元マネージャーは連行される
教室に入るとジロジロとこちらを見る視線を感じる。まぁそれは予想通りだ。
去年まではマネージャー科だったから友達も多くない。だがこの学園では編入など日常茶飯事の事だ。
だから注目されてるのはそこではない。
「よう智樹!お前の席はこっちだ!」
周りの気まずそうな視線に少し辟易していると見知った顔を見つけた。
貝沼海斗(かいぬまかいと)。
海外出身の母親の影響を色濃く受けた金髪とハッキリとした顔立ち。イケメンだ。
このスタイルで芸能科にいないのは、当然ながら理由がある。
彼は大手財閥の息子で、ここに通ってる理由は人脈の拡大だ。
つまり今の俺には利用価値がない。
「よう。もう声をかけてくることはないと思っていたな。」
隣に座ると海斗はすぐにニッと笑う。
「俺はお前の才能を買っている。お前が目標を見失ってるなら俺のところにこいよ。最高の待遇を用意してやる。何を勘違いしているかは知らないが、俺はお前の妹に興味があったのではない。お前のリサーチ力、企画力、先見の明に興味があったから、お前を目的で近づいた。まぁ妹をマネジメントするお前には見応えがあったし、それを見ているのは楽しかったというのも本音ではある。だから非常に残念だ。それはそれとしてお前が腐るくらいならその才能を貰い受けたい。」
真面目な表情で俺の目を真っ直ぐに見つめる海斗の目を、俺も真っ直ぐに見つめ返した。
この目は本気だ。本当にこいつは俺をそこまで評価しているらしい。だがそれは買い被りというやつだ。はぁと一つため息を吐く。
「検討しておく。」
それだけ言って俺が目を逸らすと海斗はうむうむと頷いていた。
授業は退屈だった。
美羽のサポートをするにあたり俺は大学までの勉強を一通り履修していた。
授業に出れないなんてことは良くあったが、それで学業を疎かにするのはよくない。俺達は学生という身分だしマネジメント科だからと言って疎かにする事は許されていない。
美羽の成績が芳しくなかったというのもある。
テスト前にはよく俺に泣きついていたものだ。
内容は完璧にわかるとはいえ、ノートはしっかりととる。復習にもなるし成績トップは維持したい。将来の事はわからないが成績トップを維持していればある程度何かにはなれるだろう。
こうして半日過ごせばそれなりに前のように話しかけてくるやつも増えた。誰も美羽の事は口に出さない。基本この学校はいいやつばかりなのだ。俺が転校しなかったのはそれを知っているからでもある。
4時限目のチャイムがなる。
「智樹は昼飯はどうする?」
隣の海斗に話しかけられる。
少し悩んでノープランだと伝えると教室のドアが開いた。目線をそちらに移すと1人の女生徒が真っ直ぐにこちらに歩いてくるのが見えた。
靡く銀髪の髪。整った顔立ち。完璧とも言えるビジュアル。誰も寄せ付けない冷えた空気。
その彼女が俺の前に立ち止まる。
「智樹さん。今お時間よろしいですか?」
名指しで指名された俺はいいよと立ち上がり、昼はまた今度なと海斗に断り歩き出した。クラスメイトはその光景をびっくりした目で見ており、また気まずくなりそうだなとため息を吐くのだった。
学校を出た俺はそのままリムジンに乗せられる。どうやら俺はこれから何処かに連行されるらしい。彼女は用意周到だ。どうせ俺はある制度のおかげで毎日が昼までである。やる事もないし1人の部屋に戻るよりは有意義だ。
こうして連行されるのは2度目になる。
1度目は何故か美羽と共に彼女の父親に挨拶させられたのだ。美羽の為にもなるし、それ以来父親とも仲良くさせてもらっている。
九条院麗奈(くじょういんれいな)。
彼女は美羽と仲良くしてくれていた。
最後に会ったのは3ヶ月前。
美羽との別れの日だ。
普段はクールであまり感情を出さない彼女があの日は声を出しながら泣いていた。
その姿が痛々しく、俺は彼女への申し訳なさから顔を合わせることを避けてきた。
あれ以来、彼女は女優業も休んでいるらしい。
「九条院さん。俺はどこに連れて行かれるんだ?」
目を瞑って座っていた彼女が目を開ける。
普段からキツい印象の目元が優しい雰囲気に変わる。
「麗奈です。」
「いや名前は知ってるよ。」
九条院さんの返しはよくわからない。
お互い知らない仲ではないが、名前で呼び合う関係ではないのは確かだ。
向こうは名前で呼んでいるが、それは苗字呼びすると美羽と被るからだ。俺は彼女を名前で呼んだことがない。
「れ・い・な!ですよ。」
「お、おう。麗奈。これからどちらに?」
麗奈は一つ満足そうに頷き、小悪魔のような笑みを浮かべた。
「お父様が会いたがってるので私の家に。」
父親か。九条院家と言えば身内が全員俳優と女優の芸能一家だ。彼の父親である九条院冬夜(くじょういんとうや)も当然忙しい。
普通ならアポをとって会いに行く相手だ。
何故か気に入られて2人でご飯に行くこともあったが、それは美羽の後ろ盾になってもらう為というのもあった。
先週誘いを受けたが芸能界からは身を引くからと丁重にお断りしたはずだ。
俺と麗奈は別に恋仲でもなければ向こうにもその気はないだろう。となればどういう意図があるかは会うまではわからない。
美羽からマネージャー費と渡されていたお金は手をつけていない。一介の学生としては資産はある方だが、今の俺にはそれだけだ。
金なんて腐るほど持っている彼女の家の人間からすれば何もかもちっぽけな人間だ。
なんの使い道も存在しない俺に声をかける理由はやはりわからない。
芸能界から身を引いた俺が会える相手ではないが、こうも強引に事を運ばれれば仕方ない。
気は重いがこの車から逃げ出す事は不可能だと一つため息を吐いて外の景色を眺める。
美羽が居なくなってもこの世界は変わらない。
景色も何もかもいつも通りだ。
そう思うとチクリと胸が痛んだ。
そんな俺をどこか悲しそうに見つめる麗奈に、俺が気づくことはなかった。
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