第21話 代償の魔女 その一

 そう見えるのは、魔法で火を灯している者の思考や人間性が反映されているからかもしれない。


 正方形の室内の四隅にある燭台。四つ全てに火が灯っているが、そこに寒さを払拭する暖みは皆無であった。

 むしろ火炎が持つ暴力的な禍々しさ。災いをもたらす負の側面しか感じられない。


 破壊の象徴としての炎が照らす室内の中央。年季が入った円柱状の木の卓に、線で繋げば斜方形を描く配置で、黒衣姿の四人の老若男女が座っていた。


「ようやく時が満ちた」


 上座を頂点と定めると、出入り口から見て右端に座る見た目も声もしわがれた、男の老人が言った。

 白髪の老人オレステンの体型は、皮膚と骨しか無いような細身である。


「そうね。ちっぽけな人間を蘇らせるのとは訳が違うもの。ここまで来るのに苦労したわ」


 対して左側の椅子に腰を下ろす、恰幅と肌の張りと艶が良い、茶髪で他者を見下したような口調の女が、さも疲れたかのように自らの右肩を回した。


「だが、その労苦の甲斐はあるというものじゃ。あれは言わば、宇宙の脅威そのものを魔物化させたものになるのじゃからな。凡百の人間など塵芥ちりあくたにもならん」


 カカカとオレステンが、結果が楽しみじゃと笑う。


「だ、だが、大丈夫なのか? もしあれが我々に牙を剥いたりすれば……」


 外面は屈曲な黒髪短髪の青年だが、気弱さが言葉に滲み出ている男が、茶髪女を俯き加減に見ながら口を開いた。


 それもその筈。

 オレステンの言葉通り、この四人が時間を掛けて準備し、これから蘇らせようとしているもの。それはひとたび解き放たれればこちらの制御など一切受つけない、宇宙の天災も同然の存在なのだから。


「あら、貴方。臆したのかしら?」


 変わる事無く茶髪女シセルは、黒髪男を嘲笑するかのように口を開いた。


「ぶ、無礼な」


 狼狽しつつ激昂した黒髪男が、卓を両手の平で叩きながら立ち上がり、シセルを挙動不審気味に睨んだ。


「本当にあれを我々が制御出来るか分からんのだぞ。もっと慎重になるべきだと私は言っているんだ」


「……我々の悲願は魔帝閣下が復活される事にあるのは確かだが、忌まわしいベルティスとソーリアの血筋を絶やす事も、それに次ぐ願望であった筈だ。それを忘れたとは言わさんぞ」


 オレステンが黒髪男を、怒気と蔑みを孕んだ目で睨む。


「それに、あれには我々の憎悪を存分に注ぎ込んである。ベルティスとソーリアへの憎悪をね。今までと同様、必ずや奴らの血筋を絶やす為に動くわよ。……ハァ」


 うんざりとした表情を隠すことなくシセルが、最後にため息を零す。


「それこそ今まで試して来た凡百の魔物ではないのだぞ。その通りにあれが動く保証がどこにあると言うんだ。俺が言いたいのは……」

「もう良い。貴様は要らん」


 ずっと口を閉ざしていた最後の一人。斜方形の頂点に座する、子供にしか見えない金髪金眼の男コルネリウスが、見た目相応の声で冷たく言い放った。


 コルネリウスが言い訳を重ねようとする黒髪男に右手の平を向けた瞬間、黒髪男は糸が切れた操り人形のように崩れ落ちた。


 上向きにしたコルネリウスの右手の平には、先程まで確実に存在していなかった、黄色く淡く発光している球体があった。

 黒髪男の魂である。


「魔帝の杖の四魔将が三魔将になっちまったね」


 せいせいした。そう言わんばかりにシセルがキャハハと笑った。


「慎重な意見も必要と思い、四魔将の末席に取り立ててやったものの、単なる臆病者であったわ。つくづく我に人を見る目は無いようだな」


 自嘲気味にコルネリウスは、黒髪男の魂を見据えながら言った。


「……魂は召喚の糧にするのかい?」


 シセルの問いかけにコルネリウスは、無論だとつまらなそうに返す。


「腑抜けを入れておくくらいなら、三魔将で十分だ」


 コルネリウスが言った瞬間、黒髪男の亡骸は一瞬で影に吸い込まれて消える。

 コルネリウスの無詠唱魔法だった。


 魂を抜き出して間も無い内は、魂を戻せばほぼ百パーセントで蘇生する。しかしコルネリウスは黒髪男の体を完膚無きまでに分解したのだ。

 黒髪男の死が決定した瞬間だった。


「閣下の復活にまだ足りないものがある以上、最優先すべきは、憎きベルティスとソーリアを完全に滅ぼす事。お前たちも肝に命じておく事だ。そやつと同じ道を辿りたくないのであれば」


「ご冗談を」

「あたいらをみくびって貰っては困るね」

「フッ……予定通り死灰復然の儀を開始する。準備せよ。こやつが抜けた穴は我が穴埋めする」

「いかに貴方とて、魔導士二人分の働きが出来るのですかな?」

「貴様こそ冗談を言うでないわ。魔導士二人分の作業など、我には造作も無い」


 傍から見れば孫が祖父を窘めているようにしか見えないが、この三人の中で、コルネリウスの魔導士としての実力は飛び抜けている。

 オレステンもシセルも。コルネリウスに従いこそすれ。異を唱えようとはしなかった。


「開け! 冥府の門」


 コルネリウスが言葉を発した事で、円卓一杯に魔法陣が浮かび上がる。


「ベルティスとソーリアに死を」

「「ベルティスとソーリアに死を」」


 コルネリウスが両家の滅亡を願い、オレステンとシセルが復唱する。

 禍々しく燃え盛る炎に照らされる中、三人は呪文の詠唱を始めた。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「クチュン!!」


(くしゃみまで可愛いな、おい!)


 気持ち悪いと思われたくない。

 瞬時に心の抑止が働いたエインツは、くしゃみをしたハルナを見て、脳内で呟くだけに留めた。


「どうしたハルナ。寒いのか?」


 本音はさておき、エインツはハルナを気遣う。


「ありかとエインツ。?……どうしてか急に悪寒が」

「灼道直下付近にいるとはいえ、冬だし標高も高いからな」


 大迷宮の最深部を目指すエインツらの一行は、琥珀の翼アンバーウイング号にて移動し、その入口となっているウドペッカ渓谷の中心部付近に降り立った。


 何十億年も掛けて、ウドペッカ河の流れが大地を削り取って形成されたという、ウドペッカ渓谷。


 惑星ヤイーロで最も暑い地点。これらを地図上の線で繋げた灼道直下にいるとはいえ、ウドペッカ渓谷の標高は高い所で二千メートルを越える。

 凍えるとまではいかないけれど、真冬であることもあって肌寒く感じる気温だ。


「中に防寒着があるが、着るか?」


 エインツは、背後の愛機を右親指で指し示しながら言った。


「ううん。大丈夫。着込んだら動き辛くなるだけだし」

「分かった。無理はするなよ」

「うん」


 二人の眼前には、灰色の岩から切り出されたブロックで構成された、ウドペッカ大迷宮の出入り口がある。


 どう見ても人工物だ。

 規模でも深度でも。自然の洞穴をそのまま利用している箇所もあるが、世界最大のダンジョンがどうして人の手で造られたのか? その理由は絶えて久しい。


 謎だらけの場所に、存在する理由や尾ひれをつけるのは人の性か。

 かつてこの地を治めていた王族の墓標とか。埋蔵金の隠し場所などなど。様々な説がささやかれている。


「お母様も。先生も。エインツも。準備は出来てますか?」


 パーティーの発起人であり、リーダーを務めるハルナが振り返り、メンバーの顔を見渡す。


「もちろんよ」


 白い軽鎧を装着し、赤い髪をポニーテールに纏めたチェルシーが答えた。

 左腰に片手剣と鞘を装備し、左手には円形の楯を持っている。


「私の準備は出来ている」


 頭からつま先まで。

 顔しか皮膚が露出していない鎧姿の丈一郎が淡々と答えた。


 三日月をバツの字に組み合わせたような金色に輝く前立てがついた黒い兜。同色の鎧もまた、防具兼装飾品といった側面がある。

 両肩の長方形の肩当てに、篭手や具足。

 丈一郎が生まれ育った国で鎧は、ほぼ全てこのような形をしているのだという。


 そして反った形状の鞘と、刀と呼ばれる剣もまた独特の拵えをしている。

 今も昔も。

 エインツが、一度も見た事がない形状をしている武器だった。


「ああ。もちろんだ」

「ピッ!」


 エインツが答えた直後、肩のニクスが右の翼を真上に伸ばした。

 それを見たハルナは、にこやかな表情を浮かべて謝罪した。


「ごめん。ニクスもメンバーの一員だったね。頼りにしているから」

「ピピッ」


 任せてと言わんばかりにニクスは、左の翼を自らの胸に当てた。


「俺も頼りにしているからな。……よし。じゃあ行くか」


 基本隊形はエインツが先頭に立ち、ハルナとチェルシーが真ん中。丈一郎が殿を務める配置は、四人で話し合って決めた。

 戦闘時は仲間を援助しながら、臨機応変に対応する事も確認してある。

 エインツが大迷宮の入口に向かって歩き始めた時だった。


 ゴクリと固唾を飲む音がはっきりとエインツの耳に届いた。


 振り返ったエインツの目は、顔を強張らせているハルナの顔を捉えた。

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