元マネージャーは同棲する

鍵が開き、扉が開く音がする。

麗奈は大きな荷物を持っていた。

「本当に勝ち取ったのか。」

「はい。九条院家に二言はありません。取ってくると言ったら取ってきます。ですが今回は九条院ではなく貴方のお陰でした。二つ返事で許可されたのは流石に驚いたので聞いたんです。生徒指導の先生なんて言ったと思います?」

生徒指導の先生は厳格に、正当な判断を下す人だ。俺はたまに2人で草むしりをしていた。

顔は怖いし厳しいけど良い人だ。

「わからん。あの人は誰かを贔屓しないし。」

麗奈はその通りですと頷く。

「支えてやりなさい。」

「え?」

ちょっと意味がわからず聞き返す。

「だから支えてやりなさいって言われたんですよ。あの人は教師の中で最高権力者です。厳格で平等を尊ぶ。全ての生徒に同じように接する。だからこそ特定の誰かに肩入れをしないことで有名です。その彼がそんな事を言ったんですよ!?ビックリですよね…。お父様ですら驚いていました。一体何をやったんですか!?」

いや…何もやってないよな…?

彼とした事はやっぱり草むしりくらいだ。本当に全く記憶がない。

「草むしり?」

「体育館の裏ですか?」

「知ってるのか?」

「はい。美羽と一緒に手伝いに行ったことがあります。智樹さんがよく手伝ってると聞いたので美羽と行ったんですよ。」

あぁ。そう言えば美羽がそんなこと言ってた。

見た目に似合わずいい先生だって。

本当に失礼な妹である。

「あの人普通にいい人だからな。汚れ仕事を進んでやるしさ。だから手伝いたくなるんだよなぁ。内申に響かない人だからそういう意味でも付き合いやすいし。」

「だからじゃないですか?」

それを踏まえてもあの人が1人を贔屓することはないだろう。

「分からないことは考えるだけ無駄だ。ところで寝る時以外は俺の部屋でいいか?美羽の部屋は卒業までそのままにしたい。」

「あっそれは私から言おうと思っていたので問題無しです。なんなら寝る時も同じベッドでいいですよ?」

小悪魔のように麗奈が微笑む。

「それは追々…な。」

この子は完全に俺を落としに来てるが付き合うかどうかは早急に決める案件ではない。

「追々…。なるほど!言質取りました!もう引っ込められませんよ!?」

はぁと頭を抱える。

間近にある頭を優しく撫でる。

「飯にしよう。話はそれからだ。」

「はい!」

この子といると嫌な事を考えずに済む。

今はそれだけでいい。


「ルールを決めよう。先ず大事なのは風呂の順番だ。ハプニングはお互いに良くない。先か後か。入ったら洗うのか。最優先議題だ。」

「私は智樹さん限定なら見られても問題ありません。ですが貴方の精神衛生上のために決めるというなら勿論従います。私は先でも後でもどっちでもいいですよ。ですが入ったら洗うは辞めましょう。時間もかかるし体力の無駄です。」

ちょっと気になる単語も聞こえたが、彼女は俺のやり方を尊重してくれるらしい。

「いつもは何時に風呂に?」

「20時ですね。」

「では君が先だ。生活習慣を崩すのは良くないからな。俺はいつも21時過ぎだ。」

「はい。了解しました。」

麗奈がピシッと敬礼する。なんだか可愛い。

「それを元に予定を決めるとしよう。晩御飯は俺だな。時間があり余っている。」

「では私は朝ご飯とお昼を担当します!」 

「うん。頼む。そんな手の込んだものは作らなくていいからな?頼むぞ?」

彼女の料理の腕は既に俺を超えている。

そんな彼女が本気で料理をすれば時間がかかることは火を見るより明らかだ。

「はい!それは心得てます!」

「うん。いい返事だ。掃除は週一。一緒にやろう。風呂掃除は俺がやる。」

「ではトイレ掃除は私がやりますね。」

女の子だもんな。男に見られたくないものもあるだろう。美羽もそうだった。

うまく自然と誘導できたらしい。普段からなるべく綺麗に使うことを心がけよう。

便器掃除だけは使ったらやっておこう。

「私からも提案があります。」

麗奈が手を上げる。

「何だ?」

「気を使うのだけは無しにしましょう。一緒に生活する上でそれだけはお互いにNGだと思います。そうなれば喧嘩もあるでしょう。でもその一幕が相互理解のために一番大事な事だと私は思うんです。ぶつかるときはぶつかりたい。私は貴方とそういう関係でいたいんです。そうやって一歩ずつ他人から家族になっていきたいんです。」

そうか。彼女は本気で俺の事を好きなんだな。

「わかった。その提案を受け入れる。」

「やった!」

俺は喜んでいる彼女の頭を優しく撫でる。

こうやって誰かの頭を撫でるなんて2度とないと思っていた。気持ちよさそうに甘えてくる姿が美羽と被る。でもフラッシュバックはしなかった。彼女は美羽の代わりではない。そう海斗が俺に言ったからかもしれない。

そうしていると彼女は俺に体重を預けてきた。

その重さが今の俺には心地よかった。


「そういえば仕事は?」

「目下休業中です。でも安心してください。端役ばかりとはいえ、ちゃんとそこそこの貯金はありますから。」

いや貯金の心配はしてない。

俺だって一介の大学生と思えない資産があるから養うことも可能である。

だから問題はそこではない。

「俺のせいか?」

彼女が仕事を休む理由は俺以外の人をマネージャーにする気がないからだ。

時間は有限。俺なんかが彼女の時間を奪うわけにはいかない。

「勘違いしないでください。私はそこまで女優に執着しているわけではありません。お父様だって辞めたいなら辞めていいといいました。だから今は私にとって優先したいことをしてるだけです。自分で言うのもアレですが私は多才です。相応の努力だってしている。私は今からでも何にでもなれる。だから今は充電期間中なんです。自分のせいでなんて考えを貴方が持つことは予想してました。予想してましたが…!」

ずいっと顔を近づけてくる。

「貴方は私だけ見ていてくれたらいいんです。余計な事を考える必要はないし、その時間が無駄ですよ?今の私の第一目標は貴方を堕として私の事だけを愛してもらう事です。覚悟してくださいね?私は蛇のようにしつこい女ですよ?」

端正に整った顔が妖美に微笑む。

俺は参ったと両手をあげる。

どうやら厄介な女性に捕まったらしい。

そこはかとなく漂うヤンデレの雰囲気。

だが彼女のような美女にここまで好かれるのは男としては光栄だ。まぁちょっとだけ怖いけど。俺は一つため息をついて彼女の頭を優しく撫でるのだった。


「さて…。」

彼女の就寝は早い。

21時半には寝てしまう。

これは美羽から聞いた情報だ。

パソコンを開きドラマ、映画を配信しているサイトに遷移する。

先ずは情報収集。この先どうなるかはさておき彼女の出ている作品は全て履修する。

そこから今後マネジメントするならどうするかを考える。これはもう俺の性分だ。

彼女は女優に執着がないと言っていた。

確かに彼女には他になれるものがたくさんある。だが可能性は残しておいてあげたい。

俺がマネジメントする際にどうやってトップに導くのか。そんなことを考えると美羽の笑顔が浮かんだ。そうか。そうだな。俺はステージ上で輝く美羽の顔が一番好きだったんだ。

頭を振って気持ちを切り替える。

感情に浸るのではなく先を考えろ。

時間は有限だ。夜は2時間ほどしか時間がない。

俺には午後の時間もあるがそれを足しても7時間くらいしかない。今から全て見た上で彼女を分析するには時間が足りなすぎる。

彼女は端役とはいえ、子役時代からかなりの数に出演しているようだ。

先ずは子役時代からチェックするとしよう。

イヤホンをつけて俺は一本目から再生した。

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