父と娘

美羽とお別れして1ヶ月。

泣いて泣いて泣いて。

それでも涙は枯れなくて…。

学校にも仕事にも行けませんでした。

私は最低です。美羽との約束も守れていない。

智樹さんとはあの日から会えていない。

支えると美羽と約束したのに。

私には立ち上がる気力がない。

私は今日も泣き疲れて眠ってしまった。


「麗奈。貴方はいつまで泣いてるの?」

「美羽…。私…。」

これは夢だ。わかってる。

それでも私は彼女を抱きしめました。

夢の中まで涙が止まらない。

そしてあまりにリアルな夢でした。

「麗奈。もう一度聞くね?貴方はいつまで泣いているの?私との約束忘れたの?お兄ちゃんを支えてくれるって言ったよね?」

これは私の妄想だ。罪悪感から来る妄想。妄想でも優しい美羽にこんな事を言わせている私は本当に最低だ。涙が止まらない。夢の中でまで私はぐずぐずと泣いている。

「ごめん…。」

謝った瞬間、頬にパチンと痛みが走りました。

夢の中なのにはっきりと痛みがありました。

呆然と美羽を見ます。それは初めての痛みでした。そして心を揺り動かす熱さがありました。

「痛い?ごめん。でもどうしても貴方には立ち直ってもらいたいの。」

「うん。ごめん。ありがとう。」

これは美羽が最後に私にくれた激励です。

妄想でもいい。この頬の熱さは美羽が私を叩き起こすための荒療治だ。愛のある暴力がある事を初めて知った瞬間だった。

「ごめん。私が2人を置いていったのが悪いってわかってる。だけどお兄ちゃんはいつ倒れてもおかしくない。お兄ちゃんには幸せになってほしい。だからお願い。約束を守って。守ってくれなきゃ絶交…だから。」

美羽が涙を流す。

私は美羽をもう一度抱きしめた。

「わかってる。智樹さんは私が幸せにする。必ず支える。だから見てて。私の人生は彼に捧げる。そして必ず2人で会いに行くから。」

「うん。でもすぐに来たら怒るから!」

溢れる涙は止まらない。

それでも私は強く抱きしめる。

「美羽。私と出会ってくれてありがとう。大好きだよ。」

「私も大好き!今のお兄ちゃんを支えるのは大変だと思う。だけどお願いね。」

私は返答の代わりに強く抱きしめました。

目を覚ますと朝になっていました。

涙はまだ止まっていなかったけれど、私は立ち上がり部屋を出ました。


お父様はあの日以降自室から出ていないようでした。

私と同じくお父様も仕事を休んでいます。

智樹さんはあれ以来お父様の誘いを断っているそうです。それも当然でしょう。今の彼は大事な人を失ったばかりです。

お父様は彼の負担を軽くしようと、彼に黙って方々の被害額を支払ったそうです。それくらいお父様にとって智樹さんは大事な友人だったという事でしょう。

部屋の前で一つ息を吐きました。

前を向いてノックをします。

「入れ。」

もう一度息を吐きます。

でも覚悟は決めました。

今の生活を失っても構わない。

それ以上に大事なことが今はあるから。

「失礼します!」

気合いと共に声を出します。

扉の先には驚いた顔のお父様がいました。


「麗奈…お前…。」

私はお父様の目を真っ直ぐに見つめます。

「お父様。私は智樹さんと一緒に生きたい。彼を愛しているんです。彼が立ち直るためなら何でもやります。もし私が芸能界で生きるなら、隣に彼がいないと嫌です。彼が別の道で生きるというなら私もその道で彼を支えたい。彼次第で引退も考えています。反対されても構わない。その時は私はこの家を出ます。全てを捨ててでも彼を幸せにしたい。ううん。違うわ。彼と一緒に幸せになりたい!」

これが私の覚悟です。私はこれからの人生の全てを彼に捧げる。失敗しても成功しても自分自身で責任を取ると決めました。

「そうか。」

ふっとお父様が笑いました。

「反対などしない。立ってないでゆっくり話そう。座りなさい。」

意外な返答に戸惑います。

私達は芸能一家でその道で生きる家系だ。

引退を考えてるなど許されることではない。

驚きながらも私は座りました。

「まずお前の考えを正そう。ウチは自由恋愛だ。お前の兄も姉も、今は海外にいるが自由にやっている。そして芸能界で生きるかどうかも自由だ。全員が芸能の道を選んだのは全員が悩んだ末に選んだからだ。あの学校にお前を入れたのは家族全員あそこの卒業生だから。それ以上の理由などない。引退をするなら一般科に入りなさい。きっと彼もそこに編入するはずだろう。」

驚いてしまいました。私は家の人間が全員芸能の道を選んでいたからそうならなければいけないのかと思っていました。

「だが一つの選択肢をお前に言っておこう。お前はまっすぐだから一つのことを決めたらそれに集中してしまう悪癖がある。彼に選択肢を残すなら芸能科にいなさい。勿論結論を出すまでは一切仕事をしなくていい。彼が別の道を選ぶならそれも良し。お前が支えてやりなさい。」

「わかりました。有難うございます。」

この人の娘で良かったと私は思いました。子供の意見を尊重して背中を押してくれる。そして真っ直ぐに応援してくれる。そんな親の元に産まれた私は本当に幸せ者です。

「老婆心だ。私からも彼に発破をかけよう。」

「ダメですよ。彼は傷心中ですから…。」 

「だからこそだ。彼には君のマネージャーとなる道を提案する。最終的にどうするかは彼次第だが、選択肢の一つくらいは与えてやらないと今の彼は前に進めない。大きな目標を失った人間は脆く簡単に折れてしまうものだ。頃合いを見て彼を家に連れてきなさい。その際にはっきりと気持ちを伝えなさい。人生を捧げたいと思える相手を得られる事は幸福な事だからな。」

それはきっと愛する女性と死別した彼だからこそ言える言葉だ。

私の母は私が生まれてすぐに病死した。厳格な父はそれ以降、新しい女性と関係を持つ事なく男手一つで私達を育て上げた。

私達はそんな父を尊敬している。

いつだったか聞いたことがある。

再婚を考えたことはないかと。

お父様はイケメンだ。そして芸能界は誘惑が多い。出会いだってたくさんある。

その時の私にとって純粋に疑問だったのだ。

「私が人生を捧げたいと思ったのは1人だけだ。彼女以外は考えられない。なら残りの人生は自分の子供に捧げる。」

その言葉通り、厳格ですが優しく私達を守り続けている。だからその言葉は今も私の胸に残っています。

九条院家の人間は愛が深く重い。そして愛に飢えている。私だって自分が重い自覚がある。

だって私の一族はたった一人と添い遂げる人ばかりだ。死別しても再婚はしない。過去には後を追って亡くなった人もいるくらいだ。

お兄ちゃんもお姉ちゃんも運命の相手を探す為に世界を飛び回っている。

一年に数回日本にも帰ってくるが、世界を飛び回る理由が他の人とはズレている。

そんな一族の一人である自分もこの恋に人生を捧げようと決めた。

たとえ彼が私を好きにならなくても私は彼を支え続けるだろう。独りよがりの恋でも構わない。生き方はもう決めたから。

「一応聞いておく。もし彼がお前を好きにならなかったどうする?」

「その答えを聞きますか?」

真っ直ぐに返す。言わなくてもどうせお父様は分かってるんだから。

「愚問だったか。では好きにしなさい。」

「はい。失礼します。」

部屋を出て私は一つ深呼吸をします。

私の愛は重いけどそれが彼の負担になるだけは避けなくてはいけません。

「自重しなくてはなりませんね…。」

新学期までは待とう。

彼には1人の時間も必要です。

せめて彼の負担を減らせるように料理の腕を磨いておかなければ…。

私はその日から彼のために自分に出来ることを探す日常を送るようになりました。

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