第9話

 修行の日々が始まった。私と姉の共通の幼馴染であり、ニャンコクエストの主人公である「ああああ」が龍討伐による功績をあげたことで、猫屋敷の村の領主に抜擢されてこの村に戻ってくるまでの間、少しでも戦力を強化したい。しかし、一つ問題があった。ゲームのシスコンにゃんこは非戦闘員であるため、戦闘に必要なスキルを持っていないのだ。


 そんな私にとって、サクラヴェールの森に住む隠しキャラ、「寝そべりにゃんこ」という仙人に会うことが唯一の希望だった。シナリオ通りにすすめば、彼女に出会うことで、戦闘スキルを一つ授けられるという。


 ただし、寝そべりにゃんこに会うには、必要なレベルに達することが求められる。今の私では森を攻略することはできない。自分の力を高めるために「修練の塔」と呼ばれる場所に向かうことを決意した。


 この塔はフリーマップ上に存在し、冒険者たちが己の力を試し、磨くために設置された修行の場であった。


 私は準備を整えるため、幼少の頃から慣れ親しんだ猫屋敷の村の市場へと足を運んだ。市場はいつも通り賑わっていたが、前とは違って見えた。得体の知れない力に引き寄せられるような不思議な感覚を覚えた。


 市場の片隅に佇む古びた建物。その建物には見覚えがないはずだったが、私は自然と足が止まった。扉を開けると、中は静まり返っており、わずかに差し込む光が薄暗い空間を照らし、神秘的な雰囲気を醸し出していた。


「あら、いらっしゃい」


 突然、背後から声が響く。驚いて振り返ると、そこには神秘的な美しさを持つ少女が立っていた。薄紫の髪と優しい目、そして黒いレースのドレスを纏ったその少女は、まるで夢の中から現れたかのようだった。彼女はローズにゃんこと名乗り、柔らかな微笑みを浮かべていた。


「私の店に来るなんて、貴女は特別な存在ね。普通の人には、この扉は決して見えないのに」


 彼女の言葉には、どこか謎めいた響きがあり、一瞬言葉を失った。


 特別な存在、夢の世界に行き来していることを知っているの?


 まさかね…今はそれよりも…


「ここには、私でも装備できる特別なものが売っているのかしら?」


 少し戸惑いながら尋ねると、ローズにゃんこは静かにうなずいた。


「ええ、あるわよ。ここで手に入るものはどれも特別な力を秘めているの。そうね、あなたが求めているものもきっと見つかるわ」


 店内を見渡し、様々な装備を手に取った。強力な武器、防具、さらにはスキルを強化するアイテムまで揃っていた。その中でも特に目を引いた一つの装備を手に取り、ローズにゃんこに見せた。


「これをもらえるかしら?」


 ローズにゃんこはその装備をじっと見つめ、微笑んだ。


「それは貴女にふさわしい選択よ。どう使うかは・・・ふふ、言わなくてもいいわね」


「お代は帝国金貨でいいのかしら?」


 帝国金貨は、ゲームではサクラヴェールの古代遺跡で手に入る希少な通貨だが、市場では帝国金貨の価値はほとんど理解されていない、稀に市場で格安で売られていることもあるラッキーアイテムだった。ゲームでは、このアイテムを彼女に渡すことで、特別なアイテムと交換することができるのだ。


「今回はお代はいただかないわ。今日はおもしろいことがたくさんあったから、そして特別な日だもの」


「特別な日・・・一体どんな日なの?」


 無料配布イベントなんてあったのだろうか。私は不思議そうに問いかけたが、ローズにゃんこは答えず、ただ微笑み続けた。それ以上の答えは期待できそうになかった。


「ありがとう、ローズにゃんこさん」


「うふふ、いいのよ」


 礼を言い、装備を手に取り店を出た。振り返ると、まるで幻のように、店は跡形もなく消えていた。


 その場にしばらく立ち尽くしたが、手にした装備を見つめ、心の中で再び決意を固めた。これで、サクラヴェールの森を攻略し、寝そべりにゃんこに会うための準備を整えることができる。


「今は、一歩ずつ進んでいくしかない」


 自分に言い聞かせるように呟いた。そして、修練の塔に向かい、さらなる力を手に入れるための修行を始める決意を固めた。冒険はまだ始まったばかりだ。これから何が待ち受けているのか、予測できない。しかし、諦めるわけにはいかない。その思いは日に日に強くなっていた。


 こうして、新たな装備と決意を胸に、次なる挑戦に向けて力強く一歩を踏み出すのであった。

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