買い物デート①
「今日は土曜日ですね!」
朝。ゆっくりとコーヒーを飲んでるとずいっと麗奈が顔を近づけてくる。
「お、おう。そうだな。」
「デートに行きましょう!」
デートか。男女が一緒に出かける=デートだとよく美羽が言っていた。
『お兄ちゃんデート行こ!』
美羽はいつもこうやって俺の部屋のドアを開けていた。思わずふっと笑ってしまう。
「いいよ。どこに行く?」
「あっさりですね!?というか今一瞬笑いました!?いや良いんですけどね!そうですねぇ…。引越しがあって本来の予定とは大幅にズレたせいで迷いますが…。今日は買い物デートをしましょう!」
なるほど引越しが急だったから確かに必要なものは買いに行くしかない。
「相互理解のデートはまた今度ということか。わかった。準備してくるから30分ほど時間をくれ。」
「はーい!」
ニコニコと俺を見送る麗奈は楽しそうだった。
部屋に戻って服を選ぶ。
彼女はメイクも終わっていたし待たせるのはよくない。昨日すっぴんも見たが素材を生かしたナチュラルメイクが彼女のスタイルの様だ。
美羽の隣にいることが多かった俺は自分を一番映えさせる服装を研究済みだ。慣れた手つきで髪も整える。清潔感優先。そもそも俺の場合は素材は終わってるわけで、変に背伸びをするのは一番格好良くない。
時計だけは100万越えの腕時計。
これは俺の誕生日に美羽がくれたものだ。
超有名ブランドの腕時計だから金持ちアピールになりそうでちょっと問題はあるのだが、これだけは外せない。可愛い妹が俺に絶対似合うと買ってきたのだ。他人の目よりも大事なものがこの時計にはある。
最後に姿見で全身を確認する。まぁいいだろう。全体的なバランスも問題なし。
リビングの扉を開けると俺を見た麗奈が目をキラキラとさせた。
「どうした?何か変か?」
「逆ですよ!センスが良すぎてびっくりしたんです!」
圧がすごいな。
「そ、そうか。それは良かった。俺は人前に出ることも多いから一応気をつけてはいる。君がそう言ってくれて少し安心したよ。美羽は身内贔屓酷いからな。」
『格好いい!今日も格好良いよお兄ちゃん!』
そう言ってくる美羽にいつも苦笑いを浮かべていた気がする。
「相変わらず自己評価低めですね。智樹さんはいつでも完璧ですよ?」
そうだった。この子も俺のこと大好きすぎて全く参考にならないんだった。
「よし行くか…。」
「ちょっと冷たくないですか!?」
「遠慮は要らないということだったよな?美羽と同じように特別扱いをすることにした。基本的に俺はこんな感じだ。」
「あ、じゃあそのままで。」
くすっと思わず笑ってしまう。手を差し出す。俺たち兄弟はいつも手をつないでいた。小さいころから俺は妹の手を引き続けていたのだ。
特別扱いをするならとことんやる。俺の手を当然のように麗奈が握ると体を寄せる。
「いいですね。貴方の内側が見えてきました。私に遠慮は要りません。そんな感じで行きましょう。」
「あぁ。君の押しの強さに俺もやられたよ。当然遠慮はしない。俺のことを嫌いになったときは言えよ?」
「それはありません。私たちは約3年の付き合いですよ?それに貴方の普段の性格は知ってます。美羽から十分に聞いてましたし、泊まっているときの私と美羽への対応の違いに不満を持っていました。私は今のその遠慮をなくした態度に満足しています。簡単に私に嫌いになってもらおうなんて浅はかな考えは捨てたほうがいいです。紳士的な態度なんて捨てて付き合っていきましょう。」
「そうか。」
「はい。」
寮から出る際に他の生徒から見られることになった。周りからは驚く視線と羨望にも似た視線を感じる。
それでも手を離すことはない。恥ずかしいという気持ちよりも、この子を美羽のように特別扱いすることが今の俺にできる精一杯の誠意だった。
敷地外に出ると体の位置を入れ替える。
「紳士的な態度は要らないと言ったはずですが?」
「君を美羽と同じように扱うと言ったはずだが?」
「なるほど。」
麗奈は何かを納得したように頷く。
「これは更に惚れてしまいそうです。」
「それはどうも。」
向かい側から来る自転車を目視して麗奈の腰をこちらに引き寄せる。
「有難うございます。」
「気にするな。俺は美羽のマネージャー兼ボディーガードだ。過剰なまでに反応する癖がついている。すまんな。セクハラだと思うなら言ってくれ。」
「いえ。智樹さんに触ってもらえるのは至上の幸福です。それにちょっときゅんとしちゃいました。」
「…流石に気持ち悪いぞ?」
「酷いですね!?」
「悪い悪い。」
がるるると麗奈が威嚇してくる。やっぱりこの子は面白い子だ。思わず笑ってしまう。普通に楽しい。自然に笑えたのは久しぶりだ。言葉にはしないが俺は彼女に感謝した。そんな感じで俺たちは笑いながら暫く歩いた。
30分ほど歩くとショッピングセンターが見えてきた。
彼女をエスコートしながら店内に入る。
「で?どこに行く?」
「必要なものを買いに行きます。まずはドラッグストアに。」
「了解。」
麗奈の手を引いていると周りの視線をやはり感じる。当然だ。男嫌いだから浮いた話は無かったが彼女は美女だ。彼女が現れるだけで男性陣は思わず見てしまうだろう。
ドラッグストアにつくと麗奈は逆に俺の手を引いて歩きだした。
「なるほど。それは確かに俺の部屋にはない。美羽の持っていた物は部屋にあったかもしれないが確認はしていない。」
俺が持ったかごの中には女性の必需品が入っている。
「これに関しては自分に合うものを探して使用している人が多いですから。痒くなったり色々あるんですよ。私のはこれです。覚えておいてくださいね?」
「あぁ。美羽が体調悪い時に無くなると俺が買いに行っていた経験もある。これに関しては恥ずかしがることは無いと理解している。覚えておこう。」
勿論最初は恥ずかしかった。だが美羽は重いほうだったので暫く動けなくなることもある。俺は可能な限りサポートする為にこの手の事には慣れるようにしてきた。
「はい!話が早くて助かりますね。全てこちらから口に出すのは恥ずかしいこともありますから。」
うん。それもそうだよな。この話はデリケートな話だ。声に出すのは憚られる。
「では次は下着を見に行きます。」
「は?」
頭がフリーズする。いや女性の扱いには妹で慣れている。
だがこれは無理だ。付き合ったら普通なのか?俺は誰かと付き合ったことが無いからこれが普通なのかの判断は残念ながら出来ない。判断できない以上は明確に拒否もできない。難儀な性格だと自分でも思う。だが一方的に拒否をするのは彼女を傷つけることになる。一先ず少しは抵抗の意思を見せるしかない。
「待て…。それは流石に厳しい。いくら美羽でもそれは自分で買っていたぞ?」
「勿論自分で買いますよ?私が貴方を連れて行くのは貴方の趣味を知るためです。いつかはそういう関係になるかもしれない相手です。その人色に染まりたいと思うのはなにかおかしいでしょうか?」
普通なのか?いやわからん。
「それがおかしいかどうかは俺に判断不能だ。だが待て…。流石に…。」
「グダグダ言わずに行きますよ!」
グイグイと引っ張られる。俺はため息を吐くと重い足取りで歩きだすのだった。
どこを見ても色とりどりの光景。
どこを見ても女性の姿。
そんな気まずい空間で麗奈に手を引かれている俺がいる。
周りの女性か温かい目で見てくれているのはせめてもの救いではないだろうか。
『学生カップルかしら?』
『初々しいわねぇ~』
等の声が聞こえるが穴があったら入りたい。
「さぁ智樹さん!どれがいいですか!?」
ばっと麗奈が手を広げた。俺は一度頭手を当てて少し考えた後、全てを諦めて真剣に下着と向き合うことにした。毒を食らわば皿まで。
来てしまった以上、恥ずかしがってることが恥ずかしい。
俺相手だとたかが外れる馬鹿が相手なんだから俺も馬鹿になるしかない。
男は度胸。何でも挑戦してみるものだ。
「…片っ端から持ってこい…。」
「えっ?」
「片っ端から持ってこい!真剣に考えてやる!」
俺の言葉に麗奈は目をパチクリとさせた後、思い切り笑った。
「笑うなよ…。俺の覚悟を返せ。」
「ごめんなさい。でも面白くて!智樹さんってやっぱりいい男ですね!」
発言の意味が分からない…。だが俺はすでに開き直った後だ。
「はぁ。もうなんでもいいからさっさとしてくれ…。」
「わかりました!でも流石に一人は可哀そうなので一緒に見ましょうか!」
「あぁ…。頼む。」
流石に一人にされるのは無理だ。俺は黙って彼女に付いて歩いた。
その後は色々な下着を見せられた。
下着の色など真面目に考えたことが無かった俺は散々頭を悩ませられた。
可愛らしいもの。扇情的なもの。落ち着いたもの。下着には色々な種類がある。
だが着ていなければ所詮は布だ。徐々に慣れてきた。だが最終的に麗奈が着ることになると考えると難しい。
「随分真剣に悩みますね?」
「当然だろ?俺は適当なことを言いたくないんだ。どんなことでも真剣に考える。それが身内の事なら特にだ。正直自分が女の子の下着を考えることがあるとは思わなかった。これも美羽に経験させてもらえれば答えは簡単だったのかもしてないが…。」
俺がそういうと麗奈は微笑む。
「やっぱり貴方の事を好きになってよかったです。」
「恥かしいことを言うな。砂糖を吐きそうになる。」
茶化す麗奈を諫めて小一時間悩んだ俺は、黒と青に決めた。
勿論理由がある。これは麗奈の二面性だ。
俺以外には基本冷たい青。俺には蠱惑的な笑みを浮かべる黒。
そのどちらも麗奈であり、どちらも素で、どちらも肯定すべき愛すべき二面性だ。
俺が説明しながら決定した理由を説明している間、麗奈は俺の顔を愛おしそうに見つめていた。その視線に真面目に聞いているのかと言いたくなったが、敢えて俺は何も言わずに説明を終えるのだった。
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