貝沼家と九条院家

体育祭が終わりいつもの日々が戻ってくる。

俺が教室の扉を開けると同級生に囲まれた。

皆が聞きたいことはわかっている。俺と麗奈の関係だ。

麗奈は美人で有名だ。芸能科に所属はしているが今は休業状態。そして俺もマネージャー科ではなく一般化に所属している。

美羽の事もあって遠慮はしてくれていたが、これだけ派手にやってしまえばこうなるのも仕方ない。

曖昧にはぐらかす事は簡単だが、ここははっきりと言っておく。そうしないと先に進むことはできない。俺は弱いから自分で逃げられないようにするしかない。

「俺が麗奈の事を好きになった。だが付き合ってはいない。理由は美羽の事を振り切れていないからだ。というか君たちが思うほど俺は有能な人間ではない。俺ではなく美羽が凄かっただけ。今の俺は麗奈にも迷惑をかけ続けている。ダメな男だ。」

はっきりと言い切る。別に周りの評価など今の俺には必要ない。

最後まで言えば呆れられていなくなるかと思ったのだが、何故か皆には同情のような目線を向けられた挙句に慰められた。

挙句の果てには「頑張れ!」とか、「応援してる!」とか言われてしまってどう反応していいかもわからずに席に座る。

疲れ切った俺が席に着くと海斗が今まで見たことのない表情でと俺を見ていた。

これはどういう表情だろう。

「なんだよ。」

「いや?昨日の花火はお前たちが視聴率を取ってくれたからお礼の意味を込めて豪華にしたんだ。だというのに決め切らないとはな。」

海斗の言葉にそういえばと思う。最後の花火は今までで一番派手だった。

「だが距離は縮んだよ。お前の小細工のおかげでな。」

海斗は一瞬目を見開いた後に笑う。

「流石にバレるか。」

気づいたのは今だ。今の言葉は完全失言だった。あの大きさの花火は一か月でも作れない。

つまり俺と美羽の活躍を見越して去年から準備をしていたのだろう。

「大方箱のふた部分に麗奈のくじを貼ったんだろ?」

「ほう?どうしてそう思う?」

「箱のふた部分は適当だ。それが一番自然だと思った。だがお前との付き合いは長い。俺と美羽というメインイベントを失ったお前はカップル競技を考えたんだろ?だがそれだけでは弱い。利益はでかいがデメリットもある以上、芸能科は手を上げないだろ?ということはくじびきしかない。」

俺の推理を海斗はじっと俺を見る。言い返さないと言うことはここまでは概ね間違っていないようだ。であればこのまま俺の考えを最後まで言う事にする。

「だがそれも運の要素が強い。何とかして目玉の一つを作らなければならない。そう考えたお前は俺たちに賭けることにした。美羽と比べれば結果は望めなくても話題にはなる。美羽の兄貴と孤高の姫のカップリング。それに俺たちは負けず嫌いだから結果も期待できる。何よりお前からすれば親に頼まれた俺たちの応援の一つにもなる。お前の好きな一石二鳥だ。だが解せないのはどうして俺にヒントを出すのかだ。」

言い切ると海斗は一つ息を吐いた。

「うむ。概ね合っている。だが一つ訂正しよう。結果などどうでも良かった。俺はお前たち二人に本当に付き合ってほしいと思っているだけだ。」

そう言って海斗が真っすぐに俺を見た。そのタイミングで先生が入ってきた。

海斗はチラリと先生を見る。

「話の途中で終わるのは俺も困るな。話したいことがある。俺とお前は特別優秀生徒だ。授業に出る必要はない。付き合ってくれるな?」

そう言って苦笑いする海斗に俺は頷きで返した。


校門には既にリムジンが止まっていた。俺は案内されるままに乗り込む。

「昼までに帰れるんだろうな?」

昼は麗奈との昼食がある。

「無理だな。お前の事を攫うと麗奈嬢に今連絡した。あの狂犬は真面目だ。授業終わりまでは学校から出ないだろう。だから放課後までのお前の時間は俺がもらい受ける。」

あぁ…。やばいな。麗奈の怒っている顔が目に浮かぶぞ…。

だがここで引くわけにはいかない。何かに巻き込まれていることは理解している。

「はぁ…。わかった。黙って付いていくとしよう。」

海斗は冷蔵庫から飲み物を出して差し出してくる。どう見てもワインだ。

「未成年だぞ?」

海斗にジト目を向けるが涼しい顔をしている。

「お堅いな。酒が入らなければ話さないこともあるだろ?」

「そうかもしれん。だが断る。」

どんな話でも冷静に聞きたい。酒が入れば冷静な判断が出来ないこともあるだろう。

そうかと海斗が飲み干す。そこで酒の匂いがしていないことに気付いた。会談や交渉の場でお酒が出ることはままあることだ。その時の特有のにおいは出ていない。

「葡萄ジュースか。」

「正解。」

一応匂いを確認して飲み干すとやはりワインではなかった。

「俺たちは幼馴染とはいうが実は親戚だ。昔一つの大きな財閥があった。それが二つに分かれたことで生まれたのが貝沼家と九条院家。貝沼家は血と伝統を維持する事に固執する家。そして九条院家は感覚派により芸能に特化した一族。考え方の違いから分裂したらしい。貝沼家は優秀な人間を組み合わせる事を優先する。だから恋愛結婚をするなら自分と相手の双方の価値を上げるしかない。対して九条院家は運命の相手を探している。血も才能も要らない。ただ一つの愛を優先する。それが九条院家が分裂した理由だ。」

つまり海斗と麗奈はじつは親戚ということか。

「それを麗奈は知っているのか?」

「いや。知っているのは次期当主となる人間のみ。貝沼と九条院が分かれたのはもうずいぶん前だが、双方がそれなりに大きくなってしまった。血は薄れているとはいえ親戚だ。疎遠という形ではなく幼馴染とするというのが過去の当主同士の取り決めだった。とはいえ、考え方の違いで分かれた俺たち一族は生理的に合わない考えの持ち主同士だ。嫌悪感とまでは言わないが基本はかみ合わない。」

それがあの嚙みつきあいの理由か…。

「なんで俺に話したんだ?」

「九条院家は必ず子孫を残すわけではない。運命の相手を見つけるまで恋に落ちることが無いからだ。そして一度恋に落ちてしまえばその人しか目に入らなくなる。つまり結ばれなくてもその一人を追いかけ続ける。」

「つまり俺が麗奈と結ばれなかった場合は麗奈は二度と恋に落ちることもない?」

ふっと海斗が笑って俺のグラスに葡萄ジュースを注ぐ。

「お前たちにはお前たちの速度がある。だがまさかこんな面倒な事になるとは俺も思わなかった。犬猿の仲とはいえ妹の恋を応援したいと思うのはおかしいか?」

携帯が鳴る。表示されている名前は麗奈だ。

出ようとすると俺の手からすっと携帯が奪われる。

「心配させておけばいい。これでお前たちの仲はさらに深まる。」

海斗は鳴りやまない携帯の電源を落とした。

「お、おい。」

「位置情報でも取られては困るからな。今は当主会談の真っ最中だ。」

意味の分からないことを海斗は言う。俺は一般人だ。それに麗奈と結ばれたとして、あそこの家には既に立派な実績を残している長男がいる。そんな俺の表情を察した海斗が口を開く。

「九条院家はたった一人を求めていると言っただろう?つまり子孫を残せないことがある。その代わりと言ったらいいのか、子孫を残せた者は必ず3人以上残してる。そして子孫を残せた者が当主になる。つまり今最も当主に近いのはお前だ。麗奈嬢とは相思相愛。後はお前の心の傷次第だからな。」

「その心の傷が踏み出す勇気を挫いているんだがな…。」

俺は自嘲気味に笑う。

「だがお前は今の話を聞く限り、付き合いたいとは思っているんだろう?もし付き合うとなれば、お前はその身を捧げて麗奈嬢を守り続ける。それは今朝のクラスでの啖呵と一緒だ。あくまで自分を下にして、麗奈嬢を引き立てるだろう。俺はね…智樹。お前は使える男だと思っている。もしその重荷を背負えないのであれば俺がお前を今の立ち位置から救ってやってもいい。お前に箔をつける事は簡単だ。何しろお前自身が優秀なんだからな。」

救ってやるか…。随分上からの言葉だ。だが彼の言葉は俺の本音を引き出すための誘導だ。

そんなことはこの長い付き合いで十分わかっている。

「いやいい。このトラウマを克服して、俺は彼女を幸せにする。」

「彼女の愛は重い。たとえお前がほかのだれかと結婚しようともお前のそばに居続ける。それは血の呪いだ。」

「それは怖い。だがどっちにしろこのトラウマを乗り越えさせてくれる人間は彼女しかいない。運命の相手をいうやつが本当にいるのなら俺にとっても彼女だと思う。確信はない。だが確実に、少しずつだが美羽との悲しみは癒されているから。」

海斗はそうかとグラスを煽る。その時、俺ではない携帯が鳴った。

海斗が着信をみて苦笑する。そして時間切れのようだと呟いて通話をスピーカーにした。


「私の妹を泣かせましたね?」

女性だが威圧感のある声だ。

電話先からとんでもない怒りを感じる。

「彼女は授業中だ。俺は級友と友好を深めていただけだよ。香澄(かすみ)さん。」

九条院香澄。俺たちの5歳上の卒業生だ。そして一番重要なのは彼女が麗奈の姉という事だ。

この人も色々と伝説は残している。直接の面識はない。俺が知っているのは学園で聞く噂のみ。だが一番言われていたのは彼女を怒らせてはいけないだ。

怒らせればとんでも無く怖いらしい。

だがもう一つの異名は学園の聖母だ。普段は温厚で話の分かる人だと聞いている。

「泣かせましたね?」

海斗が少し困った顔をする。

「わかった。俺の負けだ。夕方に返すと伝えてくれ。」

電話先から溜息が聞こえる。麗奈が泣いているなら俺も帰りたい。

「貴方の家で待っています。」

「待て。君は今海外にいたはずだが?」

「君?口の利き方に気をつけなさい。まぁそれは今はいいでしょう。一先ず待っていますから早く来なさい。私も暇ではありません。」

電話が切れる。海斗がやれやれと首を振った。

「虎の尾を踏むとはな…。だがこの展開も最悪ではない…か。」

海斗がため息を吐いて外を眺める。その発言の真意はわからない。まだ彼の行動を理解するためのピースが足りない。

一つわかるのはどうやら彼女は海斗の天敵らしいと言う事だけだ。

それ以降海斗が口を開くことは無かったので俺も黙って窓から外を眺めた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る