2章 ニャンコクエスト
第8話
シリカはまた夢を見た。サクラヴェール──
年中、桜が咲き誇る未開惑星。その惑星の大地は、見渡す限り桜に包まれ、巨大な樹々が静かにざわめいていた。夢の中で彼女は、どこからともなく響く声に導かれるように、桜が舞い散る森を彷徨っていた。
「またゲームをしているの? そろそろ夕飯よ、シリカ・・・」
その声は、彼女を何度も夢の中で呼ぶ名前だった。夢の中の彼女は学生服を身にまとい、手には小さなゲーム機を握りしめていた。その画面には、彼女がプレイしている『ニャンコクエスト』が映し出されている。主人公は「ああああ」、彼女が何も考えずにつけた名前だが、目の前の展開は、笑いごとでは済まされないものだった。
猫屋敷の領主「ああああ」は、サクラヴェールの美しい桜の森の奥で、巨大な悪魔と戦い、苦戦していた。周囲には、壊滅した村々や焼け焦げた森が広がり、住民たちはただ隠れて震えている。シリカがコントローラーを握りしめるたびに、刻々と、避けられない結末が彼女の前に立ちはだかる。
悪魔に追い詰められる「ああああ」を救うため、愛する姉が立ち上がる。彼女の必殺スキルは、自らを犠牲にするもので、その力は彼女の限界をはるかに超えていた。しかし、それを発動しなければ、悪魔を倒すことはできない。
シリカは、ゲームの中で何度もその瞬間を目にした。姉がスキルを発動し、微笑みながら消え去る瞬間を。それは、いくら彼を最強にしようと、決して変えることのできない運命として描かれていた。
「ああああ」は、弱体化した悪魔にとどめを刺す。しかし、彼の目の前には、姉の姿はもうない。彼女の衣服だけが残されていた。シリカはその運命に抗うことができず、何度も同じ結末を見せられ続けてきた。シリカにとって、これはただのゲームではない。彼女は夢の中で何度も同じ悲劇を体験し、その度に胸を締め付けられるような痛みを感じていた。
突然、目が覚める。シリカはサクラヴェールの冷たい空気を吸い込んだ。目の前に広がるのは、夢の中の世界とは異なる現実のサクラヴェールだったが、夢で見たあのシーンがまるで現実のように頭から離れない。
「姉さんを、助けたい・・・」
シリカは小さな声で呟いた。彼女が今いるのは未開惑星サクラヴェール。彼女が抱く思いは、単なる探索や冒険のシナリオではなく、夢で見たような運命を現実にさせないことだった。
しかし、シリカの心の中には一つだけ確信があった。自分はヒロインにふさわしい存在ではない。むしろ、自分がヒロインになるべきだとも思っていない。彼女が見てきたのは、ただ無力に姉を失う自分だったが、彼女にとってヒロインとは、誰よりも強く、誰よりも美しい存在であるべきものだった。そして、その役割には姉以外は考えられなかった。
「ヒロインは、姉さんであるべきだ・・・」
そう思いながら、彼女は決意を新たにした。運命を変えるためには力が必要だ。
「ただ守られるだけじゃ終われない」
シリカは、自分が非戦闘キャラで、お荷物なのは分かっていた。どこかで諦めを感じていた。しかし、今度は違う。ゲームでの知識がある。自分が守られるだけで終わりたくない。
サクラヴェールは、人類がまだ完全に踏み入れたことのない、謎に満ちた春の惑星。広がる荒野、謎めいた遺跡、そして未知の生物たちが冒険者を待ち受けている。それがニャンコクエストの舞台であり、シリカはその世界でヒロインの一人として、そして今、現実のシスコンにゃんことしての役割を担うことになる。
シリカはその大地を一歩一歩踏みしめ、進むべき道を見据えた。
「絶対に・・・姉さんを」
彼女は心に誓い、愛する姉を守るため、そして自分自身の運命を変えるために、歩み始めた。サクラヴェールでのシスコンにゃんことしての1日が、今、幕を開ける。
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