元マネージャーと女優の体育祭
ピピピピ…
目覚ましの音に目を開けてタイマーを止める。
腕の中の麗奈がもぞもぞと動いた。
「おはよう麗奈。」
「ん…。ふぁ…。おはようございます。智樹さん。」
目をこすりながら麗奈は起き上がる。
こうして一緒に寝るのも慣れてきた。と言っても意識はしてしまうが理性を鍛えるのには役立っている。これなら太ももに頭を挟まれる騎馬戦も問題なさそうだ。
「今日はついに本番だな。」
「そうですね。前評判はあまり高くないようです。流石に美羽と貴方のペアが残した伝説の数々には敵わないって。」
「そうか。じゃあ全ての競技で皆を驚かせるしかないな。」
「圧勝ですか?」
麗奈がくすくすと笑う。美羽の目標は常に圧勝だった。
「無理だと思うか?」
「いいえ。やるからには勝ちますよ。智樹さんのベストパートナーは私です。目標は美羽と貴方の記録です。それを超えて名実ともにベストパートナーになります!」
ベストか。それはかなり厳しい。だが…。
「そうだな。今日は妹よりも好きな人の為に頑張るとしよう。」
俺がそう思えたのは、短くても充実していたと思えるこの日々があったからだ。
美羽よりも麗奈を優先すると俺は初めて言葉に出来た。少し心が痛んだが前ほどではない。
ふわっと麗奈が近づいて頬に柔らかい感覚。リップ音。いつかやってくれたチークキスというやつだろう。
「言質取りましたよ?私のこと勝たせてくださいね?」
耳元で麗奈が囁く。
「あぁ。勿論。」
優しく彼女の頭を撫でる。今日この子と一緒に本気で成し遂げればまた一つ俺は先に進める。そんな気がした。
海斗が壇上で盛り上げていよいよ体育祭が始まった。俺たちカップル競技の参加者は一般競技に参加することができない。
それほどこの競技の得点は以上だ。
一種目事に現状をひっくり返せるほどの点数が付与される。故に誰もが注目する目玉競技となる。テレビに映れば麗奈との関係性は言い逃れが出来ない。やる前からそれは分かっていた。
逆によりそれは気にせず、開き直ってしまえば後は競技に集中するだけだ。
去年までと違って隣にいるのは美羽ではないが心は不思議と落ち着いている。
今日の俺は今まで以上に万全だ。麗奈の隣で寝たせいか体が軽く、すこぶる体調がいい。なんだか本当に以前の記録が超えれる気がした。
麗奈は俺の横で目を瞑っている。
「緊張してるのか?」
「えぇ。ですがそれ以上に集中しています。今まで運動は少し手を抜いていました。成績は3番までを維持していれば特に問題もなかったですから。でも今日は親友を越えなければならない。本気を出しても届かないと勝手に思ってました。でも今日は好きな人が隣にいる。今日私は本気で美羽に挑みます!」
真っ直ぐな目に俺も闘志が上がる。
「俺は手加減はしない。合わせることもしない。ただ君が望むように本気を出す。それでいいか?」
「勿論です。本気の貴方に合わせてこそのベストパートナーですから!」
俺たちは立ち上がる。この体育祭は全学年からくじで組み分けが決まる。赤、青、黄で振り分けられており俺達は赤組だ。点数を見ると若干青組に離されてる。
「じゃあひっくり返すか。」
「そうですね!」
騎馬戦のアナウンスが聞こえて俺達は待機場所に向かった。
騎馬戦は大高混合、中、小、幼で分かれている。それぞれ誰から倒すかで結果は決まる。
それぞれ3組ずつしかいないのだ。油断をすれば一瞬で終わる。こちらは混合なので6組。そして完全にマークされていた俺たちは囲まれていた。因みに味方の高校組の赤は一番最初に潰された。俺達を囲むためだろう。だが最初っから予想できた事だ。俺は全力で前面に突撃する。
麗奈は持ち前の反射神経とバランス能力で鉢巻を奪う。トントンと肩が叩かれる。
後ろから手を伸ばされていたのは見えていた。振り回しても麗奈の体幹なら問題はない。
お辞儀のように頭を下げる。かわしながら素早く回転する。くっつく事に慣れている俺達は可能な限り密着して抵抗を小さくする。
一瞬見えた麗奈の顔は笑っている。実に楽しそうだ。バッと体を起こす力を利用して麗奈が鉢巻を奪う。
その後も周囲を観察しながら的確に他の騎馬に突っ込む。どうやら俺達を潰すまで結託するらしい。好都合だ。全員の鉢巻を奪ってやろう。
俺たちはそのまま一人勝ちまで戦い切った。
大歓声が上がる。麗奈をおろすと俺に抱きついて更に歓声が上がった。麗奈が取った鉢巻はもう一組の赤組を除いた4本。つまり圧勝だ。
「智樹さん視野が広すぎです!後ろに目がついてるんですか!?」
なんだか麗奈がハイになってるみたいだ。
「周りを見るのは得意だからな。それに君なら振り回しても落ちないと確信していた。」
「ふふん!当たり前です!」
勝ち誇る麗奈の頭を撫でる。歓声が上がり、気分が良かった俺達は周りに手を振った。
赤組の皆に凄い凄いと囲まれる。麗奈も女子達と楽しそうに話していて俺はほっこりした。
「よっ!お疲れ。」
後ろから聞き馴染みのある声がする。
振り向くと和樹がスポドリを差し出してくる。
「さんきゅ」
受け取って飲む。美味い。乾いた喉が潤う。
「あっ!私にも下さい!」
麗奈が近づいてきたので渡すと飲み始める。
すると女子達の黄色い声が上がる。
何事かとびっくりしてるとやるねぇと和樹に揶揄われる。
「何が?」
「間接キス。麗奈嬢もお前もあまりに自然にやってるから問題は無いんだろうけど。」
「いや普通に気付かんかった。美羽とは普通にやってたし。」
「あぁ…お前基準がバグってたな。」
和樹が苦笑いをする。
「まわし飲みくらい普通だし、妹との間接キスとか気にするやつおるんか?そんなこと言ったらお前だって美羽と間接キスしてるだろ。」
「高校からはしてねぇよ!?」
意識しちゃうと無理ってやつか。なるほど。
「俺が変なのか。」
「変ではないんじゃね?両想いなんだし。」
「そうです!問題ありません!私達はお互いを大好きなので!」
麗奈が俺たちの間に入ってそんな事を言うもんだんからまた黄色い声が上がって、俺と和樹は苦笑いをした。
そんな事を話していると一般リレーの呼び出しだがかかって和樹が立ち上がる。
彼はこの競技でラストだ。
どうやら仕事があるらしく参加はここまでと聞いている。
「お前らの残りの二つを見れないのは残念だけど頑張れよ。」
「あぁ。」
「勿論です!」
俺達は和樹にそう声をかけて見送った。
「二人三脚は全力疾走でいいんですよね?」
次の競技の前に麗奈が最後の確認をしてくる。
「あぁ。美羽の記録に挑むならな。美羽に挑めるのはこの二競技のみ。いけるか?」
「勿論です!今なら負ける気がしません!」
俺たちのベストタイムは大差ない。美羽は俺たちより1秒ほど早いが、二人三脚なら勝ち目はあるはずだ。
足を結んで、肩も組まずに歩く。こうして散歩をしていたので問題もない。他のペアはラインまで肩を組んで歩いていたのでそんな俺たちをギョッと見る。
だが周りの事など今はどうでもいい。今は隣の女の子の為に全力を出すだけだ。
周りが立っている中、俺達はクラウチングスタートの姿勢を取る。ざわつきが起きたがすぐに雑音は消えた。集中力が雑音を消し去る。
感じるのは隣にいる女の子の鼓動だけだ。
パンという音と共に俺達は走り出す。踏み出す足は一切阻害されない。完全に息は合っている。そのままの勢いのまま、あっという間に100mを走り切った。
歓声が上がる。漸く周りの音が聞こえた。割れんばかりの拍手の音。タイムは12秒99。去年の美羽との記録を0.3秒更新。13秒を切るという驚異のタイムだった。
俺達はハイタッチをして抱きしめあって喜ぶ。
「やりました!やりましたよ!!」
「あぁ!完璧だった!」
割れんばかりの拍手の音がさらに大きくなる。
海斗の顔が見えた。口をあんぐりと開けている。どうやら度肝を抜いたらしい。
俺たちがどうだと指を指すと負けたよと両手を上げたので、その顔を見てまた笑い合った。
「最後はリレーですか…。」
問題はここだ。俺たちのベストタイムは大差ない。という事は俺が1秒縮めるしかない。
「安心してくれ。縮めるよ。1秒。」
「勝ちたいって言ったのは私です。1秒は無理でも0.5ならなんとかします。それでも私にとってはベストタイムですが…。」
麗奈は小さく笑う。この競技が俺たちの今年の最後の競技となる。
「どうせなら完全勝利が欲しい。2人で天国にいる美羽を驚かせてやろうぜ!」
手を差し出す。今から俺たちこそがベストパートナーだと天国にいる美羽に届ける。
「勿論です!」
麗奈は俺の手を強く握った。
麗奈がスタートした。ぐんぐんと200mの距離を飛ばしてくる。早い。周りを完全に置き去りにしている。間違いなくトレーニング以上のスピードが出ている。
「勝って!智樹さん!!」
「あぁ。勝つさ!」
完璧なバトンパス。俺が駆け出した瞬間ふわりと風が吹いた。
『私に勝てる?おにいちゃん?』
美羽が笑顔で振り向く幻想。自然と口角が上がった。兄としていつまでも追いつかないままでいるわけにはいかない。
(残念だったな美羽。今の俺は今までで一番絶好調だ!)
全力で走る。この競技が終わったら倒れてもいい。それでもあの子に勝利を届けたい!
体は軽く、自分がいかに彼女に支えられているかがわかった。
美羽の幻想には未だに追いつけない。
(速すぎなんだよ。運動バカ!)
歯を食いしばる。地面を蹴る。
幻想でもいい。美羽の速さは俺がよく知ってる。今目の前にいるのは間違いなく本気の美羽だ。
(すぐどっか行くからいつも追いかけてた。それでも…俺はいつだってお前を1人にはしなかっただろ!?)
『そうだね。』
チラリと見えた幻想は少し泣いてるように見えた。その幻想を勢いのまま追い抜く。それは鬼ごっこの終わりによく似ていた。俺はゴールテープを切って大の字になる。
『やるじゃん。』
幻想が俺ににっと笑うと消えた。俺はそれを見てふっと笑ってしまう。
(兄は背中で語るもんだからな。)
見上げる空は高く、青い。チラリと見た電光掲示板の記録は去年の記録を0.2秒上回っていた。
空に向かってガッツポーズをする。
どうだ。にいちゃんは凄いだろ?
心の中で呟くと、風が優しく頬を撫でた。
麗奈が俺の上に飛び込んでくる。その目からは大粒の涙が浮かんでいて、俺は彼女に見様見真似のチークキスをする。
「勝ったな。」
耳元で囁くと麗奈が俺を抱きしめながら何度も頷く。そして顔を上げた。その顔はとびっきりの笑顔だ。涙は既に止まっていた。
「はい!やっぱり私は貴方が大好きです!」
柔らかな感覚が俺を抱きしめる。
頭を撫でる。拍手が止まない。騒がしい音。
いつも黒子に徹する俺には似つかわしくない。だが今は心地よかった。
体育祭が終わりぼうっと校庭を眺める。ウチの学校は体育祭が終わった後もイベントが残されている。海斗が私財を投げうって行う花火大会。海斗が同学年のおかげで俺は毎年楽しませてもらっている。
「どうしたんですか?」
声をかけられて顔を向ける。
そこにいたのは勿論麗奈だ。
「いや。体の調子が良かったのは確かにあるがよくあの美羽に追いつけたなとな。」
俺の前を走る幻覚。俺はその背を追いかけて、最後には追い越した。
「なぁ。俺は少しは格好いい兄貴の背中を見せられていたと思うか?」
麗奈は立ち上がって俺の前に立つと来るっと回って手を差し出す。
「勿論です。だって貴方は美羽にとって世界一のお兄ちゃんですから。だから黄昏てないで一緒に行きますよ!」
差し出される手を握った時、花火が夜空を明るく照らす。開始を告げるでかい花火だ。
俺は立ち上がり麗奈に並ぶ。
「綺麗ですね!」
「あぁ。」
花火に照らされる麗奈の笑顔は、確かに何よりも綺麗だった。
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