第20話 いつか芽吹くもの その八

 エインツはカインを苦手には思っていても、嫌っている訳では無い。

 むしろ彼の剣技の冴えに関しては、努力を積み重ねた末に、その境地に至っているのは間違いない。

 カインの剣筋を見れば一目瞭然だ。


 正道で努力し、成長し続ける人間。

 このような人物に対し、嫉妬や打算といった異物を混入させる事なく、素直に好感を抱くのがエインツという人間だ。

 悪い奴に騙されやすいとも言えるが、その時はそいつを叩き斬れば良いだけだ。エインツ自身は、特に弱点であると思っていない。


 確かにカインは、ハルナとの関わりについての小言は多い。が、それが手を差し伸べない理由にはならないし、共に若くして波乱万丈な人生を歩んで来た者同士。

 この点においてエインツは、カインに共感を抱いてさえいた。


「もちろん戯言と聞き流してもらっても構わないが、叶うなら俺はハルナと結ばれたいと思っている」

「おい!」

「最後まで聞け」


 エインツは、遮るように右手の平をカインに見せて続けた。


「もしそれが叶った時、俺は周囲から祝福されたいと思っている。当然だな。悪意や敵の存在は出来るだけ避けたい……お前はどうなんだ?」


 死んだと思ったら、五百年の歳月を経て蘇った?

 誰も経験した事が無い筈の事態。

 蘇ってからの一年間をエインツは、時にラルシェの知恵も借りつつ、暗闇を手探りで進むように。何をどうするべきか、徹底的に考え抜いて過ごした。


 その過程を経て行き着いた答えが、食べ物と悔いは残さないという、今のエインツの行動指針を形成している。


 自分の幸せは、他力本願では決して手に入らない。自分の頭で考えてこそ。

 一生分考えたと言えるほどの思考の末に得た経験。それを込めてエインツは、あえてカインの方を見ずに言った。


「お前とは違うが、俺もこの年齢であり得ないような事を色々と経験してきた。だからこそ自分の人生を楽しみ、豊かにしたいと思っている。ハルナも全力で守る」


「……貴様を軽んじていたのは謝罪する」

「こりゃ珍しい。槍でも降るのか?」

「茶化すな。私だって間違いに気づけば謝罪や訂正くらいする」


 カインはエインツを睨むも、エインツはどこ吹く風。

 チッ! と舌打ちした後にカインは、一呼吸挟んでから続けた。


「だが、私のやるべき事は一つ。ベルティス家を守る事だ。それは変わらん」

「ああ。それで良い。お前の人生を曲げる気は無い。それに、それを言うなら、俺も同じだからな」

「一緒にするな。……だが、お前がお嬢様を想う気持ちについては本物だ。そこは認めてやる」


 周囲を警戒しながらカインは、エインツの顔を見ず、強張った表情で気まずそうに言った。


「そりゃどうも」


 心の中で吹き出しつつもエインツは、カインの態度に沿うような言葉で返した。

 カインとの会話に、一先ずの区切りがついたと思ったエインツは、ハルナとカトレアの方に目を向ける。


 ここでの買い物は終了したようで、二人は会計の最中だった。


 一体何を買ったのか?

 黒真珠のように黒光りしている、紙製と思しき二つの買い物袋は、何らかの品物で満杯となっていた。


 何かは知らないが、どう考えても女二人だけで使う量では無い。

 日頃の感謝を込めてという事で、メイド全員にでも配るのだろうか?


 エインツが推察している内に会計も終わり、手ぶらの二人はエインツとカインと合流した。

 買った品物は、店がベルティス家の屋敷まで送り届けてくれるようだ。護衛からしても、手が塞がらずに済むのはありがたい限りである。


「お待たせ。じゃあ次はエインツの銀の腕輪を作りにいこうか。……本当に良いんだね? エインツ。後戻りは出来ないよ」


 ハルナは真摯な橙の眼差しでエインツの顔を見上げる。

 ハルナの気遣い。

 それに対する答えはもちろん一つだ。


「ハルナを守るためだ。後戻りなんて道は端から無い」

「……バカ」


 言ってハルナは、頰を赤く染めながら俯いた。


 エインツとしてはもどかしい限りだが、そこは気長に待つしか無い。

 拒絶の意思や、エインツへの敵意が微塵も感じられないバカと言ってくれる。今はそれだけで十分だ。


「「……」」


 ハルナの意向に逆らえないからだろう。カインとカトレアの兄妹は、揃って沈黙を選択した。

 が、明確な怒気を堪えているその顔から察するに、心から祝福している訳ではなさそうである。

 エインツは軽く短く息を吐いた。


「エインツ。話があるの」


 最初に外に出たカインに続き、エインツが化粧品店を後にした時、ハルナの呼び声が掛かった。


「どうした?」


 周辺の様子を確かめてからエインツは、ハルナに向き直った。

 買い物を楽しむ女の子の顔から一転。

 己の目的を果さんとする、女魔導士としてハルナはエインツを見ていた。


「今日を含めると、あと五日で中等学院の冬休みが終わるわ。だからその前に一度、エインツと一緒に一つのダンジョンに潜りたいの」

「ダンジョン……俺は構わないが、潜るのは俺とハルナだけか?」


 一人の登山が推奨されないのと同じく、ダンジョン攻略はパーティーを組んで行うのが常識だ。

 存在する魔物などの脅威が、積極的にこちらを狙ってくるという点で、登山以上に集団を組む必要性がある。

 一人よりましとはいえ、二人であっても心許ない。最低でも三人は欲しい。


 難易度にも寄るが、二人だけでダンジョンに潜るのは、自殺行為に等しい。六歳の頃から剣を握って来た、エインツの言葉だった。


「そこは当てがあるから大丈夫。お母様にはすでに頼んであるし。もう一人は王立高院の桜庭先生にお願いするわ。エインツの合格証明書に先生のサインがあったから、先生の実力のほどは分かるよね」


「ああ。あの人の実力なら全く問題無いけど、引き受けてくれるのか?」

「多分大丈夫だと思う。桜庭先生は王国認定冒険者でもあるからね。頼めば進んでダンジョンに潜ってくれるよ。先生は、剣技を磨く事に余念が無い事で有名だから」

「なるほどな……」


 つまり俺と同じ剣術バカか。

 エインツは頭の中で言葉を吐いた。

 文字通り王国認定冒険者は、レスタヴィア国王の名の元に認定された冒険者だ。

 実力や経験、実績などを精査された末に認められる、王国における冒険者の資格として最高峰と言っても過言ではない。


 チェルシーの実力も申し分ないのは、この前のいざこざで目にしている。

 この二人が加わってくれるのなら、戦力面での不安は無い。エインツの不安は霧散した。


「二人が同行してくれるというのなら問題無いが、どこのダンジョンへ行くんだ?」

「ウドペッカ大迷宮よ」

「……ああ、ヤイーロで一番深いと言われているダンジョンだったな」


 ウドペッカ大迷宮。

 その名称をエインツは当然知っていた。

 この星で冒険者をしている者にとって、ウドペッカ大迷宮を知らないというのは、モグリに等しいからだ。


 惑星ヤイーロで最大の面積を誇るウドペッカ渓谷の中心付近に存在し、地下に向かって広がる大迷宮である。


 エインツがラルシェやグラハム、アリーシャらとパーティーを組んでいた五百年前以前から存在している。

 迷宮内部は相当に広く、今もなお完全攻略はされていないという。


「……大丈夫か? 攻略するには日数的に無理そうだが」

「そこは大丈夫。私の目的は完全攻略じゃなくて最深部に到達する事だから。そこまでのルートは確立されているし。行って戻るだけなら問題無いわ」

「それなら良いが……」


 地下迷宮に日光が届く筈もない。

 ハルナが抱える事情を知っているエインツは、一抹どころではない不安を覚えながら、隣を歩くハルナを見下ろした。

 不安を帯びたエインツの視線に気がついたハルナは、申し訳無さそうに微笑んだ。


「大丈夫よ。一週間分のMP回復薬は持っていくから。明かりが途切れる心配は無いわよ」

「分かった。……すまん。どうも慎重になり過ぎだようだ」

「私は気にしてないよ。初めて組むパーティーだもの。むしろ慎重な意見を出してくれる方がありがたいし、私の心配もしてくれたんだよね。ありがと」


 顔色を変える事なくハルナは、エインツの憂慮を容赦してくれた上に、心からの感謝を湛えた笑顔を見せた。

 それを目の当たりにした瞬間、エインツの鼓動が銅鑼を打ったように高鳴った。


「……お前を守るのが俺の仕事だからな」


 周囲を警戒する振りをしてエインツは、ハルナから目を逸らした。

 ハルナがつけている、控えめだが花の香りがする香水の香気もまた、エインツの恋心をくすぐっている。


 エインツにとって精神修行でしかない行程を経て、四人はレスタヴィア魔法協会の本部へと辿り着いた。

 ここでエインツは、申請と採寸。簡単な検査と聞き取りを経て、この星の正規魔導士にとって避けては通れない、銀の腕輪という枷を身につけたのだった。

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