元マネージャーと親友と女優

「まず俺から話すのはいいとして何から話すか…。」

ベンチでアイスを食べ終わり和樹が口を開く。

「出会いからで。」

麗奈の言葉で和樹が苦笑いを浮かべる。

「長くなるぞ?」

「今日は16時にはここに来たいので話し終わらなければまた来て話せばいいです。ね?智樹さん?」

「そうだな。」

俺たちの反応に和樹がふっと笑う。

「お前たちは休業中かもしれないけど俺は忙しいんだぞ?」

「あら。嫌味ですか?私と美羽の思い出を聞かなくていいんですか?美羽が貴方をどう思っていたか聞けますよ?まぁ貴方の話を全て聞いた後じゃないと言いませんけど。」

麗奈の言葉に和樹が少し焦る。

「な…それはちゃんと聞かないとな。じゃあ先ずは俺と智樹の出会いだ。元々俺たちは幼稚園部の一般科で出会った。こいつは今よりもっとはっちゃけてる子供でさ。まぁそれは美羽の天真爛漫さが理由だったんだろうけど。」

「なにそれ。詳しく話してください。」

和樹はチラリと俺を見るがどうぞと促した。

「力士みたいな見た目でさ。片っ端からいじめっ子をのしていったんだよ。俺はヒョロヒョロのガキで、いつもいじめられてた。だけどその度にこいつに助けられたわけ。」

懐かしいな。正義のヒーローに憧れていたんだ。そしてテレビの中の土俵でばったばったと投げる相撲の力士に憧れていた。

「一年目から振り回されたっけ。でも楽しかった。こいつは多くの人に好かれていてさ。なんなら投げ飛ばしたいじめっ子とも次の日には仲良くなってたよ。正に人たらしだよな。」

それは根が素直な子供ばかりだったんだと思う。別に俺から手を差し伸べたわけでもない。

「成程。すでにその時から今の原型が作られていたんですね。」

「あぁ。そして次の年に美羽に出会った。美羽はバイタリティの塊だった。ちょっとおバカなところもあるけどその頃から既にクラス1可愛くて、運動神経は抜群で、常に中心にいるような奴だった。」

小さい頃の美羽は兎に角お転婆だった。目を離すとすぐにいなくなって、自分が迷子だと気づくとお兄ちゃんおにいちゃんと泣きわめく。俺は美羽に呼ばれたら直ぐに飛んで行った。

「なんだか想像できますね。」

「だろ?幼稚園、小学校でこの街から通っていたのは俺らだけだったから、いつも俺たちは一緒にいたよ。」

和樹は立ち上がって麗奈に手招きをする。麗奈も立ち上がって柵に近づいた。落ちたら危ないので、俺も横に連れ添って腰に手を当てる。麗奈はありがとうございますと微笑む。和樹は過保護だなと苦笑いを浮かべた。

「ほら。あそこが俺の家でそこがこいつの家。歩いて10分もかからないだろ?毎朝学園のバスが6時半に来るんだけど、いつもこいつは美羽をおんぶしてた。美羽は朝壊滅的に弱かったからな。」

和樹が指を指しながら位置関係を説明する。懐かしい。毎朝たたき起こしても起きない美羽を俺はバスまでおぶって連れて行ってた。バスの中で寝ぼけながら口を開ける美羽に朝ごはんをあげてたっけ。

「こいつが今の体形になったのは小学5年くらいだった。元々勉強はすこぶる出来たけど、見た目にも気を使い始めてあっという間にモテた。元々好かれてたっていうのもあるけどさらにブーストがかかったのはその時だよな?」

「モテるために痩せたんじゃないけどな。」

そう目的は美羽が更に運動能力を開花させたからだ。付いていくのもやっとになり、目を離せばどこかに行きそうだった。だから俺は必死に運動を始めた。筋肉質になったのはもっと後だけど。

「そのあとは中等部からの伝説のペア競技だ。一度ダメもとで美羽にペアを申し込んだことがある。なんて言われたと思う?」

麗奈は少し考えて口を開く。

「智樹さんと組みます。ですか?」

「8割あってるけどちょっと違う。正解は『和ちゃんとじゃ圧勝できないでしょ?』だ。」

「うわぁ…。」

麗奈がちょっと引いている。

美羽は負けず嫌いな上にやるからには圧勝したいといつも言っていた。

「勝てないでしょ?はわかるけど圧勝できないでしょ?は引くよな。どんだけ戦闘民族だよってさ。」

和樹が思い出しながら笑う。

「まぁその時は俺も美羽の事が好きってわけじゃなかった。まぁ気づいてなかっただけかもしれないけどさ。その時は幼馴染で親友の妹って認識しかなかったよ。まぁ可愛いのは分かり切ってたけど猪突猛進のおバカちゃんだったからな。だけど好きだと思ったタイミングが来ちまったんだ。」

徐々に夕陽が顔を覗かせる。和樹は眩しそうに目を細めた。あの日もこんな夕陽が輝いてた。

「綺麗ですね。」

麗奈が呟く。俺と和樹はきっと同じ気持ちで夕陽を眺めていた。

「そうだな。この夕日に照らされて夢を語った美羽があまりに綺麗だったから、俺は惚れちまったんだ。」

あの日の美羽の一言が俺と美羽の夢の始まりで、和樹にとっては恋の始まりだった。


和樹が柵から離れる。俺たちも続いてベンチに戻る。それはあの時の光景の再現の様だった。三人で座っていたベンチ。真ん中に座っていた美羽が夕日を見て立ち上がるとくるりと俺たちの前に立った。

『私はトップアイドルになる!私はやるからにはトップを目指すわ!その為にはお兄ちゃんの力が必要なの!だから一緒にきて!』

俺に向かって手を差し出す。俺はその幻想に向かってあの日のように手を伸ばす。その手は虚空を掴んで力なく下がった。拳を握りしめてじっとその拳を見つめる。

「智樹さん?」

麗奈の声でハッとする。麗奈の顔には心配の色が浮かんでいた。何でもないと答えると和樹がため息をつく。

「隠すことじゃねぇだろうに。九条院。似ても似つかねぇがこいつが今手を伸ばした理由を教えてやる。」

良いよなと目線が送られてきたので俺は頷いた。言葉では説明できそうにない。

「私はトップアイドルになる!私はやるからにはトップを目指すわ!その為にはお兄ちゃんの力が必要なの!だから一緒にきて!」

伸ばされた手をじっと見る。

「声と顔以外は完璧だ。」

「うるせぇ。2度とやらせんなよ?お前と九条院の為だから仕方なくやってやったんだ。」

和樹がにっと笑う。

「仕方ないなぁ。」

あの日の言葉を口にして、苦笑いで手を握り返す。

ぐすっ…。隣から鼻を啜る音が聞こえて俺はびっくりして横を見る。和樹は頬をかいて背中を向けた。

「女の涙は彼氏が拭ってやるもんだろ。」

そんなことを言われた俺はハンカチを差し出す。麗奈はそれを受け取った。

「ごめんなさい。白濱先輩のターンが美羽とそっくりだったから。美羽が本当にそこにいるように錯覚してしまって。」

「似てたか。そうか…。美羽が…教えてくれたからな…。練習したんだ。沢山な。」

前の方からもグスっと鼻を啜る音が聞こえてくる。俺の目からも涙が溢れた。ほんと最近涙もろくて困る。だがその涙を止めることを俺たちはしなかった。


「そろそろ新幹線が来るな。」

和樹がボソッという。彼は仕事の関係で逆方向の便に乗る。ここで別れる事になる。

「あぁ。」

「そうですね。白濱先輩。いえ和樹先輩。」

「なんだよ麗奈嬢。」

麗奈が名前を呼び和樹も名前で返す。

2人の距離は少し縮まったようだ。親友と好きな女の子のわだかまりが消えてよかった。

「美羽と私の思い出はまた今度話すとして、貴方が美羽にどう思われてたかだけ伝えましょうか?」

麗奈が真っ直ぐに和樹を見る。和樹はそれに対して首を振り変装を解いた。突然の行動に俺達は目を見開く。

「俺はトップアイドルになる!!」

和樹が大きな声で叫んで、俺達ににっと白い歯を見せた。周りの人達が一斉にこちらを見て声が上がる。和樹は周りの人たちに手を振りこちらに振り返った。

「だからさ、それはなった時に聞くよ。大体なんて言ってたかも予想がつくしな。」

「そうですか。そうですね。確かにその方が貴方のやる気も出るでしょう。陰ながら智樹さんと応援しますよ。」

「あぁ!一番でかい箱でお前達夫婦を最前列に呼んでやるよ!だからお前たちはさっさと結婚しやがれ!」

アナウンスが流れる。あと1、2分もすれば新幹線がホームに飛び込んでくるだろう。

「智樹。」

「なんだ?」

「こんな事言ってるけど俺は吹っ切れてねぇ。今だって空元気だ。だけどやりきるから…。」

和樹が俺に向かって拳を突き出してくる。

「お前も麗奈嬢を大切にしてやれ。」

頷いて拳を合わせる。

「あぁ。わかってる。」

和樹がニット笑う。やっぱりこいつは俺の大事な親友だ。和樹は俺の言葉に満足そうに頷いて麗奈を見た。

「麗奈嬢。俺はお前のことを誤解してた。君は心の優しい人間だ。智樹を頼む。俺の大事な親友なんだ。」

「はい。必ず幸せにしますよ。」

麗奈の真っすぐな言葉に和樹は頼むと笑った。

ホームに新幹線が飛び込んでくる。次に会うのは学校だろう。最後に和樹に頑張れよと声をかけて、俺達は前回とは違い笑顔で別れた。

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