父と娘と母の味

今日は土曜日の朝。

私はお義母様とキッチンに立っています。

目的は勿論、母の味の再現です!

お義母様は長い間このレシピを再現してきました。つまり私の母の料理を再現するプロです。

是非教えを乞いたい相手です。

「教えるのはいいけれど、この後に味が変わってたらわからないわよ?」

「問題ありません!お父様なら必ず気付きます。私はお父様に母の料理を食べさせてあげたい

!勿論、味を受け継いで智樹さんにも智樹さんとの子どもにも食べさせたいんです!」

私の言葉を受けてお義母様が優しく微笑みます。

「わかったわ。じゃあたくさん作りましょう。完璧に再現できるようにね。智樹!」

「ん?呼んだか?」

お義母様がリビングにいる智樹さんを呼びました。今日も格好良いです。

「アンタここにいる材料をたくさん買ってきなさい。」

お義母様はこうなることを予想していたのか材料をメモに書いていたようでそれを智樹さんに渡します。智樹さんはチラリとこちらを見て微笑みます。

「わかった。麗奈の作るホットサンド楽しみだよ。」

その言葉に胸がときめきます。好きな人にそんなことを言われたら頑張るしかありません。

「まずはある材料で作りましょうか。」

「はい!よろしくお願いします!」

こうしてお義母様による第一回料理教室が始まりました。


ホットサンドはベーコンを炒めたもの、特製のトマトソース、チーズをパンで挟んでホットサンドメーカーで焼き上げます。レシピとしてはそんなに難しくありません。

ですが完成したものを口に運ぶと以前お義母様から作っていただいた物とは食感が若干違いました。

「美味しいけど食感が違う…。」

「あぁ。確かに。母さんのはもうちょっと口当たりがいいかもな。まぁでも味自体はまったく一緒だから麗奈のも俺は好きだよ?」

智樹さんはこう言ってくれますが自分が満足できません。

「貴方のお母さんは料理は化学だってカタコトで言ってたからすごい細かく教えてくれたわ。これに関しては慣れね。何度も何度も反復すればいつかはたどり着ける。」

母の話はお父様からも聞いたことが無いのでとても新鮮です。結構神経質な人だったのかもしれないです。でもここで折れるわけにはいきません。

「はい!私は折れません!あっ材料代は支払います。」

材料代はしっかり払わないと。

今後の良好な関係の為にお金のことはしっかりしないといけないです。

「いいのよ。将来の娘が頑張ってるんだしお金なんていいわ。それに私も楽しいしね。智樹は自分で料理の腕を上げちゃうし、美羽なんて何を教えてもまったく上達しないんだもん。」

お義母様の言葉は凄く嬉しい言葉でした。まぁ美羽は確かに運動に全振りしており、ほかはちょとポンコツでした。でもそれがまた可愛いところでした。

「有難うございます!私もお義母様と料理してるの楽しいです。引き続きお願いします!」

私の言葉は本音です。今までこんなに楽しく料理をしたことはありません。智樹さんとの料理も確かに楽しかったですが、それ以上に緊張してしまいました。なので純粋にこんなに楽しいのは初めてです。私の言葉にお義母様は本当に嬉しそうに微笑んでくれました。

「さて。父さんは今日も執筆に集中しているから食事を忘れているだろう。だから一個父さんの為に作ってもらっていいか?」

智樹さんが微笑みながら私に話しかけます。

「勿論です!練習段階で申し訳ないのですが…。」

「大丈夫よ。お父さんは貴方に作ってもらったことを知れば飛んで喜ぶわ。娘の手料理を食べたい人生だったって美羽に言ってたからね。」

「ふふ。美羽は断固として料理しなかったですしね。」

私もお菓子作りを一緒にしないか提案したことがあります。断固拒否と拒否られましたが…。

「あいつに料理をさせると凄いものができる。わかりやすく言えば結構な量のビタミン剤とかが細かく砕かれて投入される。一度カレーを作らせた際には衝撃を受けたぞ…。」

智樹さんが遠い目をする。たしかにそれはやばいです。まるで漫画のような失敗談です。

「でもそのカレーはお父さんは頑張って完食してたわよね。」

「男は背中で語るってあぁいう姿の事言うんだなって親の背中で学んだよ。」

「というわけで味もばっちりの麗奈ちゃんの料理なら喜んで食べるわ。」

お義母様にそう言われると安心して料理ができる気がしました。


それから日が経ち木曜日の夕方。

俺たちは冬夜さんにアポをとり家に来ていた。

「行きますよ。今日は決戦です!」

麗奈はそう言って握りこぶしを作る。いったい何と戦いに来たのか疑問ではあるが、彼女はこの数日本当に頑張っていた。

俺は寮でも毎日喜んでホットサンドを食べた。

彼女の父親を喜ばせたいという気持ちは理解できる。その為の協力なら惜しむことはない。

材料をばっちり買い込んでから麗奈の家の前に立つと門が開いた。

「お帰りなさいませ。麗奈様、神原様。」

絵里さんが綺麗に頭を下げる。これは一種の芸術である。

「ただいま絵里。お父様は居るわね?」

「はい。本日は麗奈様が来ると、当主様から聞いていました。今はお部屋におります。」

「わかったわ。智樹さん。行きましょう。」

麗奈は胸を張って背筋を伸ばして一歩踏み出す。

「あぁ。お邪魔します絵里さん。」

「絵里でいいです。貴方は麗奈様のフィアンセ。麗奈様とともに私の主人になる男性です。ですので私に敬語を使わない様に気を付けてください。」

「わかった。ただいま絵里。俺のことも智樹で良いから。様をつけられるのは慣れないけどな…。」

これで会っているのかはわからない。とりあえず少しずつ慣れていくしかない。

俺の言葉に絵里は満足そうに頷く。

「お帰りなさいませ智樹様。麗奈様の事、よろしくお願いします。」

「あぁ。彼女は俺が支える。約束する。」

それだけ言って俺は麗奈の後に続いた。

「智樹さんはお父様の相手をお願いします。」

家に入ると麗奈にそう言われた。

「あぁ。」

表情が硬い。麗奈は何時だってどんな時だって真っすぐで一直線だ。何もたった一回のチャンスじゃない。それでも麗奈はこの一回で冬夜さんを驚かせたいんだろう。

真面目で、実直で、負けず嫌い。そして何より身内思いだ。ならこの一回で成功させてあげるのが俺の仕事だ。

「麗奈。」

俺に背を向けた麗奈がえ?と振り返る。こっちを向いた麗奈を抱き寄せる。

「大丈夫だ。君の隣にはいつも俺がいる。家で作るように自然体で作ってくれ。俺は君のホットサンドが大好きだ。」

「…うん。ありがとう。元気出た。大好き。」

離れると麗奈の顔には微笑みが浮かんでいた。うん。これなら大丈夫だ。

俺は真っすぐに冬夜さんの部屋へと向かった。

「入れ。」

ノックをすると直ぐに返答が来た。失礼しますと扉を開ける。

「お帰り。今日は何用かな?」

「ただいま帰りました。俺は特に用はありません。今日の俺の役目は麗奈が来るまでの貴方の暇つぶしですよ。」

俺の言葉にそうかと納得したように頷く。

「では久々にこれをやるしようか。」

そう言って冬夜さんが出してきたのはチェスだ。今のところ70戦33勝の負け越しだ。簡単に負ける気はない。俺はどんな遊びでも全力でやる。

「いいでしょう。今日は勝たせていただきます。」

冬夜さんは俺の勝つという宣言にも言い返すことなく微笑んだ。

「麗奈は何をしてるのかな?」

「秘密ですよ。言ったら面白くない。でも貴方の驚く顔が見れると確信してます。」

雑談をしながら駒を進める。彼の手は負けるまでは変わらない。つまり圧倒的な実力差があるということだ。お互いの勝ち数がほぼ並んでいるのはこの人が遊んでいるからだ。うん。やはり前回と駒運びは変わらない。

そろそろいい時間だ。これ以上の時間稼ぎは要らないだろう。

「チェックメイト。」

「ふむ。やはり君は毎回ちゃんと対応してくるな。今日も楽しいチェスだったよ。」

冬夜さんの言葉と同時にノックの音が響いた。

「成程。仕事ができる男は時間管理も完璧か。」

俺は苦笑いで返す。こんなに毎日作ってもらっていれば大体の時間はわかる。

「入れ。」

「失礼します。」

麗奈がカートを押しながら入ってくる。その後ろには絵里が見えた。微笑んで俺に頭を下げる。俺は片手を小さく上げた。そして扉が閉まる。

「お待たせいたしましたお父様。本日は一品私が出させていただきます。」

俺は既にチェスを音を立てない様に片付けていた。麗奈が俺をみて微笑む。そして料理をサーブしてクローシュを外した。

「これは…。」

冬夜さんが驚きに目を開く。

「私はホットサンドには煩いぞ?」

「えぇ。ですがこれは喜んでくれると思います」

麗奈の自信に何か感じることがあったのか、ナイフ等は使わずに冬夜さんがかぶりつく。その目から一筋の涙が流れた。冬夜さんは黙って食べ続ける。そして最後の一口を飲み込んだ。

「間違いない…。これはリーシャの…。どうやってこれを?お前は食べたことがないだろ。」

冬夜さんは驚きの表情で麗奈を見上げる。

「全ては運命でした。智樹さんのお義母様が母のレシピを持っていたのです。2人はあのお店でバイトとして働いていたそうです。そして2人は仲が良かったそうです。」

麗奈の言葉に納得したように頷いた。

「そう…か。ではこの出会いは運命だったのだな。リーシャが麗奈を心配して出会わせたのかもしれん。」

そう言いながら冬夜さんは目頭を押さえる。

「いかんな。歳を取ると涙腺が緩くなって困る。今度挨拶に行かねばなるまい。」

「それで?お母様とのホットサンドと比べると何点ですか?」

麗奈の言葉に冬夜さんは一瞬驚いて、考えるように目を閉じた。

「95点だ。一つだけ足りないものがある。晩年のこのホットサンドには細かく千切ったキャベツが入っていた。野菜嫌いの君の姉のためにな。だが最初のものと比べれば間違いなく100点と言える。」

冬夜さんの言葉に麗奈は頷く。

「レシピが変わっている予想はしていました。私はまだこれしか再現できません。また食べていただけますか?」

「あぁ。むしろ俺からお願いするよ。」

冬夜さんが優しく微笑む。やはりこの家族は家族思いでみんなとても優しい人だと思った。

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