元マネージャーと女優と両親
新幹線に揺られながら30分。もうすぐで俺の地元に着く。麗奈はどこか上の空で反応が鈍い。なんだか朝から麗奈の顔が赤い気もする。
「大丈夫か?体調が悪いのか?」
「え!?あ、大丈夫でしゅよ!?」
嚙んでるし、麗奈らしくない。
俺は彼女の前髪を上げて俺のおでこを当てる。美羽にもよくやっていた。うん。熱は無さそうだ。
離れると彼女がぼうと俺の顔を見つめる。その顔は更に赤らんでいる。そこで俺は気づく。これは身内が相手だから許されるということに。普通に考えて年頃の男女がやることではない。
「あっすまん…。つい癖で…。」
俺の言葉に麗奈がはっとなり首を振る。
「誘ってるのかと思いました。キスしそうになっちゃいました。責任取ってください…。」
「悪い…。」
俺は彼女の頭を撫でる。重要なところでヘタレる格好悪さにバツが悪くなるが、今はこれが精いっぱいだ。
新幹線を降りるまで頭を撫で続けたことにより、何とか機嫌を直してくれた麗奈はいつもの調子に戻っていた。
「ここが智樹さんの地元なんですね。駅前は活気があってとてもいいところです。先ずどこに行くんですか?」
「タクシーで実家に行く。荷物が合っては動き辛いからな。」
「いきなりのビッグイベント!?」
おっと。また麗奈が吃驚してしまった。
「一応嫁になるかもしれない人を連れて行くといった。」
「ハードルが上がってる!?」
麗奈の顔が青くなったり赤くなったりするので流石に申し訳なくなった。
「すまん。冗談だ。美羽の親友を連れて行くと伝えてある。」
「なんだ…。そうなんですね…。智樹さんもそんな冗談を言うんですね。吃驚しました。」
まぁ親しくもなければ冗談など言わない。
だが身内相手なら冗談も普通に言う。
「俺だって冗談くらいは言うさ。嫌だったか?それなら今後は控えるが…。」
「いえ。それも智樹さんの一面ですから気にせずどんどん出しちゃってください。それはそれとして私も少し覚悟を決めましたので宜しくお願いしますね?」
麗奈の顔が少し怖い。何の覚悟を決めたのかはわからないが怖いから聞かないでおこう。
俺たちはタクシー乗り場へと向かいタクシーに乗り込んだ。
タクシーを降りて家の前に立つ。
事前に行くことは伝えてあったが今回は一人ではなく麗奈がいる。
鍵を開けて入っていくのは簡単だが向こうにも心の準備はいるだろう。
そう思いチャイムを鳴らす。
『はい。神原って何でチャイムなんて押してるのよ。鍵を忘れたの?』
母さんの声だ。モニターで俺の顔を確認したのかそんなことを言ってくる。
麗奈の顔は死角で見えないだろう。一応サプライズゲストなので俺が配慮した。
「いや。客人がいるから。」
『あぁ。そうだったわね。今行くわ。』
家の中からパタパタと音がして玄関が開く。
年の割には見た目の若い、つまり頑張って若作りをしている女性がそこに立っている。俺の母親こと神原理恵(りえ)だ。
「この人は美羽の親友だった九条院麗奈さん。でこの人は俺の母親の神原理恵だ。」
俺が横にいる麗奈を母に紹介しつつ麗奈にも母さんを紹介する。何故か母さんはすごく驚いた顔で麗奈を見ている。
「初めましてお義母様。私は九条院麗奈と申します。現在智樹さんに求婚中です。末永く宜しくお願い致します。」
母さんが一瞬止まって満面の笑顔になる。俺も麗奈の爆弾発言に思わず引き攣る。さっきの笑顔はこういう事だったのだ。
「あらあらあらあら!お父さん!智樹が嫁を連れてきたわよ!」
母さんがリビングまで走って行ってしまう。いやお前も自己紹介をしろよ。
そう突っ込みたかったが既に母さんの姿は見えなかった。
リビングに母さんと麗奈を残して、俺は父さんこと神原優也(ゆうや)とトレーニング室を整備していた。
ウチは一般家庭で家もそこまで大きくなかった。だが美羽が稼ぐようになってからこの家を拡張し始めたのだ。
ウチは放任主義なのでお金は稼いだ人間に権利があるというルールがあった。
だからこそウチは共働きで各々が趣味に没頭できる空間もある。
父さんで言えば書斎、俺であればシアタールーム、母さんであればガーデニングの空間がそれにあたる。つまりそんなに広い空間ではない。
そしてこの家を魔改造しまくったのは美羽だ。
元々広くなかった庭を拡張して体育館のようなものを立てたのも美羽である。
そしてこのトレーニング機器を集めたのも美羽。大きい風呂とサウナを用意したのも勿論美羽である。つまりウチの妹は稼ぎの殆どを趣味投資したことになる。
それでも最後の1年間で稼ぎに稼いだギャラは数千万に達していたのでお金の面では何も問題は残さなかったのだが…。
一般的にアイドルは稼ぎが少ないとは言わるがソロかつ事務所に入らずに活動していた美羽に関して言えば例外である。
あの学園は事務所のような役割も兼ねているので芸能活動をするなら最高の環境だ。
一通り終わって伸びをすると父さんが口を開く。
「麗奈さんはいい子だな。」
「ん?あぁ。俺もそう思うよ。」
「好きなのか?」
父さんの言葉を受けて俺は父さんの方を見る。ウチは放任主義だ。恋愛に口を出すことも無いとは思っていたが何かあるのかと心配した。しかしどうやらそうではないらしく、父さんの目は優しかった。
「…あぁ。好きだよ。」
はぐらかすのは簡単だ。だけどそれは今しちゃいけないと俺の直感が告げていた。
「そうか。付き合ってはいないんだろ?」
「あぁ。俺のせいだ。」
父さんは優しく微笑む。
「最終的にはお前が決めることだ。その選択に間違い、正解を説くつもりもない。だが決めたなら必ず幸せにしてあげなさい。」
「わかってるよ。彼女の時間を奪っている自覚もある。この責任は必ず取る。そして気持ちの整理が出来たら俺の全てをかけて彼女を幸せにするよ。」
父さんは俺の答えに満足したように頷いた。
「まるでアスリートの家ですね…。」
母さんのところから麗奈を連れ出した俺は麗奈と共にトレーニング室にいた。
「全て美羽が用意したものだ。そしてこれがトレーニングメニュー。体育祭は5月の末。つまりここを使えるのは6日間しかないわけだ。」
時間は少ない。この少ない時間で何とかするには荒療治も必要だ。その案も俺の中にあるが、これは彼女が本当に俺の事を好きだという事前提の案になる。
「つまり体育祭までの土日はここでトレーニングをするということですか?」
「あぁ。普通のデートは暫くお預けになる。休憩の際は近場を案内することもできるが、基本こっちにいる間は四六時中俺と行動を共にしてもらう。勿論トイレと風呂は除くがな。」
これが荒療治だ。出来るだけ一緒に居て出来るだけ俺の癖などを理解してもらう。歩きかた然り、行動然り、全てで俺の癖を理解してもらう。逆に俺も麗奈の癖などを完璧に把握する。
「つまり寝ている間もですか!!」
食いつきが怖い。だが俺も覚悟は決めた。やるからには勝ちたい。
「そうだな。照れを消しておきたい。ペア競技はお互いの体に触れることが多い。その度に恥ずかしがっていては全力を出せないのは目に見えて明らかだ。」
「それならお風呂も一緒の方が…。」
言いたいことはわかるが体育祭に素肌を触れ合わせることはあまりない。あるとすれば騎馬戦の時に俺の顔に彼女の太ももが触れるくらいだ。
「君は俺に対してのみ少し頭が馬鹿になることがあるがそれは今回必要ない。因みに美羽と俺は家の中で足を結んで生活していた。相手の歩き方や歩幅がわかるからと美羽は言っていたが元々美羽の体格を熟知していたから効果があったかは知らん。」
毎年この時期は本当に大変だった。美羽は運動に関して本気すぎて合わせるこっちも大変なのである。
「言い方が酷い!?でもそれはありですね。足を結んで肩を組まずにあるければ伝説の肩を組まない二人三脚を再現できるかもしれません。」
「アレは伝説になっているのか?」
麗奈は頷く。
「当然ですよ。アレを見に来ている人が一定数いたくらいです。普通にアレをやるのは不可能ですからね。大体の人は1,2とタイミングを取るのに無言の全力疾走ですから。しかも年々タイムが伸びていたのでファンもいたんですよ?」
そんなことになっているとは知らなかった。美羽が去年を超える為だと差し出す手ぬぐいを俺は嫌々つけていたのだがどうやら効果があったらしい。
麗奈と母さんが作った料理に舌鼓を打った後、俺は麗奈を風呂に向かわせた。
リビングには俺と母さんのみだ。この時間父さんは書斎で小説を書いている。
俺の父さんは作家だ。さっきおにぎりを置きに行くとこちらに気付かずにずっとパソコンと向き合っていた。いつもの事なので放置したが流石に体が心配になる。
母さんの晩酌に付き合っていると話題は麗奈の話題になる。
「あの子には感謝しないとね。」
「あぁ。助かってる。」
母さんは呆れたように俺を見た。
「本当に理解してるの?あんたは美羽が死んだときに本当に酷い顔だったのよ?それこそ美羽の後を追うんじゃないかと思ってしまうくらいにね。」
美羽の後を追う。流石の俺もそこまでは考えていなかったぞ。
「そんなことはしない。兄妹そろって親を残して先立つようなことを俺が選ぶわけがないだろ。」
「わかってるわ。でもそうなってもおかしくない顔だった。だから今朝あんたの顔を見たときは驚いた。すっかり顔色も良くなったし、美羽が横にいるときくらい雰囲気が優しかった。まぁ今の智樹にあの子と付き合えなんて言うつもりはないわ。でも気持ちは伝えてるんでしょう?昔から真っすぐで嘘も吐かず、思ったことは直ぐに口を出す子だったもんね。マネージャーなんて職について、仕事上では違ったのかもしれないけれどさ。」
仕事では言葉遣いには気を使っていたが言いたいことは言っていたと思う。
俺は黙って話の続きを促した。
「あんたは自分以外の人の為に全力を出せる子だって私たち夫婦は知ってるわ。だからいつかはちゃんと答えを出して必ず幸せにしてあげなさい。それがあんたを今の状態まで支えてくれた唯一の女の子にしてあげられることなんだから。」
そう言って母さんは缶ビールを煽る。俺は黙ってその光景を見つめる。
母さんは暫く禁酒していた。飲み始めるとつい飲みすぎるからだ。
「美羽の事は私たちだって乗り越えるのは難しいわ。お父さんだってたまに書斎で泣いてる。男って馬鹿よね。泣くときは一人で泣こうとするんだから。あんたにはあんな優しい女の子がいる。沢山甘えて二人で乗り越えなさい。そしていつか孫の一人でも私たちに抱かせなさいよ?」
「わかってるよ。」
俺は缶ビールを開けて差し出す。気が利くわねと母さんはそれを受け取った。
「格好悪いところは現在進行形で見せてるからな。」
俺の言葉に母さんはふっと笑う。
「それで良いのよ。格好悪いところをみせれる子じゃないとずっと一緒になんていれないわ。それにあの子はそんなあんたも好きなんだって。だから正直に言いなさい?好きなの?」
「父さんと同じことを聞くんだな。ちゃんと好きだよ。」
俺の言葉を聞いて母さんは優しく微笑む。その顔は父さんとよく似ていた。この2人の息子でよかったと思う。
「そっ。じゃあいいわ。あんたは自分の部屋を今のうちに確認してきなさい。聞きたいことは聞けたから。」
そう言ってしっしっと手を動かす。その目には少し涙が浮かんでいた。見てみぬふりをして背を向ける。どうやらずいぶんと心配をかけているらしい。
「あぁ。色々ごめん。そしてありがとな。母さん。」
俺は立ち上がってリビングを出る。
「親が子供を心配するのは当り前よ。だから謝るなバカ息子。」
そう独り言ちる涙声は俺には届かなかった。
麗奈と入れ替わり風呂を終えた俺は自分の部屋に戻る。扉を開けると横になりながら俺の顔をぼぉと見つめる麗奈と目が合った。
どうやらかなり眠い様子だ。先に寝ているように言ってあったのに。
仕方ないなと電気を消してベッドに向かう。
「寝てなかったのか?」
「初めての同衾ですから。ちゃんと起きて迎えたかったんです。」
「妙な言い方をするな。」
両腕を広げるとごそごそと衣擦れの音がして俺の腕の中に麗奈が収まった。
「ふふ…。幸せです。」
柔らかい感触と匂いに頭がクラクラとするが理性は何とか働いている。
「おやすみ。」
「はい…。おやすみなさい…。」
直ぐに規則正しい寝息が聞こえてくる。
俺はそっと彼女の額に唇を落として目を閉じた。
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