相互理解デート②

同じような生活をしていれば一週間は直ぐにすぎる。

俺たちの仲はいつも通り、大きな進展はないにしろ、緩やかに仲を深めている。

金曜日の夜になり麗奈が部屋に戻ってきた。玄関が開いてパタパタと音がするとリビングのドアが開く。

「ただいま!智樹さん!」

勢いのまま、俺へとダイブしてくる。

「あぁ。お帰り。」

事前に予測をしていたので飛び込む麗奈を抱きとめた。俺は彼女の頭を優しくなでる。

これが最近のルーティーンになっている。傍から見ればただのバカップルだが、これは触れ合いに慣れる訓練。体育祭の訓練の一つだ。10分ほどそうして触れ合った後にそっと離れる。

「行くか。」

「はい!」

手をつないで寮を出る。色んな人に見られるが最近は好意的な目線が増えてきた。

女生徒がキャーキャーと声を上げる。知り合いだったのか、麗奈が手を振ると向こうも振り返していた。実際に女生徒と麗奈が仲良さそうにしているとなんだか安心する。

そうして校庭から校門を出る際に車に乗り込む海斗とばったり遭遇した。

「最悪です。テンションが落ちました。」

「失礼な奴だ。どこかに行くなら送ってやろうか?」

海斗はあえて麗奈ではなく俺の方を見て声をかけてくる。

「お断りします。智樹さんは渡しません。」

「駄犬には聞いてないぞ?」

「なんですって!?」

威嚇する麗奈と煽る海斗。なぜこんなに二人は仲が悪いのだろう。

「海斗。あまり俺の大事な人を煽らないでくれ。」

俺の大事な人発言に、麗奈が照れて大人しくなる。この二人が犬猿の仲なのは学内では有名な話らしい。だから放置しても麗奈のイメージが損なわれることはないが、それはそれとしてあまり気分のいいものではない。

「なぜ仲が悪いか教えてあげましょうか?」

車の窓が開く。いつか見た海斗のフィアンセだ。

「お久しぶりです。今日もお綺麗ですね。」

お座なりに世辞を言う。

「私はお世辞は好きではないけれど麗奈の手前本気では言えないわよね。最低限の挨拶としては合格よ。それで?乗るのかしら?」

「その話は気になりますが今日は遠慮しておきます。私の姫は二人っきりをご所望みたいなので。」

こうは言ったが実際は面倒くさい。海斗と麗奈のやり取りを一回一回仲裁するのも面倒だし。

「ふふっ。振られてしまったわね。海斗。行きましょう。」

「うむ。そうだな。日常は楽しいが、仕事を疎かにするわけにもいかん。またな。」

そう言って海斗を乗せた車は走り去っていった。

「本当に嫌味な言い方!アレ仕事を休業中の私への当てつけですよ!?ホントに嫌い!」

「なんでそんなに仲が悪いんだ?幼馴染なんだろ?」

俺の質問に麗奈はため息を一つ吐く。

「その話は新幹線内でしましょう。面白い話でもないですけど。」

そう言って俺の手を引いて歩き出す。俺は黙って彼女の横に並んだ。


新幹線に乗り込んだ俺たちは席に着く。一息つくとあまり話したくありませんがと少し考えて麗奈が口を開いた。

「私が初めて彼という存在を認識したのは私が3歳の頃です。最初は紳士的で優しいお兄さんでした。私も懐いていたと思います。しかし8歳の頃から彼は変わってしまった。その頃から生意気な子供になりました。破天荒で、女性の扱いもお座なりで、デリカシーが無い。私の男性嫌いの最初の種を作ったのは間違いなくあの人です。」

そうだろうかと俺は思う。学内の女子には紳士的に対応しているように見えるが…。

「海斗は確かにこちらを見透かした言動が多い。プライバシーにも土足で踏み込んでくる悪癖がある。だが身内には甘いし、権力と立場がある。可能であれば利用したい相手だ。勿論ある程度の駆け引きは必要だけどな。」

どちらかと言えば友達というより仕事相手と考えた方がいい。

「利用…ですか。智樹さんはもう逃げられないと思いますよ。貝沼先輩は智樹さんを気に入っています。そしてあの人は欲しいものを必ず手に入れる…いえ違いますね。そういう家の生まれなんです。私が彼を威嚇するのはこれでも一応彼から貴方を守っているんです。私は尽くす女なので。」

成程。それは怖い。

「だが君の幼馴染なら逃げる気はない。君が俺の大切な人というのは、決して嘘では無いからな。」

「そんな嬉しいことを言われたらもっと好きになっちゃいます。責任は取っていただけるんですか?」

責任。重い言葉だ。確かに現状を維持している俺が彼女に気を持たせる言葉ばかり吐くのは非常に最低な行いだ。

「責任なら取るさ。説得力は無いかもしれないけどね。」

「そうですか。ではプロポーズをお待ちしていますね。」

付き合う前にプロポーズと来るのをおかしいが待たせている以上は結婚を前提に告白するのは当然のことだ。

「君の人生の全てに責任が取れる程度に君を理解したらそうしよう。」

「相互理解ですか。そうですね。簡単に愛を説くよりもその先を見据えてくれた方が私としても安心できます。私は軽薄な愛よりも真実の愛がほしい。知っての通り私は重いです。浮気は絶対に許せません。いくらでも待ちますから誠実な愛をお願いします。」

微笑んでいるが目は笑っていない。彼女は本人が言うように相当愛が重くて深い。だがこんな発言を付き合う前からしてくる時点で、彼女は自分を隠そうとはしない誠実な人だとわかる。逃げるなら付き合う前だと彼女は明確に告げているのだ。それでも俺は彼女の横を離れる気はしていない。とっくに俺は彼女に惚れ込んでいる。何回付き合おうと口に出そうとしたかわからない。だがその度に美羽の笑顔と失った時の絶望が心を黒く塗りつぶす。トラウマというやつ実に厄介でどうしようもない。

俺は返す言葉もなく彼女を抱き寄せて頭を撫でる。情けない男ではあるがこれが今の精一杯だった。


「真と和の定食屋ですか。賑わってますね。」

「あぁ。ここが今日の相互理解デートの場所だ。」

俺はそう言って列を素通りして扉を開ける。麗奈は突然の行動に驚きながらついてくる。

俺を見た列の人達が「本物!?」と声を上げている。常連なら知っていてもおかしくない。俺の顔は超有名人に挟まれた写真でバレバレだ。

「和婆ちゃん来たよ。」

店内に声をかけると中で食事中の人たちも一斉にこちらを見る。「あの人!美羽ちゃんのお兄ちゃんじゃん!」「後ろの子も確かドラマに出てたぞ?」といった感じに声が聞こえる。

俺は麗奈の手を引いて奥の小上がりへと歩いていく。俺はアイドルでは無いのでファンサもしないし目立つ気もない。

和婆ちゃんが手で入って来いと合図するのでさっさと個室に入って扉を閉めると向こうから小窓が開いた。

「いらっしゃい。」

しゃがれた声。店主の真爺ちゃんだ。向こうから開くことは滅多にないのでギョッとする。

「騒がせてすまない。もうちょい早く来れれば良かったんだけど。」

「客がそんなこと気にすんな。来るって連絡は受けてたしよ。それにお前が結婚相手を連れてくるかもって理恵ちゃんから聞いてたからな。死ぬ前に一度みとかねぇと。」

そう言って爺ちゃんがにっと笑う。彼には長い間世話になっている。当然そういう意味で連れてきている。

「縁起の悪いことを言わないでくれ。これから何度も連れてくるさ。こちらが九条院麗奈さん。俺の大切な人だ。」

「九条院麗奈です。宜しくお願いします。」

麗奈が頭を下げて爺ちゃんは目を細める。

「ワシはここの店主だ。こいつらからは真爺ちゃんと呼ばれている。こいつの事は小さいころから知ってる。こいつの事、宜しく頼む。ワシももう歳だ。見守ってやりたいが…もう長くはねぇ。」

「はい。しっかり支えあって生きていきます。」

真爺ちゃんは満足そうに頷いて、注文が決まったら声かけろと言って小窓が閉じられた。


「智樹さんは何を頼むのですか?」

「俺はカツ丼。因みに和樹はミックスフライ定食。美羽はささみフライ定食だ。あと量が多い。ここは学生の味方を公言していて大盛、安いを第一にしている。細々と営業していてそんなに利益は無いらしい。」

成程とメニューと睨めっこしている麗奈を見ていると過去の自分たちを思い出す。

今はメニューが固定されているが、俺たちも最初は今日はどれを食べるかと迷っていたからだ。

小一時間悩んだ麗奈はハンバーグ定食を注文した。やはり先ずは自分の好物からというのはよくわかる。ハンバーグは凄く美味しいが、一つだけ罠がある。

「2枚…!」

ハンバーグ定食がテーブルに置かれた際の麗奈の驚きは予想通りだった。

そう。それが罠だ。美味しいけど二枚はきつい。1枚はチーズが入った特製デミグラスソースの煮込みハンバーグ。もう一つはおろしソースのさっぱりハンバーグ。味も違うし美味しいのは確かだ。

「大丈夫だ。俺はミニカツ丼にしたから。」

「そちらもミニとは思えないサイズ感ですが…。」

麗奈が見下ろすカツ丼はまぁ普通に見れば普通盛だ。普通を頼むと巨大な丼が出てくる。だが定食にミニが無いことを考えると丼は優しい。

「まぁでも食べてみろよ。間違いなく美味いぜ。頂きます。」

「いただきます…。」

麗奈はごくりと喉を鳴らして煮込みハンバーグを一口サイズに切るとぱくっと口に入れた。その目が見開かれて輝く。すぐに目線がおろしの方に向いてまたぱくり。

「おいひぃ!」

口の中に入れたまま思わず漏れた声。いつもの麗奈からは想像できないが好きなお店の味を褒められるのは嬉しいのでそうだろ?と反応する。

ニコニコと食べ進める麗奈の表情を肴に俺も大好きなカツ丼を食べるのだった。

「結局食べきれませんでした…。」

「アレを食べきるのは厳しい。残しても特に何も言われないから気にするな。それに一緒に行くときは俺がミニカツ丼にするから残した分は俺が食べるしな。」

「有難うございます。」

帰り際、麗奈は和婆ちゃんに頭を撫でられていた。麗奈は終始ご機嫌だった。

俺達は腕を組んで歩く。腕にかかる体重が今は心地いい。苦しがる麗奈を支えながら俺たちはバスに乗った。


「夜景と星でも見に行くか。」

「いいですね!」

勿論目的地は展望台だ。

山とは違うのですごい景色が見れるわけではない。だが星を見るのが好きだった美羽と一緒によくあそこで星を見ていた。

シートを取りに一度家に戻る。

「ただいま。」

「ただいまです。」

2人で玄関で靴を脱いでいるとガチャリとリビングの扉が開く。

「お帰り2人とも。」

母さんが扉から顔を出す。

「ただいま。」

「ただいま帰りました。お義母様。」

「うん。お帰りなさい。晩御飯は?」

「真爺ちゃんのとこで食べてきた。」

「そう。やっぱりあそこに連れて行ったのね。自分から外堀を埋めてくスタイル。嫌いじゃないわよ?」

母さんがニヤリと笑う。

「麗奈だから連れて行ったんだ。あそこは大事な場所だから。」

頬をかく。握られてる手が熱い。

「へぇ…。シートならそこよ。新しいの買っといたの。美羽に頼まれてね。」

母さんは靴箱の横の棚を指差す。

「なんでわかったんだ?」

まだどこに行くと伝えていないのに見透かされたことに驚愕する。

「あんた達はあのお店から帰った後に散歩を兼ねてよく行ってたからね。親なんだからわかるわよ。」

言われてみればそうか。それもルーティーンだったと納得する。

「夜道気をつけなさいよ?」

「あぁ。美羽を守る為に大抵の武術は身につけてる。大丈夫だ。」

母さんは苦笑いをして、そうだったわねと言って扉が閉まった。


石段を登って境内に出る。俺達はそこでアイスを買って裏手に回る。

いつもシートを敷いていたところまで行くと準備して寝そべる。

「わぁ…!」

街中からバスで30分。ここは街でも田舎の方だ。田んぼもあるし静かだ。空も澄んでいる。

色々と探したがここは最高の星空スポットだ。

「美羽は星が好きだった。最初は興味もなかったけれど一緒に見るうちに俺も星が好きになった。」

『お兄ちゃん!この季節はこの星が見れるはずなのに見当たらないよ!?』

ライトを本に当てながら美羽が俺に本を見せてくる。

『いやあるだろ。』

夜空を見上げれば、その星は確かにある。

『無い!!』

『断言するなよ。仕方ないなぁ…。いいか?アレが…』

すっと夜空に指を指す。

「しし座のレグルス、おとめ座のスピカ、うしかい座のアークトゥルス。あの一際輝く星を結んだものが春の大三角形だ。美羽は星が好きだったが探すのが苦手だった。自然と探すのは得意になったよ。今では見たらすぐ分かるくらいだ。こんな特技は今後意味も無さないな。」

指していた手を力無く下ろすと麗奈が優しく受け止めてくれた。

「私は知識として星は知っていますが都会育ちです。街はいつでも明るくて、こうして夜空を見上げることもない。だからたくさん教えてください。私は貴方ともっと星を見たい!」

「そう…か…。」

すっと指を指す。少し涙が出そうになる。

声は自分でもわかるぐらい震えている。本当に格好悪い。

それでも俺は手当たり次第に星を麗奈に教えていく。麗奈は一つずつ反応してくれる。それがかつての美羽と重なったが、繋いだ手と手の熱さは初めての感覚だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る