに貝沼家の事は調べていました。ですが私が知っている以上に貝沼家の闇は深いのでしょう。そんな家から陰ながら私を遠ざけてくれていた海斗くんには心労をかけて申し訳なく思います。ですが私にはもう守ってくれる人がいます。だから以前のように仲良くしていただけますか?」

海斗は目を見開いて、力無く俯く。

「俺には極力近づかないほうがいいだろう。俺はこのキャラ付けを今辞めるわけにはいかない。今後も変わらず、俺たちは犬猿の仲。それでいいはずだ。俺は次期貝沼家当主となるまでは今の立ち位置を崩さない。だが陰ながら手を貸すことはする。今後は智樹には全てを明かそう。すれ違いは無いようにする。」

麗奈は海斗の言葉に頬をぷくっと膨らませる。

「このいじっぱり!」

「いじ…!?お前なぁ…。」

海斗が困ったように俺を見るが静観する。

幼馴染に口喧嘩はよくある事だ。

「いじっぱりじゃないとすれば何なんですか!?」

「俺には立場がある。それにお前と大々的に仲良くすると母に目をつけられる可能性も…。」

「はぁ!?そんなに母親が怖いんですか!?」

「違うわ!俺じゃなくお前が目をつけられるって話だろ!?」

海斗の言葉に麗奈はガバっと俺の方を向いて、突然俺の唇を奪う。完全に油断していた俺は何が何だかわからない。

「ちゅ…どうです!?この人が私の事を守ってくれます!貴方に守ってもらわなくても…私には…!世界一のナイトがいるんだからぁ!!」

涙交じりに叫ぶ声がリムジンの中を木霊する。

海斗の目が見開かれる。それは麗奈が俺に初めて見せた怒りからの涙だった。

「…貴方の負けね?海斗。」

「…っ。はぁ…。そうだな。俺の負けだ。」

海斗は頬をかいて、麗奈に優しく微笑んだ。

恐らくこれが彼本来の微笑みなんだろう。


「こちらがお二人の婚約指輪となります。」

「あぁ。」

海斗が婚約指輪を受け取ると俺に目線を向ける。俺たちも選ばなければいけない。

「冬夜さんは2人の婚約を母に伝えに行っている。後戻りはできん。2人の同意の元、婚約は成された。俺の妹分を大事にしろ。麗奈も智樹にあまり我儘を言うなよ。」

「あぁ。」

「言われるまでもありません。」

俺たちの返事に満足そうに頷いて、海斗は咲さんの手を取る。

「じゃあまたね。2人とも。」

「あぁ。」

「またお会いしましょう?」

咲さんは俺達にウインクをすると、海斗と共に背を向けて歩き出した。


「ご婚約おめでとうございます。」

「ありがとうございます。」

麗奈が返事をして店員さんが微笑む。

この人は以前に対応してもらった人だ。

こんな短期間で指輪を買いに来ることになるとはあの日の俺は思わなかった。

「ご予算はおいくらで考えてますか?」

「先程の2人と同等の物で頼む。」

指輪は向こう持ちでいいという言質は取っている。これぐらいの趣旨返しは許されるだろう。

麗奈は苦笑いをしている。店員さんはわかりましたと立ち上がって俺たちをVIPルームに案内した。店員が退出して俺たちはソファーに座る。

「海斗くんの指輪は見てませんが、それなりに高いと思いますよ?」

「だろうな。結婚指輪は自分で買うが、婚約指輪は海斗持ちだ。それに100万を超えていてもそれなりに貯金はある。結婚指輪はちゃんと値段を超えるものを用意するよ。」

そうしないと男として負けた気持ちになる。

俺の言葉にふふっと麗奈は笑う。

「智樹さんは指輪にあんまり興味がないんですね。結婚指輪は逆に安くなる傾向があるんですよ?デザインがシンプルなものが多いんです。だから見栄をはるなら婚約指輪の方です。」

「そうなのか。知らなかった。」

俺達は両親公認ということもあり、婚約指輪の必要性はないかと勝手に思っていた。

こうなるなら調べておくべきだった。

「それに婚約指輪だってそんなにしないと思います。良くて2人で60万が精々でしょう。あの2人がとんでもない大きさのダイヤを装飾してなければ…ですが…。」

ガチャリと扉が開く。

俺たちの前にはいくつか指輪が並べられる。

「貝沼様は100万の予算でとの事でしたのでそれに合わせていくつか用意しております。」

見せられたのはとても派手な物ばかりだ。

「海斗くんを甘く見ていましたね…。」

「まぁ最大級の財閥だから仕方ないな。今回は向こうが出してくれるんだから甘えるとしよう。」

俺達の言葉を聞いて店員さんが頷く。

「はい。貝沼様からお聞きしております。因みに貝沼様はこちらを選びました。」

見せられたのは一際派手で、ついてるダイヤもとてもでかい。更に指輪を一周するようにダイヤが装飾されている。麗奈は全体的にじっくりと指輪を見るが首を振る。

「私達には派手すぎます。すいません。予算70万程で見せていただいてもいいですか?」

「そう言われる可能性を見越してご用意しております。」

どうやらこの人は仕事ができる人みたいだ。

麗奈は再度真剣な目で一つ一つ確認する。そして3つに絞って振り返った。

「どうですか?」

並べられたものを確認する。

モチーフは鈴蘭、月、雪の結晶だった。

彼女の綺麗な銀髪を彷彿とさせるのは月だ。

本来の月の色は赤やオレンジとはいうが人の目で見ると銀に見えなくもない。

この三つの中で彼女に一番似合うのはこれだと俺は思った。

「この中なら月をモチーフにしたものがいい。君の銀色の髪によく似合う。」

俺の言葉に麗奈は少し驚いたように目を見開いた後に頬を赤らめた。

「ではこれにします。」

「ありがとうございます。それでは刻印とオプションの話に入らせていただきます。」

詳しくない俺は麗奈に任せて話を聞いていた。

刻印はお互いのイニシャルと愛のメッセージ。

素材はpt950、ダイヤモンドの4Cの話などよくわからない単語が並んでいたが、麗奈に任せておけば大丈夫だろうと俺はただ座っているだけだった。

「では二週間後にお渡しいたします。」

店員に頭を下げられて店を出る。


「あっ、お父様から電話が来てますね。」

麗奈が自分の携帯を見て、かけなおしますね?と言うのでどうぞと促す。

「あっ、お父様。すいません。指輪を選んでいて…。えっ?わかりました。迎えはこちらに来ているのですね?はい。では智樹さんと向かいますね。」

手短に電話を終わらせて俺の方を見る。

「今から話したいとの事でしたので了承してしまいました。良かったですか?」

「あぁ。大丈夫だ。」

麗奈は俺の手を取って歩き出す。

「まぁ十中八九婚約の件でしょう。もしくは貝沼家に関する事でしょうね。」

「どちらにしろ今すぐ動けることはない。急転直下にことが進んでしまっているが、俺達は相互理解の段階を終えていない。早く落ち着いて君とデートがしたい。」

俺の言葉に麗奈がそうですねと苦笑いをする。

駐車場に着くとリムジンがおり、絵里の姿も見えた。俺達はリムジンに乗り込む。

「麗奈様、智樹様。ご婚約おめでとうございます。絵理も嬉しく思います。」

「ありがとう。」

「ありがとう絵里。」

俺達がお礼を言うと絵里は微笑む。

「しかしながら少し面倒な事になっているようですので色々と大変かもしれません。」

絵里の不穏な言葉に俺たちは顔を見合わせるのだった。

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