第6話 ゴールフード

 ドン引きにゃんこの部屋は、静かで落ち着いた雰囲気に包まれていた。暖かみのある間接照明が部屋全体にやわらかい光を投げかけ、濃紺の壁紙と重厚な木製の家具が整然と並んでいる。大きな書棚には様々な本や資料がぎっしりと詰まっており、左手の壁には地図や計画図が貼られている。中央の机の上には整然と並べられた書類と筆記具が、主の几帳面な性格を物語っていた。怠惰であるが一応できる猫耳少女であった。


 一見すると知的な空間だが、部屋の片隅にはふかふかのクッションや、まるで猫が休むための場所のようなものもあり、ドン引きにゃんこ自身のリラックスゾーンであることがうかがえる。そのクッションに腰掛けて、彼女は深いため息をついた。


「おい、1%の確率の絶望の未来を呼び寄せたのは、お前か。私が楽をする未来を粉みじんにしたのは、おまえが元凶か、ああああああああ、まじ、ドン引きなんですけど!」


 ドン引きにゃんこは怒りを抑えきれず、声を荒げた。まさにヤンキーなにゃんこになっていた。地球からゴールドフードを調達して、ふんわりにゃんこの存在を姫様の記憶から消せば、99%解決できるはずだった未来が、倍増して苦労させられる絶望の未来になって返ってきたのだ。


 その時、部屋の扉が静かに開かれた。ヤンデレにゃんこが滑るように部屋に入ってきた。彼女の目は冷静さを保っているが、その奥には狂おしい光が宿っている。部屋には、涙を浮かべたふんわりにゃんこが立っていた。彼女は先ほどからドン引きにゃんこに叱られ、壁際でしくしくと泣いている。しかし、その光景を無視するかのように、部屋の隅に置かれた椅子に胡坐をかき、ヤンキーのような態度で腰を下ろした。


「しくしく、ひどいよぉ…わたし、なにかやっちゃいましたかぁ?」


 ふんわりにゃんこは小さな声でつぶやいたが、誰もそれに応えない。帝国民の中でも温厚な武闘派である彼女は、対策チーム? としてドン引きにゃんこに呼ばれたはずが、なぜか顔を合わせた瞬間に叱られてしまった。しかし、彼女自身は何が悪かったのか理解できず、困惑しているようだ。勇気をふりしぼり、ドン引きにゃんこの目を見ようとしたが、「あうう~・・・」その冷たい視線にすぐにまた俯いてしまった。


「で、これからどうするんだにゃ?」


 ヤンデレにゃんこが冷静な表情で尋ねる。彼女の声にはわずかな苛立ちが混じっていた。


 ドン引きにゃんこは眉間にしわを寄せ、深いため息をついた。


「こんなバカはほっておいて、考えないと、まじドン引きだわ」


「しくしく、ひどいよぉ・・・」


 ドン引きにゃんこはふんわりにゃんこを一瞥もせずに言い放った。


 昨日、姫にゃんことの会話を思い出した。


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「ゴールドフードがないと、生きていけない…」


 姫にゃんこは静かにつぶやいた。その瞳には深い悲しみが宿っていた。


「まじですか。このシルバーフードならたくさんありますよ? シルバー向けになりますけど?」


 ドン引きにゃんこは差し出した。しかし、姫にゃんこはそれを見つめ、「おいしくない…」と一言。それでも黙々とシルバーフードを食べ始めた。って、食べるんかい? と思わずつっこみを入れそうになった。


「あいつ、許せない…」


 姫にゃんこはシルバーフードを口に運びながら、小さな声でつぶやいた。


「それで姫様、ゴールドフードのために地球を侵略するなんて、どうするつもりですか?」


 ドン引きにゃんこが恐る恐る尋ねると、姫にゃんこは静かに振り向き、ぼんやりとした瞳で彼女を見つめた。


「猫パンチする」


 その一言に、ドン引きにゃんこは息をのんだ。


「えええええええええええええ、ま、まじですか。本気ですか…」


 ドン引きにゃんこは困惑しながら尋ねた。


「とりあえず殴る」


 姫にゃんこは微かに微笑んだ。


「ええっ、まじで、まじで、本気ですか、姫様!?」


 ドン引きにゃんこは驚きの声を上げた。


 にゃんこ帝国は戦闘にゃん族であり、戦闘に優れた力こそがすべてという考えを持っていた。王族は比類なき力を持つ者が多く、一騎当千の力を持っていた。その一騎当千の力を持つ帝国でも指折りの第二王女、姫にゃんこの妹でさえ、姫様が指先一つで病院送りにした。その姫様の必殺技「猫パンチ」は、惑星一つを消し飛ばすほどの威力があるという。


 そんな技を地球で使われたら、地球どころか自分たちも巻き添えになってしまう。相手のしろにゃんこの戦力も未知数であり、自分のスキルを使用してもエラーが出て、未来の確率が読めないほどだ。この二人が戦うと危険な予感しかしない。


「うわー、地球はどうでもいい…命がやばい」


 ドン引きにゃんこは心の中でそうつぶやきながらも、どうにかしてこの状況を打破しなければならないと決意を新たにした。姫にゃんこの無謀な計画をどうやって軌道修正するか、そしてゴールドフードを確保する方法を見つけるため、彼女は行動を起こすことにした。


「まずはメガネにゃんこに相談しよう」


 ドン引きにゃんこは、帝国で最も賢いとされるメガネにゃんこを呼び出した。彼女はいつも冷静で、情報分析に長けている。ぶかぶかの白い学者服に身を包み、四角い帽子をかぶった小柄なにゃんこだ。


「メガネにゃんこ、ゴールドフードについて詳しく調べてくれない?」


 ドン引きにゃんこは真剣な表情で頼んだ。


 メガネにゃんこは眼鏡をクイッと持ち上げながらうなずいた。


「お任せください。すぐに調査いたします」


 数分後、メガネにゃんこは大きな地図を広げ、部屋の中央の机の上に置いた。緊張感が走る。ドン引きにゃんこはじっとその地図を見つめた。メガネにゃんこの指がゆっくりと地図の上を動き、一つの場所を指し示す。


「この未開惑星です。技術レベルも低く、我々にとっては未踏の地と言えます。この村にゴールドフードのレシピや原材料の手がかりが隠されているようです」


 メガネにゃんこは地図上の惑星を指差した。それは地球とは別の、まだ帝国民が誰も足を踏み入れたことのない惑星だった。


「未開惑星?」


 ドン引きにゃんこは眉をひそめた。


「ええ、地球ではありません。我々の帝国がまだ調査していない惑星です。この村には暗号のような文字列が書かれており、解読が必要です」


とメガネにゃんこは冷静に説明した。


「【ああああ】ね、シルバーフードがなくなるまで時間がない…。そもそも、一般的なお菓子のために命がけで戦争とか、まじ、ドン引きなんですけど?」


 ドン引きにゃんこはため息をついた。


 にゃんこ帝国の民衆は脳筋かバカが多い…。戦争も祭り気分で乗り出すだろう。笑って死にそうなやつらだ。あの王でさえ、姫にゃんこが地球侵略というお馬鹿なことを言ったにもかかわらず、泣いて大喜びしだすし。その横で胃痛に苦しむ自分の父親がいた…。


 ドン引きにゃんこが小さな頃、自宅に帰ってきた父親が呟く言葉を思い出した。


「やぁ、ドンちゃん、父さんは昔、執事をしていたんだ。ちとばかし頭がよかってね、くそがあああああああ、あの馬鹿王がああああああ!!」ドン引きにゃんこの父親、シリアスにゃんこは今や王宮の参謀として落ち着いた立場にいるが、その鋭い目にはかつての執事時代の片鱗が残っている。しかし、その目は今、激しい怒りで燃えていた。シリアスにゃんこは頭にかぶっていた帽子をぶん投げて、地団駄を踏んでいた。


「あれが私の未来になるのは流石にごめんだ」


 ドン引きにゃんこはそう思いながらも、現実を見据える。


「メガネにゃんこ、具体的にどこから調べればいいの?」


 ドン引きにゃんこが尋ねた。


 メガネにゃんこは地図を広げ、「この国です。レシピ発案者がいるはずです」と指差した。


「確か村よね・・・それでどの村?」


 ドン引きにゃんこはさらに問い詰めた。


 メガネにゃんこは困ったように首をかしげ、「それが分からないんです」と答えた。


「まじか…。だけど、やらないと、やられる」


 ドン引きにゃんこは小さく呟いた。

 

 姫にゃんこの「猫パンチ」に巻き込まれて蒸発していく部下たちの姿が脳裏に浮かぶ。「あははははは、綺麗なお花畑が見える」と、彼らの最後の言葉が響く。その中に自分の声も混ざっている。「あらやだぁ、ドン引きなんですけど」と、まるで天国が見えるような光景だった。ドン引きにゃんこは拳を握りしめた。「何があっても、姫様を止めてみせる。私が楽をして遊んで暮らせる日のために…」彼女の瞳には、固い決意の光が宿っていた。


 地球の運命はドン引きにゃんこにかかっていた。自分の命もかかっていた。だからやるしかない。戦争が始まる前にこのレシピ発案者をこの国に来てもらうようにお願いしよう。強制的に…。ドン引きにゃんこは心に誓った。姫にゃんこの無謀な計画を阻止しながら、ゴールドフードを手に入れるための情報戦が今、始まるのだ。

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