相互理解デート①
「おはようございます。智樹さん。」
「あぁ。おはよう麗奈。」
今日は日曜日。相互理解を目的としたデートの日だ。先週から約束していたので朝からしっかり準備はしている。
「お店が開くのは10時です。ここからお店までは徒歩で30分くらいです。バスであれば9時45分のに乗れば開店から入れますね。お昼はイタリアン。私が好きなお店です。最後はショッピングモール内にある巨大観覧車というのが一日の流れになります。それぞれの場所で私の思い出を語らせていただきますね。」
流石というか何というか、しっかり者故に下調べは完璧なようだ。
「麗奈はバスと歩きどっちがいいんだ?」
30分は微妙な時間だ。歩けそうな距離ではあるが女性はヒールなどの関係から厳しいだろう。
「智樹さんさえよければ歩きで。貴方の隣で並んで歩くのが好きなので。今後も沢山デートすることを考えてスニーカーを買いました!」
成程。この子は相手に合わせて自分のスタイルを変えるタイプのようだ。
この人とこれをしたいからこうしようという考えで自分のスタイルを変えていくタイプの人間は一定数いる。ならこちらが気を使う必要もない。いざとなれば女性一人背負うくらいは造作もないことだ。
「わかった。俺も君の横を歩くのは嫌いじゃない。」
「その言い方は惜しいですね。言い方を変えてください。」
「あぁ…。君の横を歩くのは俺も好きだよ。」
まだ照れくささが抜けずに遠回しな言い方をしてしまう。これは美羽以外の女性と交流が少ないからなれるしかないな。
俺の言葉に合格ですと麗奈が優しく微笑んでくれたのでとりあえず良かったと思う。
恋人繋ぎが板についてきた俺たちだが、手汗が大丈夫かいつも俺は心配している。距離は近くなるが、いっそ腕を組んでいた方がましな気さえする。いやだいぶ混乱してるな俺。
麗奈は俺の心配をよそに非常に楽しそうだ。
「楽しそうだな。」
「ええ。楽しいですよ?好きな人とのお出かけが楽しくないわけないです。え?もしかして楽しくないですか?」
「いやすまん。そういう意味では無かった。俺も君と一緒にいるのは楽しいよ。」
失言を悟ってすぐに謝る。
「それは良かったです。あっなんか言わせたみたいになっちゃいました。そういうつもりはなかったですよ!?」
麗奈が慌てだす。俺の言い方が悪かったのに申し訳ない。謝罪の意味を込め彼女の頭を撫でた。
暫く歩くと目的のショップが見えてくる。
時間を見ると10時5分。ちょうどいい時間だろう。俺達は店内に入る。
ここのショップは某有名アニメーションの専門店だ。俺達が生まれた頃には既に映画やアニメが様々出ておりキャラクターも多い。
世界的に有名と言えるだろう。斯くいう俺はそんなに詳しくない。アニメやゲームはもちろん好きだが、新規開拓勢を気取る残念な男にはあまり刺さらなかった。
「なぜここなのか?うんうん。智樹さんがそう思う気持ちは分かりますよ。擦り倒された有名すぎるショップです。なかなか男女で来ることもないでしょう…。ですが私の部屋にあるぬいぐるみは9割ここでの購入品なのです!」
麗奈の部屋にはたくさんぬいぐるみがあった。思い返すと確かにこのショップで買えるキャラのものばかりだった。
「あぁそう言えば君の部屋はぬいぐるみが沢山あったな。ここで買ったものだったのか。」
「えぇ。小さい頃からコツコツと…。血の滲む努力があったのです。」
思えば美羽の部屋は高校に上がってからぬいぐるみがどんどん増えていった。それは彼女の影響だったのかも知れない。
「女の子は基本ぬいぐるみが好きです。私だって例外じゃないです。寝る時はもふもふのぬいぐるみを抱いて寝ます。怖い夢を見た時でも、悲しい時でも、疲れている時でもぬいぐるみのふわふわが癒しをくれるのです!」
「なるほど理解できる感情だ。」
俺のはシンプルな無地の奴だが、抱き枕を一つ持っている。寝付けない時にはそれを抱きしめて寝ているからその気持ちはわかる。
麗奈がキョロキョロとぬいぐるみコーナーで視線を彷徨わせると、一つの人形に目をつけた。
それを抱きしめてずいっと差し出してくる。
赤毛の猫をモチーフにしたキャラだ。どことなく雰囲気が美羽に似ている気がした。美羽は隔世遺伝というやつで生まれた時から赤毛だった。過去の祖先に赤毛の人がいたらしい。
「これなんて美羽に似てませんか!?」
「あぁ。似ているな。」
俺が頷くと、わかってもらえたのが嬉しかったのか麗奈のテンションが露骨に上がる。
「ですよね!これなんですよ!ぬいぐるみを買うのをやめられない理由!こんなにたくさん同一キャラがいますが、一つ一つ雰囲気が違うんです。その中から身内に似てるのを見つけたら買っちゃうんですよ。だってぬいぐるみならずっと一緒にいれますから!勿論これも買いです!」
なるほど。その発想は俺には無いものだ。確かにそれなら俺も買ってしまう。
その後も俺達はぬいぐるみを冷やかして回る。
これは楽しい。あっこれアイツに似てるなとかやってるうちに時間が溶けていく。
結局俺は銀毛の猫、赤毛の猫の二種類を購入してしまった。勿論麗奈と美羽に似ている二体だ。麗奈は眼鏡をかけた虎と赤毛の猫を購入していた。眼鏡をかけた虎は若干俺に似ている。なんだか恥ずかしい。俺達はお互いの分を逆に支払いプレゼントしあった。
「ふふっ。今日も一期一会の出会いがありました。最高です!」
そう言ってニコニコ笑う麗奈。
こんな姿を見たら学校の奴らも驚くだろう。
買い物を楽しんで時刻は昼。麗奈が予約していたイタリアンのお店に来ていた。
「予約をしていた九条院です。」
「お待ちしておりました。こちらにどうぞ。」
やってきたのはイタリアンの店だ。
名前は「tempo felice(テンポフェリーチェ)」。幸せな時間という意味だと麗奈が教えてくれた。
結構人気店みたいで、予約用にいくつか席が確保されていた。ここに来るのは初めてではない。一度冬夜さんと来たことがある。
「ここには沢山の思い出があります。お父様はお祝い事があるとここに連れてきてくれるんです。何故か知っていますか?」
「いや聞いていない。だが美羽のライブが決まった時に一度食事に来たよ。その時も特に話はしてなかったな。」
「そうですか。ここはお母様とお父様が出会った場所なんです。お母様は女優ではなかった。一般人だったんです。店主は代替わりしていますが味は当時のままらしいですよ?」
そうか。だから彼はあの日ここに俺を連れてきたんだな。あの夜は彼なりに美羽の今後の活躍への期待と祝いの1日だったのだ。だったら本人も連れてくればよかったのに。
「なら俺達にとっても大事な場所になるな。」
俺の言葉に麗奈は微笑む。
「えぇ。そうなってほしくてここに連れてきたのです。」
その瞳は少し潤んでいた。思い出の場所を大切な人と共有出来るのは幸福な事だ。今後何か祝い事があれば今度は俺がここを予約して連れて来ようと思った。
出てきた料理はとても美味しかった。味も一流である。値段も高くはなく、来やすい値段設定だ。店から出て俺たちは歩き出す。
「夜はお高いメニューもあるんですが、お昼の値段設定はお手頃価格なんです。美羽とも何度か来てるんですよ?」
「そうか。君と出かけてる最中のことはあまり聞いて無かった。過保護になるのもな。」
「成程。意外ですね。」
「何が?」
「仕事中はナイトの様に横にいるという話を聞きましたから。」
まぁ美羽は可愛い。芸能界は黒い噂も聞く。そしてアイドルに男性が近づくとスキャンダルに繋がる。彼女の夢であったトップアイドルになるまでは、俺がガードする必要があった。だからこそ兄弟だと公表して、横に俺が常にいれる環境を作った。
「仕事中はな。人気になればなるほど美羽が不自由な生活を強いられていたのは確かだ。だからこそ日常だけでも友達と楽しく過ごしてほしかった。夢のために日常生活まで捨てるなんてナンセンスだろ?矢面に立って兄弟と宣言したのは美羽が俺と出かけやすくするためだ。」
俺の言葉に麗奈は頷く。
「そうですね。うん。美羽が貴方を世界一だと言っていたのが分かってきました。過保護なだけではなく、彼女の日常も貴方は守っていたんですね。それはとっても立派で、愛が無くては無理なことです。仕事の部分は貴方が全て管理していた。だから彼女は仕事の事を考えずに私との時間をいつも全力で楽しんでいた。彼女の為に使える全ての時間をつぎ込んでいたのがよく分かります。なら今度は貴方の時間を楽しむ番です。誰かのために全ての人生を捧げられるのは美点ですが今の貴方には必要ありません。代わりに私が貴方の為に人生を捧げます。」
麗奈がそう言って笑う。この子は本気で言ってる。目を見ればわかる。
「世界一なんて言ってたのか。当たり前の事をしてただけなんだけど。」
麗奈がふふっと笑う。
「それを当たり前と言えるあなたが好きなんです。」
まっすぐな言葉に頬をかく。
「不味いな。このままでは君の優しさに溶かされそうだ。」
「問題ありませんね。だってその時には貴方も観念して私と結婚してくれますよね?」
「それは…そうだな。」
苦笑いをして歩き出す。握った手は暖かい。汗とかそういうのはもう気にならなかった。
夜まではゲームセンター等で時間を潰す。
「思い出の場所はまだあるんですが近くないんですよね。だから夜までは時間を潰して、観覧車で今日は終わりにしましょう。デートするタイミングはまだまだありますし。楽しみは後に取っておきましょう。」
とは麗奈の言葉だ。俺もそう思う。無理に全て一回で回る必要などない。驚いたのは麗奈のUFOキャッチャーの技術の高さだ。
気づけば大量のぬいぐるみやクッションでいっぱいになってしまった。
「大量ですね!」
「いや取りすぎだろ。」
「殺風景な智樹さんの部屋にはちょうどいいでしょ?」
一理ある。俺の部屋には大量の書類とテーブルしかない。生活感が皆無だとよく美羽には言われていた。
「帰りはタクシーだな。」
「家の者を呼びましょうか?」
麗奈の提案に首を振る。
「いや。デートだし最後まで二人がいい。」
俺の言葉に顔を赤らめて満面の笑みになる。
「嬉しい事を言ってくれたので100点あげちゃいます!」
「そりゃどうも。」
時間も頃合いなので俺たちは観覧車に向かった。
「おお!智樹じゃないか!」
聞き覚えのある声。その方向を見ると奇麗な女性を連れた海斗が歩いて来るのが見えた。
「あら貝沼先輩。今晩は。デート中の男女に声をかけるとは御曹司なのにデリカシーが無いですね。見て見ぬふりをするべきでは?」
なんだかよくわからないがものすごく当たりが強い。それに違和感を感じながら見守る。
「うむ。よく言われるがな。目に入ってしまっては仕方ない。」
「そちらもデート中ですよね。智樹さんは渡しません。さっさとどこかに行ってください。」
麗奈の口撃は中々に手厳しいが、海斗はまったく効いていない様に笑う。
「おいおい智樹。この狂犬をしつけるのもお前の役目ではないか?」
「は?誰が狂犬ですって?」
一気に冷える空気。絶対零度の空間に頭を抱えそうになる。
俺は優しく麗奈の頭を撫でる。周りの目など関係ない。とりあえず落ち着かせることが最優先だ。すると麗奈は大人しくなり俺の腕にすり寄った。その姿を見て海斗の隣にいた女性が笑い出す。
「まさかあの麗奈が懐く男性がいるなんてね!いいものを見せてもらったわ。」
「君たちどういう関係?」
俺の疑問に女性が口を開く。
「私は藤堂咲(とうどうさき)。私たち5人は親つながりの幼馴染でそして私は海斗の婚約者よ。あとの2人はその子の兄と姉ね。以後お見知りおきを。ナイト君?」
成程。海斗の父親と麗奈の父親は友達だと言っていた。小さなころから付き合いがあっても可笑しくない。
「そうか。俺は神原智樹だ。よろしく頼む。」
「あら。驚かないのね。」
「海斗の父親と麗奈の父親は友達だと聞いた。そしてこいつはこんななりで浮いた話が出ない。それどころか手を出そうとする素振りもない。となれば婚約者がいるのは予想ができる。君がウチの学校にいないのは疑問だが…。」
「咲は海外の大学を15歳の時に飛び級で卒業していて既に社長です。」
麗奈が足りない情報を補完してくれる。だがその目は未だに海斗を睨んでいる。
「成程。優秀なんですね。」
「この人の婚約者になるために努力したの。肩書が必要なのよ。世知辛い世の中を生きるためにはね。さぁ海斗。お遊びはこの辺にしてエスコートして頂戴。」
「勿論だ。すまんな智樹。少し遊ばせてもらった。許せよ。」
ため息を一つつく。
「貸しだぞ?」
「うむ。俺が貸しを作るのはお前くらいだ!ではな!」
台風の様に去っていくその背中を俺は唖然と見送るしかなかった。
「最悪です…。さっきまで最高の一日だったのに…。」
観覧車を待ちながら麗奈は項垂れる。
「いやある意味では最高だろ。これも相互理解の大事な一幕だ。」
「幻滅しましたか…?しますよね…。」
「いや?良いんじゃないか?幼馴染とはああいうものだ。さっきの一幕に幻滅するところはないな。あの場合は海斗の方に非がある。後で俺から言っておくよ。」
「やっぱり私は貴方の事が好きです。」
「そうか。俺も君の事が好きだよ。」
気持ちは素直に口にする。いつ言えなくなるかわからない。人生は何が起こるかわからないことを俺はもう知っている。
観覧車が周り、俺たちの番がくる。俺は麗奈をエスコートして観覧車に乗った。
「美羽と最後に会った日の前日、私たちは一緒にこの観覧車に乗りました。」
「そうか。」
「美羽が私の前からいなくなって辛い思い出になりました。でもそれは美羽に申し訳ない。だからもう一度最高の思い出にしたかったんです。だから買い物デートではなく初めてのデートでここを選びました。」
景色を眺める目は悲しそうだ。そんな顔をしてほしくはなく話題を変える。
「…知ってるか?この街の夜景にハートがあるらしい。それを見たカップルは幸せになるらしいぞ?」
「知ってますよ。私たちはあえて探しませんでした。美羽は私の貴方への気持ちを知っていたのでいつか来た時に一緒に探しなさいって。」
「そうか。」
観覧車が一番高いところに来たタイミングで指を指す。俺はその場所を知っている。ここに来ると聞いた時点で情報収集をしておいた。
「あっ…。」
「最高の思い出か…。そうだな。俺はまだ付き合ってほしいとは言えない。最高の思い出を作ってやることもできない。誰かと共に生きるのが怖い。でもこれは俺の気持ちだ。もし誰かと付き合うことがあるのならそれは君だけだ。」
輝くハートの光。歪ではあるがこの時間のみピンクに輝く事を知っていた。
だから上手い事時間を調節したのだ。
観覧車がゆっくりと回る。麗奈はハートを見ながら口を開く。
「いつまでも待ちます。その言葉だけでも今の私には最高の思い出です。」
「そうか。」
付き合ってほしい。今日だって言いそうになった。だがその言葉を出すことは俺には出来なかった。言おうとすると胸が苦しくなった。
好きとは言えるのに付き合ってとは言えない。自分でもわからないが何故かそういえないのだ。これがトラウマというのかもしれない。たぶん俺は付き合ってから麗奈を失うのが怖いのだろう。本当にままならない。ただ今は彼女の手を握り続けることしか出来なかった。
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