相互理解デート③
土曜日。午前中のトレーニングを終えた俺達は近所を散策している。俺の地元での思い出を振り返る散歩デートだ。
「あそこの公園はよく3人で行っていた。近いし、近くに小学生が遊べる場所も少ない。土日となるとやっぱりここに来てた。」
「成程。小学生にはちょうどいい大きさですね。」
公園内にある遊具は滑り台、砂場、鉄棒、ブランコだ。あとは自転車の練習用の場所がある。
「昔はあそこにジャングルジムがあってな。一度和樹が落ちかけてさ。ギリギリで俺が手を掴んだんだけど、和樹の顔がジャングルジムに直撃して鼻血が凄い出て大変だった。美羽もアクロバットに動くもんだから兄としては心配でな。まぁ危ないのはわかる。だがこうして無くなっているのを見ると寂しいな。」
久々に来たが思い出の一つが失われているのは悲しい。
「その気持ちはわかります。時代の流れと共に消えてしまうものは多いですよね。私も通っていた喫茶店が無くなったりとか、好きだったお菓子が生産中止になったりすると同じようにショックでした。」
麗奈が俺の手を引いて歩きだす。俺も手を引かれるまま歩き出す。
「どうせ来たんですし、ゆっくり散歩しましょう。」
「そうだな。」
遊具は子供たちが楽しく遊んでいる。大きな公園ではないもののやはりこの辺は田舎である。子供たちが遊ぶとなるとやはりここの公園は使いやすいのかもしれない。
「あっ。」
麗奈が何かに気づいたように声を上げる。
「どうした?」
「一緒に乗りません?」
麗奈が指を指したのはボートだ。2組のカップルが今ちょうどボートに乗っていた。
そういえばここは数少ないデートスポットとしての一面もあった。
「いいね。俺も乗ったことない。」
「じゃあ初めてですね!私も初めてです!」
麗奈は楽しそうに俺の腕を引く。受け付けは階段を降りた先にあるようだ。
ボートをこぐ経験もないが見る限り危険もなさそうだしなんとかなるだろう。
「手漕ぎボートとスワンボートどっちにする?」
店員の爺さんに言われてボートをみやる。確かに二種類ある。
「どっちがお勧めなんだ?」
「漕ぎやすさ優先なら手漕ぎだな。だが足の筋力に自信があるならスワンボートだ。恋人さんとも密着できる。キスくらいならワシも目を瞑ってやる。」
「スワンボートで!」
爺さんの言葉に麗奈が食い気味に反応する。
俺たちはまだキスも未経験なんだが苦笑いでお金を支払った。
「繁忙期でもないし、時間制限はない。だが基本は1時間だ。」
「了解。」
繁忙期があるのかと思いながら俺たちはスワンボートに乗り込む。
俺たちが乗り込んだことを確認してから爺さんは紐を解く。ボートが少し揺れる。
「きゃ…!」
俺は麗奈を支える。柔らかいものが右手に乗る。不味い。触ってしまっているが動くこともできない。腕に触れることはあってもこんなに大胆にただ触ったことなどない。というかやってたらセクハラである。そのせいかこんなに柔らかいのかと衝撃を受ける。爺さんを見ると俺にグッと親指を立てた。わざとじゃねぇかこの野郎。俺は爺さんに余計なことをするなと目くばせすると麗奈の姿勢を補助した。
「すいません。突然揺れたので。有難うございます。」
「いや君が無事ならいいんだ。それよりも俺もすまない。咄嗟だったんだ。言い訳になってしまうが…。」
ここは素直に謝るに限る。断じてわざとではない。
「大丈夫です。智樹さんに触られるのは逆に嬉しいまであります。じゃあとりあえず中央まで漕いでもらっていいですか?」
「お、おう。任せろ。」
麗奈の言葉に動揺しながらも俺はハンドルを握って足でペダルを漕ぎだした。
漕ぎだして分かったのはハンドルと逆方向に舵が取られることと、重さは思ったほど重くないが全然進まないことだ。これなら確かに手漕ぎの方がコントロールは簡単化もしれない。だがこのスワンボートにも利点はある。
それはこの距離感だ。デートで手軽に彼女とこの近さになれるなら、金を払う価値もあるかもしれない。だが麗奈はいつも距離感が近いのでこの利点は俺たちにはあんまり利点になっていないかもしれない。
「初めて乗りましたがそんなに揺れないですね。最初はビックリしちゃいましたけどね。」
まぁアレは爺さんがわざとやったハプニングだからとは言えない。
「そうだな。そんなに疲れることもないし。だが夏にやれば地獄だな。汗もかくしこの距離感だ。ちょっと気まずくなる気がする。」
「ふふ…。それはそうですね。漕いでもらってばかりですいません。変わるのは危なそうでこのまま漕いでもらうしかないんですが…。」
「気にしなくて大丈夫だ。漕ぐのはそんなに辛くない。それにもう少しで中央だ。」
ちらりと時計を見るとまだ15分ぐらいだ。戻りを考慮して30分はノンビリできる。俺は目的地を目指して漕ぎ続けた。
「風が気持ちいですね。それに水を見ていると穏やかな気持ちになります。」
「そうだな。今まで経験が無かったがこんなに落ち着く気持ちになるなら乗っておけばよかった。いや君とだからか美羽と乗ってたらヒヤヒヤして穏やかな空気にはならなかっただろう。」
「美羽とは来なかったんですか?」
「美羽とボートになんて乗ったら転覆するだろ?」
「それは流石に言い過ぎでは?」
麗奈が苦笑いをするが間違いなく転覆する。俺にはわかる。私が漕ぐと暴れだす美羽の姿が目に浮かぶ。
「少なくともこんな落ち着いた気持ちになることは無い。そう考えると初めて来たのが君とでよかった。」
「そんな嬉しいことを言われても何も出せませんよ?」
麗奈が微笑む。その美しい微笑みに見とれてしまう。
「何も出さなくていい。だが隣にいてくれればそれ以上は望まない。」
「わかりました。私はいつでも貴方の隣にいます。」
麗奈はそう言って俺に体重をかけてくる。
この数か月一人でいる事に慣れてきたはずだった。だがこうして隣に誰かがいるのは心地よく思う。今は彼女との時間を大事にしたい。
ボートを降りた俺たちはまた近所を散歩していた。目的地は駄菓子屋だ。
勿論まだあるかはわからない。元々腰の曲がったお婆さんがやっていたからだ。最後に来たのは5年前。あの頃で70歳だったが、75歳ならまだ可能性もある。あそこも俺にとっては思い出の場所だ。まだあるのならば麗奈を連れていきたい。
麗奈は物珍しそうに周囲を見渡している。普段は家の近場のバス停からすぐにバスに乗ってしまうから、この近くを歩くことは無い。
目的の場所が見えてくると子供たちの姿が見えた。どうやらまだやっているらしい。
ドキドキしながら駄菓子屋に入ると昔と変わらない光景があった。
「変わらないな。」
「そうなんですか?最後に来たのは5年前なんですよね?」
「あぁ。」
俺の目線の先には婆ちゃんが座っている。
「お久しぶりですね。」
俺の言葉を聞いて目を瞑っていた里婆こと里美(さとみ)さんが目を開ける。
「智坊…!」
その呼び名すら懐かしい。この人には幼稚園の頃から世話になっていた。
「アンタ大丈夫かい?美羽ちゃんがあんなことになって…。おや…あんたは?」
里婆が麗奈を見る。
「紹介するよ里婆。美羽の親友で、俺の大事な人だ。」
俺の言葉に里婆は優しく微笑む。
「そうかい…そうかい…。アンタは小さな頃から大人びてて、いつも美羽ちゃん優先だったから心配してた。ちゃんと支えてくれる人がいたんだねぇ…。」
そう言って里婆は涙を流す
「九条院麗奈です。よろしくお願いします。智樹さんは私がしっかり支えます。」
麗奈が泣いている里婆を優しく抱きしめる。暫くそうして麗奈は里婆を抱きしめていた。
「めでたいし、なんでも奢っちゃおうかね!」
里婆はニコニコとそんな事を言うが俺は苦笑いを浮かべる。
「いや金は払うよ。ただでさえ儲けてないんだろう?」
「この店は私の趣味みたいなもので、亡くなった爺さんが始めた店さね。儲けなんて関係ないのさ。どうせ私も長くない。こんなめでたい時くらい奢らせるべきさね。」
こういう場合は素直に頂くべきかと麗奈を見ると、麗奈も頷いた。
「智樹さんと美羽はどんなものをよく買っていたんですか?」
ちょっと待ってなと里婆が立ち上がる。俺と麗奈が支える。里婆は俺たちに礼を言って俺達はアイスが入ってる所にゆっくりと歩いた。
中には懐かしい二つに縦に割れるソーダアイスが入っていた。
「うわ。懐かしい!」
俺がよく美羽に買っていた。俺は家の手伝いをしてお小遣いを稼いでいて、それをよく美羽に使っていた。美羽は漫画とかに使って俺にも読ませてくれていた。
暑い日はよくここで和樹と三人で並んでアイスを食べていた。
「あの頃の智坊はこれを買って二つに割って美羽ちゃんと食べててのぅ。美羽ちゃんはお兄ちゃんお兄ちゃんと追いかけとった。和坊はそんな2人に振り回されておったな。あの頃から2人はお互いを支え合ってたのぅ。」
里婆は昔を懐かしむように俺たちが座っていたベンチを見る。
「兄は妹を守るものだからな。」
「そうさな。だがいろんな兄弟を見てきた私からすればアンタは最高の兄貴じゃったよ。」
客観的に見てそう見えていたなら…。うん。素直に嬉しいと思う。
俺達はアイスを受け取ってベンチに座る。
「私はこれ食べるの初めてです。」
「マジか。いや君は家もでかいからこんなアイス買わないかもな。ちょっと待ってくれ。」
アイスを半分に割って麗奈に差し出す。
有難うございますと受け取った麗奈がアイスを口に運ぶのを見て俺も口に入れる。
「美味しいですね!」
『美味しいね!お兄ちゃん!』
麗奈の言葉と美羽の言葉が重なる。
「あぁ。思い出の味だ。」
自然と涙が流れる。もう美羽とこうしてアイスを食べることはない。その涙が優しく拭われた。俺は麗奈に微笑む。
「また一緒に来てくれるか?」
「はい。勿論。」
麗奈は俺に寄り添う。俺たちはゆっくりとアイスを食べた。そんな俺達を里婆は昔と変わらない優しい目で見ていた。
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