元マネージャーと幼馴染
「今日は出かけてくる。」
土曜日の朝。麗奈の朝食を食べ終えた俺はそう彼女に告げた。
「わかりました。因みにどこにお出かけか聞いても聞いても大丈夫ですか?」
「和樹とカラオケだ。」
「白濱先輩ですか…。」
「心配か?だが安心しろ。悪いようにはならないさ。」
「そう…ですね。では晩御飯は私が担当しますよ。」
麗奈は少し不安そうな顔だが俺は微笑む。
「あぁ。頼む。明日の君とのデートの為にも早めに帰ってくるさ。」
俺がそういうと麗奈は微笑んでくれた。
部屋を出えると和樹が既に部屋の前にいた。
「おっす。行くか。」
「あぁ。」
一緒に遊ぶのは久しぶりだ。
こいつはトップアイドルだし忙しい。だがここ数か月はモチベーションが下がっているように見える。理由は明白だが。カラオケに入るまでは大した話題も無く並んで歩いた。
少し前まではこんなに気まずくなることも無かった。ムードメーカたる美羽の存在はやはり大きかったのだろう。
カラオケに入った瞬間、和樹は変装を解いてソファーにダイブした。
「行儀が悪いぞ?」
「いいじゃねぇか。俺たちしかいないし。それより勝負しようぜ!」
いきなりそんなことを言う和樹に面食らう。
「何の?」
「精密採点勝負だ!」
うん。勝ち目のない戦いを申し込まれてるわ。
「俺に勝ち目がなさすぎる。」
「お?逃げんの?」
安い挑発だ。だが乗ってやろう。
「いいだろう。俺の本気を見せてやる。」
「負けたら洗いざらい吐けよな?」
やはりそれか。だが隠すことなど無い。
「負けなくてもその話をしに来たがまぁいい。だが俺が勝ったら今から美羽の墓参りに行くぞ。」
俺の言葉に一瞬和樹が目を見開いたがにっと笑った。
「成程ね…。いいぞ。」
こいつは美羽との最後の別れの場に来なかった。いや正式には来れなかった。ライブで地方に出ていたからだ。個人であればこいつは飛んできただろう。だが残念ながらグループでの活動だ。こいつはボロボロのメンタルの中、しっかり仕事を完遂した。それは立派なことだ。だがきちんと別れを告げることができず、恐らく気持ちの整理も出来ていないだろう。
そしてカラオケ勝負が始まった。
ハンデとして俺は得意曲。和樹は女性歌手の曲を選択することになった。
先行は俺だ。デンモク片手に適当に得意曲を入れようとしているとあることに気づく。
「もう一つハンデをくれ。」
「あぁ。もちろんいいぞ。」
「お前だけ履歴縛りだ。」
「断る。魂胆が見えた。」
まぁ流石にばれるか。
だが俺はあえて煽ることにする。
「お?逃げるのか?天下のトップアイドル様が?素人に?」
安い挑発だが問題ない。
「…上等だ。やってやるよ。」
こいつは俺と美羽からの煽り耐性が低い。逆もまたしかりだ。小さいころからの幼馴染。テストやらなんやらと競い合いながら仲良くなってきた。だが今日はこいつの得意分野で勝たせてもらうとしよう。勝ちを確信した俺は得意曲を入れるのだった。
「卑怯すぎるだろ…。」
果たして勝負は当然の結果となった。
「そもそもこの戦い自体、不毛で卑怯だと思わないか?」
「まぁそうだな…。」
結果としては3対0の俺の圧勝である。
普通にやれば負けが見えていた。
勝てた理由は美羽だ。
履歴はほぼ彼女の曲で埋まっていた。それも全て本人映像。そして俺は男性歌手の曲を入れたので和樹には使えない。
画面に映る美羽を前にして、この男はまともに歌うことすらできなかった。
普段95以上を連発するこいつが高音域を出せずに敗北する様はなかなか見れない光景だった。
「鬼畜すぎる。」
「今日のお前には言われたくないな。俺の最高点は90点。真面目にやれば3連敗だった。それで?何が聞きたいんだ?」
勝ちは勝ちだが卑怯な戦法を使ったことは認めざるを得ない。
「九条院と付き合ってるのか?」
「いや。付き合ってはいない。友達以上恋人未満なのは認めるがな。お前と一緒だ。俺はまだ美羽を忘れることができない。そして彼女を美羽の代わりとすることもできない。だからこんな中途半端な状態だ。こんな俺を笑うか?」
「笑うわけねぇよ。この前の言動がお前ら双方に対する八つ当たりだって言うのは俺自身気づいてる。だせぇーよな。」
そう言って和樹は天井を見上げる。
「いや。ダサくない。お前にとっても美羽という存在はでかすぎたんだろ。それなのに俺と麗奈だけが先に進もうとしている。逆の立場だったら腹が立つな。」
自分が前に進めそうにないのに同じ痛みを味わってるはずの2人が立ち直ろうとしている。その事実が彼を苦しめている。
なら手を差し伸べのは俺の役目だ。幼馴染である親友と疎遠になる気など俺にはない。
「そうか…。好きなの?」
「あぁ。だがまだ付き合えない。その気持ちもお前ならわかってくれるよな?」
好きだとはっきり伝える。ここではぐらかすのは親友としてナンセンスだろう。
「…よし!墓参りに行くぞ!」
そう言って和樹が立ち上がる。
「もういいのか?」
「あぁ。こっから先は俺もしっかり別れをしてからじゃないとな。」
そう言って和樹がニッと笑う。
どうやら少しだけ以前の彼に戻ったようで、少しだけ安心した。
新幹線で30分。
そこに俺たちが生まれた街がある。
幼稚園からの一貫校に通ってはいるが、寮に入ったのは美羽がアイドル活動を始めた高校からだ。中学までは毎日ここに帰ってきていた。
駅を降りると見慣れた風景が広がっている。
「懐かしいな…。」
和樹が周囲をぐるりと見渡す。
「暫く来てないのか?」
「あぁ。来年ここで凱旋ライブはする予定だ。」
そういえばそんな話を聞いた。確かメンバー全員の地元を巡るらしい。
「そうか。せっかく帰ってきたんだし、腹も減っている。先ずはあそこだな。」
「お、そうだな。」
俺たちは迷うことなく駅地下を歩いていく。
見えてきたのは一つの定食屋だ。
店の前には美羽と和樹のサイン。そして俺たち3人が映った写真が飾られていた。
「思い出めぐりといきますか!」
「そうだな。」
真と和の定食屋。店の前は盛況だ。ここは学生の味方で、量も多くて味もいい。
和樹が変装を解くと全員が驚いた顔でこちらを見る。女の子からは黄色い声が上がった。
「おい。席に着いてからにしろよ。」
「わりぃ。テンションが上がっちまって…。」
俺たちがそんなことを言っていると中からお婆ちゃんが出てくる。店主の真司(しんじ)さんの妻である和子(かずこ)さんだ。俺たちは和婆ちゃんと呼んでいた。
「あんた達。来る前に一言言えっていつも言っとるじゃろ?ほら指定席はいつでも開けてるんだから入ってきなさい。」
「うっす。」
「すまん。和婆ちゃん。今回の事はこいつが悪い。」
事実なのではっきりさせなければならない。和婆ちゃんは普通に怖い。
「お?親友を売るのか?」
不毛な争いが始まりかけたその時、「いいから早く入りんしゃい!」と和婆ちゃんから一喝されて俺たちはしゅんとなる。
『はい。ごめんなさい。』
2人揃って謝って、しょぼんとなった俺たちは黙って入店する。待っていた客たちは驚いた顔で俺たちを見ていた。
席に着くまでの間、和樹はしっかりとファンサをして客を楽しませた。そして少し時間をかけて俺たちは席に着いた。
俺たちが来ると騒ぎになる。だが大事な客に不自由をさせたくないとの事で新設された個室は俺たち専用の指定席だ。
小上がりになっていて、窓を開けると店主と会話ができる。注文はここからする仕組みだ。
「爺ちゃん!俺はミックスフライ定食な!」
「俺はミニカツ丼とささみフライ定食で。」
ここで二つ頼むのは自殺行為だ。だが頼まなければならない理由がある。
「ミニカツ丼とはいえ二つも食えんの?死ぬぞ?」
和樹が心配そうな目で見るが頷いた。
「せっかくお前と来たんだ。美羽の分まで食わないとな。」
俺の言葉にそれもそうかと和樹がうなずく。
「まぁ無理そうなら手伝ってやるよ。」
そう言って和樹は笑った。
「いや…。食いすぎたわ…。」
『馬鹿だなぁ。お兄ちゃんは。』
美羽がそんなことを言って苦笑いする光景が目に浮かぶ。
俺が苦しそうにしていると和樹が笑った。
「1人で食べると意地を張るからだ。次は展望台な!あそこで俺たちは夢を語ったんだから!」
溜息を吐いて歩きだす。駅前からバスで20分。家の近くの神社の裏手にその展望台はある。
『私はトップアイドルになる!!』
夕日を浴びて輝く妹の笑顔。差し出さる手。
俺は生涯忘れることは無いだろう。
「ここは何も変わんないな。」
「あぁ。」
ベンチに座ってアイスを差し出す。
境内にあるアイスの自販機で買ったものだ。
因みに設置したのが美羽でお金を出してたのは俺だ。最近来なくなっても設置し続けているのは神主が美羽のファンだからだ。
美羽が亡くなり撤去も考えた。
だが設置し続けるしお金も要らないとこの前言われてしまった。
「トップアイドルになる…か。」
和樹がアイスを咥える。その瞳から一筋の涙が流れた。俺は見ないふりをする。
「夢を叶えた直後だったな。アイツは間違いなくトップアイドルだった。必死に後を追ったけど勝ち逃げされちまった。」
かける言葉は見つからない。
「アイドルをやる理由はもう無いんだな…。」
「いや。ある。」
和樹が俺の方を見る。その目からは止まることのない涙が流れている。
『人生は選択の連続だと私は思っている。』
冬夜さんの言葉が浮かぶ。勿論和樹がアイドルを辞めるというのは一つの選択だ。
その選択は誰にも止められないし、否定も出来ない。
『それでも友として』
そうだ。俺が友からやってもらったことを俺はこいつにもしなければ…。
「美羽は間違いなくトップアイドルだった。だが美羽には叶えられなかったことがある。」
「叶えられなかったこと?」
選択肢を与えてやればいい。俺たちは同じ絶望を味わった者同士だから。
「一番大きな箱でのライブ。トップアーティストしか客を集めきれないが故に挑む者は少ない。美羽はそこのチケットを完売させた。だがライブは出来なかった。お前はまだ負けてない。勝ちの目はまだどちらにも転んでいない。」
真っすぐに目を見る。和樹の目に力が戻る。
「手伝ってくれるのか?」
首を振る。
「手伝わない。手を取る相手はもう決めている。まぁ相談くらいは乗ってやるよ。」
「手厳しいな。」
和樹が苦笑いをする。
「すまんな。」
「いやいいよ。グループの仲間がいるから。」
そう。こいつにはグループのメンバーがいる。
こいつ一人ならよくても他のメンバーの方針にまで口を出すわけにはいかない。
そいつらからすれば俺は部外者だ。最初から彼らのグループに俺が関われる余地はなかった。
だが相談くらいは乗ってやろう。俺だって迷っている最中だけど、俺に麗奈がいるように、こいつには俺がいると思わせてやらないと可哀そうだ。そうだろ?美羽。
空を見上げる。青くきれいな空のどこかで美羽が俺たちを見守っているようなそんな優しい風が頬を撫でた。
「ここだ。」
目の前には神原家之墓と掘られた墓石がある。ここに美羽が眠っている。
「遺体は酷い損傷でな。見れたのは俺、父さん、母さんだけだ。」
「そうか…。すまん。美羽の墓参りは一人でさせてくれ。積もる話もあるからよ。」
「わかった。」
時計を見る。時刻は15時。麗奈を待たせているし俺は戻る時間だ。
「俺は学園に戻る。可能なら最後に俺の家によって線香でもあげてやってくれ。美羽も喜ぶし、ウチの両親も喜ぶ。」
「あぁ。」
背を向ける。また来ると心の中で美羽に伝えた。麗奈とのことはその時に報告すればいい。
行きは二人だったが帰りは一人。俺は新幹線に乗って学園のある街に戻ってきた。
先ほどメッセージで両親から和樹が来たことを聞いた。アレから1時間以上経っているが、彼は俺の頼みを聞いてくれたようだ。少しは前に進めるかもしれない。
「智樹さん。」
改札から出ると麗奈の声がして携帯から目線を上げる。
大まかに帰る時間を新幹線の中にいる間に伝えていたが迎えに来てくれるとは思わなかった。
「お帰りなさい。」
「あぁ。ただいま。」
手を差し出すと麗奈は俺の手を握って隣に並ぶ。毎日こうしているからかもうすっかり自然な所作になった。
「今日のご飯はハンバーグです。」
「そうか。楽しみだ。」
「期待してもらっていいですよ?」
麗奈が微笑む。とても魅力的な微笑だ。
「もう胃袋は掴まれてるかもな。」
「ならもう離れられませんね。」
麗奈の言葉にくすっと笑ってしまう。
この悲しみが消えることは無い。胸の痛みが治まることもきっと無い。だけど生きてる以上は前を向かなければいけない。それが人生というやつなんだろう。
だからこそ繋いだこの手を放す事が無いような選択をしていきたい。俺はそう思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます