女優とアイドルとマネージャーと

「貴方が九条院さんね!」

顔を上げると可愛らしい女の子がいました。

「えぇ。九条院麗奈です。貴女は?」

「私?私は神原美羽!よろしくね!麗奈!」

そう言って手を差し出してきました。

私は他人が嫌いです。いつもなら冷たくあしらうようにしています。でもその日の私は何故かその手を握り返していました。

これが後に唯一無二となる親友。

神原美羽との出会いでした。


美羽は天真爛漫な女の子でした。

輝く笑顔。汚れることを気にせずに外で遊ぶし、いつだって全力です。

嘘はつかずに思ったことを素直に言います。

他人に対して嫌いなところより好きなところを探します。だから悪口も言いません。

直して欲しいところは素直に相手に言います。

嫌いなものは嫌いだし、好きなものは好きです。

そして彼女が一番嫌いなのは陰口でした。

特に私が陰口を言われている事を知った時なんて凄かったです。泣きながらキレたのです。

クラスでいろんな子に好かれていた彼女が怒ったのはそれが最初で最後でした。

それ以降、私は陰口を言われなくなりました。

男の子はやっぱり無理だけど女の子とは普通に話せるようになりました。

それ以降、私は学校が苦痛にならなくなりました。それどころか楽しいとすら思いました。

男性不信は消えなかったけれど女の子の友達もできました。一番が美羽なのは変わりませんでしたが…。


誠実とは?と聞かれれば神原美羽と答える人は多いでしょう。

私はそれを美羽に直接言ったことがあります。

それに対する返答は意外なものでした。

「誠実とは?と聞かれたら私のお兄ちゃんだよ。私はお兄ちゃんの劣化コピーだから。」

意味がわかりませんでした。

彼のお兄さんの噂は聞いたことがあります。

天才マネージャー。人たらし。聖人。上げればきりがないほどの耳を疑う噂の数々。ですが直接見る機会の方が多い美羽の方が私からすれば異質な存在でした。その噂はそのまんま美羽と重なるからです。

「私はお兄ちゃんを心の底から信頼しているんだ。いつも彼みたいになろうと振る舞ってる。彼の真似をして、彼のように生きていたらこういう人間になった。だから本物には及ばない。お兄ちゃんのすごいところは頭を下げられる事。どんなに自分が悪くなくても頭を下げられる。それも心の底から下げられる。それだけじゃないよ?お兄ちゃんは誰かに人生を捧げられる人。私がいるせいできっと結婚はできないけれど私も結婚する気はない。だってあの人以上の男が存在しないから。兄弟じゃなかったら結婚してる。お兄ちゃんがいなかったらアイドルになろうとも思わなかった。お兄ちゃんがいるから神原美羽は皆を笑顔にできる。つまり私のお兄ちゃんは世界一なの!」

その笑顔が眩しいと思いました。同時に私は彼女のお兄さんに興味が湧きました。


「お兄さんと一緒に私の家に来ませんか?」

美羽と仲良くなって一年。休みが合ったこともあって私は美羽にそう声をかけました。

「うーん。私はいいけどお兄ちゃんはどうかなぁ。結構忙しいから。でもそっか。麗奈はお兄ちゃんに会いたいんだ?」

ニヤッと美羽が笑って顔を近づけてきます。

図星を突かれました。きっと私の顔は真っ赤になっています。でも素直に頷きました。

頷いた私の頭を美羽は撫でてくれます。

「男嫌いの麗奈が興味を持ったんなら仕方ないね。いいよ。お兄ちゃんに女の子を紹介するなんて死ぬほど嫌だけど麗奈だから認めてあげる!私の親友だもん!特別だよ?」

完全に見透かされました。そして私のことを親友だと言ってくれる美羽の言葉で私の心は暖かくなりました。

私は素直にありがとうと伝えました。


「初めまして。九条院麗奈です。以後お見知り置きを。」

冷たい言い方をしてしまいました。

緊張しているとはいえなんでこんな言い方しかできないのでしょう…。自己嫌悪に押しつぶされそうになります。

「初めまして。神原智樹です。よろしくお願い致します。先ずは妹と仲良くしていただき有難うございます。それで?なぜ私は今リムジンに乗せられているんですか?」

初めて正面から見た智樹さんは見た目を清潔に整えた好青年でした。

美羽からはかなり濃いクマがあると聞いていましたがどうやらメンズメイクで隠しているようです。

美羽を完璧にサポートしている事もあり、彼はかなり多忙です。そんな中でもマネージャー科でクラストップの学力を有しています。さらに運動神経もいい。人は彼を天才と呼びますが、それは睡眠時間を削りに削った結果の産物だと美羽から聞いて私は知っています。彼は天才ではなく秀才。コツコツと繰り返した努力の人なのです。

「ふっふっふ!それはね…お兄ちゃんが放っておくと仕事に熱中しちゃうからだよ!今日は私共々オフだよね!?なんで予定を入れようとしていたのかな!?」

そうです。この日は智樹さんと私と美羽のオフが被るという奇跡の1日でした。

彼にも声をかけていたはずですが、どうやら仕事だから無理と言われたらしいのです。私は仕方がないからまた今度と言いましたが、美羽が怒って無理矢理連れてきてしまいました。

彼は眉間に指を当てて険しい表情をします。

やはり無理矢理連れてきたのは不味かったと思います。私は彼のことを気になっています。それは好きという感情かどうかはわかりませんが、初対面から嫌われるのは本意ではありません。

そして私のせいで仲のいい兄妹が喧嘩をするのはもっと本意ではありません。彼が一つため息をついて、私の肩がビクッと跳ねます。

「今日はお前のスケジュール作成をする予定だった。最近詰まり気味だったから休ませたくてな。だが九条院さんの誘いを断った俺にも非はある。」

そう言って智樹さんは私に微笑みます。

ドキンと心臓が跳ねました。

その視線は普段男性が私に向ける下卑た視線ではありません。大抵の男性はまず私の胸やお尻を見ますが、彼は真っ直ぐに私の目を見ました。それがどれだけ私を驚かせたのかはきっと私にしかわからないでしょう。

あぁきっと彼なら私の内面をちゃんと見てくれる。そういう安心感に包まれました。


家に2人を連れて行くとお父様が何故か彼を連れて行ってしまいました。

初めてお父様の事を嫌いになりそうでしたが、彼がお父様に好かれる事は私にとっても嬉しい事なのでその日は諦めました。

「それで?どうだった?」

「素敵な人だと思います。」

「そうだよね!うんうん。麗奈ならきっとそういうと思った!お兄ちゃんは不快な視線を送らないでしょ?人の嫌がる事に気づける直感があるの!お兄ちゃんだって男だからそういう欲望は当然あると思うけど今まで一度も見せたことがないんだ。だから女性にも好かれる。本人にはその気はないけれど競争率高いらしいよ?」

確かに彼は学内でも人気です。

顔だけで言えば芸能科の男性達に及びません。

ですが爽やかな笑顔と紳士的な振る舞い。誰にでも平等に接して困った人を率先して助ける。そういった総合力という意味で実は学校1のモテ男だと聞いています。

ですが告白を一度も受けた事もないと聞きます。

しかしそれで気まずくなることもないようです。そして驚くべきことですがその後、普通に仲良くなっているという不思議なことが起こっているようです。

最近はほとんど学校に居ませんが、男女共に人望がある方です。

「わかっています。ですが…どう接したらいいかわかりません。だって今まで男性を避け続けてきましたから…。」

私の言葉に対して美羽はにやにやと私の顔を覗き込みます。なんだか今日の美羽は意地悪です。

「な、なんですか?」

「ううん。ただ恋する乙女の顔をしてるなぁって思っただけ!でもウチの兄を堕とすのは難しいよ?プライベートよりも私優先だから。だけど私ならその状況からチャンスを作ってあげられる。麗奈が本当にお兄ちゃんを大事にしてくれるなら手伝ってあげてもいい。」

その目は真剣そのものです。

それは私の知らない美羽の表情でした。

だから私も姿勢を正してお願いしますと頭を下げました。


「智樹さんは今日も学校に来ていないのですね…。」

お昼を美羽と食べてる最中、私はテンション低めに呟きます。

「今日はレコーディング会社に行ってるよ。私の新曲が出来たんだって。」

「そうですか…。」

美羽と出会ってから一年が経ちました。

彼女は物凄い勢いでトップアイドルの道を登っています。それも当然です。

美羽は可愛いし歌も上手い。その笑顔を見るだけで私も元気を貰っています。

対して私は端役ばかり。

私のキャラではメインに座るのは難しい。

理解はしていますが変えることはできません。

智樹さんが学校にいるときは三人でお弁当を食べています。なので少しずつ話すことはできていますが、関係性は変わりません。

この一年ずっと彼を見てきて私はすっかり彼のことを好きになってしまいました。

出来るなら毎日会いたい。

アピールは沢山してみました。

美羽の部屋に泊まりに行った時にはちょっと扇情的な格好もしてみましたが、見事に空振りましたが…。多分彼は聖人君子だと思います。

スタイルには自信がありましたが彼は全く靡かないです。きっとスタイルではなく私という個人を見ているんだと思います。

だから距離の詰め方に私は苦心していました。

やはり一歩ずつ。このお昼の時間に距離を詰めるしかありません。

そう…私が彼とお話できるのはこのお昼の時間だけなのに…。

「そんな悲しそうにしないでよ。私がいるじゃん?」

「美羽といると毎日が楽しいです。だけど一週間ですよ!?一週間も顔を見てない…。なのに昨日はお父様と会食をしたらしいじゃないですか!ずるい!私だって会いたい!」

美羽はやれやれと首を振ります。

「じゃあ泊まりに来る?」

「いいんですか!?」

我慢の限界に達していた私にはその提案は渡りに船というやつです。つい食い気味に反応してしまいました。

「でも会話をするのは無理かも。今のお兄ちゃんはだいぶ疲れてるから。まぁ私のせいで親友が苦しんでるのは見るに堪えないから提案はするけど顔を見るだけで満足できる?」

「勿論です!」

彼に負担をかけるのは本意ではありません。

顔を見れるだけで幸せです。恋というのは素晴らしい。ただ顔を見るだけで安心できるのですから。

私は数少ない自宅住まいなので、家に連絡してお泊まりセットを持ってきてもらいました。

お父様には何故か応援されました。

どうやら私の気持ちはバレているようです。


その日の夜、智樹さんは疲れた顔で帰ってきました。その日の夕食は私が作っておきました。

帰ってくるタイミングは美羽に連絡が来ていたのでタイミングを合わせて出来立てを提供です。

夕食をまだ食べていないことも確認済みです。

この一年必死に料理を勉強したので少しだけ自信はあります。

「ただいま。」

玄関が開いて智樹さんの声が聞こえます。

「おかえり〜。」

「お帰りなさい。お邪魔しています。」

智樹さんは私の顔を見て微笑みます。

「いらっしゃい。九条院さん。美羽の世話をさせてすまない。美羽は家事が壊滅的だから助かるよ。」

本当は彼に会いに来たのですが貴方に会いたくて来ましたとは口が裂けても言えません。

「いえ。むしろ私の方がお世話になっていますので…。晩御飯を作ったのですが、一緒に食べませんか?」

「あぁ。頂くよ。」

彼の笑顔にドキドキとしてしまいます。

それと同時に心配になりました。彼の顔は前回会った時よりも疲れているようです。

晩御飯は美味しい美味しいと食べてくれました。だから私は彼に提案します。

「最近お忙しい事は美羽から聞いて知っています。ご飯はいつも智樹さんが作っているんですよね?栄養バランスを考えた素晴らしいメニューだと美羽から聞いています。レシピをいただければ忙しい時は私が作りに来ますがどうでしょうか?」

私が料理を覚え始めたのは最近だ。

だから立派なメニューは作れない。

それでも少しでも彼の役に立ちたかった。

彼はじっと私の目を見る。

その目は真剣な時の美羽によく似ていた。

私は真っ直ぐにその目を見つめました。

脈がないのかあるのか。

それがここではっきりします。

彼は自分から誰かを頼らない人だと私は知っています。隣で美羽がゴクリと唾を飲みました。

「…じゃあ頼む。君が来てくれると美羽も喜ぶだろう。九条院さんにも仕事があるだろうから九条院さんの無理にならない程度で頼む。」

「は、はい!」

私はテーブルの下でガッツポーズをしました。

その手が美羽に握られてます。

「後でレシピを持ってくるよ。俺は仕事があるからあとで洗い物をするよ。」

「いえ。私がやっておきます!」

一つ許されれば後はチャンスを掴むのみです!

「そ、そうか?では頼む。今日は助かった。ありがとう。」

そう言うと智樹さんはお風呂に行きました。

「美羽…私…。」

嬉しくて涙が出ます。そんな私を美羽は抱きしめて頑張ったねと頭を撫でてくれました。


あれから毎日私は美羽の家に泊まりに来てます。

美羽も喜んでくれて色んな話をしました。

智樹さんとの会話が増えました。

連絡先を交換する勇気はでなかったけれど…。

休みの日には料理を教えてくれたりして、間違いなくこの時が一番幸せな時間だったと断言できます。

「うん。やっぱり麗奈はお兄ちゃんと付き合うべきだよ。お兄ちゃんが頼るのは麗奈だけだもん。それに2人が付き合って結婚までいけば私は2人とずっと一緒にいれるし。」

泊まりに来てしばらく経ったある日、美羽がそんなことを言いました。

「そうなったら夢みたいだけど最近はこの関係でも満足している自分がいるの。だって美羽がいて、少しだけど智樹さんを支えられて…私は今が幸せだから。」

「でもそれは永遠じゃない。お兄ちゃんは尽くすタイプだからちゃんと付き合えば絶対結婚して幸せにしてくれるよ?今の状態だと誰かに取られる可能性だって100%ないとは言い切れないのに現状維持でいいの?私はずっと親友だけどお兄ちゃんの隣には違う人がいるかもよ?」

想像すると涙が出そうです。

「美羽のいじわる…。」

突然意地悪なことを言う美羽に私はジト目を向けます。

「ごめん。でもたまに思うんだ。今はいい事ばかりだけど人生はそんなにうまくいくものじゃないんじゃないかって。もし何か起きて、私が傍にいれなくなったらお兄ちゃんをお願いしたいの。麗奈にしか頼めない。ううん。麗奈じゃなきゃ嫌なの。」

突然不吉な事を言う美羽の目は真剣だった。

私は固唾を呑んで頷きます。

「わかった。その時は必ず私が智樹さんを支える。必ず笑顔にさせてみせる。だけどそんな不吉な事を言わないで。大好きな親友がいなくなるなんてそんなの嫌だよ。」

想像すると涙が出ました。美羽はごめんと私を抱きしめて頭を撫でてくれました。

美羽が寝た後、私は寝付けずに水を飲みにリビングに行きました。するとテーブルに伏して智樹さんが寝ていました。

私はタオルケットを取ってきてそっとかけます。

彼の手元には美羽のスケジュールが散らばっていました。色々文字が書かれていて必死に休みを確保しようとする努力が見えました。

私はそっと彼の頭を撫でます。

「お疲れ様です。智樹さん。貴方は私が必ず支えます。今は休んでください。」

そっと声をかけると寝言なのかボソボソと呟いていたので耳を寄せます。

「美羽…俺が必ずお前をトップに…。」

やっぱり彼の中にはいつでも美羽がいます。

少し悔しいですがそれも含めて彼が好きです。

「麗…奈。」

ドキンと心臓が跳ねます。

いつも名字呼びなのに突然の名前呼び。

どくんどくんと心臓がうるさいです。

「好きです…。」

ぼそっとつぶやいた後に思わずその場から離れてしまいました。

次の日、智樹さんはいつも通りでどうやら聞こえなかったようです。私は安堵しました。


そんな日々がゆっくりと流れたある日。

私達の運命を狂わせた最悪な日が来てしまいました。最愛の親友の美羽が亡くなったのです。

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