元マネージャーと級友と過去
ピピピピ
目覚ましの音がする。目を覚ますと麗奈は既に俺の腕の中にはいなかった。
一つ欠伸をしてリビングに向かうと麗奈が女神のような微笑むを向けてくれた。
ドキンと心臓が跳ねる。
「おはようございます。智樹さん。どうしたんですか?ぼおっとして。」
麗奈は何だか憑き物の落ちたような穏やかな表情だ。それが美しいと思った。
「おはよう。いやなんだ…少し見蕩れてた。」
頬をかきながら麗奈の向かい側の椅子に座る。
俺の言葉に麗奈の頬も少し赤らんでいる。
テーブルの上には焼き魚とごはん。そして味噌汁が湯気が出ていた。良い匂いもする。
『いただきます。』
同時に口に出して魚を口に運ぶ。完璧な焼き加減。味噌汁は俺の実家の味噌汁の味がした。
この前飲んだ味噌汁とは違う。
「どうです?お義母様から教えてもらったんです。実家の味を再現できてますか?」
「あぁ。最高の味だ。ありがとう。」
麗奈は嬉しそうに微笑む。
嫁力が高すぎる。最高以外の言葉もない。
食べ終わった俺は麗奈と並んで洗い物をする。
「海斗くんと話をします。」
「海斗くん?」
朝食と片付けが終わって、日課のブレイクタイムでの第一声に思わず聞き返してしまう。
麗奈はふふっと笑う。そして懐かしむように目を細めた。
「小さい頃はそう呼んでいたんです。彼は昔は優しいお兄ちゃんだったんです。でも一時期から変わってしまった。そう…それはきっと咲さんとのことがあったかです。彼は咲さんと引き離されてから人が変わってしまった。本心を隠して、口も悪くなった。嫌味も増えたし、デリカシーも無くなった。でもそれは彼の母親から、自分に懐いている私を引き離そうとする演技だったのでしょう。もしかしたら私を強くしようとしてたのかもしれません…。それに私は気付かずに私たちの関係は悪化していきましたが…。」
海斗は不器用な男なんだろう。そしてきっとアイツは俺の推測を麗奈に話すことは望んでいなかったと思う。だが、彼には悪いが俺は麗奈が一番大事だ。そしてこの関係を修復したいと思ってしまった。
だって麗奈の心の支えは多ければ多いほどいいはずだから。
「勿論一緒に居てくれますよね?」
俺は麗奈のその言葉に頷きで返す。
「当たり前だ。海斗をここに連れてくればいいんだろ?元々今日でこの話に決着をつけるつもりだった。」
「はい。頼りにしてますよ?私の旦那様?」
そう言われては何よりも優先するしかないなと苦笑いを浮かべる。
巻き込まれた上に中心人物になってしまったんだから、解決の為に動くしかない。
教室に入ると色々な人に挨拶をされる。昨日の今日だが、皆温かく見守る方向にしたようだ。
俺も挨拶をして席に着く。隣にはいつも通り海斗が座っていた。
「来たか。昨日は迷惑をかけたな。」
「あぁ。だがその意趣返しはさせてもらう。」
俺の言葉に何かを察した海斗が苦笑いを浮かべる。
「お前にのみ伝わればよかったものを…。まさか麗奈嬢に話したのか?」
「あぁ。俺は彼女が一番大切なんだ。友達よりも親友よりも麗奈を選ぶ。」
俺の言葉に海斗は納得したように頷いた。
「仕方ない。ならば今日は俺が攫われる側になるとしよう。」
海斗は諦めたようにため息を吐いた。
4時限目のチャイムがなると海斗が立ち上がる。
「すまんが先に野暮用を片付けてから行く。麗奈嬢とは夕方から話させてくれ。二時ごろにお前の部屋に向かう。」
彼は逃げたりするタイプではない。本当に何か片付けなければならないことがあるのだろう。
「わかった。お前とは長い付き合いだ。本当に何かやることがあるんだろう?」
「勿論だ。貝沼に二言はない。」
海斗がニヤリと笑う。その時ガラガラと扉が開いた。扉の先に立っていたのは麗奈だった。海斗は真っすぐに麗奈へと進んでいく。
「俺は今から野暮用を片付けてくる。」
「そうですか。わかりました。」
短いやりとりだったが、今までの威圧感は全くなかった。海斗は麗奈の横を通り過ぎて教室を出て行った。
「行きましょう。智樹さん。」
麗奈は真っすぐ俺の前まで歩いて来ると俺に手を差し出す。俺は彼女の手をとる。
黄色い声が上がるが、麗奈の微笑に魅了されている俺は気にならなかった。
昼食を終えた俺たちはいつものように昼のバラエティー番組を流しながらコーヒーを飲む。麗奈は俺の方に自分の頭を乗せてきた。自然と密着する。
「再来週の土曜日はデートをしましょう。」
「いいぞ?どこに行く?」
「水族館です。もうずいぶん前ですが、家族全員で行ったんです。そこに最後に行ったのは小学生の頃ですが、最近リニューアルしたそうです。思い出の形ではないですが貴方とも思い出を作りたいなって。」
そんなことを言われて断ることはしない。
「わかった。楽しみだな。色々調べないと。」
「はい。私も楽しみです。」
ピピピピ
タイマーの音が鳴る。
少し寂しい気持ちになる。
「鳴っちゃいました。行ってきますね。」
「あぁ。」
立ち上がって玄関まで送る。靴を履いて立ち上がった麗奈は何かを思い出した様に止まった。
「どうした?」
俺の言葉を受けて麗奈はくるりと開店する。俺の方を見ると顔を上げて目を瞑った。
求めていることはすぐに分かった。
俺はそっと唇を重ねた。
「行ってきます。」
「あぁ。行ってらっしゃい。」
麗奈は笑顔で手を振る。俺も手を振り返した。
ピンポーンとチャイムが鳴る。時刻は14時。
流石というか時間はぴったりだ。
扉を開けると海斗と咲さんが立っていた。
「すまん。一人で来るはずだったんだが…。許せ。」
海斗は疲れた顔で俺に頭を下げた。
「お久しぶり。ナイト君。安心して?邪魔はしないし、学園にも許可は取ってる。私は今日はオフなの。海斗が面白いことになっていたから麗奈にも会いたくて来ちゃった。香澄ちゃんからも旦那をちゃんと制御しろって言われちゃったしね。」
「俺は別に構わない。海斗の事を一番知っている君がいれば、より深く話も聞けるだろう。」
彼女は美羽に似たタイプの人間に見える。考える前に行動しているのだろう。
「ありがと。さぁ海斗、覚悟を決めなさい?」
「覚悟も何もバレたことに関して動揺することは無い。邪魔をするぞ。」
どうぞと招いてリビングに案内する。ソファーはL字型なので俺たちがいつも座る方の逆側に二人には座ってもらった。
「へぇ。学校の寮とは思えないほどのいい部屋ね。」
咲さんは興味深そうに部屋を見渡している。
「元々この部屋は芸能活動をしている人間に渡される部屋だ。集中してもらうために最新の家具が整えられている。さらに異性であれば愛の巣としても利用可能だ。」
俺の代わりに海斗が説明してくれる。海斗の説明になるほどねぇと咲さんが納得する。
「つまりここはナイト君と麗奈の愛の巣というわけね!」
「まぁ…間違ってはいないが俺たちはキス以上はしていない。」
ちゃんと否定しておかないとあらぬ方向に向かいそうなのではっきりさせておく。
「キスまではしたのね!?良いじゃない!恋バナする?」
ちらりと海斗を見ると海斗は頭を抱えている。この人は今日の話に向かないかもしれない。
「咲さんが社長になったのは海斗の為ですよね?それは海斗の母に認めさせるためですか?」
話題を変えていきなり切り出す。
このままでは埒が明かない。麗奈が帰ってくるまでに、俺は俺で状況を理解したい。
「へぇ。海斗が話したの?」
「いや。こいつは自頭がいい。ヒントから導き出したのだろう。」
「へぇ。海斗がそういうならそうなのね。いいわ。私たちの過去を話してあげる。私たちの恋から始まった悪あがきを…ね。」
咲さんは過去を思い出しながらゆっくりと話し始めた。
「私たちが初めて出会ったのは5歳の時よ。私は社長である父と共に貝沼家が開いた会食に招待されていた。その会食は海斗の将来のフィアンセを選ぶための物だったのよ。私は候補の一人だったわけね。最終的に3人まで絞られて、九条院家とも気が合った私は3年ほど幼馴染という関係を続けたわ。でもそれは8歳の時に突然終わった。私は婚約者候補としては相応しくないと彼の母親が判断したのよ。」
海斗の方を見る。海斗は目を閉じている。
「私たちはその時にはお互いの事が好きになっていた。でも恋愛結婚は貝沼家では認められていない。認めさせるには本人の実績が必要。それが海斗が母親から聞き出した事よ。だから私は決めたわ。誰よりも優秀な人間として彼女の母に認めさせてやるってね。」
段々彼女のことがわかってきた。苦労というスパイスを逆境に打ち勝つ為のエネルギーに変えたのだろう。
「今はお義母様にも認められてるわ。一代で築き上げた化粧品の会社も軌道に乗ってる。お義母様は結果主義者だから口も出してこなかったわ。結果として私達は貝沼家初の恋愛結婚者になったってわけ。」
口調は軽いが、彼女がどれだけの努力をしてこの結果を掴み取ったかは俺には想像できない。
だが…だからこそ2人は強い絆で結ばれているのだろう。
「8歳の時、俺は母の本性を知った。懐いていた麗奈を出来うるだけ遠ざけるために自分の性格すら捻じ曲げた。貝沼家と関わらせないためだ。当時の俺には母に抵抗できる力はない。だからこの学校ではひたすらパイプを太くした。そして優秀さを示し続けた。だが成績だけは常に2位。お前の有能さは俺の前に母の方が先に気付いていた。それを知ったのは美羽嬢の死後だがな。お前と話すようになった俺は、お前の人となりを知るうちに友達でいたいと思った。美羽嬢がいた時は母も大人しかったが、今はどうもきな臭い。俺が麗奈とお前の恋を応援したいというのは本音だ。だから強引な手も使った。既成事実の一つでも有れば事も簡単だ。だが傷ついたお前に鞭を打つような真似をして、麗奈を追い詰めたことは謝罪をする。」
海斗は頭を下げた。彼の頭は軽くはない。彼だって自分の頭が軽くないことを理解している。それでも彼は俺の事を友と思って頭を下げている。それがわかるから許すしかない。
「別にいい。麗奈を苦しめたことは責めたいところだが、確かにお前の強引さのおかげで少しは前に進んだ。今のままでは俺の態度が麗奈を苦しめていたとは思う。だが申し訳ないと思うなら俺の頼みを聞いてくれ。」
俺はそう言って今後の計画を話した。
まだ誰にも話していない俺の計画を。
全て聞いた2人は首を縦に振ってくれる。
「いいだろう。麗奈次第の部分が多大に含まれた計画なのは気になるが、可能な限り手を貸そう。」
「旦那の不始末は嫁の不始末でもあるわ。それにこんな事を実現できる貴方にも興味が湧いた。いいビジネスパートナーになれそうね。成功した暁には麗奈をウチのCMで使わせてちょうだい。」
「それは有難い。」
全てを聞き終えた二人は手を貸すことを了承してくれた。この結果を勝ち取れたのはでかい。
色良い返事を貰えた俺は引き続き今後の動きを確認しあった。
ガチャ。
部屋の扉が開く音がする。チラリと時計を見ると16時15分。麗奈は急いで戻ってきたようだ。
俺がリビングの扉を開けると麗奈が飛び込んでくる。俺は腕を広げて抱き留めた。
「ただいまです。智樹さん。」
「あぁ。おかえり。」
そんな俺達を見て二人は苦笑いを浮かべている。
「貝沼先輩、咲さんも。わざわざお越しいただいてありがとうございます。」
「いい。智樹が君に話すかもしれないとは思っていた。答えに辿り着けば謝罪する気だった。聞きたいことは聞いてくれれば話そう。腹を割ってな。」
海斗の言葉に麗奈は頷いてソファーに座った。
「単刀直入に聞きます。優しかった貴方が変わったのは貴方の母親のせいですか?」
麗奈の質問に海斗は頷く。
「あの母親は貝沼家そのものだ。婿として貝沼家に来た父親には口を出す権利もない。」
麗奈は納得したように頷く。
「智樹さんを狙っているのは貴方の母親ですか?貴方自身が強引な手に出たのは私たちを守るためですか?」
「あぁ。俺達が当主になるのはまだ先だ。母から守る力もまだない。どうにかしてお前たちの関係が盤石であることを示すために、体育祭も利用した。だが誤算だったのは関係性が進まなかった事だ。智樹の傷は思っていたより深かった。可能なら俺だってお前たちの速度で進む恋愛を見ていたかった。だがいつ母親が強硬手段に出るかはわからない。だからこそ提案だ。お前達、婚約をしないか?指輪はこちらで用意してもいい。自分の家の面倒にお前達を巻き込んでいる以上、可能な限り手を貸す。」
俺は麗奈を見る。俺は一向に構わないが、付き合ってくれと口に出すことのできないのにそれを強制することは出来ない。
だが麗奈は直ぐに頷いた。
「わかりました。では雑誌で取り上げていただきましょうか。私も一応は女優ですし、相手は元トップアイドルのマネージャーで、顔バレしている智樹さんです。話題にはなるでしょう。」
「俺も構わない。」
海斗は頷くと電話をかけ始めた。
「冬夜さん。話はまとまった。今後のことは智樹の計画を使う。」
二言三言話して電話をきる。
「冬夜さんか…。」
「あぁ。先程野暮用と言っただろう?香澄さんは俺の動きに気付いている節があったし、母が動く前になんとかする為には外堀を埋めないといけない。彼は二つ返事で承諾してくれた。いくら母でも両家の婚約に割って入ることはしない。」
海斗が立ち上がる。
「先ずは婚約指輪を買いに行くぞ。」
善は急げというやつだと海斗は笑った。
俺は頷いて麗奈の手を取って立ち上がった。
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