元マネージャーは保留する

門が開き、リムジンがゆっくりと進んでいく。

リムジンが止まると俺達は車から下ろされた。

いつみてもデカい家だ。

敷地内に何軒もデカい家が建っているが、その中でも一番大きな家に俺達は入る。

「相変わらずすごいな。」

執事とメイドに迎えられて居づらい空気感の中でぼやく。目の前を歩く麗奈の所作はいつみても素晴らしい。

「一族全員が敷地内に住んでいますからね。」

「それもやばいわ。何軒家があるんだか…。」

「今は10軒ですね。そして一軒建設中です。」

まだ増やすのかよと苦笑いを浮かべる。

金持ちの行動は理解に苦しむ。

しばらく歩くと大きめな扉の前に着いた。

メイドがノックをすると中から入れと返答があった。扉の先には父親である冬夜さんがいた。


「失礼します。」

頭を下げて入る。

プライベートでの付き合いがあるとはいえ、ここは彼のホームであり、彼は家の長だ。その客人としてここにいる以上は彼に恥をかかせるわけにはいかない。誠心誠意の礼儀を見せることが大事だ。

「よく来てくれた。座ってくれ。」

「はい。」

促されたのちに座ると背筋を正した。

麗奈は座らずに俺の後ろに立っている。

彼女は娘なんだし普通に座ればいいのに。

冬夜さんが目配せするとメイドと執事は下がっていた。

「この度は強引な手を使って申し訳ない。こうでもしないと君は俺と会ってくれなかっただろう?」

砕けた話し方だ。

今ここには俺たちしかいない。普段なら一人称は私を使っているのは知っている。

「無礼な事をしたのは私の方です。申し訳ありません。今後は誘われれば私の方から出向くようにします。」

以前まではもう少し砕けた話し方をしていたが今は丁寧に言葉を紡ぐ。

「いや俺も少し焦ってしまった。すまない。」

すっとテーブルの上にコーヒーが置かれる。

麗奈が入れてくれたようだ。

凄いな。動いたことにすら気づかなかった。

「それで今回の要件をお聞きしても宜しいですか?」

「あぁ。単刀直入に言おう。家の娘の婿にならないか?そして可能なら彼女のマネジメントをして欲しい。」

「は?」

開いた口が塞がらない。

言ってることが理解できない。

俺は麗奈と恋仲ではない。

政略結婚の相手としての線もない。

今の俺は少しお金を持った大学生だ。利用価値もなければ抱え込む必要性もない。

「君のそんな顔が見れるとは思わなかった。言ってみるものだな。」

ははははと笑う冬夜さんの前で俺は頭を抱える。どうやら揶揄われたらしい。

「おっと勘違いするな。これは本気の誘いだからな?」

違った。どうやら本気らしい。この人は嘘をつかない。そもそも冗談を言ったところも見たことはない。

「意味がわかりません。俺は諦めた側の人間だ。そんな奴は彼女に相応しくない。だからこの話はお断り致します。」

ハッキリと断る。

こんな形で結婚を決められる麗奈も可哀想だ。

「結論を急ぐな。家は代々恋愛結婚だ。娘は君の事を好いている。そして我が家は君を求めている。そして君がマネジメントをしないと娘は芸能界を引退するらしい。俺としても君が欲しい。どうだ?」

ゆっくりと振り向く。

いつも冷静な顔が真っ赤になっている。

マジ…か…?

妹中心に生きていた俺に恋愛経験などない。

好きか嫌いかと問われればもちろん好きだ。

妹を大事にしてくれた彼女を嫌いなはずがないだろう。

俺は勘違いしていたのかもしれない。

彼女はてっきり美羽といたいから過去にあんな発言をしたのかと思っていた。

だがもしかしたら彼女は俺と会うために…?

だとしたら俺は何ということを…。

頭の中で思考がぐるぐると回る。

マネジメントは今の俺には無理だ。マネジメントと言うことを考えるだけで汗が出るし、体が震える。半身を奪われた今の俺には誰かの人生を背負うなど荷が重すぎる。

目が合う。彼女は何かを決意したように俺を抱きしめた。柔らかい感触が顔を包む。

「私は貴方の事が好きです。美羽の為に駆けずり回る姿をずっとみてきました。自分の為に常に全力で走り回ってくれる貴方を美羽は世界一だと言っていました。そして私も貴方を見てきました。誰かの為に頭を下げられる優しさと強さを私は知っています。だから友達から始めましょう。私は貴方が立ち直るまでいつまでも待ちます。立ち直らなくても一生そばで支えます。私は美羽の事が大好きです。だから貴方にも嘘をつきません。」

それは情熱的な告白だった。

断るのは簡単だ。むしろ断ったほうがいい。

俺が立ち直るまで彼女の時間を奪うなど言語道断だ。だがここまでの覚悟を見せた彼女を悲しませる事はもっと出来ない。

「婿云々は保留にさせてくれ…。友達には勿論ならせてもらう。」

彼女のまっすぐな告白に対する返答を今の俺は持っていない。本当に情けなく、申し訳ない。

「はい。よろしくお願いします。」

頭を撫でられる。覚えのある感覚だ。

確か疲れて机に伏していた際にこんなことがあったような。そうか…アレは美羽じゃなく…。

「君だったのか…。」

「えっ?」

「いや何でもない。」

俺はそっと離れて向き直る。

「申し訳ありません。重要な事は全て保留とさせていただきます。その上で友達から関係を始めさせてください。」

物凄く失礼な言葉だ。

今の言葉は責任を取るかどうかはあとで考える。今は彼女の好意を利用しての現状維持。

俺は彼女の父にそう告げた。

だが彼女の父親は微笑んだ。

目配せすると麗奈が部屋から退出する。部屋の扉が閉まると冬夜さんは口を開いた。

「それでいい。麗奈が君を落とせば全てが丸く収まるのだからな。ところで君はどう麗奈をマネジメントする?」

「今のままの彼女でいきます。」

こんなのは即答だ。

美人。クール。銀髪。抜群のスタイル。抜群の歌唱力。これ以上の属性など必要ない。

「ほぅ…。今のままでは万人受けはしないだろう?どうやってトップを狙う?」

「女優、モデル、歌手の3枚看板でいきます。彼女の歌唱力は美羽が認めている。これ以上の説得力が要りますか?それぞれのファンを獲得しつつトップを目指す。彼女の尖った振る舞いもこれなら活かせるでしょう。更に主演に抜擢された時のみOPを担当してプレミア感をだします。逆にバラエティーは完全に捨てます。誰かに媚びる必要もブレる必要も無い。『孤高の姫』路線こそ彼女が輝く道です。」

言い切って真っ直ぐに冬夜さんを見る。

これが100正しいなんて思わない。

俺よりもずっと長くこの世界で生きてきた彼に勝てるとも思わない。

だが俺はブレないし迷わない。

この直感で俺と美羽は3年でトップへと駆け上がった。だがこのマネジメントは今の俺たちには出来ない。理由もきっと彼は気付いている。

「素晴らしい。やはり君は素材を活かすことに特化した化け物だ。確かに演じれば剥がれる可能性がある。これは道理だ。しかし問題もあるな。ありのままの自分でいくのは諸刃の剣というやつだ。芸能界とはキャラ付けだ。全員が少しずつ演じている。それを捨て去った素の自分で生きることは、バッシングされた際のダメージも大きいからだ。私は親としてそれを認められない。」

その通りだ。やはり気付いている。

「耐えられないなら休めばいいだけですよ。辞めたとしてもその人の価値は変わらない。俺がマネジメントする以上は辞めた後は養うだけです。そしてゆっくり傷を癒す。またやりたいなら始めればいい。我慢もさせないし捌け口にもなる。それを含めて俺なりのマネジメントです。俺が1人しかマネジメントをしないのは共に生きる覚悟があるからです。」

美羽の天真爛漫な笑顔は素の自分でいたからこそだ。そして帰る場所は俺が作る。

いくらでも甘やかして背中を押した。泥は全て被り、いくらでも頭を下げた。

だからこそ、この方法は麗奈には使えない。俺の方に問題があるからだ。

そこまでの信頼関係は俺と彼女の中にない。

「ふむ。良いだろう。後は娘に頑張ってもらうしかないな。可能性はあるのかい?」

「今はまだわかりません。彼女ではなく俺に問題がある。それでも前を向きたい。今はそう思います。」

嘘は付かない。いつでも誠実に生きる。これが俺の生き方だ。

「そうか。では楽しみに待つとしよう。」

「期待しないでくださいね?」

「それは無理だ。だが手を出すならちゃんと付き合ってくれ。ぞんざいに扱うことはいくら君でも許さない。」

真っ直ぐで真剣な目だ。俺も真っ直ぐに見る。

そして彼の本気の言葉に頷きで返した。

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